ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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那珂とそら豆のごはん

黄色く花咲いていたタンポポの群生の中に、白い綿毛が混じってきた。

那珂の率いる第四水雷戦隊は、今日は倉庫の横で肥料混合機と格闘していた。

 

リヤカーを使って畑から運んできた土に、 苦土石灰(ドロマイト)(マグネシウムとカルシウムを多く含んだ、鉱物を細かく砕いたもの)と 堆肥(たいひ)、肥料を混ぜ合わせる。

 

肥料混合機は明石の手作りで、台座に遠征用のドラム缶を斜め45°に設置し、内には不要になった艤装のスクリューの羽根を、折り曲げて取り付けてある。

手回しのハンドルでドラム缶自体を回転させて、中のものを混ぜるのだ。

 

 

堆肥には、土壌を改良して土をやわらかくしてくれる効果がある。

 

原料は、庭園や裏山の落ち葉と、刈り取った雑草、厨房から出た野菜クズ。

秋から半年、畑の端に囲ってある木枠に入れて発酵させ、そこに牧場から買った発酵牛糞を混ぜたものだ。

 

「うわぁ、重いです……あ、きゃーっ」

「意外とくさくないっぽい?」

堆肥の桶を持ったまま転ぶ五月雨に、牛糞の臭いを気にする夕立。

 

 

肥料も、発酵用の木枠に入れて2ヶ月ほど発酵させた、鎮守府自家製の天然肥料。

 

原料は、米ぬかと油かす、魚粉にエビ殻、すり潰した牡蠣殻、わらを燃やした灰、菌のついた落ち葉、そして水。

 

「俺、ただのゴミ箱だと思ってたから、何で陽炎姉が時々かき混ぜてんのか分かんなかったよ」

嵐が言うように、発酵を促すために定期的にかき混ぜてやらなければならない。

 

那珂たちも、堆肥や肥料を使わせてもらう分、新しい肥料作りを体験してきた。

つまり、生ゴミっぽい物質を木枠に入れてかき混ぜる作業だ。

 

(アイドルとしてはNGっぽい仕事だったけど、菌の力と、昔の人の発想ってすごいよね……)

 

身の回りの廃棄物から、植物の栄養になるものを取り出す先人の知恵だ。

 

 

「それじゃあ、回しますね」

野分がハンドルを回す。

土を入れて重くなった混合機を回すのは、なかなか骨が折れる。

 

「那珂ちゃんセンター、一番の見せ場!」

交代でハンドルを回しながら、那珂も戦隊長のメンツとして駆逐艦たちの二倍は長く回す。

 

混ぜ込んだ土を手にとってみるが、フカフカに柔らかい。

ほんの一つまみの中にも、落ち葉についていた菌が数億にも増殖して発酵を促した結果だ。

 

葉を肥えさせるチッ素、実を肥えさせるリン酸、根を肥えさせるカリが豊富に含まれた、豊饒な養土となっている。

 

大量生産の時代にはナンセンスなのかもしれないが、自然界にあるものだけを使って植物を育てるのが、この畑の方針だ。

 

 

こうして混ぜ込んだ土をプランターに入れ、10日ほどして土の状態が落ち着くのを待つ。

そして、セルトレイで発芽しているネギの種苗を移し替えて、畑に定植できる丈夫な太さにまで育てるのだ。

 

セルトレイを使わずにいきなりプランターに種をまいてもいいし、セルトレイから一気に畑に苗を植え替えることもできるが……。

 

今回は那珂たちにとって初年度の栽培。

宮ジイと川内と相談し、急な天候や気温の変化に左右されないようにと、いつでも屋内に退避させられるプランターを使うことにした。

 

芽吹いた長ネギはすくすくと成長してネギらしい形になってきて、もうすぐ草丈も10Cmほどに達する。

 

芽を間引くとき、春雨や山風が泣いてしまったほど愛着が湧いている。

慎重に慎重に大事をとって育てていく予定だ。

 

プランターに混合した土を積め、混合機の掃除と片付けを終えて……。

 

「今日はちょっと大変だけど、那珂ちゃんについてきてねぇ!」

 

 

那珂たちは畑に戻り、他の農作物の手伝いに参加する。

 

