14話 クルージング
董夜side
「達也も始めた頃に比べて結構上達して来たよね」
太陽がまだ上りきらない頃、俺は別荘の庭で達也のトレーニングを見学していた。
トレーニングに集中している達也は俺の問いかけに反応しない。まぁそれを分かってて話しかけてるんだけど。
「さて、俺も少しトレーニングしようかな」
トレーニング中の達也から少し離れたところに立って、CADを使わずにサイオンを活性化させる。CADを使えばもっと正確に魔法をコントロールできるけど部屋に置いてきちゃったし我慢しよう。
「なるべく木とか焦がさないように、っと」
周囲に電気を発生させて、それを泳いでいる魚をイメージして動かす。
「お、深雪も起きたんだ」
ふと誰かの視線を感じて別荘の方に目をやると、丁度今起きたのか深雪が驚いた顔で俺を見ていた。
そういえば余り深雪の前で魔法を使ったことがなかったな。
深雪にどんな顔を向ければいいかわからなくなった俺は取り敢えず笑顔を向けた。
どうやら達也はトレーニングを終えたみたいだ、よし俺もここらで切り上げようかな。
董夜 side out
深雪side
昨日は遅くまで黒羽家のパーティーがあって、ベットに体を預けたのは真夜中だった。
疲れていた私は直ぐに寝てしまったけれど、習慣からか朝は太陽がまだ昇りきる前に起きてしまう。
「んーーーーっ!……………………よしっ」
深呼吸をしてベッドから起きあがり、カーテンと窓を開けると目の前の庭でお兄様が武術のトレーニングをなさっていた。見たことのない型だけれど、お兄様のまるで舞っているような動きに私は見惚れてしまった。
「はぁぁ。さすがお兄様……………………あ」
お兄様の舞に感嘆の声を漏らしていると、少し離れた木陰に董夜さんが座ってお兄様に何か声をかけていた。そして、さらに離れたところに行く。
「あの人は何を……?」
そんなことを考えていると、あの人のいるところから膨大なサイオンを感じた。ビックリして発生源に目を向けるとそ董夜さんの周囲に電気が発生し始めている。
「あの人が魔法を使っているのを見るのは初めてだけど、CADも使わずにこんな、、、!!」
董夜さんの周囲に発生していた電気は6つの塊に収束し、魚のような動きで漂い始めた。
「…………キレイ」
私はいつの間にかあの人の魔法に見惚れていた。先ほどのお兄様の舞以上に魅入っていることに気付かずに。そんな私を、お兄様が嬉しそうに見ているのにさえ気付かずに。
◇ ◇ ◇
「奥様、深雪さん」
私が董夜さんとお母様と朝食を食べていると、配膳をしていた穂波さんが話しかけてきた。ちなみにお兄様はドアの横でずっと立っている。
「今日のご予定は決めていらっしゃいますか?」
「暑さが和らいだら船で沖に出るのもいいわね」
「ではクルーザーを?」
「ええ………余り大きくないセーリングヨットが良いわね」
そんなお母様の提案から、午後の予定は四時からヨットで沖に出ることに決まった。
「深雪さんも午前中はビーチに出られてはどうですか?寝転んでいるだけでもリフレッシュできますよ」
「あ、じゃあ行ってきます」
「俺も行ってこようかな。俺は向こうでお昼食べるけど深雪はどうする?」
私は午前中はビーチに行って、お昼は別荘で食べて午後は出港の時間になるまで部屋でのんびりしていようと思っていたけれど外で、しかもお母様のいない所でお昼を食べることに新鮮さを感じた私はお母様に視線を向けた。
「そうね…………達也さんと董夜さんがいるのなら大丈夫でしょう。向こうで食べていらっしゃい。あと四葉と悟られるような言動はよしてくださいね」
「りょーかいです」
と、いうわけで朝食を食べ終わった私は部屋で外出用の格好に着替えている。
お兄様とお出かけ&昼食は勿論嬉しいけれど、私は以前のように董夜さんと出かけることに抵抗を抱かなくなっていた。まだ苦手意識はあるけれど。
「そんじゃあ行ってきますねー」
「はい、行ってらっしゃいませ」
董夜さんの覇気を感じない声に穂波さんが返事をして私達はビーチに向かいました 。
ビーチには既に家族連れの人たちが10人ぐらいいて、おもいおもいに楽しんでいた。
「達也〜、折角だし遊ぼうぜ」
「いや、俺には深雪が…………。」
私がお兄様の用意してくださったデッキチェアに腰をかけてパラソルの下で飲み物を飲んでいると、董夜さんがどこから持ってきたのか、ボールをお兄様に
ボールを受け取ったお兄様は困った顔で私の顔を伺って言う。
「そういう輩が来ても俺とお前なら『視える』から大丈夫だろ」
「折角ビーチに来たんですから、お兄様も楽しんでください!」
董夜さんと私の言葉に観念したのか、お兄様があの人を追って海へと入っていく。
それにしても『俺とお前なら視える』?董夜さんにもお兄様のような特殊な【眼】があるのだろうか。
「グッ………!」
そんなことを考えていると視界の中央でお兄様が比喩なしに吹き飛んだ。
「あーーっははははは!!達也が石みたいに水切って飛んでったアハハハハ」
おそらく董夜さんがボールに加速術式をかけたのでしょう、とんでもないスピードでボールがお兄様にぶつかっていました。
「な、なんてことを!!………え?」
魔法が苦手なお兄様に魔法で攻撃するなんて!!そもそもこんな遊びに魔法を使うなんて!
