42話 シンコウ
「大人しくしろっ」
突如として会場内に響いた爆音と振動。
聴衆が何をすればいいのか分からずにざわつく中、達也は瞬時に深雪の側に駆け寄った。
そして、それと同時に何処かたどたどしい怒声が響き、対魔法師用のハイパワーライフルを装備した数人の侵入者が舞台に上がってきた。
「デバイスを外して床に置け」
侵入者は対魔法師戦闘に慣れている様子だった。
もしかしたら彼らも魔法師かもしれない、と達也が考える中、ステージ上の吉祥寺を含めた三高の生徒が口惜しそうな顔でCADを床に置いている。勇敢と無謀は別物だ。三高生はそのことをきちんと教えられているらしい。
彼らの対応に感心していた達也だったが、生憎すぐに他人事では済まされなくなった。
「おい、オマエもだ」
侵入者の一人が銃口を向けたまま慎重な足取りで達也に近づいて来る。
総勢六名。フロントとバックアップが三つ。達也は会場に侵入したテロリストたちにCADの照準を合わせて、ここまでか、と心の中で呟いた。
これだけの人目の中で【
「早くしろっ!」
「おい、待て!」
達也が全く動じないことに苛立ちと焦燥を覚えたテロリストが仲間の制止も聞かずに持っていたライフルの引き金に力を入れた。
当然の如く銃声が轟き、悲鳴が響く。三メートルの至近距離から達也に打ち出された弾丸は『男子高校生が射殺される』という悲劇を生むには十分すぎた。
しかし、達也は倒れない。
彼の胸の前で何かを掴み取ったように握り締められた右手、そして体からは一滴も血は垂れていない。
銃を撃った男は引きつった顔で続けてライフルを撃つ。しかし、その都度、コマ落としのように達也の右手が位置を変えた。
「弾を……………掴み取ったのか?」
誰かが呆然と呟く。
「ば、化け物め!!!」
男がヒステリックに叫び、銃を投げ捨てると懐から大型の
しかし、達也は襲いかかって来た男に逆に間合いを詰め、握り込んでいた手を開いて手刀の形に変えて、ナイフを持つ男の手に打ち込んだ。
達也の手刀は、何の抵抗もなく男の腕を切り落とした。
「達也くん!」「達也!」
テロリストを処理し、自身についた返り血を深雪に魔法で落としてもらった達也にエリカを始めとするレオ、幹比古、美月、ほのか、雫が囲むように集まった。
「これからどうするの?」
そう戦闘に参加したくてウズウズした顔をしているエリカに達也は敢えてツッコミをせずにスルーした。
「逃げ出すにしても追い返すにしても、まずは正面入口の敵を片付けないとな」
「待ってろ、なんて言わないよね?」
「あぁ」
「待て…………チョッと待て、司波達也!」
エリカとの会話を終え、歩き出そうとした達也を後ろから吉祥寺が呼び止めた。
「一体なんだ、吉祥寺真紅郎」
愛想のかけらもない不機嫌な返答をした達也に吉祥寺は怯んだ様子もなく、誰が見ても必死な様相で詰め寄った。
「今のは【分子ディバイダー】じゃないのか!?」
周囲からはそんな吉祥寺の言葉にざわめきが起きる。
「分子間結合分割魔法は、アメリカ軍
知識があるが故の誤解。しかし、今の達也にとってそれはかえって好都合だった。
「それを何故使える!?何故知っているんだ!?」
「はぁ、今はそんな事を言ってる場合か?」
当然達也がテロリストの腕を切り落としたのは【分子ディバイダー】ではない。右手を基点として相対距離ゼロで分解魔法を発動しただけである。しかし、守秘を命じられている達也がそんな事を説明できるはずはない。
「七草先輩も中条先輩も、この場を早く離れたほうがいいですよ。そいつらの目的が何であれ、第一の目的は優れた魔法師の殺傷か拉致でしょうから」
様子を見に来た真由美と、審査員として最前列に座っていたあずさにそう忠告して達也はその場を後にした。
達也が会場を去った後、パニックに成りかけていた会場内をあずさが情動干渉魔法【
「うわ、すごいな」
レオがそう呟いたのも無理はない。正面入口はライフルと魔法の撃ち合いになっており、とても普通に生活していて出会う場面ではないのだから。
「深雪、銃を黙らせてくれ」
達也の言葉に深雪以外の全員が「えっ?」という表情を浮かべる。しかし、深雪の顔はいつもとは違い決意に満ちていた。
董夜がいない今、董夜の助けがない今。兄のサポートを務められるのは自分しかいない、という思いで深雪の心の中は埋まっているのだ。
『四葉董夜』という絶対的な存在がいない不安定な現実が深雪の心を強く支えているのだった。
「かしこまりました。ですがお兄様、この人数となると………」
「あぁ、分かっている」
そう言いながら達也が差し出した左手に、深雪はそっと右手の指を絡ませる。
そして次の瞬間、深雪の魔法が発動した。
振動減速系概念拡張魔法【
深雪の魔法の効果を確かめる事なく達也は隠れていた扉の陰から飛び出し、ゲリラの陣地に飛び込んでいった。
「出る幕がなかったぜ……」
ゲリラの処理を終え、一旦仲間の元に戻った達也に、レオが多少うな垂れた。
「これからどうするの?」
「予想外に大規模な事態みたいだからな。情報がほしい」
「それならVIP会議室を使ったら?」
早く体を動かしたいのかエリカが達也に次の指示を仰ぎ、達也がどうやって情報を手に入れるか悩んでいると、出て来たばかりの建物を指して雫が答えた。
そして一同はそのまま雫に連れられてVIP会議室に向かうのだった。
横浜の外れ、そこに積み重なる数体の死体を背に、董夜と雛子は立っていた。二人ともとても子供とは思えない雰囲気をしているため、周囲の空気はひんやりとした錯覚を受ける。
