ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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ポーラとそら豆のオリーブオイル炒め

梅雨の切れ目、ジメジメとした湿気の強い日。

 

鎮守府の一角に、さらにジメッとした陰気さを漂わせる一角があった。

もともと漁協事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。

フロントサッシの引き戸を開けると、応接ソファーが置かれた狭いロビーがある。

 

そこに集まった4人の艦娘たちが原因だ。

 

ポーラ、山城、秋津洲、鹿島……一様に死んだ魚のような目をして「不幸だ不幸だ」とブツブツ連呼しながら、昼過ぎから缶ビールをチビチビやっている。

つまみは柿の種だった。

 

「あいつら、どうしたんだ?」

 

ロビーの横には病院の受付のような小窓のついた小さな事務室がある。

庁舎を訪れた長門が、事務室にいた鳥海に尋ねる。

 

「はあ……どうやら、編成に不満があるようですね」

「ふむ。それなら艦隊総旗艦として捨て置けないな」

「あまり関わらない方がいいかと思いますが……」

 

「不満があるなら聞こう。言ってみろ」

鳥海の忠告を無視し、空いたソファーにドッカリと座る長門。

 

ポーラと山城、秋津洲が拗ねたような目で長門を見るが、なかなか口を開こうとしない。

鹿島はモジモジしている。

 

「鹿島。まず、お前からだ」

 

らちが明かないので、長門の方から発言者を指名する。

 

そこに、演習から艦隊が戻ってきた。

 

「北上さん、MVPおめでとうございます。呉鎮の大井、見事に大破させましたね」

「あの呉の大井っち、日本初の実戦投入艦娘で練度155あるんでしょ? まあ、私と大井っちと組めば、敵じゃないけどね♪」

 

「お腹すいた~。蒼龍、艤装解いたら、すぐ間宮さんとこ行こっ」

「今日のカレーは何カレーかなぁ。まるゆちゃん、囮になってくれたから奢るよ」

「あ、ありがとうございますっ」

 

メンバーはまず、牧場組の大井、北上、飛龍、蒼龍、まるゆ。

当然、練度の上がっていない、予備の艤装を使っている。

 

大井と北上の艤装は、改二改装をする時に五連装酸素魚雷が付いてくる。

それ自体でも強力な装備で数が欲しいが、五連装酸素魚雷の高度改修には「共食い」が必要なため、さらに需要が高い。

 

飛龍と蒼龍に懐いている妖精さん、友永さんと江草さんは教練の名人。

この2人が育てた飛行妖精さんたちで編成された九七艦攻と九九艦爆の部隊は、最新鋭機に負けない働きをしてくれる。

 

まるゆ……。

何故か、彼女の白スク水着風の艤装は、近代化改修の素材にすると艦娘の「運」の因果律を上げてくれる。

 

北上がメインで使っている高練度の艤装も、まるゆ改修のおかげで相手の弱点への致命的命中が発生しやすく、雪風並の驚異的な夜戦撃破率を誇っている。

 

 

そして、育成艦枠だろう神威(かもい)

アイヌ衣装風の艤装を纏った補給艦だ。

 

「艦隊、無事帰って来れました。みなさん、お疲れ様。ふぅ」

 

補給艦→水上機母艦→補給艦(水上機搭載可能)と、変則的な改装過程を経る神威。

練度はすでに十分だが、どのように運用するか提督も決めかねて、まだ水上機母艦の状態で改装がストップしている。

 

「うぅ~……二式大艇ちゃんは絶対あげないんだから」

秋津洲が小声でうなり、ビールをクピクピとあおる。

 

「あぁ……」

長門は秋津洲が拗ねている原因を察した。

 

神威が最終形態に改装されると、秋津洲の唯一無二のアイデンティティであった「二式大艇搭載可能」が侵されてしまう……。

 

同時に長門は、鹿島も神威に対して嫉妬の視線を送っているのに気づいた。

 

こちらの原因も、おおよそ見当がつく。

最近は神威ばかり出撃や演習に呼ばれている。

 

ここの提督は同艦種はだいたい練度をそろえて、交代で育成していくタイプだ。

提督は神威を、同じ水上機母艦として一線級を張っている、千歳、千代田、瑞穂、コマンダン・テストと同等の練度まで速成しようとしている。

 

その際、水上機母艦の育成枠は編成上の制約(リランカの潜水艦ルートに出撃できない)や戦力バランスなどから、鹿島のような非戦闘艦の出番に影響を与えやすい。

 

「提督さん、もう鹿島のこと飽きちゃったんじゃ……」

鹿島が涙目になる。

 

最近の装備の棚卸しで、借りパクしていた改修済み対潜三式セットと12.7cm高角砲+高射装置を明石に没収された鹿島。

リランカにも呼ばれなくなり、練度の向上が滞っている。

 

長門は編成上の理由を説明しようとして、言葉に詰まった。

 

「神威の集中練成が終われば出番が戻ってくるさ」と言うのは簡単だが、秋津洲は二線級レベルのまま放置されている……。

「あたしこそ見捨てられてるかも~!」と、今度は秋津洲が泣き出すだろう。

 