私が董夜さんに怨めしい表情を向けているとお兄様が立ち上がりました。
私が驚いた理由はお兄様が立ち上がったことではなく、そのお兄様がとても楽しそうな顔をしていたから。
「やってくれたな董夜」
「はっはっは、いくら筋肉のある達也でもそこからじゃあ威力はn、グボッ!!」
今度は董夜さんがお兄様が投げたボールに当たって飛んで行く。
「お兄様があんなに楽しそうに………。」
董夜さんとお兄様が楽しそうにキャッチボールをしているのを見ていると、何故か参加しているわけでもないのにとても楽しい気持ちになった。
その後お兄様たちはどんどん沖の方へ離れていく。2人のキャッチボールで偶に水柱が上がるので見失うことない。
すると
「お!この子かわいい!ねぇねぇちょっとこっちでお茶しよーぜ」
2人のキャッチボールを見ていた私に、横合いから誰かが話しかけて来る。
見るとガラの悪そうな金髪色黒の男が3人立っている。
「け、結構です!兄と従兄弟が遊んでいるのを見てるだけですから!」
「まぁまぁそんなこと言わないで、ほら」
「きゃっ!」
ハッキリ断ったのに、男たちは私の腕を掴んで引っ張って来ます。後ろの男も私の身体を見てニヤニヤと口元を歪めていました。
その男達に生理的な恐怖を抱いた私は、沖にいるお兄様達に助けを求めようとした瞬間ーーーーーー。
深雪 side out
四葉董夜 補足
董夜は加重系魔法で重力操作をしたり、放出系魔法により周囲の電気を発生させて操作するのを得意としています。
この2系統の魔法のみが得意というわけではなく、加重系放出系が特出して得意であり他の系統魔法も高位魔法師よりも使いこなしています。
補足説明でした。
董夜side
「あーーっははははは!!達也が石みたいに水切って飛んでったアハハハハ」
俺はボールにありったけの加速術式をかけて達也に向かって放った。普通の人間なら死ぬが、達也ならこれぐらい屁でもないはずだ。
と、思ったのだが、不意をついたのが功を奏したかボールにぶつかった達也はそのまま後方へ飛んで行った。
「あー深雪の冷たい視線が痛い」
ビーチからの極寒の視線に耐えていると達也が起き上がって来た、良かったそれなりに楽しそうだ。
すると達也がボールを投げるモーションに入った。しかし、ここは水上であり魔法が不得意な達也は自力でボールを投げなければいけない。しかも達也が吹っ飛んでいる間に俺は達也から離れたから距離は20メートルぐらい離れている。
ハッハッハ、下衆の極みである。
「はっはっは、いくら筋肉のある達也でもそこからじゃあ威力はn、グボッ!!」
たかをくくっていると達也から信じられないスピードのボールが飛んで来た。嘘だろトレーニングで鍛えられているとはいえ20メートルあるのにこの威力って、チートすぎだろ。
「くそったれ!!くらえ!」
骨が軋んだ痛みをこらえて少し離れたところに浮かんでるボールを掴み、俺は達也に向かって加速術式のかかったボールを投げる。
しかし今度は不意打ちではない、あっさりかわされてしまった。
「2度も同じ攻撃は食らわん」
これでボールは自分のはるか後方に飛んでいく、そう思った達也はボールを取りに行こうと振り返った。
そこに軌道を変えて戻って来たボールが、振り向いた達也の顔面に直撃。
「あーっハッハッハ、残念今回は加速術式だけじゃなくもう1つ魔法をかけてベクトルの向きを変えたんだよ!!」
そう叫びながら俺は達也から離れて沖の方へ泳ぎ始める、深雪の事以外に激情を抱かない達也でもそれなりに頭にきているはずだ、ふと後ろを見ると水泳選手顔負けのスピードで追いかけてきた。
「董夜、許さん………深雪?」
「うひゃああああゴメンナサーイ!!………あれ?」
ふと俺と達也の『眼』が深雪の異変を感知した、俺たちはふと深雪の方を見るとガラの悪そうな男達に絡まれている。
「どうする達也、ボールに加速術式と硬化魔法をかけて投げてもいいけど」
「いや、それはまずいな」
確かに、もしそうしたら確実にあの男達は骨が折れて内臓が破裂し即死である。あまり大事にすると騒ぎで俺たちの正体がバレかねない。
「んじゃあこうしようか」
俺はCADが入った防水カバーを水着のポケットから取り出して魔法を放つ。ここから深雪のところまで100メートルは離れているだろうが、まぁ大丈夫だろう。
重力操作で男達にかかる重力を5倍にする。慣れない力に男達は訳もわからずに地面に倒れてしまった。そこで放出系魔法を使い電気を発生させて、気絶しないレベルの量の電撃を男達に浴びせた。誰にやられたのか、訳も分からない男達は一目散に逃げてしまった。
