昨日の冷え込みが嘘だったかのように、ぽかぽかと陽光が降り注ぐある日。
村雨の率いる第二駆逐隊は、鎮守府から裏山を挟んだ反対側にある「訓練地」に、農作業にやって来ていた。
全員、鎮守府で配布されているエンジ色の体操ジャージに、鎮守府名の入った黄色い蛍光色のウィンドブレーカー、手には軍手、足下はゴム長靴。
腰には汗拭き用のタオルをぶら下げ、まるで田舎の中学校の農業体験実習のような姿をしている。
「ここが夕立たちの畑っぽい?」
夕立が、広大な畑の中の一角に、ロープで区切られた区画を見つけた。
「そうですね、ここです」
春雨がロープに「四水戦」という札がついているのを確認する。
「他のとこより狭い?」
春雨が周りの自分たちの区画を比較する。
ビニールハウスが建っている二水戦の区画は、こちらの10倍ほどの広さがある。
「空いてるところ、いっぱいありますけど……」
五月雨も辺りを見回すが、遊んでいる土地はまだまだある。
「うー、ケチッぽい!」
夕立が怒るが、後ろから頭をコツンと叩かれた。
「そういう生意気なことは、この1
「無理はあかんでぇ。ウチらは最初の年、いきなり3
二水戦に所属する、陽炎と黒潮だった。
「この広さが1
「そっ。約10アールよ」
「素人には分からんわなぁ。約1000平方メートル、坪数だと約300坪や」
春雨の問いに陽炎が答え、黒潮が苦笑しつつ解説を入れるが、まったく想像がつかない。
「あっちで作業してるから、分からないことあったら聞きに来なさい」
「ほな、気張りや~」
立ち去っていく陽炎と黒潮だが、2人ともタオルを首に巻いて麦藁帽子もかぶっている。
「なんか、慣れてるっぽい」
「こっちも真似して、カッコから入っとく?」
腰にぶら下げていたタオルを首に巻く村雨たち。
「それじゃあ、草刈り開始よ」
「はーい」
「ぽいっ」
三角ホーという、その名のとおり長い柄の先端に三角形の鋭利な鉄板がついた除草用の農具で、地面を掃いて雑草を刈っていく。
「こう、しっかり押さえて、斜め45度に手前に刈り取るのよね」
「ぽいぽいぽい~」
「わわわ、夕立姉さん、危ないからホウキみたいに左右に振らないでください」
「刈るだけじゃなくて、根っこごと削り出せって、那珂ちゃんさんが言ってましたよ」
「お~う、やってるね、おチビちゃんたち」
巡回に来た鬼怒が声をかけてきて、「春雨ちゃん、もっと土を撫でるように引いて」などとアドバイスをしてくれながら、手にした道具でプチプチと雑草を引き抜く。
「鬼怒ちゃん、さん? それ、村雨たちの道具と違うみたい?」
鬼怒が使っているのは、長い柄の先に
「こっちの方が、農作物を植えた後の畝の間とか、狭いとこの作業がしやすいんだよ」
「へえ~」
「その名も『けずっ太郎』!」
「……うふふふっ♪」
「ぽい~?」
「あ、あの、面白かったです…よ?」
「あははは……」
「いや、ちょっと待って! ダジャレとかじゃないから! これの商品名!」
「はいはい」
「本当だって! そのスベッた子を見るような生温かい視線はやめて!」
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お昼前まで作業を続け、村雨たちは陽炎と黒潮の言葉の意味を実感していた。
実際に中に入って作業を始めてみると、1
何しろ、六畳の部屋に換算すると約100室分もあるのだ。
午後には、那珂と野分たち第四駆逐隊が応援に来るとはいえ、本当に今日中に終わるのだろうか?
