四葉家の死神   作:The sleeper

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54話 パラサイト

54話 パラサイト

 

 

 

 

 

 

 

「……………報告」

 

「はい」

 

 

まだ太陽が地平線から昇り始めている頃。

四葉董夜宅、その中の一室。

そこではソファに座る四葉董夜の横で、何枚かの書類を持って立っている少女がいた。

 

 

「本日未明、渋谷にてスターダストと思われるUSNAの魔法師二名が吸血鬼と接触。その後、逃走した吸血鬼と西城レオンハルトが接触。西城レオンハルトは負傷し、現在は警察病院に緊急入院しています」

 

 

それだけ言って少女、柊雛子は言葉を切った。それは決して董夜の様子を伺うためではなく、ただ単に聞き手の事を考えての事だった。そして董夜は学友の名前が出ても一切動揺する様子はない。まるで『西城レオンハルト』という名前など今初めて聞いたかのように。

 

 

「西城レオンハルトは以前から彷徨癖があるようで。今月の十四日に、渋谷で警察省の千葉警部及び稲垣警部補と接触。おそらく捜査協力を依頼されたかと」

 

「そうか…………それで?」

 

 

長々と喋っている雛子は特に疲れた様子もなく、董夜の言葉に手元の書類をめくった。ちなみに、何故雛子が報告書を電子媒体ではなく紙媒体に纏めているか。それはハッキング対策である。

 

 

「USNAの魔法師の方はその後も吸血鬼の追跡を続けていましたが、途中で断念して撤退しました。それで、彼女たちは吸血鬼のことを『脱走兵 デーモス・セカンド』と呼んでいました。報告は以上です」

 

「分かった、ご苦労様」

 

「いえ、では」

 

 

そう言って董夜に一礼をした雛子は部屋から出て行った。おそらく『私兵』ではなく『メイド』として朝食を作りに行ったのだろう。董夜のいる部屋からは聞こえないが、そろそろ鼻歌が台所から流れててくる筈だ。

 

 

「(シリウスが学校を休んだということは犯人探し(任務)が中止、またはその優先順位が下がったから。そして本命は脱走兵の掃除)」

 

 

一人、部屋に残された董夜は目を閉じて自分の見解をまとめる。

 

 

「(…………ただ単にスターズの魔法師が脱走しただけ……ではないな)」

 

 

そこまで考えを纏めた董夜は、そのどこまでも冷たい目を開いた。しかし、すぐに目を閉じ、また開いた。

 

 

「よし、飯食うか」

 

 

その目は既に先ほどのものとは違い。学友に見せるものと違わなくなっていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

千葉エリカの朝は早い。

十歳ごろまで父親に逆らえずに素直に従っていたエリカは千葉の剣士として日の出前から鍛錬に汗を流す事を日課としている。

そしてその日もエリカは鍛錬のために日の出前に起きていた。

 

 

「………?」

 

 

目を覚まそうと、冷水で顔を洗おうとしたエリカの視界の端で、携帯の着信ランプが点灯しているのが見えた。

そして、そのメールの内容を見たエリカの目が一瞬見開かれ、ギリギリと音がしそうなほどの歯軋りをした。

 

 

「あのバカ兄貴、バカに何やらせてるのよ………」

 

 

パジャマを脱ぎ捨て、クローゼットの中から、セーターとスカートを乱暴に取り出すエリカ。そんな彼女の携帯には、レオが吸血鬼に襲われた内容が記されていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

達也の元に、エリカと同じような凶報が届いたのは、登校前、家を出る直前だった。

携帯端末にエリカから送られてきたメールを読む達也に、深雪が歩み寄る。

 

 

「お兄様、良くない知らせなのですか?」

 

 

兄の感情の揺らぎを敏感に感じ取った深雪が、心配そうに達也を見上げる。

 

 

「レオが吸血鬼に襲われて、病院に運び込まれたとエリカから連絡があった」

 

「………冗談ではないのですよね?」

 

「中野の警察病院で治療を受けているようだ、命に別状はないようだし見舞いは放課後にしよう」

 

