全国ニュースからは猛暑の知らせが飛び込んでくるが、まだまだ30℃を超える日は珍しく、夜には20℃さえ下回るような日もある、ここの鎮守府。
夏の大規模作戦を前にした節約モードに入り、普段以上にゆっくりした時間が流れていた。
ほとんどの艦娘は畑仕事と釣りに従事し、一部の低燃費艦や牧場艦で、デイリーやウィークリーと呼ばれる定期任務の消化をこなす日々。
鎮守府全体としてはのどかな日々が続いているが、一方で出撃続きの艦娘たちもいる。
低燃費で任務消化に適している、潜水艦娘たちによる東部オリョール海への反復出撃。
いわゆる、オリョクルが最近の出撃の8割を占めていた。
今日の提督の家族サービスは、その潜水艦娘たちへ。
「露天風呂、また行きたいなー。提督、連れて行ってほしいかもーって」
ろーちゃんのお願いを聞き、みんなで露天風呂にやって来た。
夏草の薫りをのせた風がそよぎ、小鳥のさえずりがあちこちからする。
「司令官と一緒のお風呂、嬉しいな♪」
「ゴーヤ、潜りまーす!」
「イクも潜水なら負けないの!」
「はっちゃん、お背中流しますね」
提督が初めて手に入れた潜水艦娘イムヤ。
そして次に鎮守府に来たのが、お風呂に来てまで潜水しているゴーヤとイク。
そしてドイツ帰りのハチ。
長くオリョクルで鎮守府を支えてくれた、歴戦の潜水艦娘たち。
「お風呂直行! どぼーん!」
「どぼーん。どぼーん!」
「ねえねえねえ、見て見て見て! 提督、オオルリよ」
樽風呂に飛び込んでくるシオイと、それを真似するユーちゃん改めろーちゃん(そして先に潜っていたゴーヤを踏んずける)。
木の上に青く美しいオオルリの姿を見つけてはしゃいでいるニム。
人数が増えて南方海域や中部海域の潜水哨戒をする戦力もそろったし、オリョクルも交代で行けるようになった。
「あっ…提督、そこは…。あの……そこは晴嵐の……だから…丁寧に、お願いします……」
「あっ、んぁあ…! もう! あんまり格納庫触っちゃダメ! 結構デリケートなんだから」
そして先の冬に、ヒトミとイヨが家族に加わった。
今ではオリョクルは三交代制。
全く疲労なしのローテーション体制が完成した。
「私もあの…晴嵐とか……あっ…なんでも…ない……です…」
まるゆも、戦力としては心もとないが、時々オリョクルを手伝ってくれている。
「みんなのおかげで、空だった倉庫にも、それなりの資源が貯まったよ」
あと数日で夏の大規模作戦が発動される。
大規模作戦中は、彼女達にはゆっくりお休みをあげたいのだが……。
「最近の期間限定作戦は潜水艦の出番もあるから油断できないでち」
「そしたら姫級とか、大物食っちゃうからね。提督、期待してて!」
と、休憩所の座敷の方から、食欲をそそる良い匂いの煙が流れてきた。
今日は土用の丑の日。
潜水母艦の大鯨が、
「ドヨーのウシさんの日、この間終わったのに、って」
ろーちゃんが不思議そうに聞いてくる。
確かに先日の土用の丑の日にも鎮守府全体で鰻を食べたが、今年は二の丑があるのだ。
そもそも、天然の鰻の旬は晩秋で、夏は味が落ちる。
夏の売り上げ不振に困った鰻屋に相談された平賀源内が、「本日土用丑の日」と書いて店先に貼ることをすすめ、その店が繁盛したことから、夏の土用の丑の日に鰻を食べる風習が広まったという説がある(異説あり)。
そもそも、土用とは陰陽五行に由来する暦の上で1年を5つに分け、木を春に、火を夏に、金を秋に、水を冬に当てはめ、残りの土を季節の間の移り変わり、立春、立夏、立秋、立冬の日の前の期間に割り振ったものだ。
つまり土用の期間は年に4回、それぞれ約18日ずつある。
一方で暦の日には子丑寅……の十二支も割り振られているが、約18日ある土用の期間にはいくつか重複した十二支が表れることになる。
というわけで、今年の夏の土用丑の日は2回あるのだが……。
「ろーちゃんには、難しいかもーって」
「デスヨネー」
説明はあきらめ、ろーちゃんに上がり湯をかけてあげる。
「ところで提督、夏が本当は鰻の旬じゃないなら、この時期に食べても美味しくないんじゃ……?」
