今日も疲れたなぁと、気怠さを全身で感じる。
俺、まだ二十代半ばなんだけど。というよりも、もう二十代半ばかぁ……。
本当に最近は体力の衰えをよく実感するようになった。
職場までは徒歩通勤だけど、やっぱり運動不足な感は否めないからウォーキングでも始めてみようかな……。
ふと、肩にかけた鞄と左手に吊り下げたスーパーのレジ袋がとみに重く感じられた。
「ただいま~」
自分の部屋のドアを開けて、靴を脱ぐ。
今の住まいは、何の変哲もない独身用の1kマンション。
部屋の中央には春先にもかかわらず、ドドンと自己主張激しく鎮座するおこた。
その中でぬくぬくしているのは、セーラー服を着た金髪金眼の眼鏡少女だ。
「おかえり、です」
声に反応したか、天板に顎を預けたままこちらを振り向く彼女。目は茫洋として相変わらずどこを見ているか傍目には分かりづらい。
レジ袋を右に動かせば、彼女の目はそれを追った……気がする。
レジ袋に右手を突っ込めば、彼女は目を輝かせた……気がした。
「和菓子ですか。もしかして高いの、ですか?」
「残念ながら安いやつだよ。はい、これ」
個別包装されたどら焼きをとりあえず一つ差し出す。
「今日もこれで我慢、します」
包装を破き、どら焼きをもきゅもきゅと頬張る彼女。小動物みたいで可愛い。
よっこいしょ、声を出しながら彼女の対面に座り、レジ袋から今日の戦利品を取り出す。
パック詰めの鶏むね肉。出来合いのサラダ。そして計七個にもなるどら焼き。
出来合いのお惣菜が材料系に変わるだけで大分買い物の印象が変わるなぁ、と思う。
……彼女のおかげで我が家のエンゲル係数は下落どころか急上昇な訳だけど。
「鶏むね肉、百グラムで五十八円。安かったから大量に買ったんだけど、唐揚げでいい?」
「はむはむ。唐揚げは嫌いじゃない、です」
じゃあ作ってくるよ。と言って立ち上がる。台所に行こうとしたところで彼女に声をかけられる。
「どら焼き、全部食べちゃっても、いい?」
「いや、夕飯前だから。……三個までな」
「三個も?違った。三個しか、の間違いですね。はむはむ」
……いや、夕飯前だからもう食べるのやめようか。
「和三盆じゃないからオルトリアクター的にはいまいちだけど。でも、ないよりはマシ、かな」
俺には、彼女が何を言ってるのか分からない時がたまにある。
◇
食べずとも分かる。
視覚を刺激する、てかてかと光を反射する油をたっぷりと吸った衣。
聴覚を刺激する、揚げたてだからこその油が跳ねるような音。
嗅覚を刺激する、醤油と生姜とニンニクの暴力的な香り。
一口頬張れば。
触覚を刺激する、サクサクな衣と噛み応えのある肉。
味覚を刺激する、口の中に広がる肉と醤油の味わい。
五感の全てが旨いと訴えかけてくる。
これぞ唐揚げ。これぞ高カロリー。
油っこくなった口内をおビール様……は高いから安い発泡酒で洗い流し、また唐揚げを食す。
元々の味わいに飽きが来たら、塩胡椒、レモン汁、マヨネーズなどで味を変えてみるのもまた良し。
つまるところ、市販の唐揚げの素と調味料って本当に便利なんだなって。
「……千グラムも買った鶏肉の大半を食われた件について」
「ごちそうさまです」
いっぱい食べる君が好き、って訳じゃないけど。
あんなに幸せそうに食べてるところを見ると、邪魔するのも忍びないなって。
そう思っても仕方ないと思う。
◇
夕飯の片づけを終えて人心地つく。
ほろ酔い気分のまま、おこたの中へ。
……あったかいなぁ。
「明日は土曜日、です」
どら焼きを食べながら、何の脈絡もなく唐突に話しかけてくる彼女。
いや違う。彼女の言いたいことを察する。
明日は仕事なんてなかったはずだ。
「あぁ~、うん。明日はたしか休みだったかな?」
無言で身を乗り出してくる。
近いって!それに甘い匂いと唐揚げの匂いがするから。
「いいよ。明日は和菓子を食べに行こう」
「貴方はいい人、だね」
わずかに顔をほころばせた彼女に、思わずドキリとさせられる。
何というか……調子を乱される。
きっと、アルコールのせいだろう。
そうじゃなかったら、俺は性的倒錯者ということになってしまう。
そもそもだ。こんな学生に見える彼女と同居染みたことをしてる時点で事案ものだ。それは言い訳できないくらい確定的に。最近は本当、こういうのにマスコミも敏感だからなぁ。
だけど、彼女と離れてはいけないと感じてしまうのはなぜだろう。
彼女の儚げな雰囲気がそうさせているのだろうか。俺には分からない。
……それにしても、右手の甲の薄い痣は一体なんなんだろう。どこかにぶつけた覚えもないし、これといった痛みもない。医者に診せたところ、内出血の心配もないようだから今は放置している。
彼女の本名は不明。
どうにも記憶喪失らしく、名乗った名前も『えっちゃん』という愛称と思われるもののみ。
出会った当初に色々と聞いたはみたものの、あまり要領は得なかった。
ただ、警察関係のお世話にはなりたくないらしく、本人にも行く当てはないため、今現在までも続いているうちの居候である。
彼女との出会いは実に劇的なものであったのだが、それを語るのはまた別の機会に。
多分続かないはず