それから3時間後
「五河ー、どうせ暇なんだろ、飯いかねー?」
始業式を終え、帰り支度を整えた生徒たちが教室から出て行く中、鞄を肩がけにした殿町が話しかけてきた。
「悪い。今日は先約があるんだ」
「なぬ?女か」
「女だ。つっても琴里だが」
「あー、琴里ちゃんか。俺も一緒に行っていいか?」
殿町は、俺の家に何度か遊びに来た事があり、琴里とも面識があった。
「ん?ああ、別に大丈夫だが…」
「なあなあ、琴里ちゃんって中二だよな。もう彼氏とかいんの?」
思わず絶句する。
殿町は良いやつだと思うが、琴里の彼氏になっている図が到底描けなかった。
「やっぱ却下だ。おまえ来んな」
いやに顔を近づけてきた殿町の頬をぐいと押し返す。
「そんな!お義兄さま!」
「きめえ!!」
思わず絶叫する。
「はは。ま、俺も兄妹団欒をつっつくほど野暮じゃねえよ。都条例にひっかかんねえ程度に仲良くしてきな」
「最後は余計だよ」
そう言って二人で笑いあう。
――と、その瞬間
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――
「………ッ!?」
教室の窓ガラスをビリビリと揺らしながら、街中に不快なサイレンが鳴り響いた。
「な……なんだ?」
殿町が窓を開けて外を見やる。
サイレンに驚いたのか、カラスが何羽も空に飛んでいた。
このサイレンは…
『―――これは訓練では、ありません。これは訓練では、ありません。前震が、観測されました。空間震の、発生が、予測されます。近隣住民の皆さんは、速やかに、最寄りのシェルターに、避難してください。繰り返します――』
やはり、空間震…!
「おいおい……マジかよ。」
殿町が額に汗を滲ませながら、乾いた声を発する。
初めて聞くだろうサイレンに、皆の顔は強張っていた。
しかし、普段しつこいほどに避難訓練を繰り返しさせられていたからだろう、そこに緊張と不安以上の表情は見受けられなかった。
「シェルターはすぐそこだ。落ち着いて避難すれば問題ない」
クラスに響くような、しかし落ち着いた声で発声する。
「お、おう、そうだな」
隣で頷く殿町を促し、走らない程度に急ぎ、教室から出た。
廊下には、生徒が疎らに出てきており、列が自然と形成されようとしていた。
俺は教室の出口に立ち、クラスメートを誘導する。
その時…
教室から駆け出し、列を逆走する少女――鳶一折紙が視界に入る。
「おい、何してんだ!そっちにはシェルターなんて―――」
鳶一は一瞬足を止め、俺の目を見てから再び駆け出していった。
「大丈夫」
「大丈夫って……何が」
…トイレでも行くのかな。
1つ息を吐いてから、教室に誰も居なくなったのを確認し、殿町と一緒に列の最後尾に並んだ。
「お、落ち着いてくださぁーい!だ、大丈夫ですから、ゆっくりぃー!おかしですよ、おーかーしー!おさない・かけない・しゃれこうべーっ!」
生徒を誘導していると思われるタマちゃんの声が響いてくる。
同時に、くすくすという生徒の笑い声が漏れる。
「……自分より焦ってる人見るとなぜか落ち着くよな」
「あー、そういうのってあるな」
俺が苦笑すると、殿町も似たような表情を作って返してきた。
周囲を見渡すと、生徒たちの緊張も大分収まってきており、列の速度や並び方に乱れも無く、このまま問題なくシェルターに入れそうだった。
…ふう、少しびっくりしたが大丈夫そうだな。
非日常なイベントに不謹慎ながらドキドキする。
――そういえば、琴里の学校は大丈夫なのかな。
琴里は大丈夫だろうが、もしかしたらパニックになっている子もいるかもしれない。
俺は連絡を取るべく携帯電話を取り出した。
「ん、どうしたよ五河」
「ちょっと琴里に連絡しようと思ってな」
しかし、何度連絡しても、着信音はすれど琴里は電話に出なかった。
「…ダメか。ちゃんと避難してるんだろうな、あいつ」
念のため、琴里の携帯の位置をGPS機能で確認する。
――――ッ!
