28話 九校戦六日目
その映像は日本の……………いや、世界中の軍上層部の会議で見られていた。
董夜が一条将輝からの宣戦布告を受け、それに応じた九校戦アイスピラーズブレイク第三回戦の映像。
『空間を捻じ曲げるほどの加重系魔法の使い手』ここまでならまだそこまで大ごとにはならない。いや、多少大ごとにはなったかもしれないが世界中の軍が緊急会議を開くほどでは無かったかもしれない。問題なのはこの先。
『四葉董夜はブラックホールを再現出来る可能性がある』だ。この知らせに世界中の軍が慌てた。現在彼の【荷電粒子砲】はUSNA の戦略級魔法師 アンジー・クドウ・シールズの【ヘビィ・メタル・バースト】に破壊力こそ劣るが貫通力などは勝ると言われている。そんな超強力な魔法を有する四葉董夜が国を………いや惑星すら破壊しかねない魔法を有しているかもしれないのだ。
そして他の国より焦ったのはUSNAだ。USNAは 極秘裏に2095年11月、つまり今から3ヶ月後に余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験を行おうとしていたのだ。これから始まる実験の完成形を日本の…………しかも四葉の次期当主(実際は次期当主最有力候補だが国内外問わず事情を知る殆どの人間が董夜以外に当主はあり得ないと考えている)が使用出来る可能性があるなど想定外中の想定外、これによりUSNA は実験の完成を急ぎ、日本をも巻き込む事件を起こすことになるとはこの時はまだ誰も知らない。
一方 九校戦の控え室ではアイスピラーズブレイクの決勝を1時間半の後に控えた董夜が達也と2人で話していた。普段なら控え室に入れるのは競技開始の30分前なのだが、次が決勝ということもあり控え室に空きができて入れたというわけだ。
「ックシュン!!……………世界中の軍の関係者が俺のことを噂している気がする」
「あたりまえだ……………それに良かったのか?」
「ん?」
「さっきの魔法についてだ。あれでお前がブラックホールを再現出来る可能性は世界中に広まっただろう。まだ可能性の段階だが」
董夜が実際にブラックホールを再現出来ることを知っているのは真夜、深夜、葉山、達也、深雪、董夜のみである。
今回の件については流石の達也も想定外だった。一緒に見ていた深雪は今はいないが衝撃を受けていた。そして達也も深雪も董夜が何も理由がないのに自身が秘匿としている事を公にする人間だとは思っていない。それだけに今回の事に驚いたのだ。
「大丈夫だよ、達也も言ったけどまだ『可能性の段階』だ。少しは牽制されるだろうけど大きな問題は起きないよ」
「そうか………………まぁお前の言うことなら信じよう」
「ありがと」
「それじゃこれ決勝用の衣装だ」
「あいよー」
それだけ言って達也は控え室を出た。
数秒後、控え室の中から響いた絶叫に口元を緩ませ達也は会場の観客席に向かった。
さて衣装に着替えなければ。さすがに着るのも3回目で慣れているとは言え今回着るのは予選と違い決勝用の衣装だ、もしかしたら浴衣より着替えが厄介な代物かもしれない。
「ん…………?……………決勝用の衣装?」
確か達也はそんな事を言って出て行った気がする。嫌な予感がして首をギギギギギとならしながら部屋の中央にある机に顔を向けるとそこには………………………………見たことのある包みが置かれていた。
「なんで決勝用まであんだよォォォ!!」
中を開けるとそこには教会などで結婚式の際に新郎が着る真っ白いスーツが入っていた。同封されている手紙には見たことのある我がメイドであり家の用心棒をしてくれている雛子の文字で『決勝Fight!!!…………………………あと髪はオールバックで』と書かれた手紙が。
「………………………………決勝がんばろ」
もういいや…………………………そういえばそろそろ女子アイスピラーズブレイクの決勝が行われるはずだ。俺の競技まで1時間以上あるのだから見に行けばいいと思われるかもしれないが今回は控え室に取り付けてあるテレビから中継を見る事にした。そう深雪と雫の決勝戦を。
「勝敗は見えてるんだけど………………それでも」
青いライトが点った。そして開始の合図となる赤い光に変わっり、両者から同時に魔法が打ち出された。
雫のエリアに【
深雪の氷柱を地鳴りが襲う。だがその振動は共振が起こる前に鎮圧された。【共振破壊】を抑える対抗魔法を深雪が発動しているからだ。
両者共に譲らぬ一進一退の攻防、と試合を見ている大半の観客たちは思っているのだろう。しかし董夜から見て一見互角に見える戦いは確実に優劣が決まっていた。雫の情報強化は氷柱に対する深雪の【
このまま押し切られてしまうのか。そう思った時、雫の次の一手が打たれた。雫が袖口に手を突っ込み取り出したのは二つ目のCAD。拳銃型をした特化型CADは達也が授けた物だろう。
【フォノンメーザー】
超音波の振動数を上げ熱線を起こす高等魔法。それにより、今まで一度たりとも傷つかなかった深雪の氷柱にダメージが入った。
