鳳翔の居酒屋の奥座敷。
妙高型の4姉妹は、これから提督と飲む約束をしていた。
先日、妙高が提督にひたすら酌をしまくり酔い潰した上に、足柄が提督の部屋に泊まり込んだことに対するお詫び、というのが名目だ。
妙高自身、途中から記憶が無く、気付いたら提督の部屋で寝ていたので、足柄や高雄、サラトガは見捨てて慌てて逃げ出した。
その時、玄関近くで寝転がっていた隼鷹を踏んでしまったり、後で聞いたところによると全裸のポーラが提督の布団に潜り込んでいたらしいが、それはどうでもいい。
妙高がプッツンと切れてお酌マシーンと化した直接の原因は、提督と大和、武蔵とのイチャイチャを見せつけられたからだが、問題の根底は別にある。
それは、この鎮守府の重巡洋艦たちの、ほとんどに共通する焦りを伴った疑問。
「重巡艦娘で初のケッコン艦は誰になるのか?」
順次、練度99に達した者からケッコンできると、当初は誰も順番にはこだわっていなかった。
提督は艦種ごとに均等にローテーションを組むので、その時期にも大きな差はないだろう。
しかし、ある日の「青葉タイムズ」に重巡艦娘とのケッコンに関する、提督への突撃インタビュー記事が載った。
そこには、提督の重巡洋艦娘たちへの、感謝やねぎらいの言葉が並べられていて全体的に良い記事だったが、最後に「極秘スクープを入手したが、提督との約束により発表できない。」という一文があった。
「はいはい、いつもの青葉」
と誰も相手にしなかったのだが、やがて「その極秘スクープとは何か?」という雑談の中から、一つの噂が流れ始めた。
「提督は、一番頼りにしている重巡を、ケッコン一番乗りにしようとしている」というものだ。
これも最初は「ないない」と否定的な意見が大半だったが……。
実際に、摩耶とプリンツ・オイゲンが練度99に達したが、提督はケッコンを申し込まなかった。
一時、摩耶とプリンツの落ち込み様は相当なもので、高雄、愛宕とビスマルクが提督を締め上げたものだ。
それにより「重巡艦娘で初のケッコン艦は誰になるのか?」が、鎮守府での大きな話題となった。
摩耶には申し訳ないと思いながらも、他の多くの重巡たちは胸を撫でおろすと同時に、自分が選ばれることを想像しては頬を染め、他の娘が選ばれることを想像しては落ち込み、落ち着かない日々を過ごしていた。
現在、残りの日本重巡17人は錬度98で横並びになっている。
つまり、全員に等しく可能性がある。
高雄は「どうせ改二じゃない私は選ばれませんよーだ」とヤサグレ始めているが……。
やがて、提督がやって来たが、席に着こうとした瞬間に、追ってきた大淀に呼ばれてしまった。
「ゴメン、ハンコを押し忘れた書類があるって。すぐに戻るから、注文しておいてくれるかい」
「はい、お待ちしています」
提督を見送り、店の手伝いをしている瑞鳳を呼ぶ。
「それじゃあ、1人3品ぐらいずつ適当に頼みましょう」
妙高は提案し、自分の注文を組み立てる。
お通しは、ホタルイカと長ネギのぬただった。
こういう季節ものを提督は好む。
「
妙高は自分のチョイスに満足した。
蛤とホッキ貝で貝がかぶってしまったが、どれも提督が喜びそうな旬のはしりものだ。
今日は先日の非礼をわび、妙高型に対する提督の印象を高めないといけない、と妙高は気負っていた。
「那智はどうするの?」
次女に尋ねると……。
「とりあえず生中5つとダルマ、タン塩、車海老の塩焼き、若鶏のから揚げを頼む」
(おっさんか!)
龍驤がいたら、迷わずツッコミを入れただろう。
妙高も、陸海空そろい踏みしたタンパク質中心の、あまりにも色気のないチョイスにクラッときた。
さらに全員分の生ビールの他に、自分用のウイスキーを最初から用意しておく酒豪の貫録。
「足柄は? 言っておくけど、ロースカツとヒレカツは駄目よ」
妙高は続けて三女に尋ねつつ、定番ネタを封じようと釘を刺した。
「ふふふ、大丈夫よ妙高姉さん。ハムカツ、海老カツ、カツオの酒盗」
勝ち誇ったように足柄が宣言する。
(トンチか!)
龍驤がいたら、迷わずツッコミを入れただろう。
もう駄目だ、と妙高は思った。
自分が選ばれなかったとしても、せめて妙高型の姉妹からと姉心で思っていたが……。
この次女と三女は見捨てよう。
残る希望は、四女の羽黒だけだ。
「羽黒はどうするの?」
コーンバターとか、可愛いものを注文してくれることを期待しつつ、妙高は羽黒に尋ねた。
「ええと……白子ポン酢と、生筋子、あとは子袋刺しを」
龍驤がいたら……赤面しただろう。
白子は魚の精巣、筋子は魚の卵、子袋は豚の子宮だ。
(羽黒……露骨に“そっち方面”を提督にアピールしようというの? おそろしい子!)
自分の考え過ぎで、単に好きなものを頼んだだけだろうと妙高もすぐに思い直すが……。
上三人に飲兵衛な姉を持ち、しょっちゅう居酒屋に連れて来られるうち、こういう珍味好きになったのだとしたら、それはそれで申し訳ない気持ちになる。
殿方である提督同席では控えた方がいいと、少なくとも三品同時だけは止めてくれと、妙高が羽黒に意見しようとしたとき、提督が戻ってきてしまった。
「じゃあ、ビールからすぐにお持ちしますね~」
瑞鳳も、鳳翔に注文を伝えに行ってしまった。
「ただいま。ケッコン書類にハンコを押し忘れるなんてダメだね」
席に着いた提督が、屈託なく笑う。
「ケッコン?」
「うん、摩耶とプリンツのね。今日は居酒屋を重巡洋艦娘の貸し切りにしてもらって、みんな来るけどいいよね?」
「どういうことですか?」
「最近、重巡たちの間に変な空気があっただろ? 僕が重巡たち全員と同時にケッコンしたい、と言ったのを青葉が変な風に書いたから」
厨房から、ドスッと包丁を振り下ろす音が聞こえたが、この際無視しておく。
「もうすぐ全員練度99だから、あとちょっとだけ秘密にと思ってたんだけど。青葉にもう限界だからやめた方がいいって言われてね」
空気を読めない提督が、のんきに笑ってしゃべっている頃。
鳳翔の居酒屋に、笑顔の摩耶とプリンツ・オイゲンと……。
ヒクヒクと怒りをこらえている高雄、頬を膨らませている最上、天使のような笑顔が消えた古鷹、半ベソの利根など、重巡艦娘たちが続々と居酒屋に入って来ていた。
「鳳翔さん、すぐに日本酒お願いします」
妙高もビール後の日本酒を早々に用意することにした。
この鎮守府の今日の飲み会は、とても荒れそうです。