ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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白雪とチキン南蛮

桜のつぼみも大きくなり、開花も間近な暖かい日。

提督は久しぶりに真面目に艦隊指揮に勤しんでいた。

 

本部から「鎮守府海域警戒を厳とせよ」という任務が発令されたからだ。

低難易度海域の敵主力を撃滅するだけの簡単任務の割に報酬が良い。

 

阿賀野率いる対潜部隊が近海の敵潜水艦隊を撃滅し、鈴谷率いる打撃部隊が南西諸島防衛線で空母ヲ級を見事撃沈した。

 

あとは南西諸島沖の敵水雷戦隊と、製油所地帯沿岸の戦艦ル級を倒せばいいのだが……。

 

南西諸島沖には、朝から3つの水雷戦隊が出撃していたが、いまだ敵主力と会敵できていない。

現在、4つめの水雷戦隊、川内と吹雪たちが出撃している。

 

「それじゃあ、やってくれるかい」

提督が羅針盤妖精さんに、羅針盤を回すようにお願いする。

 

「えいえいえーいっ」

頭にヒヨコをのせたポニーテールの妖精さんが、勢いよく羅針盤を回す。

 

艦隊の針路を決める、神聖な儀式。

 

「とまれーっ」

羅針盤が指し示したのは……。

 

 

「ごクロワッサ~ン」

 

敵主力に会敵出来ずに帰還し、執務室に顔を出した川内たちに、提督がおやつのクロワッサンを差し出す。

ここの提督はストレスが溜まるとダジャレを言い始めたりしてウザくなる。

 

(あ、これはマズイかなぁ)

 

初期艦で提督と一番付き合いの長い吹雪には、提督のストレス度が大体読める。

吹雪は今のダジャレから、提督の状態は次に失敗したら、やる気を失って今日の出撃を止めてしまいそうなレベルだと判断した。

 

「司令官、初めて南西諸島を攻略した時のことを覚えていますか?」

提督のやる気を取り戻そうと、懐かしい話題を振ってみる。

 

「確か……天龍を旗艦に、吹雪と白雪、初雪……深雪は中破してたから、代わりに睦月だっけ」

 

(よし、食いつかせた!)

吹雪は“ダメ提督”に隠れて、グッと握り拳を作った。

 

「同じメンバーで出撃してみるのはどうですか?」

 

どうしてもダメなら叢雲か霞を呼んでお尻を蹴ってもらうが、できれば提督に自発的に仕事をしてもらいたい。

吹雪の提案に対して提督は……。

 

「うん、それはいいね! そうだ、あの日の昼食は……ちょっと待っててね」

提督は急に明るい顔で1階のキッチンへと走って行く。

 

「……おつかれさま」

初雪のボソッとした呟きが、その背中にかけられた。

 

 

鶏のもも肉に塩こしょうをし、生姜汁をかけ、卵液に絡めて小麦粉をまぶす。

砂糖、醤油、みりん、米酢に、細切りにしたニンジン、ピーマン、玉ねぎを加えて小鍋で温めて南蛮酢を。

 

「司令官、こちらは切っておきます」

途中から手伝いに来てくれた白雪の手を借り、下ごしらえを済ませていく。

 

油でカラッと揚げた鶏肉に、南蛮酢をかけて馴染ませ、皿にのせてタルタルソースをたっぷりと。

たっぷりのキャベツの千切りと、プチトマトを添え、わかめの味噌汁と、きんぴらごぼうの小皿を加える。

 

「司令官……もう4年前のことなのに、覚えていてくださったんですね。嬉しい……ありがとうございます」

「こちらこそ、4年間ありがとうだよ」

 

宮崎県生まれのチキン南蛮定食。

 

 

天龍、吹雪、初雪、白雪、睦月、そして4年前は入渠中で出撃できなかったが、深雪。

南西諸島沖への出撃メンバーが鎮守府庁舎のキッチンに集まる。

ついでに、先ほどの旗艦だった川内と、任務を管理している大淀。

 

「あぁ~、コレだよコレ! 大淀、覚えてっか?」

「はい、確か1-2の攻略成功は、8回目の出撃の時ですね」

 

「あはは、あの時も苦労しましたねぇ」

「司令官は、建造運とドロップ運は良いけれど、羅針盤運は……」

「呪われてる」

「うん、呪われてるよね」

 

タルタルソースに覆われたサックリした衣の下には、ジューシーな鶏肉に染み込んだ、軽い甘味と酸味、ほのかな生姜の香り。

文句なくご飯に合う、ガツンと元気の出る定番の味。

 

合わせるお米は、香りとツヤが強く、旨みと粘りも強いコシヒカリ。

チキン南蛮の濃厚さにも負けない、がっしりしたボディの王道の白米だ。

 

「あの頃はまだ、お米はコシヒカリしか使ってなかったよね」

提督がしみじみと言う。

 

その後、料理に合わせて米や肉、魚、野菜、調味料の仕入れ先をどんどん細分化していって、会計を預かる大淀と喧嘩になったり。

 

「もう提督に飼い慣らされちゃいました」

今では数百の仕入れ先からの伝票を処理させられている大淀が、涼しげな顔で言う。

 

「夜戦のお供のおにぎり用に、ミルキークイーンを入れてくれたから提督は大好きだよ♪」

「相変わらず夜戦基準……」

 

 

「白雪も、ますますお役に立てるよう頑張ります。はい、お任せ下さい!」

 

楽しい腹ごしらえが終わり、天龍や吹雪、白雪たちの艦隊は出撃した。

 

「えー? らしんばん、まわすのー?」

ウサギのぬいぐるみを引っ張る、眠たげな羅針盤妖精さんが尋ねてくる。

 

「お願い」

回さなくていいもんなら回さないで、という言葉を飲み込み、提督がお願いする。

 

「……ん……あい」

やる気なさそうな短い回転の後、すぐに止められる羅針盤。

 

羅針盤が指し示した方角に向けて、艦娘たちが針路を向ける。

おそらく、敵の主力ではなく、別働隊のいる方向へ……。

 

提督はマイクをとり、艦隊に向けて穏やかな声で通信を送った。

 

「ハズレでもいいよ。また美味しいご飯を食べて、もう一度行こう」


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