ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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東方系の名前が出ますが、店名や会社名などを考えるのが面倒で拝借しただけです。
クロスオーバー作品ではありません。


球磨とサンマーメン

雪は降りやんでいたが、底冷えのする朝。

7時、鎮守府で朝食が始まったのと、ちょうど同じ時間。

競りが終わったばかりの活気が残る、この地方でも最大の中央卸売市場の水産部。

 

漁協や市場の関係者や、買出人の間を、奇妙なモコモコが動き回っていた。

オレンジのマフラーを巻き、ブラウンの厚手のファー付ダウンジャケットを着込んだ、私服の球磨である。

 

食のプロにとっての戦場である市場。

そんなところを素人がウロチョロすれば、邪魔だと怒鳴られるのがオチだ。

だが、球磨を見て文句を言う人間はいないし、球磨の動きも市場の流儀や動線を心得ている。

 

もう4年以上、球磨は鎮守府からほど近い、この市場で定期的に買い付けをしている。

胸元に下げているのは、年季の入った「買出人章」。

 

漁師が獲った魚介類は、いったん漁協に集められ、卸売市場で大きな単位で競りにかけられる。

これを競り落として小分けし、買出人(小売店、飲食店、ホテル等)に小口で売るのが仲卸だ。

 

いったん全ての仲卸の店先を見て回り、どの店にどんな品が競り落とされているかを覚えた球磨は、間宮や鳳翔から頼まれていた頭の中のリストと照合し、買うべきものを決める。

 

「とっつぁん、ヤリイカ15箱と、ブリを5尾、しじみ20Kg欲しいクマ」

 

馴染みの仲卸のところへ行き、流れるように注文する。

 

「それからマダラ5箱、そこのキチジとスズキも2箱ずつもらってくクマ」

「やっぱり目ぇつけてやがったか」

 

仲卸のおじさんは苦笑いしつつ、電卓をはじいて値段を出す。

 

「ホタテあるけど、いらねぇかい?」

「ホタテは寅丸のとこの方が身ぶりが良かったクマ」

 

ペロリと舐めた指で紙幣をはじいて数えながら、球磨が答える。

 

「本当、よく見てやがるな」

「こっちも遊びじゃねえクマ」

 

再び苦笑し、代金を受け取るおじさん。

 

「ん!?」

 

球磨の目が、店の奥でおかみさんが絞めている、季節外れに大きな鮭に止まる。

 

「ありゃ売れないぜ。紅魔館ホテルの注文で競り落とした一番見事なやつだ。接待ゴルフで泊まる常連客の社長が、大の鮭好きらしくてよ」

 

「別に……いいクマ。今日は、鮭は安いフライ用の切り身で頼まれてるクマ」

「なら村紗んとこだな。今日も手頃な鮭を競り落としてたぞ」

 

仲卸にはそれぞれ固定客と得意分野があり、競り落とす魚の種類や傾向、客に渡す前にどこまでの処理に応じるかにも差がある。

 

よだれを垂らさんばかりの球磨の表情を見て、大笑いしたおじさんは店の奥に行き、おかみさんがギリギリで尾を切り落とした鮭から、さらに一切れの刺身を切り出してきて、球磨の口に放り込んだ。

 

「へへ、こんだけの鮭はなかなかねぇだろ?」

「クマー!」

 

上品な、うっすらと脂ののった天然鮭の味に、球磨は歓声をあげる。

 

最初は奇異の目で見られていた球磨だが、今ではなかなかの目利きとして一目置かれている。

それに、奇妙な語尾を取り去れば、気風の良い“男前”だと市場でも評判だ。

こうして顔を売っておくと、電話注文でも余り物やハズレを押し付けられることもない。

 

「いつも通り、配送は八雲商会で頼むクマ」

「あいよ」

 

それぞれの仲卸から買い付けた品は、まとめて運送会社の専用トラックで運んでもらう。

 

「魚をとっとと終わらせて、青果部と食肉部も回らなきゃいけないクマ」

「ところで嬢ちゃん、本業は大丈夫なのかい?」

「自分でも時々、何が本業か分からなくなるクマ」

 

 

すべての買い付けを終えた球磨は、大きくのびをして市場を出た。

雪の積もった外の空気は冷たく、吐く息は白い。

球磨はマフラーをしめなおした。

 

