四葉家の死神   作:The sleeper

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45話 ケツイ

45話 ケツイ

 

 

 

 

 

 

「(……………………)」

 

『特尉、()()が放たれた場合、被害はどれくらいになる…………?』

 

 

ビルの屋上に立ち、董夜の動きを注視していた達也の元へ風間から無線が入る。『()()』とは誤解しようもなく今まさに董夜が放とうとしている戦略級魔法【荷電粒子砲】の事だろう。

 

 

「………深雪が原因で暴走しているアイツが深雪を巻き込むとも思えません」

 

 

やはり、どこか動揺した様な風間に対して達也はいつも通り冷静に対応する。

しかし、心の中ではやはり驚きが渦巻いていた。

『自分より人間的でありながら、自分より人間の域を外れている』これは、達也の董夜に対する評価の一つだ。そんな董夜が暴走しているという現実に、達也は信じられないという気持ちでいっぱいだった。

 

 

『っ!………それじゃあ……!』

 

 

彼は魔法を発動しないのか?!

そう期待し、言葉に出そうとした風間に、次の瞬間、達也から非情な答えが返ってきた。

 

 

「恐らく、アイツと深雪以外の 全て が【無くなる】かと」

 

 

【荷電粒子砲】は【質量爆散(マテリアル・バースト)】とは違って魔法が発動しても大爆発などは起こらない。しかし、今回の様に真上から下に打ち込もうとした場合。半径数メートル、地下数百メートルはその熱で融解する可能性がある。

そして、この半径は【荷電粒子砲】一発分のもの。三年前の沖縄戦の様に【荷電粒子砲】は一度に数発打ち込む魔法である。

まず横浜のライフラインは壊滅的な状況になるだろう。

 

 

「……………ッ……!」

 

 

一瞬の逡巡の末、CADを董夜に向けた達也の目を思いもよらない景色が飛び込んできていた。

 

 

「………まさか…………」

 

 

その光景は、達也にも風間にも予想だにしないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、これちょっとやばいよね?」

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

 

深雪の後ろでエリカとレオが戸惑いを隠せないような声を上げる。

彼らの上空では巨大な光球が熱を帯びて鎮座していた。

 

 

「…………消え失せろ」

 

 

そして、董夜が自身の持つ魔法を放とうとした瞬間、ある二人の足が動いた。

 

 

「董夜さんッ……!!!!」

 

 

今まで足がすくんで、立ててすらいなかった深雪が、勇気を振り絞り。届かなかった董夜の背中に飛びついて、後ろから抱き締めた。

しかし、董夜は気づいていないのか、すでに絶命している不正規兵(ゲリラ)達から目を離さない。

 

 

「こんな事ッ! 私もお兄様も望んでいませんッ!!…………だからもう………こんな事……やめて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………みゆ………き?」

 

 

その深雪の言葉に董夜の目が揺れ、深雪の方に顔だけを向けた。深雪の顔は普段ではありえないほど涙でグチャグチャになっており、それは董夜の冷たい心を崩すには十分すぎた。

 

そしてそんな二人のそばにいる雛子は、『私兵に徹する』という心境であるにもかかわらず、目が驚愕に染まっていた。

それは深雪に向けられたものではなく、もう一人。

董夜に駆け寄って来た少女に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで銃声が鳴り響いていた戦場に似合わない、小気味の良い音が鳴り響いた。

その音に、泣きじゃくりながら董夜に縋り付いていた深雪以外の誰もが呆気に取られた。

達也や雛子…それに董夜でさえも唖然とした顔になる。

 

 

「董夜くん…………良い加減にしなさい」

 

 

それは悪意に染まった銃弾でもなく、想子を纏った魔法でもない。

ただの少女の小さな手が………董夜の頰をはじいた音だった。

 

 

「まゆ、み……………さん?」

 

 

何が起こったのか理解できない、というような顔を真由美に向けた董夜の腕は脱力し。不正規兵(ゲリラ)に向けられていた腕もダランと垂れ下がる。

 

そして、それを見た真由美の今まで毅然としていた顔に少しずつ涙が流れ始め、結局泣きながらその場に崩れ去った。

 

 

「ごわがっだ…………ごわがっだよ〜!」

 

 

いつもの真由美からは想像もできないような姿に董夜は狼狽(うろた)え。深雪は尚も泣き続ける。そして、そんな二人の少女に挟まれた董夜の心中は【虐殺者(パグローム)】と【観察者(オブザーバー)】が渦巻き合い、カオスと化していた。

 

 

「董夜……………」

 

 

ふと、近くからかけられた声に董夜はハッとなって顔を上げた。

そこにはバイザーをあげ、マスクをとった達也が困った顔を董夜に向けており。その後ろでは雛子が私兵の時とは違う、優しい笑みを向けていた。

 

 

「あぁ……………俺は………壊そうとしてたのか」

 

