11話 ナンゴク(リメイク)
11話 ナンゴク
追憶編
深雪side
「当機は間も無く那覇空港に着陸いたします。ベルトを締め、席からお立ちにならないよう、お願い致します」
飛行機のアナウンスが聞こえてくる。私は飛行機が離陸する前からずっとお兄様とお話をしていた。
話といっても私が一方的に喋っているだけなのに、お兄様は文句ひとつ言わずに私の一言一言に相槌を打ってくれる。
やはりお兄様は優しい方です。
「深雪、続きは着陸してからにしよう」
「はい、お兄さま!」
私は一度席に座り直し、お兄様の言いつけ通りに大人しく着陸を待った。
先ほどから私は体の底から湧き出てくるワクワクを抑えるのに必死だった。なんといっても今日からお母様とお兄様と沖縄旅行なのです!!
お兄様達と旅行ができるなんて、本当に嬉しいです!!
そう、私の従兄弟である
深雪side end
◇ ◇ ◇
達也side
アナウンスが聞こえて来た、どうやら飛行機が空港に近づいて来たようだ。
「深雪、続きは着陸してからにしよう」
「はい、お兄様!」
やはり、今回の旅行が楽しみだったのか深雪は俺の言葉に満面の笑みで頷いた。そんな深雪の頭を撫でると、深雪は気持ちよさそうに目を閉じる。
そして董夜の方をひと睨みしてから大人しくなった。
なぜそんなに董夜の事を毛嫌いしているのかは分からないが、どうにかならないものか。
董夜は本家で俺が使用人達から【出来損ない】として扱われている時も、俺を一人の血の繋がった従兄弟として接して来た。そして深雪の警護しか一日のやる事が無かった俺にCADの技術取得を勧めてくれた。信用に足りる人物だ。
本当に何故深雪は董夜が嫌いなのだろうか。
達也side end
◇ ◇ ◇
董夜side
アナウンスが聞こえてから数分後、飛行機の窓が開いてCAが俺達の案内を始めた。達也は深雪達の荷物を取ってくるみたいで先に行ってしまった。よく働くな、あいつは。
現在四葉家で達也を使用人ではなく【四葉深夜の息子】として扱っているのは俺と深雪、黒葉家の文弥と亜矢子、津久葉家の夕歌さん、深夜さんのガーディアンである穂波さんだけである。
達也曰く、数年前に深雪と深夜さんとで旅行に行った時に深雪からの態度は急変したそうなのだが、深夜さんは相変わらずである。
「それで、董夜さんは何か
「いえ、二週間も滞在するのでゆっくり決めようかと」
飛行機を降りて空港の中に入り、長い通路を歩いていると、俺の隣を歩いていた深夜さんが話しかけてきた。そのまま会話をしながら歩いていると、後方から視線を感じ、見ると深雪がこちらを睨んでいた。
「(何でこんなに嫌われているんだか)」
今まで深雪と会うのは慶春会とその他で数度だけ。やはり余り話したことがないから警戒されているのだろうか。
そんなことを考えていると前方で達也が荷物を持って待っていた。
「荷物をお持ちしました」
「ご苦労さま」
俺と達也は深夜さんの前であまり話さない事にしている。それは俺が達也と対等に接していると、深夜さんが余りいい顔をしないからだ。
それに深夜さんとの関係が悪くなると、これから不都合になる。そこらへんも達也は分かっているようだ。
本当に、面倒くさい一族だ。
董夜side end
◇ ◇ ◇
深雪side
空港からは車での移動。車の中でも私はお兄様と飛行機での話の続きをしていた。ふと後部座席に目をやると、あの人がお母様とずっと話していた。
私はあの人、四葉董夜が苦手だ。
いつも飄々としてる癖に、私よりも社交的。それにニコニコしている顔とは別に、飄々とした顔もあり、状況に応じて切り替えている。そして、たまに見せる極寒の目をした顔。一体どれが本当のあの人なのかわからない。
だから私はあの人が
「目的地に到着いたしました」
車が停車し、運転手が機械的な声で話しかけて来た。
今回私達が滞在するのは恩納世良垣に買ったばかりの別荘だ。お母様は人の多い所は苦手だから、という理由で父が急遽手配したものだが、別荘を購入した資金はお母様を娶って手に入れた物。
相変わらずあの人は愛情をお金で贖えると思っているらしい。
「いらっしゃいませ、奥様。深雪さんに董夜くん。達也くんもよく来たわね」
別荘で出迎えてくれたのはお母様のガーディアンであり、【桜】シリーズの第1世代の桜井穂波さんだ。
穂波さんは調整体で、生まれる前から四葉に買われた魔法師だけど、そんな生い立ちを感じさせないほど明るい性格をしている。
「達也くん、荷物を運ぶのを手伝いますよ」
「いえ、大丈夫です」
