四葉家の死神   作:The sleeper

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18話 セントウカイシ

18話 セントウカイシ

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪side

 

「ありがとう達也、後ごめん」

 

「何故謝る、お礼を言うのは俺の方だ」

 

私を庇って撃たれる前と同じ状態に戻った体を起こしてお兄様と話し始めた。

 

お兄様の魔法【再生】は死んでいなければどんな傷でも、例え腕が消えても復元できる。けれどその代わりに本人が受けた痛みの記憶を何百倍にも凝縮したものがお兄様に訪れる。

 

「董夜さんっ!よかった」

 

「あなたに貸しは作りたく無かったのだけれど、ありがとう」

 

私は感動のあまり董夜さんに抱き着き、お母様は少し離れたところでお礼を言っていた。

もしあの時、董夜さんがアンティナイトを持った兵士を撃退しなければ、感受性の強いお母様は危険だったかもしれないのだ。

 

「申し訳ない、軍に裏切り者がいることに気づけなかった、罪滅ぼしではないが何でも言ってくれ」

 

そんな私たちから少し離れた扉のそばで風間大尉と絵垣上等兵が頭を下げている。どうやら絵垣上等兵も無事だったようだ。

 

「敵は大亜連合か?」

 

「はい、間違いないかと」

 

ゆっくりと立ち上がった董夜さんが今まで以上に高圧的な雰囲気で風間さんに問いかけた、董夜さんは今、初対面でも分かるぐらい苛立ちを表に出している。

 

「じゃあ深雪達をこの基地の統合司令室に連れていけ、どうせ軍のことだ、ここよりも頑丈で安全な作りになっているんだろう」

 

その言葉に風間さんは驚きで目を見開き少し苦い顔をした。おそらく董夜さんの予測が当たっていたのだろう。

 

「あとアーマースーツと歩兵装備一式を貸してください。貸すと言っても消耗品はお返しできませんが」

 

「何故だ?」

 

そこに入って来たお兄様の言葉に風間さんは疑問を覚え、私は驚愕した。

まさかお兄様は戦場に行こうとしているのか。

 

「妹をここまで危険な目に合わせておいて黙って見ているわけにも行きません」

 

「俺はこの格好のままでいい、歩きづらそう」

 

「了解した、2人には一時的に戦闘に参加してもらう」

 

「あ、俺はたまたま戦闘に巻き込まれた民間人ということで、アンタ達の指図は受けないから」

 

「俺は風間大尉の指揮下で構いません」

 

2人とも目に怒りを燃やしているのは同じなのに言っていることはまるで違った。

 

「き、気を付けてくださいね!」

 

この2人に限ってないと思うけど、それでも2人は中学一年生、まだ子供である。

もしたしたら怪我をするかもしれない最悪死んでしまうかもしれない。そんなことを思った私の口から自然と声が出ていた。

 

「あぁありがとう深雪」

 

「…………」

 

え?お兄様は振り返って返事をして下さったのに董夜さんは何も言わずに立ち去ってしまった。

もしかして私のせいで怪我をしたから怒っているのだろうか、そうだったら嫌だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

防空司令室は装甲扉を五枚通り抜けた先にあった。窓がない、どころか直接外に面している壁がない。

学校の教室四個分くらいの大きさのフロアで、中には30人ぐらいのオペレーターが三列に並んだコンソールに向かって座っていた。

前面には大型スクリーンが備えられていて戦場の様子が見て取れた。

 

 

 

オペレーター達にどよめきが広がった、スクリーンを見るとお兄様が戦場を闊歩していた。

 

「な、なんだよ…あれ」

 

オペレーターの1人が困惑の声を上げる。

モニター内ではお兄様が右手に握ったCADを敵に向けるとその敵は霞の如く消えていき、左手のCADを倒れている味方に向けると、今度はその傷が、霞の如く消えた。

さながらお兄様は戦場に降り立った神のようだった。

 

「お兄様…」

 