 

今は無き、巨大な光球が存在していた空を、董夜は見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「門を開けろ! さもなくば侵略軍に内通していたものと見做す」

 

 

中華街の北門、玄武門(げんぶもん)の前に将輝は立っている。

独立魔装大隊の攻撃により敵が背後から切り崩されていることを、克人と同様に知らない将輝はしかしながら、風向きが変わったことを掴んでいた。

 

そして、彼の呼びかけのすぐ後に、門が軋みを上げて開いていく光景に、将輝は肩透かしを喰らった気分で呆気にとられていた。

出て来たのは、将輝よりも五、六歳年長の貴公子的な雰囲気を漂わせる青年を先頭とする一団だった。

彼らは、拘束した侵攻軍兵士を連れていた。

 

 

「周 公瑾と申します」

 

「…………周公瑾?」

 

「本名ですよ」

 

 

偽名を疑われる事は周青年にとっても慣れたことなのか、首を捻った将輝に、青年はひっそりと笑った。

 

 

「失礼した。一条将輝だ」

 

 

流石に年長者の自己紹介を放置するのはまずいと思ったのか、将輝が慌て気味に、しかし立場を考え(へりくだ)らずに名乗った。

 

 

「私たちは侵略者と関係してません。その事をご理解頂くために、協力させていただきました」

 

 

 

油断ならない。

 

 

 

それが周青年に対して、将輝が抱いた印象だ。

しかし、だからと言って民間人を取り調べる権限は将輝にはない。

それに表面的に見れば、彼らの協力によってこの方面の戦闘はこれで終結した、と言えるのだ。

将輝は周青年に礼を述べ、他の義勇軍と協力して捕縛された敵兵を引き取った。

 

 

それが結果的に彼を最前線から引き離し、(将輝にとっては)親友である董夜に本気で呆れられる恥となるとは、将輝は気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありとあらゆる負傷を無かったことにする。 そんな魔法が、何の代償もなく使えるとお考えですか?」

 

 

沿岸部から脱出するヘリの中。先程まで泣いていた深雪と真由美は、流石と言うべきか、いつもの様相を取り戻し。まるで先程のことなど無かったかのように装っていた。

そして、達也が五十里と桐原の負傷を治した魔法。【再成】について深雪から説明を受けたヘリの中のメンバーは興奮していたが、その深雪の言葉に再び静まり返った。

 

 

「(…………ハァ)」

 

 

そして、そんなメンバーに『離れたくない』という真由美と深雪の お願い(命令) に逆らえなかった董夜が、戦闘開始時に比べ柔らかくなったものの、それでも冷たい視線を向け、深雪に変わって口を開いた。

 

 

「エイドスの変更履歴を遡ってエイドスをフルコピーする。その為には、エイドスに記録された情報を全て読み取っていく必要がある」

 

 

ここに来てようやく摩利や花音たちは深雪の表情が暗い事に気付いた。

 

 

「そこには当然、負傷したものが味わった苦痛も含まれる」

 

 

そして、董夜の言葉に全員が息を飲んだ。

 

 

「知識として苦痛を読み出すのではなく。苦痛という感覚が、負傷した肉体の神経が生み出す『痛み』という信号が、ダイレクトな情報となって自分の中に流れ込んでくる」

 

 

ゴホッ、ゴホッと誰かが咳き込んだ。それは意識的な咳払いではなく、上手く呼吸ができなくなったが為の生理的な反応だった。

 

 

「しかもそれが、一瞬に凝縮されてやってくる。例えば…………今回、五十里先輩が負傷してから達也が魔法を使うまで、およそ30秒の時間が経過していた」

 

 

そう言いながら董夜が指を弾き、パチン、と音を鳴らすと周囲の下がっていた気温が元に戻り、深雪によって荒れていた

想子(サイオン)が押さえつけられて落ち着きを取り戻す。

 

 

「………それに対して達也がエイドスの変更履歴を読み出すまでに掛けた時間はおよそゼロコンマ二秒。この刹那の時間に、達也の精神は五十里先輩が味わった痛みを五百倍に凝縮した苦痛を体験している」

 

「五百倍……」

 

 

やはり、『戦略級魔法師』としての戦闘時の自分が抜けきれていないのか、敬語とタメ口が混じった董夜の言葉に、五十里が呻き声をあげる。

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

「董夜さん……?」

 

「董夜くん……?」

 

 

董夜が【再成】についての説明を終え、ヘリの中が沈黙に包まれる中。急に立ち上がった董夜に深雪と真由美が不安そうな声をあげた。

 

その董夜の顔は再び戦闘時の冷たいものへと戻っていた。

 

 

「これ以上ここで油を売っている訳にはいかない」

 

 

