44話 イカリ ソシテ
「それじゃあリンちゃん、頼んだわよ」
「真由美さんも余り無理をしないようにしてください」
雫のハウスキーパーである黒沢さんが乗って来たヘリコプターに市民の搭乗が完了し、最後に鈴音が乗り込んで飛び立っていく。そして同時に黒い兵士も飛び、その周囲を固めた。
その後、ヘリが安全高度に到達したのを確認したのか、飛行兵は海岸の方へ飛び去っていった。
「私たちも行きましょう。深雪さんたちと摩利たちを拾って、ここから脱出します」
ヘリが遠く離れていくのを見届けた真由美は執事の名倉にそう指示をして、戦闘ヘリの助手席へと乗り込んだ。
「董夜くん…………」
ヘリが離陸し、深雪達の元へと向かう最中。真由美は哀愁を漂わせた顔を、外へ向けていた。
そして、その目は今まさに戦闘に参加しているであろう想いの人を探しているようにも見えた。
◇ ◇ ◇
『その敵で最後です』
真由美がヘリで移動している頃、とある街角では人間が潰れる鈍い音が響き渡っていた。
そして数人の死体に囲まれていながら一滴も返り血を浴びていない董夜の耳に付いた無線機から、どこかで見ているであろう雛子の声が流れる。
『
「回してくれ」
『了解しました』
雛子が風間からの電話が入ったことを董夜に告げると董夜は全く動揺した様子もなく、それを受けるよう伝えた。
『………四葉殿』
「はい、なんでしょうか」
無線先から雛子の声が聞こえなくなってから数秒。雛子と似ても似つかない男の声が流れた。
『先程、七草真由美嬢と光井ほのか嬢を乗せた戦闘ヘリが離陸した』
董夜のとても礼儀などあったものではない口調に、風間は気分を害した様子はない。というより、風間は董夜の言葉に気分を害していい立場にない、と言った方が正しいかもしれない。
『今は他の生徒を拾うために、別の場所にいる司波深雪嬢の元へ向かっている』
風間の言葉を右耳から左耳に流していた董夜だったが『司波深雪嬢』の部分で始めて眉がかすかに動き、風間の話へ注意を向けた。
「それで?報告だけをしに電話を寄越したわけではないのでしょう?」
董夜の先を促す言葉に、無線の先では風間が『食いついた!』とガッツポーズを浮かべたい気持ちになっていた。正直董夜に好き勝手動かれるよりも、国防軍の指揮下にいてくれた方が戦況がスムーズに進むのだ。
『これはあくまで要請なのだが、四葉殿にはこのヘリが安全圏内まで上昇するまで、それの警護についてもらいたい』
「……………………」
風間の言葉に董夜は数瞬考えこんで、行き先を深雪たちのいる場所へと変えた。
◇ ◇ ◇
『お待たせ、摩利。いま着陸するわね』
「あぁ、頼む」
真由美とほのかたちを乗せた戦闘ヘリが深雪たちの元へ到着し、摩利たちの中に安堵が広がった。つい今しがた迄、激戦の渦中にいたのだからそれも無理はないだろう。
「ふぅ、やっと脱出できるわね」
五十里と花音、桐原と紗耶香がペアになって着陸したヘリの元へと歩いている。
しかし、
「危ない!」
そう叫んだのは摩利だった。
そしてその声に応じた桐原が紗耶香を突き飛ばし、刀を振るう。
とっさに発動した高周波ブレードは胸を狙った銃弾を奇跡的に弾き飛ばしたが、カバーできたのは上半身だけ。
脚に銃弾が突き刺さり、右脚の太ももから先が千切れ飛んだ。
「桐原くん!」
「啓!」
別の場所では五十里が花音を押し倒して、その上に覆いかぶさり、背中一面から血を流していた。
榴弾の破片が突き刺さる致命傷である。
「啓ぃ!啓ぃ!!!」
「桐原くん!しっかりして!」
泣きすがる二人の少女。
摩利が奇襲を仕掛けた
凍りつく認識の世界。
彼らに銃を向けていた一人の兵士は硬直したまま動かなくなっあ。
凍結したのは身体ではない。精神である。
系統外・精神干渉魔法【コキュートス】
そして深雪が一瞬寂しげに微笑むとすぐに顔を上げ、大声で叫び手を振った。
「お兄様!」
その視線の先を
