40話 シュウゲキシャ
「あ〜〜〜、ねむ」
現在時刻は午後の4時数分前。
今日は日曜日で本来、魔法科高校は休みなのだが董夜は生徒会の仕事がある。いや、あったと言うべきか。論文コンペまで一週間を切り、準備も大詰めということで今日は多くの生徒が学校に登校している。
「ここにくるのは初めてだな」
しかし、現在董夜がいるのは学校では無く、国立魔法大学付属立川病院の正門である。
なぜ董夜が病院にいるのかというと生徒会長であるあずさと風紀委員長の花音に学校の代表として平河千秋のお見舞いをするよう頼まれたのだ。その為、生徒会室で最低限の仕事を終えた董夜は途中の花屋で花束を学校の経費で買い、こうやって病院を訪れているのだ。
「うわ、人多いな」
病院の中に入ると中は思ったよりもお見舞いに訪れた人がいた。
そして董夜が窓口でお見舞いの旨を告げ名前を言うと看護師が「あっ」と言う声を上げた
。そう、実は病院に入った時から董夜は目立っている。目立っている理由は、その特徴的な制服が原因でもあるが本当の理由はその制服を着ている董夜自身である。
近頃董夜は魔法師ではなく一般人でも顔と名前を知らない人はいない、と言うレベルで有名人になっているのだ。
実際にこうなる事を予想していた董夜は今回のお見舞いも変装して来たかったのだが、学校の代表として変装はどうだ?と自分の中で結局却下した。
「はぁーーー、視線が痛い…………………っ!!」
平河千秋の病室のある4階に向かう為、エレベーターホールでエレベーターが来るのを待っていると董夜は不意に何者かがロビーで何かの術式を起動したのを【眼】で察知した。
そしてフロアを見渡すが特に誰も不審な人物は見えない。
そしてそれと同時にエレベーターが到着し、追跡を諦めた董夜は今回のお見舞いに警戒心をあげつつエレベーターに乗り込んでいった。
その頃、董夜がエレベーターに乗り込んで去っていったフロアでは長髪の貴公子然とした雰囲気の周が口角を少し上げながら冷や汗を流していた。
(あれが…………【
この病院に入った際、彼は(簡単にいえば)周りに認識されなくなる術式、【遁甲術】を使用した。しかし、使用した瞬間自分が何者かに見られていると言う感覚に襲われ周りを見渡すと四葉董夜がいたと言うわけだ。
(まさか、こんなところで出くわすとは)
本来なら国家公認の戦略級魔法師が護衛も連れずに交渉の場を訪れるなどあり得ない事だが、その事実が彼の魔法師としての高すぎる実力を表している事に周は気付いた。
そして四葉董夜が平河千秋に何用で来たのか興味があった為、危険は承知で4階へ向かった。
「こんにちは平河さん」
「四葉くん!?」
平河千秋の病室に入った董夜はまず挨拶を済ませて花束をベッドのそばの机に置いた。
董夜はよく周りの女性たちを下の名前で呼ぶが、流石に会ってまだ親しくなってもいない人に対しては苗字で呼ぶ。
そして当の千秋は董夜がお見舞いに訪れた事に驚いているのか、目を見開いて固まっている。
「今日は学校の代表としてお見舞いに来たんだけど、元気そうでよかった」
『元気そうでよかった』
その皮肉とも取れる発言に一瞬千秋は眉をひそめたが、董夜はそんなことを気にした様子もなく、花束の花を飾るための水槽に水を入れ始める。
「それで?貴方まで私の説得に来たの?」
平河千秋は九校戦で姉が責任を感じている事を達也のせいにしている。
そして、五十里や他の人、それに実の姉にまで『達也は悪くない』と言われても未だに達也を恨んでいるのだ。
今回もまたその説得に来たのかと董夜を突き放す事を言うが返ってきたのは違った事だった。
「いや、まさか。俺は当事者ではないからな。この件に口出しはしない。花を飾ったらとっとと退散するよ」
