ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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翔鶴の愛妻弁当

海の安全を脅かし、人類に仇なす深海棲艦。

 

……は後回し。

今日の艦娘たちは町内の安全のために、スズメバチと戦っていた。

 

キイロスズメバチ。

体長は2Cmほどで、攻撃性が強い。

民家や倉庫の軒下、天井裏に巣を作ることも多く、そのくせ人間が巣に近づいただけで攻撃してきたり、要注意な種類だ。

 

コガタスズメバチ。

攻撃性はそれほどではないが、キイロスズメバチより一回り大きい。

徳利を逆さまにしたような形の巣を民家の軒下や庭の樹木などに作ることがあり、放置しておくとバレーボール大にまで巣を大きくしてしまう。

 

軽巡洋艦娘たちが手分けして町内をパトロールしながら、スズメバチやその巣を見かけたら通報してくれるように、町民にチラシを渡していく。

 

特に天龍と龍田は日頃、商店街の御用聞きとして買い物に困っている高齢者住宅への配送サービスをしたり、商店街への送り迎えを行っているので顔が広い。

 

「それじゃバアちゃん、近所で巣があるって話が出たら教えてくれよな」

「わがた。いつもどうもねぇ」

 

注文の日曜品を届けて去っていく天龍の軽トラに、両手を合わせて拝む、足腰を痛めている一人暮らしのお婆ちゃん。

 

時々、駆逐艦娘も訪問して散歩に連れ出し、寝たきりになってしまわないように注意している。

 

この鎮守府は、地元の平和と安心も全力で守ります!

 

 

鎮守府から裏山を挟んだ反対側にある、広大な畑と、広々とした果樹園、ちょっとした水田、貯水池、そのさらに先の山裾に近い奥まった一角。

そこには、季節ごとに色とりどりの花が咲き乱れる。

 

菜の花やチューリップの間を、一匹の蜂が飛び回っていた。

花の蜜をたらふく吸い、そろそろ巣へと帰ろうとする彼女。

 

彼女に名前はないが、仮にアイと呼ぼう。

アイは、人間が呼ぶ「ニホンミツバチ」という種類の蜂だ。

 

アイの属する一群は近年、「ヨウセイ」という存在に仲介されて、「カンムス」という「ニンゲン」に似た大きな動物に庇護されることになった。

 

「ヨウセイ」が言うには、「カンムス」は「テイトク」という女王蜂のような存在を守りながら(「ニンゲン」のオスらしいが、なぜ交尾以外に役割のないオスなどを守るのかはアイたちには意味不明だ……)、「チンジュフ」という巣を作っているという。

 

その「チンジュフ」で食べるために、アイたちが集めた蜂蜜の一定量を分けて欲しいというのだ。

見返りとして、アイたち一群が巣にするのに適した箱を用意し、その巣箱の維持管理を請け負うという。

 

アイたちの祖母の世代は半信半疑ながらも、試しにその誘いに乗ってみた。

ニホンミツバチは不快になれば、すぐに巣を捨てる。

祖母たちも、一年限りのお試しのつもりだったのかもしれない。

 

ところが、「カンムス」たちは想像以上の貢献をしてくれた。

巣箱はアイたちの一群が働きやすいように内部の準備も最初から整っていて、群の成長に先回りして拡張もしてくれた。

 

塔のような数層の、いくつもの似たような巣箱が建ち並ぶ居住区。

それぞれ、アイたちの一群のように、「カンムス」に庇護されることを選んだり、その一群から枝分かれした群が棲家にしている巣だ。

 

木の板に「カ」と書かれた巣箱を旋回し、「ス」という木札の巣箱を飛び過ぎた、その先。

アイは「シ」と書かれた木板が張られた、自分の帰るべき巣箱を見つけた。

 

アイは巣への穴の前に取り付けられた、「カンパン」と呼ばれる板に着地する。

そして、狭くて通り抜けるのは厄介だが、頼もしい城門をくぐる。

 

この城門は、あの憎い天敵の大きさでは通り抜けることができず、アイたちの巣を守ってくれているのだ。

 

オオスズメバチ。

世界最大で最強のスズメバチであり、体長は3センチ前後、大きいものでは4センチにも達する、あの凶悪なならず者ども。

 

夏から秋にオオスズメバチは集団でミツバチの巣箱を襲い、成虫を殺した上、蜂児をさらって自分たちの幼虫の餌にしてしまう。

 