私が恍惚の表情を浮かべていると室内にさらなるどよめきが広がった、先程声をあげたオペレーターも言葉を失っている。

彼らがお兄様に向けていた感情が畏敬だとしたら、あの人に向けられた感情は恐怖だった。

 

モニターの中で董夜さんが歩いている。それだけ見ればお兄様とさして変わらないようだけどその顔は笑っていた。大きく口を三日月の如く歪め、手をポケットに入れて歩いている、そしてその体は異常なほど敵の返り血で染まっていた。

 

「と、董夜さん……?」

 

董夜さんはただ歩いているだけなのに、それだけで彼の周りにいる敵兵は時には口から大量の血を吹き、時には腹部のみが中心に向かって収縮し胴体が切断状態になったりなど、いつもの優しい彼からは想像もできない残虐さであった。

 

「はぁ、これだから彼を出したくなかったのだけれど」

 

隣でお母様が心底困ったように頭に手を当てていた。

 

モニターでは董夜さんが30人ほどの敵兵に囲まれている。

敵兵は全員鬼気迫る顔をしているが、董夜さんの表情からは笑みが消え、ただつまらなそうな顔をしていた。

まるで数日前の国防軍の兵士との訓練の時のように。

 

「なっ!?」

 

オペレーター達のさらなるどよめきが広がる、それもそのはず董夜さんを囲んでいた兵士が全員消えたのだ、いや正確には消えたのではなく一瞬で上空まで舞い上げた。

おそらく敵兵にかかっていた重力を軽減したのだろう

 

そして董夜さんの周りをサッカーボールぐらいの光の塊が30個ほど浮かんだ。

次の瞬間、その塊からレーザーのようなものが上空で身動きが取れない敵兵に目にも留まらぬ速さで照射された。

レーザーは敵兵全員の体を正確に貫通して飛んで行く。

董夜さんはつまらなそうだ。

 

深雪 side out

 

 

 

 

 

董夜side

 

あーつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらない。

 

「こんなもんかよ大亜連合ってのはァ!」

 

俺がまっすぐに伸ばした右手を横に振るう、それで俺を囲んでた敵兵の体が全てネジ切れる。

 

「它,帮助!!!」

 

目の前に男が1人腰を抜かして地面に尻をついていた。

 

「请教!它帮助我! !」

 

大陸の言語だろうか?

俺は英語とヨーロッパの数カ国の言葉はわかるが、一族の者が大亜連合を忌み嫌ってるためそこの言語に勉強はおろか触れることすら許されなかった。

従って俺にはこの男が何を言っているのか分からない。

 

とりあえず殺す。

 

降参の意を示しているものに対して攻撃することは虐殺を意味するが、俺にはあの男が何を言っていたのか分からなかった。もしかしたら挑発していたのかもしれない、だからこれは虐殺じゃないよねぇ。

 

董夜 side out

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

風間の指揮する恩納空挺部隊に同行した達也と董夜は、侵攻軍を水際まで追いつめていた。普通なら「達也と董夜が同行した恩納空挺部隊は」と表現すべきかもしれない。

だが、わずか一個小隊の歩兵集団の先頭に立つ、フルフェイスのヘルメットとアーマースーツに全身を隠した小柄な魔法師とラフな服装を赤く染め、笑みを浮かべながら立っている魔法師が侵攻軍を潰走させているのは、この場にいる、敵の目にも味方の目にも明らかだった。

 それは戦闘と表現するには一方的に過ぎる殺戮だった。

 

全身を隠した魔法師の歩いた後には、血が流れない。肉が、飛び散らない。血肉を焼く臭いすら、五体を引き千切る爆音すら存在しない。

そしてその隣にいる死神のような笑みを浮かべた魔法師の歩いた後には死体死体死体死体死体死体死体、そう死体の山である。

 

 

 

 

 潰走する侵攻軍の戦線は崩壊と表現して差し支えのない状態にあったが、侵攻軍の指揮系統まで崩壊してしまっているわけではない。

侵攻軍の指揮官は、最早橋頭保を維持出来ないと判断し、海上への撤退を命じた。我先にと上陸舟艇へと乗り込む侵攻部隊の兵士たち。一歩、一歩、着実に歩み寄ってくる魔人と死神から逃れるために。