さすが理論派のはっちゃん、良いところを突いてくる。
「ところが今の養殖鰻は、夏の土用の丑の日が出荷のピークだから、この時期に味が落ちないようにエサや水温も管理して育てられてるんだよ」
この鎮守府の鰻は他の食材同様、良質な鰻を育てようという志のある養殖業者さんを探し出し、直接買い付けてきている。
ええ、そりゃもう他の鎮守府が攻略海域の固定ルートを探すぐらいの懸命さで、良い業者さんを探し回ってますよ。
「イヨちゃん…ビショビショのまま畳に上がっちゃ……」
「こら、シオイも、ちゃんと浴衣を着るでち!」
ワイワイとみんなで浴衣に着替え、休憩所の食卓に向かう。
「お新香と、おつまみを出しておきました。お味噌汁もよろしかったらどうぞ」
潜水艦娘たちのお世話をしてくれている、大鯨。
改装空母の龍鳳としても対潜哨戒に参加し、海防艦娘たちの面倒も見てくれる、鎮守府のお母さんの一人だ。
気取らず大皿にどっさり盛られた、自家製野菜のお新香。
鰻の蒲焼きを玉子焼きで包んで、色鮮やかなう巻き。
本わさびが添えられた、鰻の白焼き。
そして、高知のお酒、
「よーし! ちょこっと飲んじゃお! んっふふ~」
「あまり羽目を外しちゃ……駄目…駄目だから、ね?」
「司令官、イムヤがお酌してあげるね」
しっかりとした米の旨味が感じられる、芯の強いお酒だ。
それでいて華やかながらも香りは控えめ、後味もすっきりとキレがよく、食事の邪魔にならない。
大鯨が選んでくれたのだろうが、大鯨にも日頃のお礼をしなくては……。
ふっくら甘く焼けた玉子焼きに、鰻の旨味が追加された、贅沢な味のう巻き。
関西風の蒸さない炭火による地焼きで、表面はサックリと中はふっくらに仕上がった白焼きに、おろしたての本わさびをつけ、生醤油をたらして食べれば……強い脂の旨味が流れ出す。
シャキシャキのお新香と酒で口を洗い流し、さらにつまみに手をつける。
味噌汁の具は土用しじみ。
こちらは鰻と違って、夏が本当の旬の真っ盛りで、旨味も栄養もたっぷりだ。
鰻の捌き方は、東京は背開き、大阪は腹開き。
武家の地である江戸では、腹開きが切腹を連想させて嫌われたから、とも言われる。
さらに東京では頭や尾を落として竹串に刺すが、大阪では頭も尾も付けたまま金串に刺す。
そして、東西最大の違いは、蒸すか蒸さないか。
江戸から続く東京風の鰻の蒲焼きと言えば、素焼きした後、強い脂を落としつつ柔らかく蒸すのが定跡。
それを甘辛いタレに何度もからめては軽く焼きなおし、フワフワに仕上げる。
やや硬めに炊いた極上の米にのせれば、タレがご飯に染み込んで至福の……。
「いかん……うな重への期待がフライングしている。焦るな、俺」
某グルメ漫画の主人公の真似をしてみる提督。
いっそ、その主人公のように下戸ならば、酒のペースを気にせず心静かにメインのうな重を待つ……のも無理か。
蒲焼きが焼きあがっていく、脂と醤油の焦げる暴力的な香りがたちこめている。
酒はそこそこに、そわそわしながらうな重の完成を待ち、一気に平らげました。
「ごちそうさまでち!」
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食事の片付けをしてから、もう一度風呂に入ってきたらすっかり夕暮れ。
「夜に向けて準備なの~!」
「まるゆ、お布団も最後までちゃんと運ぶから!」
「夜ですって。がんばるー、がるる~」
「伊26、残敵(蚊)を追撃します! 逃・が・さ・な・いー!」
布団を敷いたり、蚊帳を吊るしたり、騒がしく寝る準備をする潜水艦娘たち。
そんな中、ヒトミが静かに手を握ってきた。
「提督、夕陽が……七尾湾の夕陽も、綺麗だった……。また今度、行ってみましょう……いい?」
もちろん、と提督はヒトミの頭を優しく撫でるのだった。
先月はランカー入りを目指し、月末の追い込みで少し死んでいました。
半日で戦果上昇150超とか、5-5砲を残してなかったら引きずりおろされるとこでした。
大規模作戦に向けた備蓄しながら、また執筆に戻ります。