ある日、島風がはぐれヲ級を拾ってきました。
こちらの世界での戦闘で頭の上の触手帽子を失ってしまい、深海棲艦として闇の世界に帰還することも、沈んで成仏することもできずに、さまよっていたようです。
「ダメだ、元いた所に帰してこい」
しかし、艦隊のお父さん、長門さんは冷たく言い放ちます。
「狭い鎮守府に閉じ込められたら、ヲ級も可哀想でしょ?」
艦隊のお母さん、鳳翔さんも島風をなだめます。
ギロリ
鎮守府には、自分と北上さんと提督と(おまけで球磨、多摩、木曾)さえいればいいのに、これ以上邪魔な子が増えるのかと、大井さんがにらんできます。
「そんなことより夜戦しよう!」
夜戦バカの頭には夜戦のことしかありません。
「おぅ」
「ヲ」
ヲ級を飼う許可をもらえず、泣く泣く島風はヲ級を海に放そうとしました。
せっかく、お友達になれたのに……。
「どうしたんだい?」
そんな島風に、ぽわんしたのん気な声をかけてくれたのは、猫目の提督でした。
「かくかくしかじか、おっおっおっ!」
島風が事情を話すと、何も考えていない提督はすぐにヲ級を飼う許可をくれました。
「ただし、島風が責任をもって面倒を見るんだよ?」
「おうっ!」
とは言ったものの、飽きっぽい島風は、すぐにヲ級の面倒を見なくなりました。
今日も任務が終わった途端、天津風と駆けっこをするために遊びに行ってしまいました。
「ヲ……」
散歩に行きたくて、ヲ級が提督の自室の押し入れで泣いています。
そう、ヲ級は提督の部屋に匿われているのです。
可愛そうに思った提督は、ヲ級を散歩に連れ出しました。
首にはちゃんと艦娘と同じハート型のネックレスをはめ、飼い主の責任としてリードも付けました。
提督は喜ぶヲ級を白い軽自動車に乗せて、街に連れ出しました。
体のライン丸出しの白くて薄い全身タイツに、ロングブーツを履いているだけの美少女ヲ級の首にリードです。
もはやマニアックな高等プレイの図、AVの撮影かと道行く人がザワつきますが、のん気な提督は気にしません。
デ○ズニーストアでぬいぐるみを買ってもらい、サーテ○ーワンでチョコレートミントのアイスを食べさせてもらうヲ級。
ずるい、艦娘よりも好待遇です。
そして2人を乗せた軽自動車は、深海の竜宮城のような建物の中に消えていきました。
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海と波をモチーフにした室内に、小洒落たインテリアの数々。
貝殻のイメージの浴槽に、青白い照明に照らされたダブルベッド。
淫らに絡み合う裸体の提督とヲ級……。
「んぅ~、これパースずれてない?」
ダボダボのシャツを事務用腕輪でしばった巻雲が、裏返した原稿用紙を掲げて蛍光灯に透かし、濡れ場のコマを凝視している。
「そんなこと言ったって、背景描くだけでも精一杯なんだからさあ……あ、ズレてる」
目の下にクマを作った秋雲が、巻雲にほっぺたをくっつけるように一緒に原稿用紙を見上げ、パースずれを認め……そのまま床に崩れ落ちる。
ここは鎮守府庁舎の会議室……を占拠した同人誌作成工房、スタジオ・オータムクラウド。
「あ、あの、やっぱりホテルの描写に凝り過ぎたのがスケジュール的にまずかったんじゃ……」
メガネっ子艦娘の沖波が、おずおずと意見を言う。
「うっっくぅ~、なんもいえねぇ~……」
「うん……凝り過ぎた。懲りた……」
「リプル、バカ雲、弱音吐くんじゃねぇです。せっかく同志メロンが潜入取材して資料を提供してくれたんですよ!」
作業台に突っ伏すP.Nリプルこと漣と、床で眠りかける秋雲に、巻雲が写真の束を投げつける。
(ごく一部の)駆逐艦娘たちにとっての夢の国、街のラブホテルの内部写真。
同志メロンこと夕張が、出不精な提督を無理矢理誘い、車で片道2時間かけて撮ってきた、貴重な宝の山だ。
だが、この写真に大興奮して、今回の原稿では背景を丹念に描き込み過ぎたのが、消耗の原因になっている。
「入稿日……いつだっけ?」
「あと2日です」
「ムリ……1ページの背景だけで半日かかる……おやすみ」
「バカ雲、寝たら死ぬですよ!?」
「24時間、寝なくても大丈夫」
そう言いながらも、眠気で指定のワク外にトーンを貼っている若葉。
スタジオ・オータムクラウドは、絶賛修羅場中。
ヲ級の面倒な触手を省略すれば何とかなると思っていたが甘かった。
これが夏冬向きの腐った本だったなら、特型や白露型、軽巡、それに海外艦からもう少し手伝いが集まったのだが……。
「差し入れですよ」
会議室にサーテ○ーワンの袋を持った女性が入ってきた。
美しい銀髪に白く透き通った肌、ミントブルーの澄んだ瞳。
ここの鎮守府に住んでいる、はぐれヲ級だ。
さすがに白の全身タイツの深海コスチュームではなく、ギンガムチェックのお嬢様風ワンピースの私服を着ているし、提督の私室の押し入れに住んでいるのではなく、ちゃんとした部屋ももらっている(最初は本当に押し入れに隠れていたが、怒った加賀に引きずり出された)。
スーッとする爽やかなミントの香りに、チョコチップの甘味が映える。
好き嫌いは分かれるが、好きな人にはたまらないチョコレートミントアイス。
ヲ級が提督と初めてお出かけした時に食べた、一番のお気に入りアイスだ。
「ありがてぇ~」
「アイス、ウマーーー!」
「ヲ級さん、巻雲感謝です」
「ありがとうございます」
「歯磨き粉みたいだが……悪くない」
疲れ切っていた駆逐艦娘たちにも元気が戻ってくる。
だが……。
描きかけの原稿にヲ級の目が留まる。
「ヲヲォッ!?」
思わず人語を忘れて叫ぶヲ級。
R-18タグ無しには描写できない行為の絵に、淫猥な効果音。
「ヲ、ヲヲヲッ!」
顔を真っ赤に染めたヲ級が、涙目で逃げて行く。
「萌えリアクション、キタコレ!!」
「ふふふ、今の表情いただき。創作意欲がメラメラ燃えてきた」
「秋雲屋、お主も悪よのお」
漣、秋雲、巻雲がゲスな笑顔を浮かべる。
この後、ヲ級の通報を受けた不知火がやって来て、めちゃくちゃ怒られるのだが……。
ここの鎮守府は今日も平和です。