お気に召すまま   作:コルン

4 / 7
1-4

――久しぶり。

 

頭のなかに、どこかで聞いたことのある声が響く。

 

――やっと、やっと会えたね、×××。

 

懐かしむように、慈しむように。

 

――嬉しいよ。でも、もう少し、もう少し待って。

 

その声を聞いていると、何故かとても琴線が震えた。

 

――もう、絶対離さない。もう、絶対間違わない。だから、

 

そう、この声は…

 

 

「………かあさん!」

俺は自分の叫び声で目を覚ました。

そして…すぐさま、もう一度叫び声を上げることになった。

それはそうだ。隣に、自分の瞼を開き、ペンライトのようなもので光を当てている人物が居たからである。

「…な、なにしてるんですか!」

慌てて飛び起きて、隣の人物、ついで、周囲の状況の確認、最後に自分の体を回し見る。

俺にペンライトを当てていたのは、20歳くらいの白髪の女性だった。

そして、俺がいるのは、俺の部屋で、俺のベッド。

服は制服を着たままで、体にも異常はない…と思われる。ただし、右腕には包帯が巻いてあった。

改めて目の前の女性を見ると、俺が叫んだ事に驚いたのか、ペンライトを翳したまま固まっていた。

…この人は、医者、だよな。

「あ、あの、すいません、お医者様ですよね。突然叫んじゃってすいません」

慌てて頭を下げる。

「……あ、いや。……ああ、そうだ。君が大怪我をしたと聞いてね。様子を見に来たんだ」

そう言って、女性はペンライトを仕舞った。

「……右腕を、前に伸ばしてくれないか」

大丈夫なのかな。この人。滅茶苦茶不健康そうに見えるんだけど…。

無造作に纏められた髪と分厚い隈に飾られた目のお医者様に向かい、俺は恐る恐る右腕を差し出す。

「……痛みは、あるかな」

「そう、ですね…。止まってる時は大丈夫ですが、動かすと少し痛いです」

俺の言葉を聞いて、女性は少し考えこむ仕草をした。

「……ふむ。2週間程度で完治するだろう。」

その後、俺に包帯や風呂の事等の細々とした注意事項を伝えた。

「……では、下で妹さんと話してくるので、少しだけ待っててくれ」

そう言って、お医者様はドアを開けて階段を降りていった。

…ふぅ。

大きく息を吐く。

目まぐるしい状況の変化に、思考が付いていっていなかった。

――確か、ファミレスに、琴里を助けに行こうと思って…そうだ、琴里は!

頭を軽く振る。

――いや、さっき妹に話してくるって言ってたな。そうか、無事だったのか…。

1つ大きく息を吐く。

その時、扉が開く音がした。

「おにーちゃん!」

琴里が駆け寄ってくる。

「おにーちゃん、大丈夫なの!?」

そう言って、今にも泣きそうな顔を俺に向ける。

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと腕を擦りむいただけだ」

苦笑しつつ、包帯が巻かれた右腕を左右に振る。

「…腕、痛い、の?」

「あー、動かすと少しだけ痛いけどな。まあ、こんなのすぐ治るよ」

俺の右腕をじっと見つめる琴里。

「……何で、治らないの…」

―ん?

「いや、2週間くらいで完治するって、お医者様が言ってたから大丈夫だぞ?」

そう言うも、琴里は俯いたままだ。

…ふう

1つ息を吐くと、ぽふっと琴里の頭に左手を置く。

「大丈夫だって。おにーちゃんはこんな怪我くらいで、どうにかなったりしないから」

…全く、心配しすぎなんだよ。

「……うん」

俺はそのまま、琴里の頭を暫く撫でていた。

 

「そういえば、さっきのお医者様は帰ったのか?」

ぁっ、と頭から離れていく左手を名残惜しそうに見つめる琴里。

「…うん、もう帰っていったよ!」

「そうか、琴里が呼んでくれたんだな。ありがとう」

そう言うと、えへへっと破顔した。

「そういえば、琴里は大丈夫だったのか?」

「大丈夫って、何が?」

俺の言葉に首を傾げる琴里。

「いや、お前の携帯の位置情報がファミレス前からずっと動かなかったからさ」

「…あ、ああー!うん、私はぜんぜん大丈夫だったよ!ファミレスに居る時に警報が来て、シェルターに非難する時に携帯落としてっちゃったみたい」

…なるほど、そりゃそうか、あの状況でずっと外に居るはず無いものな。

「ん、それなら良かった」

「…おにーちゃんは、私がファミレスで待ってると思って、来てくれたの?」

上目使いに俺の顔を覗きこんでくる琴里。

「あ、ああ、まあな。お前のことだから、馬鹿正直に待っててもおかしくないって思ってな」

「あー、ひどいんだ!」

頬をふくらませる琴里。

「…でも、私のこと、ちゃんと助けに来てくれたんだね。ありがと、おにーちゃん」

しかしそのすぐ後、俺の右手を両手でそっと握った。

「…今日は、何だか随分しおらしいな、琴里」

ふふっと可愛く笑って

「おにーちゃんが悪いんだよー!」

そう言って、琴里は俺に向かって飛び込んできた。

「うわーー!バカ、一応けが人なんだぞー!」

「えへへ!さっきすぐ治るって言ったもんー!」

「言葉の綾っていうのを考えろー!」

 