千秋の突き放したような発言に董夜は憤慨した様子もなく、入室した時と特に何も変わらない口調で答え、その間に花の準備を済ませて窓辺に飾った。
「ほんじゃ、またg………………………平河、じっとしてろ」
病室の扉のすぐ外で明らかにおかしい姿を視た董夜は『また学校でな』と言おうとして途中で止め、千秋を手で制してじっとしているよう伝える。
先程と同一人物とは思えない董夜の鋭い雰囲気に千秋は頰から汗が垂れるのを感じた。
(こいつが呂剛虎か。強いな)
董夜は取り敢えず扉の前に立ち、今まさに部屋に入って来ようとしている呂剛虎の為に気配を消す。そして、すぐさま董夜は眼で病院全体を補完した。
そして呂剛虎がドアノブに手をかけた時、董夜も同じタイミングでCADを扉に向ける。すると次の瞬間、部屋の天井に設置してある警報が鳴り響いた。
そしてガチャッ!という音がして部屋の鍵が閉まる音がする。
(火事じゃない?………………暴対警報か)
そして当の呂剛虎は暴対警報に関する知識がなかったのか、鍵がかかっている事に怪訝そうな顔をする。そして董夜は今この瞬間に4階の廊下に到着した2つの影を見て、今回は静観することに決め、不安そうな顔をしている千秋の元へと戻っていった。
ドアノブが開かないことに怪訝そうな顔をする呂剛虎はロックシステムの故障か?と考え、鍵を壊して入室を図る。今室内には殺害対象である平河千秋1人しかいないのだ。
しかし、先程の警報によるタイムラグは予想外の介入を許すことになる。
「何者だ!?」
「
呂剛虎は自己加速術式で一階からの階段を駆け上がってきた修次を見て呟く、それは間違いなく千葉修次の異名である【
「人喰い虎ーーーー
近頃では年の近さや対人近接戦闘において世界で十指に入ると言われている大亜連合の白兵戦魔法師である呂剛虎と千葉修次はどちらが強いか比べられることも多い。
その2人が出会ったのだ、フロアは日曜の午後の病院内とは思えないほどの緊張感と殺気が充満し、修次と一緒にお見舞いに来ており、後から追いかけてきた摩利は汗が頰を伝ったことにすら気づかないほど場は張り詰めていた。
そして修次は懐から長さが20センチほどの棒を取り出した。先端近くのボタンを押すと『パチン』という小気味のいい音がして、刃渡り15センチほどの刃が突き出した。
一方の呂剛虎は無手の構え。修次の手に握られた刃を恐れる色もなく、一直線に突進する。
2人の距離が太刀の間合いに入った瞬間、修次が右手を振り下ろした。
短刀では届かない距離。それにも関わらず呂剛虎は頭上に左手をかざした。すると、「ガキィィ!!」と言う音がフロアに響き、2人は1度体制を立て直す為に距離を取る。
「くっ…………!」
「チッ……!」
その後、2人の応酬は続いた。お互いに手傷を受け、肩で息をしている状態である。
お互いに戦いを長引かせるのは本望ではない、再び2人の放つ雰囲気が鋭いものへと変わり次の一手で決着をつけようと迫る。
しかし、千葉修次は走り出す瞬間に呂剛虎の後ろ、つまり平河千秋が入院している部屋に設置してあるドアのドアノブの部分がごっそりと無くなっていることに気づいた。
そして修次がそれに気づいたのと同時に2人が放つ雰囲気とは比べものにならないような重圧がフロアに充満し、思わず2人は歩を止めた。
「そこまで……………………呂剛虎、ここからは俺が相手しようか?」
ドアノブの消失した部屋のドアがゆっくりと押し開けられ、中から呂剛虎にとって予想外の人物が現れた。
「………【
「四葉……………董夜!」
「董夜くん」
そしてどこを見ているかわからない様な虚ろな目をしていた董夜が、はっきりと呂剛虎の方を向いた瞬間。呂剛虎の全身から汗が吹き出し、次の瞬間には呂剛虎の姿は消えていた。
