男子高校生の董夜と女子中学生の泉美とのお話です。
31話 オデカケ
31話 オデカケ
十師族、それは日本での最強の魔法師の家系であり、二十八家の中から四年に一度の【十師族選定会議】にて選ばれるたった十家の事を表す。
日本の魔法師界に君臨する一団であり。日本国内の魔法師は古式魔法師であれ現代魔法師であれ十師族を頂点とする【コミュニティ】に属しており、その自治に従っている。
そしてその十師族の中で取り分け強い力を持ってる二家の内の一つである【七草家】
その広い豪邸の中の一室で一悶着起きていた。
「それでお姉様、この写真はなんですか?」
「ええっとね泉美ちゃん、それは、その……………違うの!」
「へぇ、これは興味深いですね何が違うのでしょう」
七草家の長女である真由美の携帯を持った泉美がベッドの上で仁王立ちし、当の真由美は床で正座している。
そして部屋の外では香澄と七草家の当主である弘一が震えながら部屋の中を覗き込んでいる。
この2人は先ほど泉美を落ち着かせようと部屋に突入したが一睨みで部屋から退出させられたばかりである。
弘一曰く『真夜より怖い女性を初めて見た』らしい。
「随分と楽しそうな写真ですねぇ」
「うっ…………!」
話を戻すが部屋の中で泉美は荒れている。
持っている真由美の携帯の画面には真由美と董夜が九校戦最終日にパーティーから抜け出した際に撮った写真が映っている。
「『緊急事態だから』と私たちを帰らせた後にこんな事をしていただなんて、確かに摩利さんの件は緊急事態でしたが、それでも私は董夜お兄様と夕食をとる約束を諦めてまで帰ったんですよ………………まさか私達が帰った後こんな………………こんな」
プルプルと肩を震わせる泉美に真由美は『失敗した』というような顔になる。
董夜との『余計な人には見せない』という約束の元に撮ったあの写真、もともと自分以外の人に見せるつもりは無かったのだが家の廊下でその写真を見たら少し…………いや、かなり気が緩んでしまい後ろから近づいて来る泉美に気づかなかったのだ。
「ご、ごめんね泉美ちゃん。何でもするから許して……………!」
「『何でも』……………ですか…………へぇ」
ここで真由美は自分が何を言ったか…………言ってしまったか自覚した。泉美は何故か香澄とは違い真由美に似て少しお腹の中が黒いところがある。『何でもする』何て言おうものなら何を要求されるかわかったものではない。
「それなら私と董夜お兄様とのデートをセッティングしてください」
「……………………………え!?」
ガタッ
部屋の外で泉美の言葉を聞いた弘一が驚きで体勢を崩し、扉にぶつかった音が室内に響いたが真由美はそんな事を気にしている暇などない、なにせ自分が好きな人と自分の妹の(泉美曰く)デートをセッティングしなくてはならないのだ。
「そ、そんなの無理よ!」
「そうですか、それなら仕方がありません。『この写真をお姉様が自慢して回っていた』と董夜お兄様に知らせます」
「そ、そんな…………!」
「大方『余計な人には見せないでくれ』とでも言われているのでは?その約束を無下にされたと知った董夜お兄様は悲しむでしょうね」
「」
もはや反論の余地はなかった、自分の妹はいつの間にこんな策略家になってしまったのだろうか?一体誰の影響だろうか……………………私か。
と頭の中がこんがらがっている真由美はついに言ってしまう。
「わ、わかったわ」
その言葉を聞いた時に泉美が浮かべた身の毛もよだつほど黒い笑みを真由美は忘れることはないだろう。
「あ、董夜お兄様!お待たせしてしまいましたか?」
「いや泉美、今来たところだよ」
そのデート前の男女のありきたりなやり取りに泉美の頰がだらしなく下がる。
泉美が脅迫紛いの方法で真由美にデートをセッティングさせたのが4日前。その日は魔法科第一高校が終業式を終え夏休みに入ってから3日目のことだった。