「ありがとう董夜、助かった」
「まぁ俺がやったほうが早く穏便にできたからね。俺としても達也がキレる前に事が終わって良かったよ」
そう言って2人で深雪目指して泳ぎ始めた。
董夜 side out
深雪side
「えっ?」
「ぐあっ!な、なんだ」
男達に腕を掴まれて連れていかれそうになったその瞬間、急に男達が倒れた。
私が足をつけている砂がかすかに振動していることからおそらく重力系の魔法が放たれたのだろう。
「い、いったい誰が」
「く、くそがっ………があ!!」
なんとか起き上がろうとする男達に、今度は電撃が浴びせられた。
「ひ、ひいっ!!」
さほど威力が強くなかったのか、気絶しなかった男達は怯えてどこかへ逃げてしまった。この電撃の魔法には見覚えがある。たしかあの人が朝に使った魔法と似たものだった筈。
ふと、お兄様たちが居る方を見ると、私がいるところから100メートルぐらい離れたところであの人が浮かんでいた。
「あんな遠くから、こんなに正確に魔法を当てるなんて」
私があの人の魔法技能に驚愕して居ると、視線に気づいたのか、私に手を振ってきた。私はつい振り返してしまい急いで手を引っ込める。
「もうそろそろいい時間だしお昼食べようよ」
「そ、そうですね」
あの人とお兄様が戻って来て、私がお礼を言うと、あの人は照れ臭そうに手を振った。
深雪 side oit
海の家『なるくるないさぁ』
董夜達がお昼を食べに向かった店。
10話で董夜達がデッキチェア・パラソル・机を借りたのもこの店。
御年75歳の元気なオバちゃんが看板娘を務めて居る。
厨房に立つのは、その夫であるオッちゃん。海の家を営んで居るのに泳げない。
オススメはゴーヤチャンプルーだが他にもたくさんメニューがありどれも美味しい。
このシーズンは客が絶えない。
深雪side restart
海の家に入ると元気そうなお婆さんが迎えてくれた。店内は賑わっていましたけれど、幸運な事に端っこの4人がけの座敷が空いていて私たちはそこに腰かけた。
「なんでも好きなものを頼んでいいよー。母様にお土産代でそれなりのお金もらってるし、あの人へのお土産なんて落ちてる貝殻でいいんだから」
「え、えぇ……。」
「いや、流石にそれはマズイだろう」
私とお兄様からしたら、董夜さんのお母さんは四葉家の当主であり。私達の抱いて居る畏怖の対象である。
そんな人にお土産代をもらっておきながら落ちてる貝殻をあげるなんて、この人のメンタルはどうなって居るのだろう。
「すいませーん、このゴーヤチャンプルーと焼きそばとお好み焼きを4人前ずつ。あとグレープフルーツジュースを2つとパイナップルジュースを1つください」
わたしとお兄様が食べたいものを董夜さんに伝えると董夜さんが注文をしてくれました。
「あの、改めて先ほどはありがとうございました」
ナンパ男達から助けてもらったお礼を言うタイミングを見失っていた私は、注文した品が来るまでの間に言うことにしました。
「あぁ全然いいよ。怪我がなくてよかった」
そういって董夜さんは屈託のない笑顔を私に向けてきました。不覚にも私はドキッとしてしまいました。
そういえば私は董夜さんに対する苦手意識が、先程助けてもらった瞬間にどこかに飛んで行ってしまっていました。
「深雪が何で俺に苦手意識を持ってるのかは知らないけど、偶には頼ってもいいんだよ」
「は、はい」
そのどこか寂しそうな笑顔に私は胸が締め付けられるような感情に襲われた。
この気持ちは何だろう。罪悪感でも嫌悪感でもない。私が体験したことのない感情だった。
「ここのゴーヤチャンプルー美味しいな」
「焼きそばも美味しいですよお兄様」
「よくこんな周りに人がたくさん居る場所でアーンし合えるな」
注文していたご飯が来ると私とお兄様で食べさせあいっこをしました、横で何か言ってる人がいましたがスルーです。
「お兄様」
「ん?なんだ深雪」
「おもいっきりお腹いっぱいになってくださいね」
「え?ちょまっ達也?そんな食べないよね?」
「深雪のお願いだからな」
「そ、そんな」
私の意図を理解してくださったのかお兄様が董夜さんに同情の目を向けました。
◇ ◇ ◇
「お会計7,200円になります」
「は、8,000円でお願いします」
お兄様がご飯をたくさん食べて、私がデザートをたくさん食べました。
食べてる途中、董夜さんの顔がだんだん青くなっていく様は最高に面白かった!