桐原と五十里以外が全員見た。そこには着地姿勢をとった黒尽くめの兵士の姿があり、深雪のそばへ降り立った達也はバイザーを上げてマスクを下げる。
「お兄様、お願いします!」
「何をするの!?」
五十里に向けられた達也のCAD。
引き金が引かれ、そばにいた花音は反射的に、目をつぶった。
そして達也の魔法が発動する。
【復元時点を確認】
達也の魔法【再成】が発動し、怪我をしていた状態を記録している情報体を、怪我をする前に書き換える。
【復元開始】
達也の思考を想像を絶する苦痛が襲い、そのことを知っている深雪は無意識に顔を背ける。
そして五十里の体が一瞬霞み、次の瞬間には傷は全て消えていた。
【復元完了】
達也は五十里に掛けた【再成】の結果を見ることなく、桐原へCAD の引き金を引いた。
千切れていた足が太ももに引き寄せられ、桐原の体が霞んだかと思いきや、そこには五体満足の少年が横たわっていた。
「あっ………!」
達也は深雪を抱き寄せ、耳元で「よくやった」と呟くと、
「お疲れ。凄かったね、あの魔法」
「そうね、お兄様の前では、死神すらも道を譲るでしょう」
ヘリから降りてきたエリカに、深雪は控えめな表情を返した。
「んっ?いや、達也くんもだけど深雪もよ。あんな風に敵を狙い撃ちにできるなんて、凄いじゃない」
エリカの表情には演技も強がりもなかった。ただ純粋な、深雪の技量に対する称賛だけがあった。
「ありがとう」
そう深雪が呟いた瞬間、エリカや深雪、その他何名かが不審な気配を感じで周囲に目を向けた。
「い、いつの間に…………!」
そして、そこには建物の陰から次々の現れた
「危ない!」
何人かが魔法を発動させようとするが、敵のハイパワーライフル二十五丁が弾丸を発射する方が早かった。
「っ………!」
その現実に誰もが目を瞑る中、深雪だけは臆する事なく魔法を発動させようとした……………しかし、その魔法は発動することはなかった。
「なっ……!なに!?」
「なんなの………これ」
敵にどよめきが広がり。先程まで死の瀬戸際にいた五十里や桐原。そして深雪や真由美を含む誰もがその光景に唖然となる。
銃弾が、深雪たちを囲むように円形状に地面に埋め込まれているのだ。
「「……! まさか!」」
この現象に心当たりがある真由美と深雪は急いでその人物の影を探す。そして次の瞬間。
「おい、あまり出しゃばるなよ」
銃弾で形成された円形のサークル。そのちょうど真ん中、深雪の数歩前に上空から董夜が降り立った。
「………………っ!?」
その董夜の登場に、真由美たちや深雪はすぐにその元へ駆けよろうとする。しかし、それは叶わなかった。
「董夜…………さん?」
今まで感じたことないレベルの殺気、そして
ドス黒い瘴気を放っているようにすら見える董夜の後ろ姿に誰もが頬から冷や汗を流し、立っていられずに尻餅をついた。
「あ……………………あぁ」
幾多の修羅場をくぐり抜け、戦場を生き抜いてきたはずのゲリラも体の震えを止めること出過ず、只々立ち尽くしている。
「ひっ…………!」
そして次の瞬間、深雪の【コキュートス】によって硬直していた兵士が跡形もなく弾け飛んだ。
破裂音にも似た音に美月の口から小さく悲鳴が漏れる。
「……………董夜……………さん」
弾けた兵士の血飛沫が数滴 、頬にかかった事を気にしないで深雪は董夜を見上げた。
董夜のことを何年も前から知っていた深雪だけでなく、この場にいる誰もが気付いた。
「…………………」
董夜は激怒していた。
その怒りの矛先は、達也に【再成】を使わせる元凶を作った兵士に。
そして、その仲間の
そして何より間に合わなかった自分自身に向けられていた。
「や…………やれぇぇぇぇ!!!!!」
勇敢にも大陸の言語でそう叫んだ兵士の声と同時に、その声に感化された四人の兵士がハイパワーライフルを董夜に向けた……………………しかし。
「…………どけろ」
『了解』