それだけ言うと董夜はヘリのドアを開けて、迷うことなくそこから飛び降りた。

自動的にしまったドアの中。取り残された深雪と真由美は、飼い主に置いていかれた子犬のような、いじらしくもあり、どこか悲しげな顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「十文字くん! 協会支部には私たちが行くから。十文字くんは敵部隊の撃退に専念して」

 

『頼む』

 

 

董夜がヘリを降りた後、重苦しい空気を漂わせていた真由美たちの乗るヘリの雰囲気は、魔法協会からの緊急通信で一変していた。

その、陳の部隊による奇襲は、完全に日本側の意表を突いていた。

 

 

「あいつは!?………………呂剛虎!!」」

 

 

目的地に到着したヘリの中で白い甲冑の兵士を見た摩利が愕然とした声をあげた。

 

 

「深雪さんは支部のフロアを守って。責任を押し付けるみたいで嫌だけど、最後の砦を任せられるのは深雪さんしかいないわ」

 

「かしこまりました」

 

 

その真由美のお願いは見え透いたおだて戦法だったが深雪は素直に引き下がり、それに従うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

魔法協会支部のフロア内、そこに董夜は無表情で椅子に座り、今の状況にはあまりに不自然だが、フロア内の自販機で買ったコーヒーを飲んでいた。

 

 

「…………ふぅ」

 

 

深雪と真由美に言われてヘリに乗った後、別行動していた雛子から『魔法協会に変な気配が近づいている』と言う連絡を受けていた董夜は深雪たちと別れて一足早くここに来ていた。

 

 

雛子(アイツ)にも悪いことしたな」

 

 

董夜は雛子と出会ってから、今までの関係の大元にあったのは『契約』である。

そして今回、初めて二人が契約執行中にそれを破ったのだ。

どちらか一方が破ったと言うなら、一方が破った方を棄てていただろう。しかし二人共破ってしまった為、すこし気不味いような、どうすればいいか分からない様な感じになっていた。

『主人』と『私兵』というどこまでも冷たい間柄でいなくてはいけない時に『兄』と『妹』という温かい意識になってしまった。

 

 

「……………どうすっかな」

 

 

普通の人ならば『なんだそんなことか』と吹けば飛ぶようなこと。しかし、董夜と雛子の出会いは【恩】と【契約】から始まっていることもあり、二人の間柄は親密に見えても、奥に入ると複雑なのだ。

 

 

「…………!」

 

 

これからについて考えていた董夜の【 眼 】が人の気配を感知した。

 

 

「………………さっきぶりだな、深雪」

 

「………………董夜さん」

 

 

飲み干したコーヒーの空き缶を【重力操作】で潰してゴミ箱に投げ込むと、董夜は立ち上がって深雪の元に歩いて行った。

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 

向かい合う二人に気不味い空気が流れ、沈黙が包む中。董夜は重苦しい空気から逃れるために【観察者の眼(オブザーバー・サイト)】に意識を向け周囲を索敵し始めた。

 

 

「……………………ふぅーーーーー」

 

 

董夜の意識が現実から情報の世界に移った事に気付いた深雪は、両手を胸の前で組むと一息置いて董夜の方をまっすぐ向いた。

 

 

 

 

「…………………………!!!???」

 

 

 

 

情報の世界に意識を向けていた董夜は突如として現実の世界に起きた異変に驚いて意識を現実の世界に戻した。

 

 

「今は……………こちらを見ないでください」

 

 

意識を戻した董夜の体に、後ろから回された細い腕と背中に当たる二つの柔らかいモノに董夜の体が固まる。しかし、余りの恥ずかしさから頰を真紅に染めている深雪とは違い、董夜のそれは『 照れ 』から来る硬直ではなく、突然の事態に対する『 驚き 』から来る硬直という、少し冷たいものだったが。

 

 

「深雪………………………な、なn「 わたしは………!!」」

 

 

董夜の普段は聞けない戸惑いに染まった声を深雪の声が遮る。

 

 

「私は………………どんな時でも董夜さんの味方ですから」

 

 

普段よりも数倍も増しにはっきりとした深雪の声に、董夜の中で固くなっていた何かが柔らかくほぐれていくような、そんな錯覚を董夜は感じた。

 

そして混ざり合っていた董夜の気持ちが、ハッキリと別れていく。

 

そして、、、、

 

 

「敵が来る…………いくぞ」

 

 

自分に抱きついていた深雪を無理やり引き剥がし、別の方向を向く董夜。側から見れば董夜が深雪を拒絶したように見えるが、そうではない。深雪にとって董夜の『いくぞ』という言葉は何よりも嬉しいものだった。

 

 

「………はいっ!」

 

 

 

 

 

様々な人達の思惑とともに物語は進み。

 

横浜事変は終局へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元より董夜と雛子の間柄は少し面倒くさい感じにしたかったです。

それに今回深雪と真由美のキャラ崩壊に董夜の心境の変化が激しいですね


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