「あら、お帰りなさい3人とも。あら?董夜さんどうしたの?」
別荘に戻るとお母様が、元気が無くなって居る董夜さんを心配していました。
「い、いえ、大丈夫ですよ、ハハハ」
◇ ◇ ◇
穂波さんが手配したクルーザーは7人乗りの電動モニター付きの帆走船だった。
私たち5人と操縦士、その補助をする人の7人で船に乗り込む。
「お兄様!海がこんなに綺麗ですよ!!」
「あぁそうだな、さすがは沖縄だ」
私とお兄様は船尾で、お母様は船内で海を見つめていました。
そんな中、董夜さんは静かに船首でただ海を見つめていました。
「董夜さん……?」
一体何を見て居るのだろうか。
深雪 side out
董夜side
穂波さんが用意してくれた帆走船で俺たち一行は沖を漂っていた。
うん、深雪も達也も楽しそうだ。深夜さんも寛いでるみたいだ。
よし!俺が『あれ』をなんとかしようか。
海の深いところで動いている『あれ』にやっと気付いたのか達也がこちらを見ている。
「船長、深夜さん!潜水艦が魚雷を発射した!俺が対処するから海岸まで引き返して!」
「潜水艦!?なんで日本の海に!?」
「船長!!早く引き返しましょう!」
ふぅ、役立たずだな。こんな時に。
俺は潜水艦の撃ってきた魚雷のベクトルを変えて推進力を奪って停滞させて、潜水艦に全方位から超重力をかけて消滅させた。我ながら呆気ない。
「達也ー、魚雷これなんだけど。どこの国のか分かる?」
「き、君!?な、何をして居るんだ!?」
「と、董夜さん!?あ、あ、危ないですよ」
発射された魚雷を船の横に浮遊させる。みんなが驚いているが、まぁいいだろう。
「この文字は………大亜連合の物だな」
「ん、オッケー」
それさえ分かればこの魚雷に用は無い。俺は魚雷を海底に思いっきり打ち込んだ、もちろん珊瑚とかがない岩だらけのところに。
さてさて、国防軍は何をやってるんですかね?こんなにあっさり領海侵入を許した上に一般人を巻き込むなんて。
董夜 side out
深雪side
私はいま、驚愕しています。
まさか沖にクルージングに来たら潜水艦に魚雷を撃ち込まれるなんて。しかもその魚雷を董夜さんが浮かせて私たちの目と鼻の先に持って来て、お兄様と分析を始めるなんて。
それに重力操作なんて高難易度の魔法を魚雷を打たれた緊迫している状態で平然とできるなんて。
「深雪、大丈夫か?」
「あ、あんな近くに魚雷を………危ないのを分かってないんですかあの人は!!」
もし爆発していたら私は確実に死んでいました。私だけでなくお母様や董夜さんや船長さんや、もしかしたらお兄様まで。
董夜さんがこんな異常者だったなんて!!
「大丈夫だ深雪、あの魚雷は潜水艦から起爆信号がでない限りただの鉄の塊だ。それを知っていたから董夜は魚雷が発射された直後に潜水艦を消滅させた。それにあれは発泡魚雷と言って爆発するタイプじゃない」
「え、董夜さんはあの時間でそれだけの判断を?」
「ああ、あいつはいつもは飄々としてるが有事の際には誰よりも冷静に指示や処理が出来る人間だ」
あの一瞬でそれだけの判断をして、尚且つ高難易度の魔法を放つなんて、それにお兄様がここまであの人を信頼してるなんて………。
ふと目を向けると、董夜さんは船尾でいつまでもいつまでも魚雷が撃ち込まれた地点を見つめていました。