「はい」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

その日エリカは学校を休んだ。

それは決して無断欠席などではなく、学校の事務局にも連絡してあったので皆知っていることだ。しかし、彼女が看視しているレオの病室に、上級生二人が見舞いに来たなど誰も知らないだろう。

ましてやそれが十文字克人と七草真由美などと。

 

 

「今、アイツのところに七草の直系と十文字の直系が訪ねてきたんだけど」

 

 

病室の外の長椅子に座っていたエリカは克人と真由美の姿を見ると、二人の後ろを抜け、病院の事務室の一つに来ていた。

 

 

「昨晩、西城君と一緒に救出された女の子が、七草家の家人らしい」

 

「それだけ?」

 

 

そこにいたのは実の妹に殴られ、頰の腫れが若干引いて来ている寿和と、エリカの鋭い視線に気圧されている稲垣だった。

 

 

「盗聴器も部屋に入ると同時に壊されたよ、妖精姫のマルチスコープがここまで高性能とは予想外だったなぁ」

 

 

芝居掛かった仕草で両手をあげる寿和に、エリカは『使えない』とさえ言わなかった。

そして、三人は気づかなかっただろう。事務室の前を二人の男女が病室の方へ歩いて行ったなどと。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「それじゃあ西城君、色々聞かせてくれてありがとね」

 

「情報提供、感謝する」

 

「い、いえ。大丈夫っす」

 

 

エリカが寿和達と議論を交わしている頃。レオの病室では真由美と克人が脱いでいた上着を来て、帰り支度を進めていた。

本来レオはあまり目上の人間にも臆さず話すことができるが。今回は急な来訪という事もあって、少し落ち着かない様子だ。

 

部屋を出る際、真由美は最後に【マルチスコープ】で部屋に盗聴や盗撮がないかを確認し、克人は音波遮断のために掛けていた障壁魔法を解除した。

そして、横にスライドするタイプのドアを開け、二人の目が見開かれる。

 

 

「……………四葉」

 

「……どうも、十文字殿に七草殿。奇遇ですね」

 

 

二人が病室に入った際、後輩である千葉エリカがいた長椅子。

そこに座っていた董夜の姿を認めた克人は僅かに顔をしかめ、真由美はいまだに目を見開いている。

先ほど盗聴の類を確認するために【マルチスコープ】を使った真由美は、念のために部屋の外にまで認識範囲を広げていた。

しかし、その時は董夜の姿など見えなかったのだ。いや、

 

 

「逸らされ…………た?」

 

「七草?」

 

 

信じられない物を見るような顔で董夜を見る真由美を、克人が怪訝そうに見つめる。そして、そこで初めて二人は長椅子に座る董夜の横で、直立不動で立っている、ラフな姿で帽子を目深く被っている少女の存在に気づいた。

 

 

「四葉、彼女は?」

 

「え、あぁ」

 

 

当然の如く少女が何者なのか気になった克人が疑問を呈し。董夜はいま思い出したかのように答えた。

 

 

「申し訳ない、すっかり忘れていました」

 

「おい………」

 

 

そう言って少女に目配せをする董夜。彼女が何者かについて、まだ説明を受けていない克人と真由美がなにかを言おうとした瞬間。二人は何の理由もなく、誰かが近づいてくる音がしたわけでもないのに、ただ何となく通路の突き当たりの方へ目線を向けた。

 

 

「っ!?」

 

「え」

 

 

二人が目をそらしたのは時間にして一秒もなく、一瞬で董夜とその少女の方へと目線を戻した。しかし、その時には既に少女の姿などなく、先ほどと同じ、不敵な笑みを浮かべる董夜だけがいた。

 

 

「それじゃあ、西城君のところに行きますかね」

 

 

よいしょ、と董夜が椅子から腰を上げ、病室の方へと歩き始める。しかし、その足は克人によって止められる。

 

 

「何も聞いていないだろうな」

 

 