「ここからは俺のバックアップに移れ、視界に映らない程度の距離で待機」
「
とても感情の起伏が感じられない声で董夜が出した命令に雛子は一切の不満も見せず、こちらも感情が感じられない声で応えた。
そして音もなく雛子の姿が消え、その事を確認するまでもなく董夜は懐から携帯端末を取り出し起動した。そして中にあった二件のメールを開く。
『司波達也の位置情報を送信しました』
『風間玄信少佐を含む、国防陸軍101旅団・独立魔装大隊数名が横浜国際会議場に入った事を確認しました。至急合流してください』
四葉からの指示を確認した董夜は携帯端末をしまい、そのまま横浜国際会議場へと向かう。
一見、董夜は極限まで冷たくなっているようだが、周りの活性化した
大東亜連合の悪夢、【
それと同じ頃、雫に連れられて会議室に向かった達也は克人や真由美たちと合流し今後について話し合っていた。
すると話し合いに参加せずに何処かを眺めていた達也が急にその方向に向けてCADを構えた。
「お兄様!?」 「達也くん!?」
達也がCADを構える壁、その先では装甲板に鎧われた大型のトラックが建物に向けて突進して来ていた。
高さ四メートル、幅三メートル、総重量三十トン。その大型トラックを達也は丸ごと照準に収めて、分解魔法【
一瞬で塵と消えるトラック、その運転席から放り出され、地面を転がって壁に激突するドライバー。
そんな事を壁の内側にいた者は誰も気づかなかった、で済むほど世の中甘くはない。
「今の、なに?」
知覚系魔法【マルチ・スコープ】で壁の向こうを覗いていた真由美が恐る恐る達也に訊いてきた。真由美に分解魔法を見られたことに達也は舌打ちしたい気分だったが、幸いなことに、視界を拡張したままだった真由美は新たなビジョンに青褪めた。
それはこちらに向かってくる小型ミサイルの群れ。
「お待たせ」
しかし、今回は達也が手を出す必要は無かったようだ。
彼らがいる部屋に面した外壁に、幾重にも重なった魔法の防壁が形成され、ミサイルはその壁に着弾する前に横合いから撃ち込まれたソニック・ブームによりことごとく空中で爆発した。
そして急に外から掛けられた言葉に、達也と真由美は視点を肉眼に戻す。
「えっ? もしかして響子さん?」
「お久しぶりね、真由美さん」
唐突に姿を見せた響子は、旧知の真由美に笑顔で挨拶をした。
そして現れたのは響子一人ではなかった、野戦用の軍服を纏った彼女の後ろから、同じく国防軍の軍服に身を固めた風間が現れ、珍しく困惑して立ちすくむ達也の前に、手を後ろに組んで立った。
「特尉、情報統制は一時的に解除されています」
響子の言葉を受けた達也の顔から困惑が消え、姿勢を正して、目の前の風間に敬礼で応じる。その姿を見た深雪以外の全員が克人を含め、驚きの表情で達也を見つめた。
達也の敬礼に敬礼で答えた風間は、克人の姿を目に止めてそちらに足を向ける。
「国防陸軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい」
「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」
風間の自己紹介に、克人も魔法師の世界における公的な肩書きを名乗った。
そして風間は小さく一礼して、克人と達也が視界に入るように体の向きを変えた。
「藤林、現在の状況をご説明して差し上げろ」
「はい。我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地に急行中です」
「ご苦労。さて、特尉。現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が隊も防衛に加わるよう、先ほど命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官にも出動を命じる」
その風間の言葉に真由美と摩利が口を開き掛けたが、風間は視線一つで彼女たちの口を封じた。
「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解されたい」
「と、言う訳だ。みんなは先輩たちと一緒に避難してくれ」
少しだけ申し訳なさそうな顔をする達也に、皆は呆気にとられているのか、何も言えずにいた。
「お兄様、お待ちください」
その背中を呼び止めたのは深雪だった。
達也は深雪の目を見て何をしようとしているかを理解して、深雪の前に跪いた、そして深雪は腰を屈めて達也の額に唇を付けた、その瞬間。
「なっ!?」
それは一体誰の声だったか。
目を灼く程の光の粒子が達也の体から沸き立ち、あり得ないほど活性化した
「ご存分に」
そう送り出した深雪に達也は頷き、風間の方へ向かった。
「特尉、まだお話が」
達也の活性化した
そして次の風間の言葉に、様々な驚愕の連続に呆気にとられていた克人や真由美たちだけでなく、達也や深雪でさえもが驚きに染まる。
「今回の事態に関し、四葉家から戦略級魔法師、四葉董夜殿が派遣され、我々国防陸軍と共に敵の殲滅に当たることが先ほど、統合幕僚会議で決定された。もうそろそろ到着する頃だろう」
「は…………?」
そう、まだ事態は動き始めたばかりである。
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なんか、場面が切り替わった時の描写の仕方が下手くそになった気がする。
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