大食堂での朝食。
提督は昨日の秘書艦だった、イタリアとともに席に着いていた。
「あら~、いいですね、いいと思います」
アスパラガスのベーコン巻き焼きが2本に、春キャベツのサラダ。
なめこの味噌汁、冷奴、ひじきの煮物。
イタリアと一緒に見事な和洋折衷の朝食をとっていると、空けておいた右隣の席に、今日の秘書艦である瑞鶴がやって来た。
「瑞鶴、寝坊かい?」
「うん、ごめん。翔鶴姉と五十鈴と夜戦バカと一緒に、アグリコラやってたら……」
アグリコラとは、数々の国で賞を受賞した名作ボードゲーム。
農場を開拓したり家畜を育てたりしながら、家族を増やして豊かにしていくという、ある意味でこの鎮守府に最も似合ったゲームである。
「夜戦バカがリベンジだとか騒ぎ出して、2ゲーム目が終わったの夜中の1時過ぎでさぁ」
欠点といえば、4人プレイで2時間以上かかるゲームボリュームだろうか。
瑞鶴が川内への愚痴をこぼしながら、提督やイタリアのトレイにはない柄の小鉢をかきまぜる。
「!?」
ガタッ、とイタリアが立ち上がり、自分のトレイを持って逃げていく。
「瑞鶴、イタリア艦の前で納豆はやめなさい」
「美味しいのに」
美味しいかの問題でなく、納豆菌がつくと鎮守府の地下で行っているチーズ作りの発酵に影響が出るのだ。
「で、提督さん。今日の方針は?」
「特になし。例の露天風呂造りで戦艦組も忙しそうだから、遠征と演習主体でいくよ」
などと、やる気の無い発言をする提督の椅子がガツンと蹴られた。
振り返れば、不機嫌そうに目を細めた叢雲がいる。
「アンタ……」
じーっと提督を見る叢雲。
お小言が始まるかと身構える提督だったが……。
提督はまだ制服に着替えておらず、4年前から部屋着にしている裏起毛のスウェットセットを着ているのだが、叢雲はその生地を一撫でした後、スウットの中に手をつっこんで裏地をまさぐった。
「な、何だい、叢雲?」
「ま、いいわ。今日の指揮は私がやっといたげる」
いともたやすく艦娘に奪われる指揮権。
ここの提督に威厳などない。
「アンタ、今日は自分のタンスの整理をしなさい。そういう毛玉だらけになったのとか、みっともないのは捨てること」
まるで、オカンのような口調で命令する叢雲。
「言っとくけど……雷、浦風、夕雲は遠征に出すから。ダメ提督製造機に頼ろうなんて思うんじゃないわよ? 瑞鶴、ちゃんと提督を見張っといてね」
言うだけ言うと、叢雲はズカズカと歩いて行ってしまった。
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「じゃあ、一番下の段からやってこうよ。ここは何入ってんの?」
「こういうスウェットとか寝間着だね」
瑞鶴に促され、しぶしぶタンス整理にとりかかるが……。
「まったく、たたんでないじゃん」
「洗濯から返ってきたら、そのまま放り込んでるから」
「これ夏物じゃない?」
「うん、夏が来ればまた……」
「うるさい、これは仕舞う!」
「提督さん、奥にセーター入ってるよ?」
「ああ、どうも見ないと思ったら、ここに入ってたんだね」
「虫に食われてるから捨てる!」
「二段目は?」
「ここは下着類だね」
「ちょっとぉ、パンツもアンダーシャツも靴下もハンカチも、全部ゴッチャにしてんの?」
「ここの段だけで全部そろって便利だろ?」
「ほら、これとこれは夏物……ああんっ、せめて靴下はペアでそろえときなよ」
「生き別れになって片方しかないのも結構あるんだよね」
「分かってるなら捨てなさいっ!」
瑞鶴が次々とタンスの棚を開けて、古くなったものや、いらなそうな服を捨てていく。
「このシャツ着てるとこ見た事ないよ。捨てなよ」
「でも、いつか……」
「いつかは99%来ないのっ!」
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ようやくタンス整理が終わったのは昼過ぎ。
「何か作るね」
色々と文句をつけながらも、一生懸命に手伝ってくれた瑞鶴のため、提督はキッチンに立つ。
薄切りにした玉ねぎをバターでじっくり炒める。
そこにチキンスープを加えて煮たものを耐熱皿に移し、バケットパンを入れてチーズとパン粉をのせて、予熱したオーブンに。
チーズはイタリア艦娘が作ったパルミジャーノ・レッジャーノ風、バケットはフランス艦娘のコマンダン・テストが焼いたものだ。
「はぁ……あったかーい。さーんきゅっ!」
熱々のスープに、焦げ目のついたチーズのコク。
玉ねぎの甘味と、チキンスープの旨味がジュワッと染み込んだバケット。
心がほっとする優しい味だ。
「提督さん……この後、どうするの?」
瑞鶴が眠そうな声で尋ねてくる。
提督もソファに座り、あくびを一つした。
瑞鶴が右隣に座って、指を絡めてくる。
その左手の薬指には、提督が贈った指輪がある。
肩を寄せあって、お昼寝タイム。
何でもない一日が、こうして過ぎていく。
今日もここの鎮守府は平和です。
ちなみに、叢雲は大量の任務を達成しつつ張り付き遠征をこなし、この一日で各資源を大幅に純増させた。