師族会議、十文字家代表代理として放たれた、その重い重圧(プレッシャー)を纏った言葉に董夜が足を止め、真由美が生唾を飲んだ。

 

 

「何か聞かれてはいけないことでも?」

 

「質問に答えろ」

 

 

振り返った董夜が、大人でも気圧されるほどの重圧(プレッシャー)を放っている克人とは違い、どこまでも黒く、冷たい気配で対抗する。

ビリビリと廊下の壁が振動するような錯覚を起こすほどの雰囲気が廊下に伝わる。

二人の側にいる真由美が、普段から克人と董夜と付き合いがあり、小さい頃から十師族の直系として生きて来なければ耐えられないほどの重圧。

病室の中にいるレオも身体を動かす事も叶わないまま廊下の方を見つめていた。

 

 

「別に何も聞いていませんよ」

 

「…………そうか」

 

 

しかし、そんな重圧も董夜が最初に解き、克人も解いた。

そして董夜と克人がそれぞれの行く先へと向き直り、歩き始める。

 

 

「仕掛けられていた盗聴器も、既に壊したでしょう?」

 

「っっ!!」

 

 

董夜が病室のドアを開けた時に放った一言。その言葉に真由美と克人が勢いよく董夜の方を振り返った。

しかし、そこに董夜の姿はなく。ただ静かに閉まるドアがあるだけだった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

放課後。

達也はいつものメンバーを引き連れて、中野の警察病院へレオの見舞いに訪れた。

そして病院の入り口に入ったところでほのかが何気なく口を開いた。

 

 

「そういえば、董夜さんは何か用事があったんですか?」

 

「ええ、お見舞いは後日改めて向かうと言っていたわ」

 

 

誰も何も喋っていなかった空間を気まずいと思い、口を開いたほのかに、深雪が少しだけ寂しそうに答えた。ほのかの言う通り、レオのお見舞いに訪れた達也たち一行の中に董夜の姿はない。

 

 

「まぁ董夜もいろいろ忙しいんだろう。それより受付に行こう」

 

 

ほのかと深雪のやり取りに、一瞬何かを考えるような表情をした達也だが、すぐに表情を戻して受付の方へと向かって行った。

 

 

「みんな、来たんだ」

 

 

受付で病室を訊いてエレベーターへ向かう。と、その少し手前で横合いから声をかけられた。

 

 

「エリカ、まだいたのか」

 

 

登校前に兄の責任を取って学校を休む、と連絡を受けていた達也が、そう疑問に思ったのも当然のことだろう。

 

 

「私も一回家に帰ったわ、一時間ぐらい前にもう一回来たところよ」

 

 

エレベーターに乗り込みながらエリカが答える。その声にも表情にも、嘘をついているような不自然さは無かったが、それが逆に嘘くさくなっていた。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

エレベーターから降り、廊下を少し歩いたところにある病室のドアをエリカがノックし、中から若い女性の声が聞こえ、ドアを開けて中に入るエリカに続いて全員が部屋に入っていった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「多分、レオが遭遇したのは【パラサイト】だと思う」

 

 

レオの実の姉。西城花耶の紹介が終わり。レオを一通り労った一同が、犯人についての話を始めた時、幹比古が唐突に切り出した。

 

 

寄生虫(パラサイト)?そのままの意味じゃないだろう」

 

PARANORMAL PARSITE(超常的な寄生物)、略してパラサイト。人に寄生して人を人間以外の存在に作り変える魔性のことだよ」

 

 

幹比古の講義めいた口調に達也が興味深そうに聞き入る。先ほどまで幹比古を揶揄っていたエリカも今は真剣に聞いている。

しかし、興味深そうに聞いている達也でも、幹比古の言葉に耳を傾けながら目はレオを向いていた。

 

 

「(先ほどからレオは、俺たちの中に董夜がいないことを指摘していない)」

 

「(もし、董夜が既にここに来ていて。レオに何かしらの口止めをしたとしたら)」

 

 

最近、自身が董夜に対して、疑心暗鬼になって来ていることに、達也本人は気づいているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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