眼=精霊の眼 =エレメンタル・サイト=ES
35話 ジュカイ
「達也と将棋するとこうなるから嫌なんだよ」
「まぁそう言うな」
「こ、高校生同士とは思えない対局ね」
今、夕食が終わり幹比古が達也に将棋を挑み即殺されてからその場の流れで達也と董夜が将棋をすることになっていた。そしてすでに対局を開始してから2時間が経過している。深雪は先程まで熱心に見ていたがついに耐えられなくなったのかお手洗いに行った。
「い、今はどっちが押してるんだ?」
「……………………俺だな」
将棋のルールをいまいち理解していないレオが進捗状況を問いかける。その問いに董夜がいつもより落ち着いた口調で答えた。どうやらかなり集中しているようだ。
「やはり董夜は強いな」
話は変わるが魔法技能に於いて達也は董夜に敵わない。しかし、魔法理論に関して言えば達也は董夜の圧倒的上をいっている。
ちなみに達也と董夜が魔法なしの身体能力のみ、つまり武術で対戦すれば董夜は10秒も耐えられないだろう。
「よしっ!あと十五手で………………」
「俺の詰みだな」
それでもボードゲームなどで問われる戦況把握能力や戦略系になると董夜が上回っている。
と言うように達也と董夜は丁度いいパワーバランスだったりするのだ。
「ふぅ、やっと終わった」
ようやく達也との対局に勝利し董夜がほのかの方をチラリと見るとほのかもこちらを見ていた。董夜は夕食を食べる前、後でほのかと達也を2人きりの状況にするとほのかと雫にお願いされていたのだ。
「(私が深雪以外を引きつけるから、深雪は董夜さんがお願い)」
「(了解)」
董夜が雫にそう耳打ちされ、頷くと早速ほのかが達也を外に連れ出した。あとは深雪がこの事に気付く前にほのかたちとは逆の方向の外に連れ出せばクリア。そして達也とほのかが出ていった数秒後、深雪がお手洗いから帰ってきた。けっこうタイミングギリギリだった事に董夜は冷や汗をかいた。
「深雪、ちょっと外歩かない?」
「(まさか!2人きりに!?)行きます!」
董夜は多少連れ出すのに苦労するかと思ったが深雪はノリノリで付いてきた。後は海辺に行っているであろう達也とほのかの別荘を挟んだ反対側に行けばいい。
ちなみに海の反対側は樹海になっており、道は一本しかなく舗装されているため迷う事は無いとはいえ夜は薄暗いため、心霊マニアが好みそうな良い雰囲気を醸し出している。
「と、董夜さん」
案の定深雪は董夜の服の袖を両手で握って小さく震えている。誘われて『行く』と行ってしまった以上『帰りませんか?』とは言えないのだろう。
そんな深雪を見た董夜の心の中に突如としていたずら心が芽生え始める。
「あ、そう言えばここ出るらしいぞ」
「………………………………へ?」
「来る前に雫にここの場所聞いて調べてみたんだが、ここ若い女の霊の目撃情報が絶えないらしい」
「」
もちろん嘘である。
別荘の周りは全て北山家所有の土地だ。つまりこの樹海も北山家の所有地に当たるわけで北山家の関係者以外は入れないのだから、たとえ幽霊がいたとしても目撃情報が上がるわけもないのだ。
わざと深雪なら気付くバレバレな嘘をついて笑いダネにでもしようと考えていた董夜だがその策略は大きく崩れる。
「」
「ん?どうしたみゆk……………………本当にどうした?」
ツッコミを待っていた董夜が全く喋ろうとしない深雪の異変を感じ取り、深雪の方を見るとまさに顔面蒼白といった感じで両目に微量の涙を浮かべていた。
深雪は董夜の話を完全に信じてしまったようだ。
同じく深雪の異変を感じ取った達也が【
(ハハ、なんでだろ分かるはずないのに呆れられてるのが分かる)
「だ、大丈夫だって深雪。そんないるわけないし、いたとしても俺がいるから」
いまさら嘘と言えない董夜はなんとか深雪を安心させようとする。もし『実は嘘でした〜てへぺろ』などと言おうものなら樹海ごと氷塊にされかねない。