アイはまだ見たことはないが、夏になると「カンパン」の上に「ホサツキ(捕殺器)」という、上へと飛ぼうとするオオスズメバチの習性を利用した、奴らだけが吸い込まれて二度と出て来られなくなる檻が設置されるのだという。

 

他にも、オオスズメバチが仲間を匂いで襲撃場所に呼び寄せる習性を利用した「ネンチャクシート」や「ペットボトル」という罠を、巣から離れた場所に置いてくれるらしい。

 

オオスズメバチは気温が低下する秋以降は活動がにぶり、冬になるとほとんどは死んでしまう。

その間、女王バチだけが木の(うろ)などで冬を越し、今ごろから女王バチ一匹で新たな巣作りを始めるのだが、「カンムス」たちはそれを山に狩りに行ってくれるという噂も聞く。

 

それでも、アイたちの母の世代が、オオスズメバチの集団襲撃を受けた。

 

その時、この巣箱の守護者である「カンムス」の「ショウカク」は、「ムシトリアミ」という伝説の武器を振るって奴らを捕まえた上、相手の巣まで攻め込んで「ビニールブクロ」という不思議な道具に捕獲し、「レイゾウコ」という温度を操る道具に閉じ込めて、オオススズメバチどもを女王蜂ごと一網打尽にしたという。

 

それ以来、アイの一群は「ショウカク」に絶大な信頼を置いている。

 

特に、「ショウカク」は捕獲したオオスズメバチやその幼虫を、「ショウチュウ」という液に漬けこんで、「テイトク」に「セイリョクザイ」として食べさせたとか……。

 

「セイリョクザイ」というのが何なのかアイには分からないが、多分、女王蜂だけが口にするロイヤルゼリーと似たようなものだろうから、アイたちも「ショウカク」に親近感が湧く(でも、やっぱりオスなどを大事にする意味が分からないのだが……)。

 

 

アイは再び蜜を吸いに出かけ、キラキラと光る小川の近くで「ショウカク」と「テイトク」を見つけた。

 

「カンムス」たちが多く集まっている畑からは、透明な不思議な膜に覆われた「ビニールハウス」という沢山の建物(中はいつも暑くて南国の草花が咲く楽園だというが、入ったまま二度と出て来れなかった仲間もいる危険な場所だ)で死角になっている。

 

 

「はい、提督。あーん」

「あ…、あーん」

 

翔鶴が箸を向けて、お手製の弁当を提督に食べさせている。

 

タコと浅葱(あさつき)の酢味噌和え。

わざわざ別のタッパに、保冷剤を巻いて入れてきた、季節感あるおかずだ。

 

「浅葱はガン予防にも効果があるそうですよ」

「そうか、健康まで気を使ってくれて、ありがとう」

 

二度揚げで香ばしくサクッと仕上げた、長芋の素揚げ。

二度目の揚げの時には一緒にニンニクも揚げていて、うっすらとパンチも効いている。

 

「うん、ホクホクで絶品だね」

「嬉しい!」

 

和風に2球放っておいて、次は洋風。

内角にえぐり込むメインの、海老とアスパラのマヨ炒め。

 

マヨネーズには醤油が混ぜてあり、それが和風からの舌の橋渡しをするとともに、マヨネーズのコクを引き立てる。

良い加減に炒められてプリッとした海老も味濃くて、翔鶴の料理上手さが現れている。

 

「提督、お気に召しましたか?」

「うん、とっても美味しいよ」

「ふふっ……そう…ですか。良かった、良かったです!」

 

今度は箸ではなく、手でおにぎりを提督の口に運ぶ翔鶴。

 

ご飯に刻んだ大葉を混ぜ、ごまを振って軽く炙った、香りの立つおにぎり。

 

提督の胃袋をつかむべくMO作戦を続行しながら、翔鶴はベッタリと身体を密着させていく。

 

「あ、あの……翔鶴? そんなにくっついたら、た、食べにくいかなぁ」

「うふふ……提督……はい、あーんっ」

「あ、ちょ……翔鶴、まって……」

 

(これなら、「チンジュフ」という巣も安泰だろう)

 

役立たずのオスをリードする、たくましい守護者の姿に満足しながら、アイは花弁から飛び去り、巣箱へと戻って行くのだった。


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