高校についたのは、午前8時15分を回った頃だった。
「二年――四組、か」
貼りだされたクラス表から自分の名前を見つけ、ひとりごちる。
そして、一年の時の元クラスメートの名前を探し、誰と一緒のクラスになっているか確認する。
―殿町、だけか。
特に部活動や委員会にも入っていなく、クラスだけが自分の領域だった俺は、友人と呼べる人間はそう多くはない。
共に遊びに行った友人の殆どが別のクラスになったのは寂しいが…
まあ、同じ学年なんだし、いつでも一緒に遊びにいけるだろ。
そう結論をつけると、俺は階段を登っていった。
斜め上を見上げて、クラスのプレートを確認しながら歩みを進める。
これも、学年が変わった後に行われる特別な動作と言えるのかもしれない。
目的のプレートを見つけると、少々緊張しながら扉をくぐった。
ちらっと中を見渡すも、やはり、見知った顔は殆ど居ない。
ほうっ。と1つ息を吐いてから、自分の座席を確認しようと黒板を見ると、
「――五河士道」
びくっ、と背中が総毛立つ。
後ろから、抑揚のない声で自分の名を呼ばれたのだ。
厄介事じゃないと良いなぁ…と恐る恐る振り向く。
するとそこには、細心の少女が一人立っていた。
肩に触れるか触れないかくらいの白髪に、人形のような顔が特徴的な少女である。
…いや、人工物のように整った顔に、全く表情が無い顔は、まさしく人形そのものであろう。
そして、俺はその特徴的な表情を見て…
「―――おり、がみ」
我知らず、口から言葉が零れ落ちた。
その瞬間、少女の目が少し開く。
「あ、す、すまん、何か用か?」
慌てて取り繕う。
「私の名前、知ってたの?」
名前…。
この少女の名前、か?
そんなはずはない、俺と少女は初対面なのだから。
暫く立ち尽くしたまま俺が言い淀んでいると、興味を失ったのか、少女は窓際の席に歩いていく。
そして、椅子に着くと、鞄から分厚い技術書のようなものを取り出して読み始めた。
「な……なんだ、一体」
少女の不思議な行動と、なにより、自分の中にあずかり知らぬ自分が居るような気がして眉をひそめる。
「とうッ!」
「げふっ」
棒立ちのまま、頭を悩ませていると、ばちーん!と見事な平手打ちが背にたたき込まれた。
「ってぇ、何しやがる殿町!」
背をさすりながら叫ぶ。
「おう、元気そうだなセクシャルビースト五河」
現時点では、今のクラスで唯一と言って良い友人である殿町である。
「……セク……なんだって?」
「セクシャルビーストだ、この陰獣め。ちょっと見ない間に色気づきやがって。いつの間にどうやって鳶一と仲良くなりやがったんだ、ええ?」
そう言って、ニヤニヤしながら俺の首に腕を回してくる殿町。
とび…いち…
初めて聞いたはずなのに、頭の深くから得も知れぬ感情が沸き上がってくる。
「………誰だそれ」
すこし頭を振ってからそう返事を返す。
「とぼけんじゃねえよ。今まで楽しくお話してたじゃねえか」
言いながら、殿町があごをしゃくって窓際の席を示す。
そこには、先ほどの少女が座っていた。
ふと、俺達の行動が気になったのか、少女が目を本から外し、こちらに向けてくる。
「……っ」
俺は、息を詰まらせると、気まずそうに目を背けた。
隣を見ると、殿町が馴れ馴れしく笑って手を振っている。
それに釣られて視線を戻すと、少女は既に手元の本を読んでいた。
「ほら見ろ、あの調子だ。うちの女子の中でも最高難度、永久凍土とか米ソ冷戦とかマヒャドデスとまで呼ばれてんだぞ。一体どうやって取り入ったんだよ」
「はあ……?なんの話だよ」
「いや、おまえホントに知らないのかよ」
知らない…。
そう、俺は彼女とは初対面のはず、だ。
「鳶一だよ。鳶一折紙。ウチの高校が誇る超天才。聞いたことないのか?」
俺の態度に呆れたのか、両手を広げて驚いたような顔を作る。
