ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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日間ランキングで3位になっていて驚きましたが、それもこれも読んでくださっている皆様の応援のおかげです。
ありがとうございます。

あと、今回は53話「那智と棒ラーメンとツナチャーハン」の続きのような位置づけになります。


鈴谷と熊野とチーズフォンデュ

南西海域、沖ノ島沖。

同島北西に展開する深海棲艦隊が形成した闇のような空間の中、激しい戦闘が行われていた。

 

漆黒の闇の中、右手にチカチカと新たな発砲光が光るのを鈴谷は感じた。

直感で面舵を切る。

 

右へと傾いた鈴谷の髪を砲弾がかすめ、左手に轟音と共に水しぶきが上がる。

 

「いいじゃんいいじゃ~ん」

額に脂汗をにじませながらも、腕に持った砲塔を固定し、砲術妖精さんが発射諸元を確定させるのを待つ。

 

「あー、重い」

 

この海域の独特のジンクス。

ドラム缶を一定数装備していると羅針盤が安定し、海域の北側だけを通り抜けることができる。

 

それに従って装備しているドラム缶の束が抵抗となり、鈴谷の足かせになっていた。

 

「でも、文句ばっか言ってられないじゃん? 妙高型には、負けてらんないし」

 

肩に登ってきた砲術妖精さんに言うと、妖精さんもウィンクを返して砲撃許可の旗を振ってくれた。

 

「うりゃぁ!」

妖精さんからの合図で、20.3Cm(三号)連装砲と、オイゲンから借りているSKC34-20.3Cm連装砲が火を噴く。

 

「弾着……今っ!」

鈴谷と砲術妖精さんの叫びと同時に、敵の重巡リ級に猛火が上がる。

 

喜びかけた瞬間、足元へと迫る青白い雷跡を確認し……鈴谷は砲術妖精さんを手でかばいながら、迫りくる魚雷に背中の艤装と飛行甲板を向け、防御姿勢をとった。

 

 

「えむぶいぴぃ。それは今時のレディの嗜みの一つでもありますわ。ありがたく頂戴いたします」

 

鼻高々で提督からMVPのご褒美をもらう熊野の横で、鈴谷は服が破れて胸と下半身を、手とボロボロの飛行甲板で隠していた。

 

「鈴谷、早く入渠を……」

「そんなの後でいい!」

 

提督が制服をかけてこようとするが、鈴谷は拒む。

 

「それより先に、渡すものがあるでしょ?」

「いや、こんなとこで、こんな恰好のまま?」

「いいから早くっ!」

 

「仕方ありませんわ。飛行甲板、持っておきますわね」

熊野に下半身を隠している飛行甲板を持ってもらい、空いた左手を提督へと突き出す。

 

提督がアタフタしながら制服のポケットを探ってケースを取り出し、その中の指輪を鈴谷の左手の薬指へとはめた。

 

「はは、提督、サンキュー♪」

指輪と提督の顔を交互に見つめながら、鈴谷が笑う。

 

「それでは、次は私が指輪をいただく番ですわね」

「ああっ、熊野! まだ手を離しちゃダメ―!!」

 

 

鎮守府の裏山の山頂。

この間、那智と登ったばかりの場所で、提督はグッタリとしていた。

 

鈴谷と熊野が、ケッコン記念にここに来ることを希望したのだ。

今度はテント休憩の予定で荷物も多く、提督もザックを背負わされた。

 

「ていとくー、頑張ったじゃん?」

「相変わらずエスコートはレディ任せでしたけれど」

 

鈴谷も熊野も、明るい色使いとカジュアルさを取り入れた、女の子らしい山ガールファッションだ。

(そもそも標高300メートルちょっとに過ぎないので、天候と気温さえ安定していれば過剰な装備は不要だ)

 

「熊野、さっきはありがとう」

「何てことありませんわ」

 

先ほど、ヤマカガシという毒蛇がいた岩に提督が不用意に手をついてしまい、噛まれそうになったところを、熊野が「とぉお~おお~!」と気合一閃、尻尾を持って遠くへ放り投げたのだ。

 

ヤマカガシは日本中に棲息する見慣れた蛇で、長く無毒の蛇と思われて危険視されていなかったが、戦後になって実は奥歯(後牙)に日本最強の猛毒を持っていることが分かった。