「ね、おにーちゃん」

琴梨とソファに並んでクイズテレビを見ていると、琴里が俺に声を掛けてくる。

「おとーさんとおかーさん、暫く帰ってこないんだよね」

そうだなー、と生返事を返す。

ソファに体を預けて、次のクイズが出るのを待つ。

ギシッ…

隣でソファが軋む音がした。

「…ね、おにーちゃん」

琴里はこのクイズ番組が好きで、毎週二人で見ている。

間違い探しや謎々を二人で考えて答えを言い合いっこするのは、俺も嫌いじゃなかった。

なんだー、と生返事を返しつつ、画面に映る何かの生産工程を眺める。

ギシッ…

「……ね、おにーちゃん…」

琴里の声がどんどん小さくなっていく。

――もう眠いのかな。

まだ8時過ぎなのに…相変わらず子供だな。

ギシッ…

「………おに…ゃぁ…ん…」

琴里の囁くような声が、何故かとても大きく聞こえた。

「琴里、もう寝よう…か……!?」

左を振り向いた瞬間、絶句する。

琴里が、俺の左肩に顎を載せるようにして俺を覗き込んでいたのだ。

左を向いた俺と琴里の距離は、文字通り目と鼻の先である。

「な…こと……」

ギシッ…

「……ぁ…」

有ろうことか、その状態で更に俺に体を寄せてくる琴里。

頭の中が真っ白になり、しかし、反射的に飛び退ろうとして…

ぎゅっ

――!?!?

瞬間、俺の左腕が柔らかいものに包まれた。

なんと琴里は、ソファで四つん這いになり、俺の左腕を両手で抱え込んでいるようだ。

そして、琴里の顔はもう完全に俺の左肩に載せられていた。

ギシッ…

「……………」

艶やかな赤い髪がまるで生き物のように俺の左半身に絡んでくる。

潤んだ赤い瞳が俺の神経を溶かす。

半開きの口から覗く赤が俺の視線を奪う。

そして、甘い唾液に濡れた舌の赤さが、俺を誘惑した。

「……ぁ…ん…」

琴里の喘ぎ声と共に、赤く濡れた舌が淫靡に動く。

俺は、その舌の動きを止めようと、自分のそれを琴里の中に差し入れ…

「だああああああああ!?」

絶叫と共に、全力で飛び離れた。

――な、今、何が起こったんだ…

頬をバシバシと叩く。

心臓が恐ろしい勢いで跳ねていた。

「あーびっくりしたー!」

ソファには、呆けた顔をした琴里の顔が居た。

「それはこっちの台詞だ!おま、一体、何を、今…!」

どもる俺に対して

「実は、おにーちゃんにお願いが有ったのだ!」

事も無げに、琴里はそう言い放った。

「おね…がい…?」

鸚鵡返しに問い返す俺に、琴里は大きく首肯する。

「今日だけで良いから、おにーちゃんと一緒に寝ても良い?」

……はあ、何だ、いつものわがま…ま…

「いや、ダメに決まってんだろ!」

俺は再び絶叫する。

「むう、何でなんだー」!

琴里も負けじと両腕を上げて叫ぶ。

「そりゃお前、もう年が年だからだよ」

俺の台詞に、そんなのは関係無い、と琴里が言いかえしてくる。

「とにかく、ダメなものはダメ!」

俺がそう言うと、琴里はすっと黙った。

――納得、してくれたかな…

少し不安になり俯いた琴里に顔を寄せる。

「……ぐすっ…うっ……」

――ええ、泣くの!?

「……今日、私のせいで、おにーちゃん、死んじゃうと思ったの……」

……確かに、少し間違っていれば、次元震の只中に突っ込んでいただろう。

「……だから、不安で、心配で、だから……」

ボロボロと涙をこぼしながら、琴里は言葉を押し出した。

――全く、仕方ないな…。

「……分かったよ。今日だけな」

ハンカチを取り出して、琴里の涙を拭う。

「それに、琴里のせいなんて事は無いぞ。俺が勝手に勘違いしていっただけだからな」

琴里は、暫く俺にあやされるままになっていた。

 

そして…

「はぁ…」

隣で気持ちよさそうな呼気が聞こえる。

琴里は、俺の左腕を抱きかかえた状態で、横になっていた。

当然、そこを通して琴里の感触が伝わるわけで…

「…んっ…!」

……しかも、時折、左腕に色んな場所を擦りつけてくる。

「はぁ…」

結局、俺に眠りが訪れたのは、窓の外に陽の光が照らし始めた頃だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。