活気に溢れた大食堂で艦娘たちが朝食を採っている。
提督は早朝から別行動。
庁舎のキッチンで、新しい戦闘糧食の試作に挑んでいた。
と言っても、下準備はすでに阿賀野が済ませてくれている。
実は、ここの阿賀野は新潟の長岡ラーメンの名店に半月ほど、修行に行ったことがある。
東京の半国営テレビ局が持ち込んできたドキュメンタリー企画で、艦娘が艦名の由来となった縁のある地域の飲食店に弟子入りし、ご当地料理の製法を本気で修得するという番組だった。
まだ鎮守府の数も少なかった頃、艦娘という存在の物珍しさも手伝って、けっこうな人気番組になったのだが、他の鎮守府は番組協力に消極的で、ほとんど毎回艦娘はここの鎮守府が派遣していた。
おかげさまで、ここの鎮守府の巡洋艦たちの料理スキルは、かなり高い。
ラーメンだけに限っても、鬼怒が佐野ラーメン、熊野が和歌山ラーメン、川内が熊本ラーメンと、各地に修行に行っている。
さすがに横浜ラーメンは横須賀に、尾道ラーメンは呉に話が行ったのと、神通を富山ブラックラーメンに派遣する前に番組が終了したのが残念だった。
おかげで那珂ちゃんも大洗でアンコウの捌き方をマスターし、念願の全国放送デビューを果たしたのだが……。
カメラアピールはことごとく「そういうの、いらないから」とディレクターに止められ、アニ○ル浜口に似た猛烈テンションの親方のもとで歯を食いしばり、ガチでアンコウ料理を短期集中マスターする姿を全国にさらすことになったのは、また別のお話。
そんなわけで、阿賀野に3 日がかりで大量のチャーシュー、本格的な炭火焼豚を仕込んでもらった。
特製ダレに一昼夜漬け込んだ大量の塊肉を寸胴のステンレス釜に吊るし、炭火でジックリ焼き上げたプロ仕様の逸品。
「阿賀野の本領、発揮するからね」
そのまま厚切りにして口に放り込みたいぐらいの立派なチャーシュー。
食べたいのをガマンし、阿賀野と協力してチャーシューを小さく切り刻んでいく。
「補給こそすべての基本だなぁ」
もう一人のお手伝い、長波サマには煮卵を大量生産してもらっている。
半熟の絶品味付け煮卵をご飯で包んだ、大きなゲンコツおにぎり。
バカウマ間違いなしだ。
もう一つは、食べ応えのある主力オブ主力の、大きな炒飯おにぎりを作ろうと考えている。
緊張しながら中華鍋に油をしき、炎にかける。
鍋が十分に熱したら、溶き卵を入れてかき混ぜ、ご飯を投入。
具は潔く、卵とチャーシュー、小ねぎのみじん切りのみ。
塩コショウし、中華のたまり醤油を鶏ガラスープで割り、各種調味料を加えた炒飯ダレを鍋肌に回しかける。
タレの煮立つジュワッという音とともに、香ばしい香りが立ちのぼる。
「おおっ、いいねぇ」
手早く皿に盛りつけて、まずは阿賀野と長波に味見してもらう。
チャーシューの香ばしさと濃厚な肉汁、タレの旨味が染み込んだパラパラの炒飯。
「うん、阿賀野は大好きよ」
「おぉ! 提督、チャーハンつくるの上手だなぁ~、ありがたい!」
確かに美味しい炒飯が出来た。
しかし問題は……。
「やっぱりパラパラの炒飯じゃ、おにぎりにすると崩れやすいねぇ」
油に包まれた米粒が滑り、どうしても形がまとまらない。
コンビニのおにぎりなら、増粘剤を添加して固められるが……。
「要は粘度があって、米が油でコーティングされ過ぎなければいいんだよね」
「ちょ……提督、触り過ぎ……」
おにぎりを握り固めるイメージをあれこれ想像していたら、つい無意識に長波の駆逐艦離れした胸を揉みしだいていた。
「じゃあ、試作第二段」
まずは、具材だけを油でなくマヨネーズで炒めて、炊き立ての粘り気がある温かいご飯に混ぜ合わせる。
おにぎりがベチャャつかないように、タレは濃い目に煮立てて少量だけ。
おにぎりの形に押し固めたら、フライパンで表面に一度軽く焼きを入れて……。
「試作段階としては、こんなものかな?」
「あぁ、いいじゃないの~」
厳密には炒飯ではないが、何とかそれらしいおにぎりが完成した。
タレを減らした分、味が薄まったが、マヨネーズのコクがそれを補っていて、これはこれでB級グルメな味わいがある。
次はご飯を炊く時点から下味などを調整すれば、もっと完成度を高められるだろう。
「よし、今日はここまで。この戦闘糧食を持って、がんばってきてね」
「いよいよ阿賀野の出番ね。えへへ、待ってたんだから」
新任務、「前線の航空偵察を実施せよ!」。
中部海域グァノ環礁沖に艦隊を展開させ、航空偵察作戦「K作戦」を反復実施するというものだ。
軽巡洋艦枠には阿賀野と、瑞雲法被を羽織った由良。
駆逐艦枠は長波と、長波と仲の良い雪風、島風。
そして偵察の要、水上機母艦には瑞穂。
「いいじゃない、寄せ集め軍団最高!」
長波の言うように、寄せ集め艦隊だ。
もっと効率を追求した編成もできるが、いつも特定の艦娘ばかりでは面白くない。
提督としては、せっかく練度を上げた多くの艦に活躍の場を用意してあげたい。
「提督、瑞穂さんの艤装の準備できました」
「皆さんの準備もできていますよ」
瑞雲法被を羽織った、明石と大淀が出撃を促しにやってくる。
明石の艤装にそびえ立つ、謎の鉄骨番長オブジェ。
「提督さん、これが新しい戦闘糧食ですか?」
「あの……提督、ちょっと味見を……」
補給艦の速吸も、いつもの白ジャージではなく、瑞雲カラーになっている。
おにぎりの味見を所望しに顔を出した赤城も、もちろん瑞雲法被を着ている。
「なんか最近増えたな、瑞雲」
長波の感想が示すように、着実に鎮守府は瑞雲祭りに浸食されている気がする……。
まあ、夏の大規模作戦が始まるまでは、楽しくまったり行きましょう。