「早く帰って飯だクマ」

 

朝は鎮守府を出る前に、間宮が握ってくれたおにぎりを2つ食べただけだ。

市場の前の通りには、食のプロを相手にするだけあってレベルの高い飲食店が並んでいる。

それでも、球磨は鎮守府に帰って食べるのを選ぶ。

 

一度だけ、評判の寿司屋に入ってみたことがある。

新鮮な良いネタを使っていて、鳳翔の寿司にも勝るとも劣らぬ旨さだった。

 

けれども、独りで食べるそれは何となく味気なく、鳳翔の居酒屋で妹たちと食べた寿司にあった何かが欠けていた。

 

「それに今日は、提督が作ってくれるって約束だクマ」

 

球磨は駐輪場に停めておいたスーパーカブにまたがり、ヘルメットをかぶる。

 

「スノーチェーンは巻いてるけど、用心してゆっくり行くクマ」

 

それでも鎮守府まで40分もかからない。

 

独特のカブの排気音を響かせながら、球磨は雪が薄く積もる白い県道に走り出した。

 

 

「帰ったクマ~。北上、バイクを拭いて車庫に入れとくクマ」

「え~」

「姉ちゃんの言うこと聞くクマ。駆逐艦の子に押し付けたらメシ抜きだクマ」

 

こうして、球磨のハードでワイルドな時間は終わる。

球磨は鎮守府庁舎に駆け込むと、キッチンへ直行した。

 

「ただいまだクマ!」

 

そこでは、朝に約束したとおり、提督が球磨のために遅めの朝食を準備してくれていた。

 

「お疲れ様。もうすぐできるけど、先に熱いシャワーでも浴びてきたらどうだい?」

「いいクマ。もうお腹ペコペコだクマ」

 

あたりには、ゴマ油の香ばしい匂いが漂っている。

球磨はダウンジャケットを脱ぎながら、提督の横に行き、コンロを覗き込む。

 

「そっか。じゃあ一気に仕上げちゃおう」

 

提督が振る中華鍋の上では、色とりどりの具材が鮮やかに舞っていた。

挽き肉、もやし、白菜、人参、ニラ、チンゲン菜、きくらげ、しいたけ。

 

くぅ~、と食欲が刺激されて球磨のお腹が鳴る。

 

提督は隣のコンロで沸かしている熱湯の大鍋に、生麺を放り込む。

中華鍋には鶏がらスープを加え、炒めた具材を軽く煮ながら、砂糖、醤油、オイスターソース、すりおろし生姜、塩こしょう、で味を足していく。

 

水溶き片栗粉でとろみをつけ、熱湯からザルですくった茹で麺を入れたら、酢をひと垂らしして、大きく混ぜて器へと注いで完成。

 

「はい、サンマーメンの出来上がり」

 

とろみのついた琥珀色のスープの中に、たっぷりの具材と麺が泳ぐサンマーメン。

横浜中華街の料理店のまかない飯が発祥とされ、漢字で書けば「生馬麺」となる(諸説あり)。

 

横須賀鎮守府との合同演習の打ち合わせの帰りに横浜で食べて以来、提督は気に入って冬になるとよく自分で作っていた。

 

「提督、こっち来るクマ。今日はここで食べるクマ」

 

提督を椅子に座らせ、球磨は提督のひざの上にチョンと乗って食べ始める。

 

サンマーメンのとろみのついたスープは熱々で、よく具材や麺にからむ。

一口すすれば、口の中に広がるのは素朴ながらも奥深いコクと旨味。

ほのかな酢の香りと、生姜の風味もあわさり、内側から身体がポカポカとしてくる。

 

嬉しそうに麺をすする球磨の髪を、提督が優しく撫でる。

 

「なでなでしないでほしいクマー、ぬいぐるみじゃないクマー」

 

足をバタつかせて抗議しつつも、球磨はさらに嬉しそうにサンマーメンを食べすすめる。

 

「ほら、ほっぺにスープがついてるよ」

「拭いて欲しいクマ」

「球磨は甘えん坊だなあ」

 

「クゥ~マ~、クマ、クマ♪」

 

しばらく、球磨は提督のマスコットとして、ご褒美の時間を楽しむのだった。




僕の個人的な球磨像ですが、楽しんでいただければ嬉しいです。

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