ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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〇今回のお話は第4話「吹雪とモツ煮込み」とリンクしています。
 未読でしたら、できれば先に読んでいただけると幸いです。


吹雪とカレイの一夜干し定食

 砲戦距離の遥か彼方から、声が届くはずもない。

 

「モォ……終ワリニシテヤルヨ! 大事ナモノヲ……粉々ニ……」

 

 なのに、白い長髪の姫の呪詛が、波を伝うように鼓膜に這い込んでくる。

 南太平洋空母棲姫の艤装の一部──巨大なシュモクザメが海面を跳ね、T字に裂けた頭部を振り上げて吠えた。

 

 空が、翳る。

 

 敵艦載機の大編隊。

 空を喰らうように迫る黒い群れに向けて、赤城の弓弦が鳴った。

 放たれた矢が空中で翼を広げ、戦闘機に姿を変えて突き上がっていく。

 

「対空戦闘!」

 

 改三護の艤装をつけた吹雪も叫び、空に向けて機銃を撃ち続ける。

 硝煙と潮風が頬を打つ。

 

「シャングリラッ!」

 

 姫の叫びが海域に反響した。

 怨讐か、それとも自分が何者であったのか思い出せない苛立ちか。

 

 その慟哭を掻き消すように、大和が号令を下す。

 

「第一戦隊、突撃! 主砲、全力斉射ッ!」

 

 大和と武蔵の巨砲が旋回し、海域そのものを震わせるような轟音が空を裂いた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「それ、気が散るのでやめてもらえませんか?」

 

 ペタンペタンと健康サンダルの音を立て、ぐるぐると作戦室を歩き回っていた提督の足が止まった。

 通信機に向かう大淀が、電信受話器に耳を傾け……。

 

「第一艦隊より入電。我が艦隊、勝利です」

 

 安堵のため息をつく提督をよそに、大淀は手元の紙に事務的にペンを走らた。

 

「第一、第二艦隊の補給・修理にかかる資源計算です」

 

 一部をピリッと破き、残った紙をクリップ付きホルダーごと提督に渡す。

 ミシン目から切り離して厨房へ注文を渡せるような、飲食店でよく使われる複写式の会計伝票。

 

 二枚に分かれることで、帳簿の管理と、倉庫への搬出指示が並行できる。

 流用を思いついたときは我ながら名案だと思ったのだが……。

 

「お会計票」の言葉が、チクチク刺さる。

 特に今回のように、膨大な数字が記されている場合は。

 

「あんな姫を常設海域に置くなんて、反則だよなぁ」

 

 倉庫に向かう提督の足取りは、ペタリペタリと重かった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 小さな港の倉庫は、戦闘終了からものの数分で戦場に変わっていた。

 

「どんどん明石の工廠に運んで、開けっ放しにしとくから」

 

 提督からお会計票を受け取った夕張が指示して、スズキのスクーター、緑のチョイノリで工廠に走り去った。

 まあ、目と鼻の先の距離なのだが。

 

「ハンドフォーク、三台とも出して!」

「はーい、いっきまっすよぉ~!」

「あらあら大変」

 

 大和と武蔵への弾薬補給、とんでもない量がすぐにハンドフォークの上に乗っかった。

 

「北上、ターレ持ってくるクマ! 提督は危ないから向こう行ってるクマ!」

「あ、うん……ごめん」

 

 追いやられた提督は、桟橋のボラードに足を片方乗せ、古い映画の哀愁漂う船員のような恰好で沖を眺めた。

 頭の中では、まだあの数字がちらついている。

 燃料、鋼材、ボーキサイト——大和と武蔵が一度出撃すると、他の艦娘が数回出撃するのと同じ量が消えていく。

 

 いつもは秋刀魚を運ぶターレが、満載の弾薬を積んで脇を駆け抜けていく。

 ……やっぱり多いな。

 

 もう一台。

 ……やっぱり、多い。

 

 ため息をついて、また沖に目を戻す。

 そこに、艦隊の影が見えた。

 