「いや、初めて聞くけど……すごいのか?」
「すごいなんてモンじゃねえよ。成績は常に学年主席、この前の模試に至っちゃ全国トップとかいう頭のおかしい数字だ。クラス順位は確実に一個下がることを覚悟しな」
それは凄いな。と合いの手を入れる。
「しかもそれだけじゃなく、体育の成績もダントツ、ついでに美人ときてやがる。去年の『恋人にしたいランキング・ベスト13』でも第3位だぜ?見てなかったのか?」
「やってたことすら知らん。ていうかベスト13?何でそんな中途半端な数字なんだ?」
「主催者の女子が13位だったんだよ」
「あからさま過ぎるだろ!」
思わず突っ込んでしまう。
「ちなみに『恋人にしたい男子ランキング』はベスト358まで発表されたぞ」
「多っ!?下位はワーストランキングに近いじゃねえか。それも主催者決定なのか?」
「ああ。まったく往生際が悪いよな」
「殿町は何位だったんだ?」
「358位だが。」
「おまえかよ!」
自信満々に言う殿町が哀れだった。
しかし、358位かよ。こいつ、付き合えば面白いやつだと思うんだが…
「選ばれた理由は、『愛が重そう』『毛深そう』『足の親指の爪の間が臭そう』でした」
「理由が酷すぎんだろ!」
「ぶっちゃけ、下位ランクには一票も入らない奴らばっかだったからな。マイナスポイントの少なさで勝負だ。」
「マイナスポイントとか苦行すぎるだろ!」
恐らく殿町で遊ぶためにネタでマイナスポイントを入れた女子が多かったんだろうな…。
可哀想なやつ…。
「安心しろ五河。おまえは匿名希望さんから一票入ったから52位だ」
「一票で52位かよ!」
突っ込みし過ぎて頭がくらくらする。
…しかし、匿名希望か。
誰だろう、凄い気になる。
「まあ他の理由は『女の子に興味なさそう』『ぶっちゃけホモっぽい』だったが」
「ひ、ひどすぎる…」
内心かなり落ち込んでしまった。
「まあ落ち着けって。『腐女子が選んだ校内ベストカップル』では、俺とセットでベスト2にランクインしているぞ」
「ぜんっぜん嬉しくねぇぇぇぇぇぇッ!」
うぅ、殿町弄りに巻き込まれた…
「まあとにかく、鳶一折紙は校内一の有名人っつっても過言じゃないわけだ。五河くんの無知ぶりにさすがの殿町さんもびっくりです」
「はいはい、悪うございました」
おどける友人に適当な返事を返したところで、聞き慣れた予鈴が鳴った。
「おっと」
改めて黒板に張ってある自分の座席を確認し、席につく。
「……あ」
何の因果か、俺の席は学年主席様のお隣だった。
鳶一折紙は予鈴が鳴ったからか、定規で測ったかのような美しい姿勢で視線をまっすぐ前に向けている。
………ん
やはり、既視感が消えない。
この光景を、どこかで見たことがあるような…
その時、教室の扉がガラガラと開けられ、縁の細い眼鏡を掛けた小柄な女性が現れた。
同時に、好意的な呟きが周囲から聞こえる。
「はい、皆さんおはよぉございます。これから一年、皆さんの担任を務めさせていただきます、岡峰珠恵です」
間延びしたような声でそう言って、岡峰珠恵教諭・通称タマちゃんが頭を下げた。
サイズが合っていないのか、微妙に眼鏡がずり落ち、慌てて両手で押さえる。
童顔で小柄な体躯、のんびりとした性格で、生徒から絶大な人気を誇る先生である。
確かに、むさ苦しい男の担任よりは遥かに良いと思う。
…ん?
違和感を受け、ちら、と左を見る。
「……っ」
隣の天才少女と目が合ってしまい、慌てて視線を逸らした。
―なんで俺を見ているんだ。…いや、俺の方向を見てるだけか。どちらにしろやめてほしい…。
理由も分からず凝視されるのは、非難されているようで気分は良くなかった。
結局ホームルームの間、堪えきれずに何度か視線を左に向けたが、その度に鳶一と目が合ってしまい非常に気まずい思いをした。