逃げ出すのに忙しくて反撃が止んだ侵攻部隊を前に、達也の足も止まった。急に自分たちの役目を思い出したのか、恩納空挺隊が斉射陣形を作り上げる。

だが、「撃て!」の命令が下されるより早く、達也から景色を歪める「力」が放たれた。

視界、つまり光波に余波を及ぼすような強い干渉力が放つ魔法師がいない訳ではない。本当に優秀な魔法師は意図した事象改変以外に「世界」を乱すような力は使わないものだが、パワーに比して熟練度に劣る若手の優秀な魔法師は時々そのような意図せざる事象改変を引き起こす。しかしこの場において生じたのは、全くの物理的副次作用だった。

小型の強襲上陸艇が中に呑み込んだ兵員ごと塵となって消えた。景色が歪んで見えたのは、上陸艇の一部がガスとなって拡散した所為で空中に密度の異なる気体層が形成され、光の屈折減少が発生した事によるものであろう。

 

次の艇で逃走しようと先を争って乗船していた敵兵が揃って動きを止めた。手にしていた武器を次々と海に投げ捨て、白い旗が上がる。降参の意思表示である。

だがそんな事を、魔人は気にしない。達也は右手を白旗を掲げた艇に向ける。

 

「虐殺はマズイからストッープ」

 

自身の残忍さに反して理性の働く死神が魔人の一瞬の隙をついて手からCADを叩き落とす。

本来達也の手からCADを叩き落とすなど並の人間にはできないが、それを可能にするのが董夜の【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】と反射神経である。

 

「スマン」

 

「気にすんな、気持ちはわかるさ」

 

声だけ聞けば美しい友情物語だが、俺らの容姿は片や全身を黒いスーツで隠し、片や全身返り血だからけで爽やかに笑っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上陸部隊の投降により、直接武装解除に当たる風間の部隊だけではなく迎撃に出動していた部隊の間にも安堵感が広がったのは仕方の無い側面があるにしても、些か早すぎた。

 

「司令部より伝達! 敵艦隊別働隊と思われる艦影が粟国島北方より接近中! 高速巡洋艦二隻、駆逐艦四隻! 僚軍の迎撃は間に合わず! 二十分後に敵艦砲射程内と推測! 至急海岸付近より退避せよとの事です!」

 

後方に控えていた兵士が焦った口調で風間大尉に伝えてくる。

それと同時に董夜と達也は【眼】を使って確認する。

 

風間は部下から受け取っていた通信機を離すと、一つ息を吸い込んだ。

 

「予想時間十二分後に、当地点は敵艦砲の有効射程内に入る! 総員、捕虜を連行し、内陸部へ避難せよ!」

 

ヘルメットを脱いだ風間の顔に、苦渋や懊悩は窺われない。断固とした指揮者の威厳が鉄の仮面を作っている。だが彼が捕虜連行の命令を苦々しく思っているのは他心通など使えなくても明白だった。

 

「特尉、それに董夜君。君達は先に基地へ帰投したまえ」

 

だが董夜と達也としてもそれだけの艦隊が攻めて来て、果たして深雪が無傷で済むとは限らない状況で引くわけにはいかないーーーーだったら殲滅しかない。

 

「敵巡洋艦の正確な位置は分かりますか?」

 

達也は風間の指示に従う代わりにヘルメットを被ったまま質問した、董夜はジッと沖を見つめている。

 

「それは分かるが……真田!」

何故だ、とは問わなかった。その代わりに戦術情報ターミナルを背負った部下の名を呼んだ。

 

「海上レーダーとリンクしました。特尉のバイザーに転送しますか?」

 

「その前に」

 

真田の風間に対する質問を、達也が途中で遮った。

 

「先日見せていただいた射程伸張術式組込型の武装デバイスは持って来ていますか?」

 

真田がバイザーを上げて、風間と顔を見合わせた。風間が頷き、真田は達也へ視線を戻す。

 