董夜は夕食を食べている際に来た真由美からの『泉美ちゃんと2人で出かけて見ない?』という申し出に警戒を覚え断ろうとしたが、なにやら真由美の只ならぬ気配で断るに断れず結局泉美とデート紛いのお出かけことをすることになったのだ。
(まぁ別に嫌じゃないからいいんだけど)
これで見ず知らずの人間だったらいい対応(猫かぶり)をしなくてはならない為面倒だったが、泉美なら大丈夫だろうと心が少しだけ楽な董夜だった。
「それより董夜お兄様!どうですか?」
「うん、よく似合ってて可愛いと思うよ」
董夜の前でクルッと一回転した泉美に董夜が正直な感想を言うと『可愛い』という言葉に泉美の頰が赤く染まった。
ちなみに今の2人の服装は泉美が前回真由美と香澄と董夜と一緒にショッピングをした際(7話・8話)に董夜に買ってもらった水色のワンピースに帽子はキャペリンという夏にぴったりの格好をしていて、董夜がワークキャップにメガネという格好だ。
「いままではメガネだけで大丈夫だったんだけど最近それだけじゃバレ始めてね」
人に顔が知れると大変だよ。
と苦笑いする董夜だが泉美は聞いていないのか顔のニヤケを抑えるのに必死なようだった。
(なんだかこれって芸能人のお忍びデートみたい)
などなど………………
そして今更ながら今回のお出かけ(泉美曰くデート)に董夜が選んだ行き先はここ【
「それじゃあ先ずは動物園に行こうか」
「はい!………………………あのチケットは…………?」
董夜が自分だけのことをエスコートしてくれている現実に泉美の頰は相変わらずだらしなく下がるが、チケット売り場を通過してそのまま入場口に向かう董夜に泉美はハテナマークが浮かぶ。
「あぁ、もう買ってあるから大丈夫だよ。暑い中並ぶの嫌でしょ」
「董夜お兄様………………!!」
『私の体のことまで気遣ってくださるなんて』と目をキラキラさせて感動している泉美を余所に董夜は入場口に向かい、その背中を慌てて追う泉美だった。
董夜side
「久々の動物園も楽しいものですね!」
「そうだな〜前回来たのいつだっけか?」
一通り動物を見て回り、お昼時になったので俺と泉美は近くにあった喫茶店のようなところでゆっくりしながらお昼を食べていた。
今回の泉美からのお誘い(正確には誘って来たのは真由美さんだが)にはすこし【七草】の策略など色々考えたが今の所【
出かける時雛子との
『はぁ……………今日も【おデート】だなんて。最近の高校生はお盛んですねー』
『デートじゃねぇよ…………………ていうか泉美はまだ中学生だぞ』
『まったく董夜はわかってないなぁ、最近の中学生はオトナなんだよ?』
『はぁ………知らんが、とにかくデートじゃないよ』
『へぇ、デートじゃないなら深雪にこのこと言ってもいいよね?』
『別に言ってもいいし、何でここで深雪が出てくるんだよ』
『フフフ、帰ったらのお楽しみだよ』
という会話があったことを除けば今の所順調だ。それにしてもなぜ深雪が出て来たのだろうか?よくわからんが一応達也と深雪と雛子の3人分のお土産は買って行こう。
「あの…………………董夜お兄様」
「ん?…………んぐぅ…………!?」
考え事をしてた為か急に呼ばれた俺は特に何も考えずに泉美の方を向くと口の中に何かが押し込まれた。そしてそれが泉美の注文していたサンドイッチだと気付くのにすこしだけ時間がかかった。
「お、美味しいですか?」
そう言って来た泉美の方を見るとそれはもうリンゴのように顔が真っ赤になっていた。
なぜ深雪も泉美も恥ずかしいと分かりながらもやるのだろうか。
「うん、美味しいよ」
「それで……その…………私にも」
言葉がだんだん尻すぼみになって行く泉美に俺は短くため息をついて自分のサンドイッチを泉美の口元に近づけた。
「はい、アーン」
「っ!!!!!!!あ、アーーン……………………………お、おいひいです」