 先頭を行く大和と武蔵はいつも通り堂々と。

 赤城もそう、自信に満ちた顔をしている。

 

「まあ、しょうがないか」

 

 艦隊最強の戦力を投入したのだから、消費には目をつむろう。

 提督が納得しかけたとき……。

 

 吹雪が、少し遅れて桟橋に上がってきた。

 笑おうとしていた。疲れているのに、それでも笑おうとしている顔だった。

 

 数字のことは、どこかへ消えた。

 

「ご飯にしよう、吹雪」

 

 ・

 ・

 ・

 

 提督は吹雪を引っ張るようにして、大食堂にやってきた。

 提督と吹雪は周囲の艦娘に挨拶しながら食堂の奥に進み、窓際の席に着く。

 昼食は注文方式なので、とりあえず日替わりのメニュー表を確認。

 

「司令官は何にしますか?」

「うーん……」

 

 メニューを追う提督の目が、吹雪が見ているのと同じところで止まった。

 

「「カレイの一夜干し定食」」

 

 2人の声がピタリとハモる。

 

「それじゃあ私、注文してきますね」

 

 迷いのない足取りで、吹雪はカウンターへと向かっていった。

 

「カレイの一夜干し定食、二つお願いします」

 

 間宮はメモを取りながら、ちらりと吹雪の顔を見た。

 

「吹雪さん、今日はゆっくり食べていってくださいね」

 

 吹雪は少し目を丸くして、それから小さく「はい」と答えた。

 

 やがて吹雪が、水の入ったアクリルのコップを2つ持って戻ってきた。

 

「吹雪、初めて建造をしたときのこと覚えてるかい?」

「司令官が資材を全部つぎ込んじゃったから、せっかく初雪ちゃんを建造できたのに、しばらく出撃も何もできませんでしたよね」

 

 吹雪が提督の質問を予想していたように、楽しげに答えた。

 

 隣の席には、大和と武蔵。

 テーブルには山盛りカレーが二皿出ているが、その山が高速で崩れていく。

 すでに清霜がワゴンで、追加のカレーと唐揚げを運んできている。

 

 さらには赤城。

 カレー、牛丼、豚汁、おでん。

 待ち時間ゼロの料理を組み合わせて、強引にマイ定食を組み上げていた。

 

 出撃に参加しなかった加賀は控えめに普通盛りカレーを……五皿並べて。

 見る間に、空き皿が積みあがっていく。

 

 

 トレイに載って出てきたのは、志野焼の長角皿にのった、立派なカレイの一夜干しと、丼に大盛りのご飯。

 さらに間宮手作りの、なめらかな豆腐の冷奴と、わかめの味噌汁、白菜とキュウリの漬け物の小皿がつく。

 

 まず吹雪は、箸の先をカレイの皮目に当てた。

 パリッと皮が割れて、白い身がほろりとほぐれる。

 

 一口、口に運ぶ。

 最初に来るのは塩気、それから旨味がじわりと広がった。一夜干しの、凝縮された味だ。

 熱いご飯と合わせると、白米の甘みが旨味をさらに引き立てる。

 

 味噌汁をひと口すすって、また箸をカレイに戻す。

 脇に盛られた大根おろしに醤油をたらして、身と一緒に口へ運ぶ。

 大根の水気が、凝縮した塩気をさっぱりとリセットしてくれる。

 

 やがて吹雪は、骨をそっとめくって裏側の身へと箸を伸ばした。

 上手な手つきだった。

 提督は何も言わずに、それを見ていた。

 

「皆さん、野菜もちゃんと食べください!」

 

 隣の席には伊良湖がサラダボウルを大量投入していた。

 

「司令官」

「うん?」

「ご飯、お代わりしてもいいですか?」

 

 吹雪の顔から、さっきまでの疲れが消えていた。

 

「もちろん。僕は水を汲んでくるよ」

 

 やがて二杯目も食べ終えた二人は、ただ満足しきって水を飲んでいた。

 





吹雪改三、改三護はとっても強くなりましたよねぇ!
でもヘビーローテさせていませんか?(笑)
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