それは呂剛虎が全魔法師生命をかけて全力で逃亡を選んだ結果だった。
「ふぅ……………………まったく。それじゃあ、失礼します。渡辺先輩、また学校で」
呂剛虎が姿を消すと董夜は息を吐き、いつも学校にいるときのような雰囲気に戻り、修次と摩利の横を通ってエレベーターホールの方へと歩いて行った。
「………摩利はすごい後輩を持ったな」
「は、はは、全くだ」
近接戦闘でなら世界でも十指に入ると言われ、白兵戦のスペシャリストである呂剛虎を、消耗していたとはいえ殺気だけで逃亡まで追い込んだ董夜に修次は謎の憧れの様なものを抱いたのだった。
「うーーーーん…………やっぱりおかしいよね」
午後8時半、董夜は病院を後にした後あずさにお見舞い完了の連絡を入れて真っ直ぐ家に戻って来ていた。
そして雛子と一緒に夕食を食べている最中にお見舞いでのことを話すと雛子は怪訝そうな顔をした。
「達也の『瓊勾玉』の件もそうだけど、FLTのハッキングとか、董夜達の事を尾行していた奴が…………………」
「呂剛虎に殺されたり、病院での謎の術式に、呂剛虎の襲撃か」
そう、流石にここまでくれば董夜も雛子も敵がなんなのかは理解できる。
【エガリテ】【ブランシュ】そして【無頭龍】など今までの組織とは規模が違う、【大東亜連合】である。
そして奴らが狙っているのは間違いなく魔法科高校、そしてそんな魔法科高校のが備える一大イベント、論文コンペーーーーーーー
不穏な雰囲気を感じ取る董夜と雛子が思うことは同じだった。
「はぁ」
論文コンペまであと数日と迫った中、放課後に仕事をするために生徒会室まで来て、深雪に『お兄様が七草先輩と渡辺先輩と一緒に八王子特殊鑑別所まで関本先輩に会いに行った』と聞いたのが1時間半前、『嫌な予感がするから気をつけろ』と達也に連絡したのが1時間前。
そして呂剛虎の襲撃に遭い、それを撃退、拘束したと聞いたのが30分前。
はっきり言ってトラブルのペースが早すぎる現実に董夜は1人、男子トイレで頭を抱えていた。
「(連中が論文コンペに向けて事を起こしているなら、論文コンペ当日に呂剛虎が居ないのはかなりの痛手のはず……………そうなれば確実に呂剛虎の奪取に来るはずだ。それに拘束された外人は横須賀にある外国人刑務所に移送される……!)」
1人、男子トイレの個室でブツブツと今後の敵の動向を予想している董夜の声を聞くものは幸い誰も居なかった。
論文コンペまであと2日という日の夜、深雪を先に休ませた達也は藤林響子からの着信に出た。内容は先日達也が情報を提供したスパイに関してのものだった。
『……………と、いうわけで。スパイの実働部隊はこの3日間でほとんど拘束したわ、隊長の
「いえ、俺の方からお願いした事ですし」
『それでお恥ずかしい話なんだけど、聖遺物の件は軍の経理データが漏れてたことが原因で、魔法研究の依託費支払いがあった先が片っ端から狙われたみたい』
「なるほど、そうでしたか」
道理で手口が中途半端だったわけだ、と達也は頷いた。
本当に手当たり次第だったようで、随分とコスパの悪いやり方に見えるが、情報というのは滅多に当たりが出ないものだ。
『それじゃあね、日曜日応援してるから!』
そう激励を受けて響子との電話は終わった。
達也は椅子の背もたれに深くもたれ懸かり、息を吐く。響子が今回の事件をそれ程深刻な出来事と捉えていないのは明らかである。実の達也も「今回の相手は大物だったな」程度にしか考えていなかった。
しかしその考えは少々早計だった。
嵐 が 迫 る 。
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