ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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天龍と龍田とコロッケパン

 元が漁港であるこの鎮守府には、荷物の積み降ろしを行うクレーン設備などない。

 そこで荷物の積み降ろしに活躍するのが、軽トラックの荷台に設置されたミニクレーンだった。

 

「おーいチビども、もう少し離れろ」

 

 ミニクレーンを器用に操り、定期輸送で本部から送られてきた補給物資を海から吊り上げているのは、軽巡洋艦娘の天龍だ。

 

 この作業を業務として行うには「玉掛け特別教育」という講習を修了して、「玉掛作業者」という国家資格を取得する必要がある。

 艦娘は人ではなく、名目上「海軍の兵器」となっているので、無資格で操っても問題はないのだが、天龍はこの講習をきちんと修了してきた有資格者で、実際に操作も鎮守府で一番上手い。

 

「全物資、陸揚げ完了。第八駆逐隊、これより作業艇の返還に向かいます」

 

 第八駆逐隊のリーダー朝潮が天龍に報告し、作業艇を曳航して湾外に待機している補給艦へと返却しに行く。

 

「しっかし今回も少ねーなー」

 

 大手の鎮守府では山のような物資が届けられるのが日常だそうだが、天龍は着任以来、この鎮守府にそんな大量の資源や資材が届いたのを見たことがない。

 

 本部からの補給量は、任務達成や遠征成功の報酬で加増される。

 ここの提督は任務や遠征を積極的にこなさないから、補給は毎回すずめの涙だ。

 

「たくさん届いても置いとくとこが無いけどねぇ。天龍ちゃん、出すわよ~」

 

 軽トラの運転席で、天龍の姉妹艦娘である龍田がアクセルを踏み、荷台にいた天龍はバランスを崩す。

 

「わっ、急に発進させんな!」

「え~?」

 

 ガクン!と軽トラが急停止し、天龍がつんのめる。

 

「急ブレーキもやめろ! 龍田、絶対わざとだろ!?」

「うふふ~♪」

 

 

 天龍と龍田は倉庫への搬入を終え、報告のため鎮守府庁舎に向かった。

 

 フロントサッシの引き戸を開けると、応接ソファーが置かれた狭いロビーがあり、横には病院の受付のような小窓のついた小さな事務室がある。

 

「足柄さん、終わったぜ」

 

 天龍が事務室に詰めていた当番の足柄に声をかけ、倉庫のカギを返却する。

 

「はーい、ご苦労様」

「お疲れ様です。天龍さん、龍田さん」

 

 足柄の脇から、提督のサポート役である軽巡洋艦娘の大淀が2人に声をかける。

 普段、大淀は2階の会議室や通信室にいるのだが……。

 

「大淀さんがここにいるってことは、今日の出撃もう終わりか?」

「ええ、バシー島沖で2回連続、敵の補給艦も空母も捕捉できなかったので、もう任務達成は諦めるそうです」

 

「あらあら、羅針盤妖精さんたちイジワルね~」

「根性ねえなあ、よその鎮守府ならオリョールに潜水艦出して、何とかすんじゃねーの?」

「こないだ演習で会った佐世保の子の話だと、補給艦も空母もサーモン海域で東京急行作戦のついでに沈めるのがトレンドらしいわよ」

「あ、そりゃ無理だ。うちは南方海域なんか滅多に行かないからなぁ」

 

「それで、奥で提督がお呼びですよ。港湾作業のご褒美があるそうです」

 

 大淀がそう言いながら、ヤレヤレといった調子で肩をすくめる。

 

 2階へと上がる階段の向かいにはトイレと、艦娘の入渠施設である特別な霊薬が張られたお風呂場があり、さらに奥には、4人がけテーブルが2つ置かれたキッチンがある。

 

 忙しくて寮の食堂に行けない時や、夜勤当番が夜食をとるためキッチンなのだが、任務放棄した提督がストレス発散の料理をする場でもある。

 

「仕方ないわねぇ、傷心の提督につきあってあげましょ」

「八駆のチビどもが帰ってきたら、あいつらも呼んでやってくれよな」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 

 天龍と龍田がキッチンに入ると、軍装の上にエプロンをした提督が揚げ物をしていた。

 

「すぐに揚がるからね、待っててよ」

 

 油の香りとともに、ジュージューと食欲を刺激する音が爆ぜている。

 

「ほい、ほい」

 

 菜箸で提督が鍋からキッチンペーパーをしいたまな板に取り出したのは、コロッケだった。

 

「おぉ、旨そう!」

「ちょっと待ってね」

 

 手を伸ばそうとする天龍を笑顔で制して、提督が包丁を入れる。

 

 サクッという音とともにコロッケの断面から湯気が立ちのぼり、香ばしい肉とジャガイモの匂いが周囲にたちこめる。

 龍田でさえ、思わずゴクリと音を立ててつばを飲んでしまった。

 

「もちろん、そのまま食べても美味しいけど……」

 

 提督はあらかじめバターとマスタードを薄く塗っておいたコッペパンにコロッケを挟み込み、とんかつソースをたらしかける。

 

「コロッケパン~」

 

 国民的人気アニメの青い猫型ロボット(初代)の声真似で、提督が高らかに宣言する。

 ストレスが溜まっているとき、ここの提督は若干ハイテンションでウザくなるのだ。

 

「いいから、とっとと食わせろ!」

 

 提督の手から奪うようにコロッケパンを取り、一口ほおばる。

 

「うんめぇー!」

 

 思わず天龍が吠える。

 

「提督、私にも早く……ね?」

「はいはい」

 

 我慢できなくなった龍田が提督に薙刀を突きつけ、提督は慌てて龍田の分のコロッケパンを作る。

 

 龍田もそれを奪うように提督から受け取り、口にほおばった。

 

 まず口内に広がるのは甘辛いソースの味、そして絶妙な加減で揚げられた熱々のコロッケからジュワッと良質の油で揚げられた衣と、肉とジャガイモ、そして細かく刻まれた玉ねぎの旨味が広がり、ふわふわもちもちとしたコッペパンがその熱と味をしっかりと受け止める。

 

 薄く塗られたバターとマスタードも、ほのかな甘みとアクセントとなる辛味を提供して、上手にコロッケとコッペパンの仲立ちをしている。

 

「んんぅん~」

 

 龍田が声にならない歓声をあげ、頭の上の艤装の輪っかがギュルンギュルンと高速回転する。

 見れば、天龍の頭についた耳のような艤装もピョコピョコ蠢動している。

 

 そんな2人の喜ぶ姿を見て満足した提督は、細い目をさらに細めて、後からやってくる駆逐艦娘たちのために新しいコロッケを揚げ始めるのだった。

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