「ここにはありませんが、ヘリに積んだままにしてありますから五分もあれば」

 

「至急持って来ていただけませんか」

 

「おー、達也あれをやる気なんだね?」

 

「ああ、それしかない」

 

真田のセリフをぶった切って達也は少年らしい性急さでそうリクエストした。そして達也は風間へと顔を向け、顔を隠したままのヘルメットから有線通信用のラインを引っ張り出し差し出した。

風間は眉を顰めただけで何も言わずにヘルメットを被り直し、同じようにラインを引き出してコネクターの端子を噛み合せた。

 

『敵艦を破壊する手段があります』

 

部下の見ている前で持ちかけられた内緒話は、思いがけない爆弾発言で始まった。

 

『ただ、部下の皆さんに見られたくありません。真田中尉のデバイスを置いて、この場から移動していただけないでしょうか』

 

風間から達也の表情は見えない。有線通信越しでは音声も上手く伝わって来ない。判断の材料となるのは、口調と、わずかな付き合いから読み取った為人のみ。

 

『……いいだろう。ただし、俺と真田は立ち合わせてもらう』

 

『わかりました』

 

風間がヘルメットを外すと董夜と目があった。

 

「あれ?風間さんは残るの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

武装デバイスの準備を終えた達也に、真田が猶予時間を告げた。

 

「敵艦はほぼ真西の方向三十キロを航行中……届くのかい?」

 

「試してみるしかありません」

 

真田の問い掛けに達也はそう答えて、武装デバイスを仰角四十五度に構えた。

銃口の先にパイプ状の仮想領域が展開される。通り抜ける物体の速度を加速する仮想領域魔法。仮想領域の作成に時間がかかっているものの、構築された仮想領域のサイズに、真田は満足して頷いた。

だが、達也が展開している魔法はそれで終わりではなかった。物体加速の魔法領域のその先に、もう一つの仮想領域が発生した。

 

「「なっ!?」」

 

真田と風間が信じられないものを見るような目で達也を見る。それに対して董夜は達也の方を見ずに依然として沖を見つめていた。

 

「す、すごい」

 

真田の呟きは、狙撃銃の発射音にかき消された。見えるはずの無い超音速の弾丸を目で追いかけるようにして沖を見詰める達也。やがて彼は落胆したように首を振る、そんな達也の代わりに董夜が。

 

「ダメだね、20キロしか届かなかった。もっと近づかないと」

 

「しかしそれでは、こちらも敵の射程内に入ってしまう!」

 

「分かっています。お二人は基地に戻ってください。ここは自分と董夜だけで十分です」

 

「バカな事を言うな! 君も戻るんだ」

 

「しかし、敵艦を撃破しなければ基地が危ない」

 

「だったらせめて、この場から移動しよう」

 

「ダメです。今から射撃ポイントを探している時間はありません」

 

 真田の精一杯の譲歩は、彼自身にも分かっている理由で却下された。

 

「我々では代行出来ないのか?」

 

 黙って二人の会話を聞いていた風間が、沈んだ声で達也に訊ねた。

しかし帰って来たのは同じく黙って二人の会話を聞いていた董夜の無慈悲の一声だった。

 

「無理だね」

 

「では、我々もここに残るとしよう」

予想外だったのはこの答え。達也にとって、風間の即答は思いもよらないものだった。

 

「正気?失敗すれば逃げる間も無く死ぬよ?」

 

董夜が珍しく少しだけ目を見開いて尋ねる。

 

「百パーセント成功する作戦などあり得んし、戦死の危険性が全くない戦場もあり得ない。勝敗が兵家の常ならば、生死は兵士の常だ」

 

何の力みも無く、風間はそう語った。葉隠の有名な一節に通ずるそのセリフは、説得を断念させるには十分な威力を有していたのだった。

 

「はぁ、どうなっても知らないからね」

 

「右に同じです」

 

董夜は深いため息をつきながら再び沖に向き直り、達也は相変わらずの無表情だった。

 

ナレーションside end

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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