プロローグ
踏みしめる大地は、よく知る荒野によく似ていた。
辺りには何もない。だが、私の荒野にはこんなにも満ち足りた場所ではない。
ーーーー戦いは終わったのだ。
聖杯を巡る争いは幕を閉じ、私の戦いもまた、ここで終わりを告げようとしている。
妙に清々しい気分だ。
いや、憑き物が落ちたと言うべきか。
どちらにせよ、私のを縛り付けていた積念がないからだろう。
「アーチャー……!」
呼びかける声に視線を向ける。
走る体力もないだろうに、その少女は息を乱して駆けてくる。
私のマスター…凛……。
「アーチャー………」
もう夜明けだ。
私の原初の記憶のあの禍々しい黒い太陽ではなく。
地平線には、眩しい黄金の日が昇っている。
黄金というとあのいけ好かない金ピカ英雄王を思い出すが、これはそんなものではない。
あの、騎士王の星の聖剣の光、騎士王の理想の光…そんな光だ。
少女は涙を眼に溜め、しかしジッと私から視線を外さない。
言葉に詰まっているのだろう。
肝心な時はいつだってそうだった。
ここ一番、何よりも大切という時に、この少女は抜け落ちたように機転を失う。
なにも、こんな時まで………。
だがそれが、変わらず目の前にあって思わず笑いが漏れた。
それに少女はむっと眼力を強めた。
きっと怒っているのだろう。
だが仕方ないだろう。
私にとっては、少女のその不器用さが何よりも懐かしい思い出だから。
これからどんな地獄が待っていようと、この想いを抱いてなら耐えていける。
切嗣の理想を、それに憧れただけだとしても。
もう、私の理想は折れることはない。
少女が言う。
「アーチャー。もう一度わたしと契約して」
容易に予想できた言葉だ。
それを私は迷いなく断った。
私を思ってくれてのことだろう。
だが、一度決めた想いにはもう嘘はつかないと決めたばかりだ。
すぐ裏切ることはできない。
「けど!けど……それじゃあ………アンタはいつまでたっても………」
「…まいったな。この世に未練はないが……」
だがこの少女に泣かれるのは、困る。
彼の知る少女はいつだって前向きで、現実主義者で、とことん甘くなくては張り合いがない。
いつだってその姿に励まされ、憧れ、手を引かれてきた。
だから、この少女にはせめて自分が消えるまではいつも通りの少女でいてほしかった。
「……凛」
名前を呼ぶ。
少女はその声に答え、俯いていた顔を上げる。
そして、私は少女に一つ、頼み事をすることにした。
「私を頼む。知っての通り頼りないヤツだからな。
ーーーー君が、ささえてやってくれ」
それは、私にとっての最後まで憧れだった少女への別れの言葉。
少女が衛宮士郎の隣にいてくれるのなら、エミヤという悲しい英雄は生まれないだろう。
そんな、淡い希望が込められた、遠い言葉。
「アーチャー………」
言葉を受けた少女は、今にも泣きそうに目を震わせた。
自分と衛宮士郎は、もう別の存在だ。
そんなことは百も承知。
だが、それでも、
そして少女は袖で涙をグイッと吹き、頷いた。
何もしてあげられなかった自分のパートナーに、最後に、満面の笑みを返してやる。
彼が初めて自分頼ったのだから、その信頼を裏切るわけにはいかないと。
精一杯、応えるように。
「うん、わかってる。わたし、頑張るから。アンタみたいに捻くれたヤツにならないよう、頑張るから。きっとアイツが自分を好きになれるように頑張るから………だから、アンタも、」
今からでも、自分を許してあげなさい。
少女なら、そういうだろう。
私は心の中で苦笑する。
幾年経とうとも、やはりこの少女は変わらない。
いつまでも、懐かしいあの頃のままだと。
「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから。」
様々な思いが混じり合った声で、笑いながらそう告げた。
存在が薄れていく。
そろそろ限界だろう。
この日、彼は走り続けたその足を、ようやく止めた。
そう、答えは得た。
何の心配もいらない。
少女なら、あの少年を正しく導ける道標となるだろう。
無限の剣が突き刺さる荒野で彼は、古い記憶に想いを馳せた。
寂しい世界だ。
だが、彼が気付かない場所で、一輪の美しい花が咲き誇っていた。
紅き弓兵は知らない、彼の生き様を気に入った異世界の神によってアラヤから、抑止の輪から解き放たれ、異世界へと渡る事を、
そこで彼が英雄に至ることを、
彼に平穏は、訪れない。
だが、それでも彼は……正義の味方を張り続けるのだろう。
これは、そんな彼の物語。
英雄ではなく、守護者であった彼が、真の英雄に至る英雄譚。
次回更新未定
感想くれると嬉しいです。多分更新スピードが上がります。