真っ赤になりながらも口をモグモグさせる泉美に『妹が居たらこんな感じなのかな』と思って思わず笑みがこみ上げてるのが自分でも分かった。
「それじゃあ午後は遊園地の方に行こうか」
「はいっ!」
その後は2人でコーヒーを飲みながら談笑してお互いのお腹が落ち着くのを待った。
「よ、予想よりも凄かったですね」
「ひ、久々に乗ったけどビックリしたな」
泉美が『あれに乗りたいです!』と言うからあまり得意ではないジェットコースターに乗ったが思ったよりも動きが凄まじくて只今絶賛フラフラ中である。
「それで、さっきは、その…………わ、悪い」
「と、董夜お兄様もわざとじゃ無いの分かってますから!」
そうジェットコースターの途中で急降下の際に泉美のワンピースがまくれ上がり、ジェットコースター自体に絶叫していてそれどころでは無い泉美に変わって俺がワンピースを押さえようとしたのだがタイミングがずれて泉美の太もも(素肌)を鷲掴みしてしまったのだ。
「そ、そう言ってくれると助かるよ」
「さ、さぁ!もう夕暮れ時ですしあれに乗りましょう!!」
俺のことを気遣ってくれたのか泉美が指差した先にあったのはそこそこ大きな観覧車だ。確かに後すこしで太陽が沈みそうな時間だ、観覧車の天辺辺りではさぞ綺麗な夕日が見れるのだろう
「おぉ〜!これは乗った甲斐があったな!」
「すごい綺麗な夕日ですね……………!」
俺たちが観覧車の天辺近くに着く頃には太陽は半分ほど山に隠れており景色一面が赤く染まっていた。
「ホントに……………綺麗です」
そう言いながら右耳にかかっている髪を後ろにすくった泉美の横顔は夕焼けで赤く染まっており、俺は不覚にもドキッとしてしまった。
そんな俺の視線に気づいたのか泉美は首かしげた。
「………?、私の顔に何か付いていますか?」
「いや、泉美もいつの間にか大人になったなぁと思ってさ」
ふふふ、それは良かったです。
と笑う泉美に俺は何だか泉美の成長が嬉しいような寂しいような複雑な感情に襲われた。
俺が初めて七草邸に訪れた日、それは初めて真由美さんや泉美、香澄に会った日でもあった。
初対面で泉美と香澄に『お姉ちゃんは渡さない!』と言われた時は面食らったりもしたものだが、今やこんなに大人になってしまって。
「董夜さん」
「ん………んっ?」
そんな人親のような感慨深い思いにふけっていた俺は泉美に話しかけられハッとして返事を返した。
「その…………………………今日は楽しかったです!久しぶりに【七草】とか【魔法師】とかそういうのを忘れて1人の【女の子】として遊べた気がします」
「そっか、そりゃ良かった。俺も結構楽しかったし、色々なしがらみから解放された気分になれたよ」
こちらこそありがとう。
そう本心から伝えた俺の言葉に泉美は本当に嬉しそうな顔をした。こんな顔を見られるのだったら今日1日色々なところを歩いた甲斐があるというものだ。
その後、観覧車から降りた俺と泉美は特に目立った会話をすることもなく別れた。家の近くまで送ろうかと伝えると『いえ、迎えの車が来ているので』と断られてしまった。
「ふぅ〜帰ったら風呂入ってご飯食べてさっさと寝よ」
その後もなんだかんだあり、結局おれが家に着いたのは夜の9時ごろになってしまった。
何気な〜く俺が家のドアノブに触れ、ドアを開けようとすると俺の直感が最大級の警鐘を鳴らした。
慌てて【
「た、ただいま帰りました〜」
家の前で30分もの間【
「や、やぁ深雪…………………………た、ただいまです」
「ふふふ、おかえりなさいませ董夜さん。こんなに遅くまで随分と楽しかったんですね………………………………………さぁ
「あ、アハハハハハハハ」
こんなに怖い『今夜は眠らせませんよ』は初めてだ。
その後なにがあったかは語れないが、とりあえず雛子と達也が司波宅に避難したことだけは伝えておこう。