ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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休日のポトフ

梅雨入り宣言もないまま、激しい雷雨が降り注いだ後。

曇り空が続きながらも雨は降らない、不思議な天気の中。

 

久しぶりに太陽が顔を見せ、ここの鎮守府は勝手気ままな開店休業に入っていた。

先日の出撃任務で備蓄資源も枯れたし、提督の緊張の糸も切れた。

 

梅雨入り前に6月産野菜の本格収穫をしたいし、スズキも釣り頃だし、沖ではタラも獲れそうだ。

 

地元を守る遠征任務、近海警備と対潜警戒を済ませたら、後は本部へのボーキサイト申請の際に実績アピールをするのに必要な防空射撃演習と、釣りのついでの海上護衛任務と北方鼠輸送、買い出しを兼ねた演習を回していく。

 

完全に備蓄モードの、ゆったりした一日が過ぎていく。

 

 

艦娘寮の日本庭園の奥。

木々に囲まれて、藁葺き(わらぶき)屋根の茶室が建っている。

 

玄関を入ると三畳の次の間、八畳の書院造りの和室と水屋(台所)があり、三畳半の茶室につながる。

 

玄関先では新聞紙を敷いて、提督が間宮に髪を切ってもらっている。

艦内に理髪師を乗せて泊地を回り、小型艦の乗員たちの散髪も請け負っていたという間宮。

腕前はなかなかだ。

 

提督はパンツ一丁。

寝巻き代わりのスウェットシャツを朝からそのまま着ていたのだが……。

雲の合間から太陽が顔を見せた途端、洗濯本能に突き動かされた伊良湖にはぎ取られた。

 

和室では、飛龍と蒼龍が 大鷹(たいよう)(春日丸から改装された)に竹細工の作り方を教えている。

 

「あの……こう、ですか?」

「そうそう。だけど、竹には表裏があるから気をつけてね」

「ほら、こっちが表で、こっちが裏よ」

 

器用に竹皮を編んで、天日干しに使う 平籠(ひらかご)の底を作っていく。

 

木枠を取り付けて完成した四角い平籠は、大根や椎茸、海産物を干したり、茶葉を乾燥させるのに使ったりと、用途が広い。

 

そして、もうすぐ梅の収穫期。

梅干し作りをはじめとした、梅仕事と呼ばれる梅の加工にも大活躍する。

 

梅雨、と書くぐらい、この時期の雨が梅を育ててくれる。

鬱陶しい梅雨だが、その後には楽しい梅干し作りが待っているので、あまり梅雨入りが遅いのも困りものだ。

 

水屋では鳳翔と祥鳳が、一足先に摘んできた若くみずみずしい青梅を使って、梅酒を作っている。

 

青梅を丁寧に洗い、水に浸けてアク抜きをする。

水気を切って乾かしたら、やわらかい布で優しく拭い、竹串でヘタやホシ(軸)を丁寧にとり除く。

 

後は殺菌した保存瓶に青梅と氷砂糖を入れて、焼酎を注ぐだけ。

 

龍鳳と瑞鳳は、青梅にフォークで穴をあけ、焼酎でなく自家製のハチミツに漬け込んでいる。

ハチミツに浸かった梅とシロップはゼリーの材料になるし、シロップを炭酸水で割って、さわやかな梅ジュースにもできる。

 

昨年から、この鎮守府の恩人である庭師の親方、徳さんの指導で植えた新しい梅の木にも、立派な梅の実がなるようになってきた。

その木々の周りには、最上と三隈がネットを張り、いつ完熟して実が枝から落ちてもいいように準備を整えている。

 

「あ、今のちょっとタンマ」

「待ったは無し」

 

奥の茶室では、隼鷹と飛鷹が昨年につけた梅酒を飲みながら、将棋を指している。

 

幸せに昼下がりの時間が過ぎていく。

 

 

大食堂では、夕飯のポトフ作りの準備が行われている。

 

畑から収穫したキャベツにタマネギ、演習ついでに箱買いしてきた熊本のジャガイモに、千葉のニンジン、青森のブロッコリー。

 

大鍋では、地元産の骨付き鶏でダシスープが煮込まれている。

 

「鹿児島でソーセージ、仕入れてきたクマ」

演習から戻った球磨と多摩が、厨房にソーセージの詰まったドラム缶を運び込む。

 

「いい色のソーセージですね、ダンケダンケ♪」

「演習は勝てた?」

 

戦利品を取り出すドイツ重巡プリンツ・オイゲンが喜ぶ横で、ドイツ空母グラーフ・ツェッペリンが尋ねるが……。

 

「ドラム缶しか積んでない球磨と多摩だけで勝てるわけないクマ。あいつら、戦艦4、正規空母2のガチ編成だったクマ」

「今、潜水艦を仕返しに行かせたにゃ」

 

ポトフに深い味わいを加えるローリエの葉も、畑で採って乾燥させたもの。

欠かせないアクセント、粒マスタードは畑近くの小川で採れた(少し種を播いたら勝手に自生して繁殖した)、からし菜の種を使った自家製。

 

この季節、日が落ちると、空気は一気に冷たくなってくる。

 

野菜たっぷりで栄養満点。

ポトフの香りが鎮守府を優しく包み込むまで、あと少し。

 

とろけるようなキャベツとタマネギ、ほくほくのジャガイモ。

ローリエと野菜の甘味でまろやかになった鶏骨のダシに、肉汁の詰まった粗挽きソーセージ。

 

温かいポトフを食べながら、食卓で今日はどんな話をしようか……。

のんびりと、日は落ちていく。


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