別荘からはかなり歩いてきており、もう董夜たちの後ろに別荘の明かりは見えない。そもそもこの樹海はそれなりに広く、地盤や岩などの関係でまっすぐ敷けなかったのか道路が蛇行している。そのため車でも抜けるのにそれなりの時間がかかるのだ。
そんな情報を思い出していた董夜に深雪は董夜の左腕に自分の身体を引っ付かせている。
歩きにくにから離れて、など口が裂けても言えない董夜はたまたま道路の脇にベンチがあるのを見つけて深雪と一緒に腰をかけた。
「うぅ、怖いです。董夜さん」
「大丈夫だって何も出てこないよ………………うん、何も出ない」
董夜の深雪を安心させる為というより自分に言い聞かせるような口ぶりに疑問を覚えた深雪だが、怖くてすぐに吹き飛んだようだ。
そしてなぜ董夜がこんな口ぶりなのかというと、董夜は見てしまったのだ。
「大丈夫…………………大丈夫」
先程深雪を安心させようとしてふと後ろを向いた時に木の陰でこちらをジッと見ていた……………………………………………ワカイ、オンナヲ。
しかも現在進行形で董夜の視界の端に白い着物を着た女が立っているのだ。
(お、おかしいな。例えあれが古式魔法の幻覚とかでも俺の【
本来なら【
しかもこの状況を【
「と、ととと、董夜しゃん…………あ、あれ」
(あー気づいちゃったか)
俺の視線を不自然に感じたのか、やっと落ち着いてきていた深雪が女を見つけてしまったのだ。
これからどうしたものか、と董夜がチラリと女を見た瞬間、女がこちらに走ってきた。
「と、とととととと!!!!」
「深雪!そのまま掴まってろ!」
董夜に飛びついてきた深雪を抱えながら董夜は【重力操作】で一瞬にして上空に飛び上がり、2人はそのまま別荘に向かったのだった。
もちろん董夜も本気で怖かったのは言うまでもない。夏休みにトラウマが新しく生まれた董夜と深雪だった。
達也&ほのかside
「……………………………」
達也を呼び出すまでがスムーズすぎて、ほのかは戸惑っていた。予想ではもう少し達也が渋ったりするはずだったので、快調にスタートを切って如何したら良いのか悩んでいたのだ。
浜辺を散歩しながら気付いたのだが、達也はほのかが濡れないように波打ち際を歩いてくれている。ちょっとした優しさに、ほのかは更に胸をときめかせた。
「あの、達也さん!」
「どうしたほのか?」
「私、達也さんの事が好きです! 達也さんは私の事如何想ってますか?」
勢いで告白したほのかだが、答えを聞くのが怖くて目を瞑ってしまった。なかなか返事が無いので、達也は自分の事を何とも想って無いのかと諦めて目を開けると、達也は困った表情をしながら笑っている。
「ご迷惑でしたか?」
「いや、素直に嬉しいし、何時か言われるとは思ってたからね。といっても気付いたのは最近だが」
「それじゃあ……」
ほのかは良い方と悪い方の両方を思い描き、出来れば前者が訪れてくれればと思っていた。
だが達也の返事はほのかが思い描いていたどちらでも無かった。
「ほのか、俺は………………精神に欠陥を抱えた人間なんだ」
「え?」
「小さい頃に魔法事故に遭ってね、感情の殆どを消されてしまったんだ」
「うそ……」
「閉ざされた訳じゃないから解放する事も出来ないし、壊された訳でも無いから治す事も出来ない。恋愛感情は辛うじてあるんだが、俺はそれを認識した事もない。だからきっと今はほのかの事を特別だと思えてないんだろう」
達也の遠まわしの返事に、ほのかは如何反応していいのか困っていた。
「えっと、怒らないで聞いてほしいんですが、私てっきり達也さんは深雪の事が好きなんだと思ってました。妹としてでは無く女の子として」
「……それは誤解だ」
「そうですね。達也さん頭良いですから、嘘吐くならもっと違う嘘を吐くと思うんです。だからこれは本当なんだって思えるんですけどね」