ヤマカガシは臆病なので、こちらの存在を先にアピールして逃げる時間を与える、出会ってしまったら刺激せずに静かに立ち去る、といった対策が有効だ。

 

 

「ほらほら、ご飯の用意しようよ。提督もテーブルセットお願いね」

今回、提督が運ばされたのはミニテーブル2個と椅子3個。

 

スノーピーク社の、A4サイズのテーブル面を二つ折りに畳める携帯テーブルの定番「オゼン ライト」と、他社の「トリポッドチェア」という、三本脚と三角の座面を持つ折り畳み椅子。

 

重量は全部で3.5Kg弱だ。

 

鈴谷がケロシンバーナーで面倒な着火をする一方、熊野はテントを張っていく。

 

「テーブル出来たから、下準備するね」

提督が熊野のザックを開けて、前菜の食材や調理器具を準備していく。

 

ザックのポケットに刺してきたバケットパンを薄く切り、ガスカートリッジ式のバーナーの上に、組み立て式の網焼きトースターを設置する。

 

バケットをカリカリに焼き、ニンニクをすりつけてオリーブオイルを塗り、タッパで持ってきた具材を盛り付ければブルスケッタの完成だ。

 

保温ボトルに入れてきた熱々のコンソメスープをカップに注ぐ。

 

トマトとバジルのブルスケッタには粉チーズ、スモークサーモンのブルスケッタには塩こしょうと、ポチ袋に入れてきた調味料をふりかけて最後の味付けを。

 

ケロシンバーナーの他にガスバーナーも使うのは、着火・消火が簡単で、手軽に火の数を増やせるからだ。

 

 

では、本命のケロシンバーナーでは何を作るのか?

 

アルミのクッカーに、後始末を簡単にするためにアルミホイルを敷き、ペットボトルの白ワインを注いでアルコールを飛ばす。

 

ブルスケッタをかじり、余った白ワインを回し飲みしながら、ビニールパックしてきた食材を広げる。

 

切って下茹でしておいた、アスパラ、ニンジン、ジャガイモ、ヤングコーン、剥きエビ、ソーセージ。

そして、小さく切ったバケットに、刻んでトースターで炙った切り餅。

 

チーズフォンデュ用のとろけるチーズをトロトロに溶かして、串に刺した食材をからめて口に運べば、深く濃厚なチーズのコクが素材の旨味を引き立てる。

 

「はむ、ん~ん~♪ 意外といけますわ~♪」

切り餅もチーズにとてもマッチする。

 

 

「てーとくぅー! ちょっとマジメに話するけど……」

食材とともに保冷材で冷やしてきた、追加の白ワインのペットボトルを開けながら、鈴谷が話しかけてくる。

 

それは、ケッコンにあたっての、鈴谷から提督への感謝の言葉だった。

 

「……これからもよろしくね!」

最後にそう言うとワインをあおり、鈴谷はボトルを提督に押し付けてきた。

 

 

食事の後片付けをし、テントに潜り込む。

仮眠をして、疲れた身体に回ったアルコールを抜くためだ。

 

3人用なのに本体2Kgを切る超軽量のテント、スノーピーク社の「ファル」。

折り畳んで収納できるマットや枕も、空気を入れて膨らませれば、快適な寝心地になる。

 

「提督とこの鎮守府、わたくし、嫌いではなくってよ? ……ふぁ~」

そっと抱きついてきた熊野だが、そのまま提督の腕を枕にして、まどろみ始める。

 

「提督、熊野、まさか新婚旅行で本当にグッスリ寝るつもりじゃない……よね? んぅ、どうする? ナニする~?」

 

鈴谷が足を絡ませてくるのを感じつつも、提督も眠りに落ちていった。

 

 

「てぇーとくぅー……くーまのー…………。なーんかマジ退屈なんだけど……」




空母改装後の鈴谷には大変お世話になっていますが、航空巡洋艦の鈴谷も恋しくて2人目を探しています。

53話の那智回の後、冒頭の提督いじりが面白くなかった、というコメント付きの評価をいただきました。
あの回の鈴谷と熊野の言動はジェラシーによるもので、今回への伏線だったのですが、その方をはじめ、他にも不愉快に感じられた方がいらっしゃいましたら、お詫びいたします。

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