董夜の命令に、近くのビルの上階で待機していた雛子が、持っていたライフルで正確に兵士の手を撃ち抜いた。
「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁ……………!!」
銃の処理を終えた雛子はビルから飛び降り、魔法を行使して董夜のそばに華麗に着地して見せ、そのまま跪いた。
「ひ、ひな……………こ?」
突如として現れた謎の兵士にエリカや真由美達が困惑する中、深雪はその狐のお面を被った人物に、董夜の
「雛子……………なの?」
しかし、深雪の言葉に雛子は一切反応しない。
今の彼女は『深雪の親友』などではなく『ただの私兵』なのだから………………
◇ ◇ ◇
「な、なんで…………こんなことに」
本来彼らの作戦はもっとスムーズに進み、任務も成功する予定だった。
しかし、日本国防陸軍の対応の早さ、そして【摩醯首羅】の目撃情報。
この時点で彼らの戦意が大幅に削がれたのは言うまでもない。
「くそっ……! くそぉ………」
しかし、幸いだったのは【摩醯首羅】の目撃情報は不正確であり、『いるかもしれない』という曖昧なものだったことだ。
しかし、彼らの心が折れるのは【摩醯首羅】の目撃情報が出たすぐ後だった。
『貴様は……………迦………利……………』
それは別働隊の指揮をしていた者から入った最後の無線だった。
この無線を聞いた時の兵士達の衝撃など語るまでもない。
「……………【
一人の兵士が呟いた言葉が聞こえていたのか、いなかったのか。董夜は反応することなく懐に仕舞ってある黒い拳銃型のCADを兵士達の方へ向けた。
そして赤い 大輪の花が咲いた。
◇ ◇ ◇
「ギ、ギャアアアアアアアアアアア!!!!」
あたり一面に
その様子は【再成】を受ける前までの桐原の様だった。
「………ウッ………!」
美月や花音を始めとする女子数人があまりの惨状に気分を悪くし、口を押さえて目を背けた。
しかし、エリカ、真由美、摩利や男子勢は目を背けず、惨状と董夜を交互に見ている。
「う、ぐぅ、うぅ…………」
辺りをありえないほどの血が埋め尽くし深雪達に迫る。それに兵士達の呻き声が加わり、阿鼻叫喚と化していた。
しかし、そんな事には目もくれず深雪は董夜に縋るような目を向ける。
「………………」
しかし、そんなことを気にせずに董夜は無言でCADを構え直し、先ほどと同じ魔法を各々の別の場所めがけて発動した。
「…………っ! あ…………ア…………ァ」
先ほどと同じく
倒れ伏した兵士達の背中は赤く染まり、その背の部分部分がえぐれていた。それもまるで先程の五十里の様に。
「………あれを」
今だに痛みで倒れ伏し、今まさに意識を消失しようとしている兵士。
それに対して董夜は持っていた黒い拳銃型のCADをしまい、雛子に向かって何かを要求した。
「っ!……………了解」
董夜の言葉を聞いた雛子は今日の戦闘が始まって初めて董夜の命令に戸惑いを見せた。
しかし、その戸惑いは一瞬のうちに消えた。
雛子は董夜に拾ってもらった日から董夜に身も心も全て捧げ、付き従うと決めたのだ。
その事を再確認した雛子は余計な感情を捨て去り、懐からチョーカー型のCADを取り出し董夜に渡した。
「…………?」
そのCADを見て深雪の顔にはてなマークが浮かべた。
董夜の所持しているCADは全てと言っていいほど把握している深雪だが、チョーカー型のCADなど見たこともなかったのだ。
「一体何を………?」
雛子から受け取ったチョーカー型のCADを首に付け。董夜が
「な、なに…………あれ」
真由美の声に、その場にいた全員が視線を上に向けた。
董夜達が立ってある場所の上空。
そこには眩いほどの光を放つ巨大な光球が浮かんでいた。
「あれは…………まさか………!」
三年前、モニター越しに見たことがある
そして近くで様子を見ていた達也でさえも頰を冷たい汗がつたった。
国家公認戦略級魔法 【荷電粒子砲】
破滅の光が 降り注ぐ。