雑草を除去した後には、小石を取り除く作業もあるのに……。
だが、そんな心配より、まずはお腹が減っていた。
お昼は大鯨が、明石が製作した一三式自走炊具で出前に来てくれた。
2トントラックの荷台がガルウィング式に開くと、移動中にすでに炊き上がっていたのだろう、ご飯の甘い匂いが漂ってくる。
大鯨が揚げ物用のフライヤーでフライを揚げていく横で、デニムのオーバーオールにネルシャツを着て、頭にバンダナを巻いた見慣れない艦娘が、ご飯や味噌汁を用意している。
陽炎と黒潮が手慣れた感じで農具小屋からパイプ椅子や折り畳みテーブルを運び出し、食事場所を設営してくれた。
メニューは「アジフライ定食」だ。
千切りキャベツの上には、揚げたての大きくて身が厚いアジフライが2枚と、おまけのカキフライ。
1枚のアジフライにはたっぷりの自家製タルタルソース、もう1枚には何もかけられておらず、ソースや醤油を自分で選べる。
まずはタルタルソースの1枚。
箸がザクザクと入る熱々の衣の下には、脂ののった肉厚のアジ。
ふわふわの身がほぐれ、じんわりと濃い味が広がる。
タルタルソースはそれに負けないよう、酸味がしっかりと効いている。
「アジは味が良いからアジって言うんだよ」
鬼怒が言うが、みんなアジフライに夢中で聞いていない。
鬼怒の名誉のために付け加えるが、教科書にも名前が出る新井白石が、江戸時代の語源辞典の中で書いている説で、断じて鬼怒の創作ダシャレではない。
ふっくら粒だちがよく、甘みと旨味が強いご飯が、さらにアジフライの旨味を押し上げる。
すぐに、あちこちから「おかわり」の声が上がる。
ご飯をおかわりしても、キャベツが口の中を新鮮にしてフライがいくらでも食べられるし、濃厚なアサリの味噌汁と、大鯨が漬けたお新香もご飯にピッタリで、またすぐに一膳ペロリといけてしまう。
「う~ん、美味しい」
「ご飯が止まらないっぽい」
村雨は、もう1枚のアジフライには辛子をつけ、醤油をかけた。
箸を入れると、やや薄い衣がサックリと割れる。
衣の分量と揚げ具合をタルタルソース用とは変えてあるらしい。
アジの旨味に、醤油の芳香が溶けあって新たな味になる。
ピリッとした辛子のアクセントも応援し、さらにご飯が足りなくなる。
夕立はウスターソースをジャブジャブと、春雨と五月雨は中農ソースで食べているが、みんな食べっぷりは変わらない。
さらには、ギュッと旨味が凝縮したカキフライも待っている。
「うーん、食べ過ぎちゃったかな」
「お腹いっぱいいっぱい」
「美味しかったです、はい」
「あぁ、3回もおかわりしちゃいましたぁ」
農作業の後、青空の下で土と緑に囲まれて食べる食事。
やばいほどに食が進む。
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食器を返しに一三式自走炊具に行ったとき、村雨はオーバーオール姿の艦娘の正体に気付いた。
潜水艦娘のイムヤだ。
「イムヤちゃん、トラックの運転できたの?」
「これぐらいの戦闘以外の特技がなきゃ、潜水空母が当たり前の潜水艦業界じゃ生き残れないわ」
村雨の問いに、イムヤは当然といったように答える。
そういえば、陸軍のまるゆと、元ドイツ艦であるローちゃんを除けば、イムヤは潜水艦たちの中で唯一、瑞雲や晴嵐などの航空機を運用することができない艦だ。
(村雨も、何か資格とってパワーア~ップしようかしら)
姉妹の中で、すでに提督とケッコンしている時雨や夕立は別格としても、江風にも改二改修で差をつけられてしまったし。
この後、村雨は那珂を誘って日本農業技術検定という資格を受け、ともに3級を取得することになる。
しかし、那珂が実技試験をともなう2級の取得にすすんだのに対し、村雨は裏切って野菜ソムリエという女子力の高そうな資格に転向するのだが、それはまた別のお話……。