その瞬間、俺は列を抜け、一直線に走りだした。
「お、おいッ、どこいくんだ五河!」
「忘れ物だ!先行っててくれ!」
琴里の携帯の位置情報は、ファミレスの場所で光っていた。
脳裏に今朝の会話がリフレインする。
「……馬鹿かよ。こんなんなったら避難しろよ……!」
毒づきながらファミレスに向けひた走る。
車の通らない道路、人影のない街並み、街路にも、公園にも、コンビニにも誰一人として残っていない。
つい先ほどまで、誰かがそこにいたことを思わせる生活感を残したまま、人間の姿だけが街から消えている。
まるでB級ホラーのようだ。
全速力で走りながら、琴里の携帯の位置情報を確認する。
――やはり、それはファミレスの前から動いていなかった。
…後でデコピン乱舞の刑に処す…!
足が痛み、手の指先が痺れる。のどが張り付き目眩がして、口の中がカラカラになる。
しかし、止まるわけにはいかなかった。
ファミレスの前で、泣きながら蹲っている琴里の姿が脳裏に浮かぶ。
――待ってろ琴里、すぐ行くからな…!
ファミレスがもう少しで見えてくると距離まで来た時、視界の端に、何か動くものが見えた。
…なんだ…あれ…
数は三つ…いや、四つか。何やら人影のようなものが空に浮いている。
自分を先導するように前へ飛ぶ影を視線で追う。
「うわ……ッ!?」
その瞬間、視界がまばゆい光に包まれた。
次いで、耳をつんざく爆音と、凄まじい衝撃波に襲われる。
「んな……っ」
反射的に腕で顔を覆い、足に力を入れる。
しかし、大型台風もかくやというほどの風圧に煽られ、バランスを崩して転げてしまった。
――っくそ!
頭だけは守ろうと、両腕で頭を抱え込む。
手鞠のように地面に体を叩きつけつつ吹き飛ばされる体。
それを必死に制御しようと足に力を込める。
「……っ!」
何とか跳ねる体を制御するも、横ベクトルは制御出来ず、アスファルトに右腕を挟んだまま暫く引きずられてしまう。
右半身をブレーキ代わりにして漸く止まった体を、俺は勢い良く起こす。
――熱い…!
チカチカする目をこらし、異常に熱を発している右腕を確認する。
アスファルトに擦られた右腕は、摩擦により真っ赤に爛れていた。
――痛い痛いやばいやばい痛い痛いやばい痛い痛い痛い痛い!!
左手で必死に携帯を取り出し、119番をおそうとして…
「――は――?」
コツ…
携帯が地面に滑り落ちた。
震える視界を下に落とす。
街並みが、跡形もなく、無くなっていた。
「な、なんだよ、なんだってんだよ、これは……ッ」
呆然と呟く。
まるで隕石でも落ちたかのように…地面が丸ごと消し去られていた。
「おいおい、冗談、きついぜ…」
自分の足元を堺に、浅いすり鉢状に削り取られている街を呆然と見つめる。
我知らず視線をクレーターのようになった街の一角、その中心に伸ばす。
そこには、何やら金属の塊のようなものが聳えていた。
――なんだ…あれは。
金属塊は、ゲームに出てくる玉座のような形をしていた。
そして、玉座の肘掛けに当たる部分に足をかけるように立っている人影が…。
――おん、なの、こ…?
「…っくはぁ!」
その瞬間、猛烈な頭痛に襲われる。
右腕の痛みも忘れてこめかみに両手を当てる。
得体の知れない何かが背骨を伝って自分の頭まで這い上がってくる気がした。
余りの感触の悪さと痛みに耐えかね、頭を抱えて蹲る。
「…おい、お前」
猛烈な頭痛と共に、計り知れない恐怖が俺を襲う。
「おい、聞こえないのか」
脳裏に浮かぶのは、もがき苦しみながら死んでいく俺と、その前で泣き崩れる琴里の顔だった。
「……く、う」
嗚咽が口から漏れる。
このままだと死んでしまう…そんな気がした。
「おい…!」
透き通った、しかし、少し苛ついた声が先程より近くで聞こえた。
「おまえ、私を無視するな!」
怒鳴り声に促され、俺は頭を抑えつつ、何とか前を向く。
「おまえも、私を殺しに来たのか?」
ころ、し…、俺が、きみ、を…?