とりあえず回答は保留にして、長門もソファー脇に置かれたクーラーボックスから缶ビールを取り出してあおった。

 

舌と喉を冷たいビールが潤す爽快感。

柿の種は少し湿気ていたが、これはこれで味がある。

 

次の山城に目を向ける。

 

「お前はどうしたんだ?」

「姉様と一緒に出撃させてもらえなかった……不幸だわ」

 

梅雨装束の着物をまとった扶桑は、法被(はっぴ)姿の伊勢、日向とともに、南方海域前面攻略のマンスリー任務に出撃している。

 

「今は「瑞雲祭り」だ、我慢しろ。私だって涙を呑んで伊勢と日向に出番を譲ったんだ」

 

南方海域前面攻略の任務で編成に入れられる戦艦は、羅針盤の制御を加味すると3人のみ。

長門、扶桑、山城の3人で出撃するのが恒例だったが、今月は「瑞雲祭り」という正体不明の催しのため、提督は伊勢、日向を編成に組み込んだ。

 

随伴艦として、レインコート姿の最上と、第二改装をしたザラも、瑞雲や晴嵐を積んで出撃している。

今頃、南方海域前面の空は賑やかだろう。

 

根の浅い山城の悩みは放置して、最後はポーラ。

 

「ポーラ、提督に嫌われてしまいました。もうおしまいで~す」

「ふむ、確かに最近、ザラばかり出撃しているようだが……」

 

姉のザラは練度98後半でケッコン目前なのに、妹のポーラの練度は97になったばかりで止まっている。

 

「きっとポーラ、このまま提督に捨てられちゃいま~す」

 

「確かに提督は姉妹艦を同等に育成するが、ザラには第二改装がきたからな。私と陸奥も練度に差が生じたが、陸奥は陸奥で41cm連装砲の牧場に励んで提督に尽くしているし、提督からの寵愛にも差はない」

 

「ポーラの場合は、陸奥さんとは違いますぅ。ダメダメな悪い妹ですぅ」

「何かあったのか?」

 

「提督がかまってくれないから、先週、提督が隠してたオーブリオン飲んじゃいましたぁ。なのに、怒ってさえくれませ~ん。ポーラのこと無視するぐらい嫌いになったんだと思いますぅ……絶望です」

 

シャトー・オーブリオン。

フランスのボルドー地方の第1級格付けワイン。

日本での小売価格は、年代にもよるが10万円前後。

 

「ビールなど飲んでないで、今すぐ謝ってこいっ!!」

 

 

翌日、昼の大食堂。

 

「えへへ、提督ったらワイン飲まれたのに気付いてないだけでしたぁ」

相変わらず昼から生ビールのジョッキをあおリ、酔っているポーラが報告する。

 

もともと酒にプレミアだのステータスだのを求めない、ここの提督。

ただの貧乏性で飲む機会が無く、貯め込んでおいただけなので、飲まれても怒りはしなかった。

 

「でも、いっぱいお仕置きされちゃいましたぁ、でへへぇ」

 

今日もザラは出撃でポーラは留守番だが、不幸オーラは全くなく、逆にキラキラしている。

お仕置きという名のイチャコラしてきたのが一目瞭然だ。

 

「わざと悪いことしてお仕置きされる、そんなのもあるの(かも)!?」

 

鹿島と秋津洲がガタンと椅子から立ち上がるが、長門が「座ってろ」と肩をつかむ。

 

「提督にお仕置きされるなんて……不幸すぎる……でも、姉様と一緒なら……ふ、うふふふっ……」

変な妄想にトリップした山城は放っておく。

 

 

「私からも今朝、提督に進言して、牧場艦枠を減らしてもらうようにした。育成が停滞している艦にも、きちんと出番を回してもらう。全員が鎮守府の家族だ。つまらない嫉妬などは捨てろ」

 

「はい、淋しい思いや不安な思いをさせたのを、提督も謝ってくれましたぁ……けどぉ、今回のギンバイ(物資泥棒)の罰として、夏の大規模作戦が終わるまでポーラのケッコンはおあずけだそうで~す」

 

ケッコンのおあずけの前に、禁酒をさせてはどうかと長門は思うが……。

ポーラがビールのつまみにしている、そら豆を盛った皿に目をやる。

 

「これは?」

「そら豆のオリーブオイル炒めでーす。ビールやワインに合いますよぉ」

 

一粒つまみ、焦げた皮をむきながら長門も食べてみる。

ホクホクとしているが、茹でたものよりさらに柔らかくて、また違った食感。

 

塩胡椒も効いていて、確かにビールがすすみそうだ。

長門がゴクリと喉を鳴らす。

 

「伊良湖! 生ジョッキを1つ頼む!」

「あ、2つでお願いします」

「3つかも!」

「4つよ」

「ポーラもおかわり、5つでお願いしま~す♪」

 

とある梅雨の暇な日の出来事……。


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