無理矢理笑ってるほのかを見て、達也は申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「でも、深雪にその感情を抱いてないのなら、私にもまだ可能性はあるんですよね? だって達也さんは他に好きな相手が居るわけじゃないんですから」
「まぁな……」
「それじゃあ、これから達也さんに特別に思ってもらえるように頑張ります! ライバルは多いですけどね」
「そうか……俺もほのかの気持ちは覚えておくよ」
こうしてほのかの告白はやんわりと断られたのだが、可能性がゼロじゃないと分かったほのかは、今まで以上に達也にアピールする事にしたのだった。
「ただいま雫!」
「ただいま」
それから達也とほのかは数分で別荘に戻った。ほのかはすぐに雫に報告に行き、雫は告白が成功ではないにしても失敗ではないことに安堵しているようだった。
「レオ、幹比古。董夜か深雪を知らないか?」
そして達也はふと全員がいるはずと部屋に董夜と深雪がいないことに気づいた。【
「あぁ、それなら2人とも帰ってきてからいつの間にか風呂に入って、疲れてるらしいからもう寝たみたいだよ」
「………………もしかして一緒に風呂入ってたりして」
「うわ、あんたって変態だったのね」
「はぁぁ!?何でそうなるんだよ!?」
【白い服を着た女】の存在にすら気づいていない達也の困惑は深まるばかりだった。
「えぇ!?本当ですか!?」
「あぁ、黒沢さんだったよ」
別荘に戻った董夜と深雪はお互い直ぐに(別々で)風呂に入り、速攻で董夜の部屋にやってきていた。
未だに本気で怖がっている深雪を安心させる案として董夜が決定したのは『実は幽霊は黒沢女史で、さっきは焦ってて気づかなかった』と言うことだった。
「黒沢さんがさっき『驚かせてしまって申し訳ありません』って謝ってきたよ。悪いの俺らなのにな」
ハハハ、と笑う董夜に深雪は完全に信じ切ったようで調子もいつもに戻ったようだ。
「それなら良かったです………………………………………それで、その………」
「はいはい、一緒に寝るんでしょ?ほら、おいで」
なにやらモジモジしている深雪に董夜は浅くため息をついてベッドに招き入れた。
最初は恥ずかしがっていた深雪だったが、言い出しっぺが自分だと言うことを思い出したのか大人しくベッドに上がってきた。
「しかしお前って1人で寝られないタイプだったのな。家でも達也と寝てるんだろ?」
「」
夏場は大変だな、と電気を消しながら言う董夜に深雪は絶句する。
さすがに夜、一緒に寝よう。なんて言えば流石の董夜も自分が意識していることに気付くだろうと踏んでいた深雪だったが、董夜の鈍さを甘く見ていたようだ。
ほのかの達也に対する恋心にかなり早めに気付くなど、普段においては鈍いどころかかなり鋭い董夜だが、自分が受け身側になると途端に鈍くなる。
某アニメの
「それじゃあお休み」
「と、董夜さん!」
董夜と同じベッドで寝ているという現実で既に幸せいっぱいな深雪だが、さすがにこのままでは終われないと勇気を振り絞る。
「その………………抱きしめてもらっても………………いいですか?」
暗くて董夜からは分からないだろうが、深雪はいま相当顔が赤くなっている。
そりゃ意中の男子に『抱きしめて♡』なんて言っているのだから、普通に考えれば正気の沙汰ではない。
しかし相手は『鈍さが正気の沙汰ではない』董夜である。
「いいけど、暑かったら寝てる途中に離しちゃうかもよ」
「か、かまいません!!」
結局深雪は一晩幸せな時間を堪能し。
董夜は次の日の朝に自分を起こしにきたエリカたちの誤解を解くために走り回り、複雑な兄の気持ちとして達也に裏拳を食らうことになるなどと知る由も無い。
ちなみに【白い服を着た若い女】はガチな幽霊です。