ニンジン、ゴボウ、サヤエンドウ、カブ、レタス、チンゲンサイ、ブロッコリー……。

今週、種まきや植え付け予定の野菜は多い。

 

那珂は、大和と武蔵を手伝って、大根の種まきをした。

 

あらかじめ幅を60Cmとった畝が、わら紐で区切られて並んでいる。

まずは、こちらも手伝いに来ている島風が、畝の中央に木の棒を押し付けて、溝を作る。

 

大和と武蔵が、その溝に沿って、25Cm長の木の棒を置いて間隔を測りながら、空き缶の底をカットしたものでペタペタと土に種のまき穴をスタンプしていく。

 

えんじ色ジャージを着て、地味で細かい作業をする超々弩級戦艦。

なかなか見れないレアな姿だ。

 

そのまき穴に、手伝いの那珂と摩耶が、X字を描くように5粒の種をまく。

品種は、低温でも育ちやすく、葉が少なく広がらないので密集してまける、春青大根だ。

 

「おーそーいー!」

その穴を、溝を作り終えた島風が、土をかぶせて埋め始める。

 

 

川内の三水戦は、すでに育ってきたジャガイモの芽を間引きする芽かきという作業や、サトイモ用の畝作りをやっている。

 

玉ねぎや大豆ももう芽吹いているし、小麦も新緑の草を伸ばしてきた。

冬の間は一面霜のはった土だけだった東京ドーム2個分の広大な土地が、だんだんと田畑らしい姿を取り戻してきた。

 

大規模作戦が始まって忙しくなる前に、できるだけ春の作業を終わらせておきたい。

艦娘たちは、頑張って畑仕事に精を出すのだった。

 

 

お昼はあきつ丸が、明石が製作した一三式自走炊具で出前に来てくれた。

 

働いた後の美味しいご飯。

王道のわかめと豆腐の味噌汁が、やさしく身体に染み渡る。

 

メインのおかずは、鶏と新玉ねぎの塩麹焼き。

塩麹に漬け込んだだけのシンプルな味付けが、九州からお取り寄せした地鶏の上品な旨味を存分に引き出している。

 

よほど美味しかったのか、普段は大人しい荻風までが、一口噛みしめただけで足をジタバタさせている。

 

 

ご飯は昆布とともに炊き、塩茹でしたそら豆を混ぜ込んだ、ホクホクのもの。

自然な甘味と塩気が、絶妙なバランスをとっている穏やかな味。

 

「はぁ…、癒されますぅ……感謝ですね…」

三水戦の綾波の言葉が耳に入った。

 

まさに、自然の恵みに感謝したくなる味だ。

 

今食べているそら豆は九州産のものだが、6月を過ぎればこの畑で育てているそら豆も食べ頃になるだろう。

 

 

ちくわの磯部焼きは、あきつ丸が昨日の九州での演習の帰りに獲ってきた飛び魚を使い、間宮が練ったものだという業物(わざもの)の逸品。

とにかく味の奥行きが深い。

 

しらす入りの玉子焼きに、あさりと椎茸の佃煮、ひじきの煮つけ、蕪の浅漬け。

山の幸、海の幸がたっぷりの食事を、土の香りがする畑で食べられる幸せ。

 

 

「よーし、みんなー! 午後もノリノリで那珂ちゃんについてきてねっ!」

「はーい!」

 

美味しい食事で気合いも体力も十分回復。

 

「あ、ちょっとその前に、舞風ちゃん、春雨ちゃん。ゴールデンウィークのライブの振り付けだけ確認しとこう」

 

那珂は今度、公民館でライブを披露することになっていて、舞風と春雨はそのバックダンサーだ。

 

ライブといっても、吹雪たち特型駆逐艦がやる演劇『おむすびころりん』と、鳳翔と加賀の演歌ショーの前座の賑やかしなのだが……。

 

「ステップ1、2、3で、那珂ちゃんがセンターでターン、はいっ、そこで左右立ち居地を入れ替わって。頭からもう一回だけやってみよう!」

 

農業だけじゃなく、アイドル業も手抜きはしません!

那珂ちゃんは絶対、路線変更しないんだから!


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