しかし雫の攻勢もここまで、すぐさま立て直した深雪は新たな魔法を発動した。魔法名は【ニブルヘイム】振動減速系統魔法で、威力は使用者によって前後するが、深雪が発動するとなればその威力は当然最大限に高められている。液体窒素すらも凍らせる冷気によってできた霧が雫の陣を覆い尽くす。
そして直ぐに深雪は魔法を切り替えた。再度発動された【
「えげつないな」
深雪の魔法に関してもそうだが、まさか雫が深雪の氷柱に傷をつけるとは思わなかった。そこも踏まえて雫は善戦した方だろう。
「健闘を称えよう北山雫」
さて、そんなことより俺の試合だ。相手は一条将輝、いくら俺でも気を抜けばすぐに【爆裂】の餌食になるはずだ。
「それでも俺は絶対に負けない」
「す、すごい人ね。これは」
「あぁ、まぁ注目が集まるのも無理はないだろう」
現在、第一高校の天幕の中で試合開始の合図が鳴るのをモニターで見ているのは真由美と摩利と数名の技術スタッフだ。
「どうだ?お前の予想ではどっちが勝つ?」
「そりゃ董夜くんに勝って欲しいけど……………それでも……………」
「一条の【爆裂】は強力………………か」
「えぇ」
2人とも董夜の勝利を心の底から願っていた。それでも不安が残るのは相手が同じ十師族であり、尚且つアイスピラーズブレイクで無類の強さを誇る【爆裂】がある。
「それでも…………………私は董夜くんを信じるわ!!」
「ふっ…………同意見だ」
それでもモニターを見る2人の目から不安の色が消えることはなかった。
「うわ、こりゃまたすごい人だ」
選手入場口から会場の中に入ると董夜の白いスーツ姿を見た満員の客から大歓声が上がる。今までは女性の歓声が多かったが今回は董夜のノリの良さが好評を得たのか男性陣からも歓声が上がっていた。
そして対面からついに将輝が入場してきた。お互いに多少緊張しながらも挑発的に笑う。
「さぁ、悪いな将輝。圧倒的に、完膚なきまでに潰させてもらう」
ポールが青、黄色と変わり最後に赤くなったその瞬間……………………………会場を【夜】が包んだ。
「なっ!?」
会場中の誰もが目を疑った、いやテレビ中継でその様子を見ていた全ての人が目を疑った。太陽が照っていたはずの会場にもはや太陽は見えずただ暗闇が支配し見えるのは董夜と将輝の姿のみ。
「くそっ………………!!」
この異常事態に将輝はすぐさま対抗しようとCADを操作するがそこである異変に気付く………………………………魔法が発動しない。
それは将輝の心の中を焦燥で埋め尽くしどんどん余裕をなくしていく。
「お、おいあれ!!」
それは誰の言葉だったか誰かが暗闇の上の方を指差して叫んだ。会場中の全員が上を向き、テレビの取材班やカメラマンもカメラを上に向ける。
「な、なんだよ……………………あれ」
そこには夜空に瞬く星の如し光をもつ光球がいくつか光り輝いていた。
そして次の瞬間全ての光球が眩い光を放つ。
「沈め、歴戦の猛者よ」
そして董夜がいつの間にか将輝の方へ伸ばしていた右腕を下げた瞬間、夜空を切り裂く様な
「ふぅ……………
董夜がため息をつくと同時に夜空は晴れ、会場にはいつも通りの明るい太陽の光が戻ってきた。それと同時に観客からは爆発の如き歓声が巻き起こった。
会場から出た将輝は関係者用通用口で一人立っていた。
先程の一戦、相手である四葉董夜が魔法を展開し周囲が夜に包まれてからCADに想子サイオンを流しても魔法が発動することがなかった、恐らくあの夜の空間には董夜の領域干渉が働いていたのだろう。
そして何より将輝にとって大きかったのは自分が最初に【爆裂】を発動させようとする前に董夜の魔法が発動したことだ。
それはつまりーーーーーーーーーーー
「俺より彼奴のほうが…………………魔法の発動速度が速い………………………っ!!!」
そして将輝が悔しそうに壁に拳を打ち付けた。幸い廊下には将輝以外の人はいなかったため誰もその姿を見た者はいなかった………………………筈だった。
「ヒューー将輝くんコッワーイ」
「っ!!董夜!!」
数メートル先の曲がり角から出てきた董夜が誰が見ても演技だとわかる様に出てきた。
「それで?何しにきたんだ?俺は今忙しいんだ」
「悔しがるのに?」
「う、うるさい!」
文字だけ見ると将輝が董夜を疎んでいる様に見えるが2人の付き合いはすでに5年を超えている。こんな事でこじれる様な仲ではなかった。
「いやいや、ただ一言言いにきただけだよ」
「は?一言?」
董夜の言った言葉に将輝は多少訝しむ様子を見せる。それを見て董夜は若干の微笑を浮かべ。
「お前じゃなければあの魔法は使ってなかった。それだけ」
それだけ言うと董夜はクルッとUターンして立ち去って行った。その背中が遠くなってから将輝はその言葉の意味を理解した。董夜も将輝を強者と認めているのだ。
「次は絶対に負けないからな!!」
その背中に投げかけられた言葉を受けて董夜が嬉しそうに笑ったのを見る者は誰もいなかった。