「いいのいいの、こういうのは達也くんより私の方が得意だから」
確かに運ぶだけならお兄様の方が適任だろうけど、その後の荷物整理は穂波さんの方が得意のはず。
そのことを察したお兄さまは穂波さんに荷物を預け、穂波さんは荷物とともに消えていった。
あれ、そういえば。
「(あの人はどこに行ったのかしら)」
周囲を見渡してもあの人の姿は見えず、影も形もなくなっていた。
そう考えているとお兄様が私の方を見て微笑んでいる、おそらくお兄様はあの人がどこに行ったのか分かるのだろう。
お兄様とあの人は仲がいい、お母様が居る場所ではあまり話さないけれど、この前親しげに話して居るのを見かけた。
あの人がお兄様と話して居ると嫉妬してしまう。もちろんお兄さまとお話しできているあの人に。
そんな事を考えながら部屋で荷物の整理終え、ベッドに身体を預けていると、数回のノックの後、ドアが開いて穂波さんが入って来た。
「深雪さん、昼食にはまだ時間があるから近くを散歩でもして来たらどうかしら」
穂波さんの提案で私は周りを散策する事になった。穂波さんに異常なぐらい丁寧に日焼け止めを塗られ、何か大切なものを失った気がする。
外出用の服を来て、つばの広い帽子を持ってリビングに降りるとお母様が椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
「あら深雪、どこかに行くの?」
「お昼ご飯まで時間があるので、周囲の散策に行って来ます」
「あらそう、それじゃあ達也を連れて行きなさい」
「はいっ!」
一瞬声が弾んでしまい、お母様が眉を潜めたけれど、すぐにため息をついてコーヒーを飲み始めた。
やった!ただ散歩するだけだったのにお兄様と出かけられるなんて!!
そして、 私とお兄様は別荘を出ると、取り敢えず海辺沿いの道を歩いてみる事にした。
「お兄様と沖縄を散策できるなんて私!夢見たいです!!」
「大袈裟だよ深雪」
そう言って困ったように笑うお兄様、私はお兄様のこの顔が大好きです!!
「あら?あそこにいるのは」
そんな時、ふと私は海辺の砂浜でデッキチェアに座り、パラソルを立てて本を読んでいる男の人を見つけた。
本で顔は見えないけど、何となくカッコいいと思った私は、ついその人の方へ見入ってしまい、前を見るのを怠ってしまった。
「深雪、危ない!」
そういってお兄様が私の腕を引っ張って抱き寄せた。
私は一瞬何が起こったか分からなかったけれど前に立つ大柄な男を見て、彼にぶつかったのが分かった。
「どこ見て歩いてるんだ、あ?」
その大男は軍服をだらしなく着崩した黒い肌の軍人だった。その後ろにも同じような風の軍人がいる。
彼らは恐らく20年戦争が激化した際に沖縄に駐留していた米軍が、ハワイへ撤退した際に置き去りにされた【
「詫びを求めるつもりはない、来た道を引き返せ」
お兄様が私を庇うように前に立ち、およそ少年とは思えない程落ち着いた声で言い放った。カッコいいです。
私は、自分の不注意にお兄様を巻きこんでしまった事に罪悪感を抱きながらも、お兄さまに守られているという現実に頬が緩んでしまう。
そして次の瞬間、何の前触れもなく大男が殴りかかって来た。私はとっさに目をつぶってお兄様の背中をキュッと握った。
深雪side end
◇ ◇ ◇
董夜side
「ああー、海風が気持ちいいな」
別荘についてすぐ、俺は自分の部屋に荷物を置くだけ置いて浜辺を歩いていた。右手には今は珍しい紙媒体の本を握っている。最近の俺のマイブームだ。
「どこかに椅子ないかなー」
本が読めそうな場所を探して海辺を歩いていると海の家を見つけた。どうやら飲食物販売の他にも、デッキチェアに小型の机、パラソルが貸し出されているようだ。
「おおー丁度いいところに」
俺はデッキチェアと小型の机、パラソルを借りた。ついでにトロピカルジュースを買って海の家を出る。せっかくだし俺も南国を満喫して見たいのだ。
「よいしょっと、あぁ〜さすが沖縄」
一式を浜辺にセッティングして横になり、本を読み始めると予想以上の快適さだった。
強すぎない風に暑すぎない空気。そして絶え間ない波の音。
快適な環境で本を読み始めると、すぐに集中してしまった。すると後ろの方から誰かの声が聞こえてきた。
「どこ見てんだ?あ?」
野太い声に、気配からして恐らく軍人だろう、絡まれたやつは可哀想に。
「(ま、俺には関係ないけどね)」
俺は基本的に興味のある事にしかやる気が出ない。人助けなんて柄じゃないし、俺は【
「グァ!!」
さっきの野太い声の主が倒れる音がした。軍人が倒されたのか?