脳に異常が来ているのか、相手の言葉を正常に判断出来なくなっているようだった。
再び痛みを増してきた頭を抑え、俺は顔を下に向ける。
「…無視するなと言って……!…お前、怪我をしているのか…?」
声の主が駆け寄ってくる気配がした。
「お、おい、お前、腕が真っ赤だぞ…!それに、泣いて、いるのか…」
女性の心配そうな声が頭の上に落ちる。
「…おい、私はこういう場合、どうしたら良いのだ…。おい、おい、教えろ…!」
どうも、少女はとても慌てているようだ。
腕を血で真っ赤にした人間が頭を抱えて蹲っていたら当然か…
『……自分より焦ってる人見るとなぜか落ち着くよな』
何故か殿町の台詞が脳裏に浮かび、我知らず苦笑する。
「あ、笑ったな!今、笑っただろうお前!」
少女の透き通った声を聞いていると、頭痛が少しずつ治まっていくような気がした。
「…ごめんね、君を笑ったんじゃないんだ」
何とか頭を上げて、少女の目を見る。
そこには、水晶に様々な色の光を多方向から当てているかのような、不思議な輝きが宿っていた。
「そ、そうか。それなら良いんだ」
自分でウンウンと言いながら頷く少女。
「…悪いんだけど、救急車を呼んでもらって良いかな」
目の前に居たのは、布なのか金属なのかよくわからない素材のドレスを纏った不思議な少女だった。
更に、右手に身の丈もありそうな巨大な物体をぶら下げている。
「……きゅうきゅうしゃ、とは、なんだ…?」
――はあ?
何だあれは…大きな剣、なのかな…しかも、救急車を知らないのか…
良くわからないが、ここで説明している時間はない。
俺は、自分の携帯を拾おうとして…
――瞬間、光が体を通りぬけ、その瞬間、炸裂音が俺の鼓膜を襲った。
…な、なんだ?
視線をあげると、いつの間にか濃厚な煙が自分の周囲を覆っていた。
「……こんなものは無駄と、何故学習しない」
煙の奥から、少女の声が聞こえる。
すると、またもや先ほど同じ炸裂音が響き渡る。
――火事、なのか…?…とにかく、さっきの女の子を連れてここから離れよう…。
俺はポケットからハンカチを取り口に当てると、少女が居た方向に前進した。
すると間もなく、前方に伸ばしていた左手が堅い物にぶつかる。
――こんな所に、壁…?
次の瞬間、猛烈な突風に襲われ、俺は身をかがめた。
――なんなんだよ、さっきから…!
風が収まったのを確認し、恐る恐る瞼を開けると…
あんなに曇っていた視界が嘘のように晴れていた。
「…っ!」
思わず絶句する。
俺の目の前で、先ほどの少女が右腕に持った剣を大きく振り上げていたのだ。
身の丈程も有る巨大な剣を片手で操る少女は、しかし何故か、今にも泣きだしてしまいそうな顔をしていた。
それを見た瞬間、心臓が大きく跳ねる。
…なんで…
我知らず、言葉が意識から漏れだす。
「――なんで、そんな泣きそうな顔をしているんだ…?」
ピクッと少女の顔が動く。
「今、何と…」
その瞬間
「アアアアアアアァァァァァァァァ!」
鬼神の如き絶叫が空から降ってくる。
「五河士道を、離せええぇぇ!」
絶叫の主は、空中から光で出来た何かをメッタ打ちに少女に向かって叩きつける。
しかしそれは、見えない壁でもあるのか、空中で弾き返されていて、少女には届いていなかった。
「…五月蝿い!」
少女が右手の巨大な剣を、空中に向かって大きく振るう。
そして、絶叫の主も光の刃を振り下ろし…
―互いの剣が交差した瞬間、強烈な光が俺の目を襲った。
「…っぐう!」
目を瞑って身を丸めた俺に、続けて巨大な爆音と圧倒的な衝撃波が突き抜ける。
――ッ!
何とか吹き飛ばされまいと、体中に力を入れる。
「なん…なんだよぉぉぉおお!」
時間にしたら、数秒だろうか。
体を吹き抜ける衝撃が収まったのを感じると、悲鳴を上げる体を支える事ができず、俺はゆっくりと地面に崩れ落ちた。
次の瞬間、圧倒的な光が視界を塞ぎ…
俺は、意識を手放した。