未読でしたら、できれば先に読んでいただけると幸いです。
砲戦距離の遥か彼方から、声が届くはずもない。
「モォ……終ワリニシテヤルヨ! 大事ナモノヲ……粉々ニ……」
なのに、白い長髪の姫の呪詛が、波を伝うように鼓膜に這い込んでくる。
南太平洋空母棲姫の艤装の一部──巨大なシュモクザメが海面を跳ね、T字に裂けた頭部を振り上げて吠えた。
空が、翳る。
敵艦載機の大編隊。
空を喰らうように迫る黒い群れに向けて、赤城の弓弦が鳴った。
放たれた矢が空中で翼を広げ、戦闘機に姿を変えて突き上がっていく。
「対空戦闘!」
改三護の艤装をつけた吹雪も叫び、空に向けて機銃を撃ち続ける。
硝煙と潮風が頬を打つ。
「シャングリラッ!」
姫の叫びが海域に反響した。
怨讐か、それとも自分が何者であったのか思い出せない苛立ちか。
その慟哭を掻き消すように、大和が号令を下す。
「第一戦隊、突撃! 主砲、全力斉射ッ!」
大和と武蔵の巨砲が旋回し、海域そのものを震わせるような轟音が空を裂いた。
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「それ、気が散るのでやめてもらえませんか?」
ペタンペタンと健康サンダルの音を立て、ぐるぐると作戦室を歩き回っていた提督の足が止まった。
通信機に向かう大淀が、電信受話器に耳を傾け……。
「第一艦隊より入電。我が艦隊、勝利です」
安堵のため息をつく提督をよそに、大淀は手元の紙に事務的にペンを走らた。
「第一、第二艦隊の補給・修理にかかる資源計算です」
一部をピリッと破き、残った紙をクリップ付きホルダーごと提督に渡す。
ミシン目から切り離して厨房へ注文を渡せるような、飲食店でよく使われる複写式の会計伝票。
二枚に分かれることで、帳簿の管理と、倉庫への搬出指示が並行できる。
流用を思いついたときは我ながら名案だと思ったのだが……。
「お会計票」の言葉が、チクチク刺さる。
特に今回のように、膨大な数字が記されている場合は。
「あんな姫を常設海域に置くなんて、反則だよなぁ」
倉庫に向かう提督の足取りは、ペタリペタリと重かった。
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小さな港の倉庫は、戦闘終了からものの数分で戦場に変わっていた。
「どんどん明石の工廠に運んで、開けっ放しにしとくから」
提督からお会計票を受け取った夕張が指示して、スズキのスクーター、緑のチョイノリで工廠に走り去った。
まあ、目と鼻の先の距離なのだが。
「ハンドフォーク、三台とも出して!」
「はーい、いっきまっすよぉ~!」
「あらあら大変」
大和と武蔵への弾薬補給、とんでもない量がすぐにハンドフォークの上に乗っかった。
「北上、ターレ持ってくるクマ! 提督は危ないから向こう行ってるクマ!」
「あ、うん……ごめん」
追いやられた提督は、桟橋のボラードに足を片方乗せ、古い映画の哀愁漂う船員のような恰好で沖を眺めた。
頭の中では、まだあの数字がちらついている。
燃料、鋼材、ボーキサイト——大和と武蔵が一度出撃すると、他の艦娘が数回出撃するのと同じ量が消えていく。
いつもは秋刀魚を運ぶターレが、満載の弾薬を積んで脇を駆け抜けていく。
……やっぱり多いな。
もう一台。
……やっぱり、多い。
ため息をついて、また沖に目を戻す。
そこに、艦隊の影が見えた。
先頭を行く大和と武蔵はいつも通り堂々と。
赤城もそう、自信に満ちた顔をしている。
「まあ、しょうがないか」
艦隊最強の戦力を投入したのだから、消費には目をつむろう。
提督が納得しかけたとき……。
吹雪が、少し遅れて桟橋に上がってきた。
笑おうとしていた。疲れているのに、それでも笑おうとしている顔だった。
数字のことは、どこかへ消えた。
「ご飯にしよう、吹雪」
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提督は吹雪を引っ張るようにして、大食堂にやってきた。
提督と吹雪は周囲の艦娘に挨拶しながら食堂の奥に進み、窓際の席に着く。
昼食は注文方式なので、とりあえず日替わりのメニュー表を確認。
「司令官は何にしますか?」
「うーん……」
メニューを追う提督の目が、吹雪が見ているのと同じところで止まった。
「「カレイの一夜干し定食」」
2人の声がピタリとハモる。
「それじゃあ私、注文してきますね」
迷いのない足取りで、吹雪はカウンターへと向かっていった。
「カレイの一夜干し定食、二つお願いします」
間宮はメモを取りながら、ちらりと吹雪の顔を見た。
「吹雪さん、今日はゆっくり食べていってくださいね」
吹雪は少し目を丸くして、それから小さく「はい」と答えた。
やがて吹雪が、水の入ったアクリルのコップを2つ持って戻ってきた。
「吹雪、初めて建造をしたときのこと覚えてるかい?」
「司令官が資材を全部つぎ込んじゃったから、せっかく初雪ちゃんを建造できたのに、しばらく出撃も何もできませんでしたよね」
吹雪が提督の質問を予想していたように、楽しげに答えた。
隣の席には、大和と武蔵。
テーブルには山盛りカレーが二皿出ているが、その山が高速で崩れていく。
すでに清霜がワゴンで、追加のカレーと唐揚げを運んできている。
さらには赤城。
カレー、牛丼、豚汁、おでん。
待ち時間ゼロの料理を組み合わせて、強引にマイ定食を組み上げていた。
出撃に参加しなかった加賀は控えめに普通盛りカレーを……五皿並べて。
見る間に、空き皿が積みあがっていく。
トレイに載って出てきたのは、志野焼の長角皿にのった、立派なカレイの一夜干しと、丼に大盛りのご飯。
さらに間宮手作りの、なめらかな豆腐の冷奴と、わかめの味噌汁、白菜とキュウリの漬け物の小皿がつく。
まず吹雪は、箸の先をカレイの皮目に当てた。
パリッと皮が割れて、白い身がほろりとほぐれる。
一口、口に運ぶ。
最初に来るのは塩気、それから旨味がじわりと広がった。一夜干しの、凝縮された味だ。
熱いご飯と合わせると、白米の甘みが旨味をさらに引き立てる。
味噌汁をひと口すすって、また箸をカレイに戻す。
脇に盛られた大根おろしに醤油をたらして、身と一緒に口へ運ぶ。
大根の水気が、凝縮した塩気をさっぱりとリセットしてくれる。
やがて吹雪は、骨をそっとめくって裏側の身へと箸を伸ばした。
上手な手つきだった。
提督は何も言わずに、それを見ていた。
「皆さん、野菜もちゃんと食べください!」
隣の席には伊良湖がサラダボウルを大量投入していた。
「司令官」
「うん?」
「ご飯、お代わりしてもいいですか?」
吹雪の顔から、さっきまでの疲れが消えていた。
「もちろん。僕は水を汲んでくるよ」
やがて二杯目も食べ終えた二人は、ただ満足しきって水を飲んでいた。
吹雪改三、改三護はとっても強くなりましたよねぇ!
でもヘビーローテさせていませんか?(笑)