少し興味が湧いて来た俺はそちらを見ると、達也が軍人四人を返り討ちにしているところだった。
その後ろで何故か深雪が得意げな顔を浮かべている、
「あれは【
何となく呟き。このまま知り合いを無視するわけにもいかずに俺は取り敢えず拍手を送った。
董夜side end
◇ ◇ ◇
深雪side
「グアッ!!」
さすがはお兄様です。身長が倍はありそうな軍人四人を返り討ちにしてしまいました。カッコ良かったです!
そして私が思わず得意げな顔を浮かべていると、浜辺の方から拍手と共に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「流石だね」
楽しいものを見かけたような、けれど何処か冷めているあの人の声に、私は自分の顔が微かに歪んだのが分かった。
「お前にもこれくらいは出来るだろう」
「いやいや、魔法無しで体術のみだったら無理だよ。俺が体術苦手なの知ってるだろ」
お兄様は最初からそこにあの人が居るのを知っていたのか、ため息をつきながら返事をした。
「そんなところで何をしてるんですか?」
『お兄様と二人きりで海辺を歩く』というロマンティックな状況を邪魔された私は、つい不機嫌そうに言ってしまった。しかしあの人は気にした様子もなく。
「浜辺で本が読みたくてね、いい場所を探してたら、向こうにある海の家であれ貸し出してあったんだよ」
この人はそう言って少し離れた浜辺にあるデッキチェアとパラソルを指差した。恐らく横にある小さな机も貸し出してあった物だろう。
「そうですか、それでは失礼しますっ!」
私は不機嫌そうに言い放ち、お兄様を連れて立ち去ろうとしたけれど後ろからあの人に呼び止められた。
「ここ、すごく気持ちいいよ、せっかく沖縄に来たんだから海でもみt「失礼します!!」……………さいですか」
やってしまった、向こうは友好的に話しかけて来て居るのに。これじゃあまるで性悪女だ。
罪悪感が湧いて来て、あの人の方を振り向くと何故かとても残念そうな顔をして立っていた。
「行きましょうお兄様……………あれ、お兄様?」
今度こそお兄様を連れて立ち去ろうとしたけれど、いつの間にかお兄様は居なくなっていた。慌てて周りを見渡すと海の家の方からお兄様がパラソルとデッキチェアとトロピカルジュースを持って歩いて来ていた。
「?何処かに行くのか?」
本当は早くあの人の近くから何処かに行ってしまいたかったけれど、折角お兄様が用意してくださったものを無駄にするわけにもいかず、結局あの人の隣で横になる事になった。
「(あ、思ったより気持ちいい)」
デッキチェアに横になると、私が思っていたよりも心地よい風が吹いて来た。
心地よい風と心地よい音に囲まれ、私の意識が睡魔に負けかけた時。
「董夜、あの件はどうなったんだ?」
「あぁあれね、母様に交渉して今のところは順調だよ」
隣でお兄様とあの人が何か話をしていた。これじゃあ気になって、とても眠れない。
「何の話をしているんですか?」
そう聞くと、あの人は私が話しかけたのが意外だったのか、少し驚いた顔をした。本当にコロコロ表情が変わる人だ。
「少し前に達也からCADの技術に興味があることを聞いてね。達也に魔工師の勉強を勧めたんだけど、それだと深雪の護衛が疎かになるからって母様に反対されたんだ、それで俺が交渉してるって話だよ」
やはり、この二人は仲がいい。
お兄様は幼い頃に四葉の実験によって私以外の事に激情を抱かなくなってしまった。友情すらも抱かないお兄様が私以外の誰かと仲良く話しているのを、私はこの人以外で見たことがなかった。
「(羨ましい)」
そんな事を思いながら私は結局睡魔に負け、ゆっくりとまぶたを下ろした。