そして今話も2,000字超と短いです。
57話 シッパイ?
人造魔法師実験
魔法師ではない人間の意識領域に、人工の魔法演算領域を植え付けて魔法師の能力を与える実験。
達也の意識領域内で最も強い想念を生み出す『強い情動を司る部分』をフォーマットして魔法演算を行うエミュレータが植え付けられた。
「『失敗』?それはないわ」
「随分と断言なさいますね」
重い重圧の中放たれた董夜の言葉に、深夜は当然とばかりに言い切った。しかし、董夜は眉ひとつ動かすことはない。
「理由を聞かれても明確には答えられないけれど、今の達也が何よりの証拠でしょう?」
「そうですね、『今の』達也が証拠だ」
「………何かあったのかしら?」
相変わらず表情に変化のない董夜に、深夜が眉を潜めた。
「最近
「ええ、もちろん。あの爺さんの弟のお孫さんでしょう」
幼い頃、九島烈から魔法の指導を受けていた経験から、深夜は烈のことを『爺さん』と呼んでいる。しかし、そのことに何か反応する者は誰一人としていない。
「その女子生徒に達也が『恋心』を抱いているとでも?」
「恋心かどうかはまだ分かりませんが、何かしらの情動を抱いていることは確かです」
「ふっ、ありえないわ」
「伯母上」
「………っ!」
董夜の言葉を鼻で笑って流し、側にあったお茶を啜ろうと深夜が手を伸ばす。しかし、その手は董夜の鋭い視線で動きを止めた。
「軽い憶測で、わざわざ学校を休んでまでここには来ません」
「でも…………」
嘲笑を浮かべていた深夜の表情に戸惑いが混じる。彼女自身、世界で唯一使うことのできる『精神構造干渉魔法』には絶対の自信があり、それを駆使した『人造魔法師実験』の成功にも自信を持っていた。しかし、そんな『絶対の自信』に董夜の言葉で困惑が混ざる。
「喪失した筈の一部の感情が残っていて、その感情がリーナをトリガーとして大きくなっているとしたら」
「ありえない話じゃない…………けれど」
そんな可能性はゼロに等しい、そう言おうとした深夜の言葉は紡がれることはなかった。深夜の言葉を聞いた董夜はすぐに立ち上がり、部屋を後にしようとしたからだ。
「それだけ聞ければ十分です」
扉が閉まり、董夜の後ろ姿が見えなくなると、深夜はベットに全身を預けたまま、近くの窓へと視線を向けた。
「達也…………………」
◇ ◇ ◇
同日、夜も助け切った頃。
三つの勢力がぶつかり合う中、達也と仮面の魔法師は接触していた。
仮面の魔法師が情報強化の施された銃弾を放ち、達也がそれを分解して防ぐ
仮面の奥から動揺が漏れ、隙が生まれた瞬間に、達也はCADの照準を仮面の魔法師に合わせた。達也の視界に映る、『色』と『形』と『音』と『熱』と『位置』を記述した情報体。相手の本体ではなく、偽装の魔法それ自体に照準を合わせて放たれた対抗魔法・術式解散。
それにより、仮面の魔法師の殻が崩れ去った。
◇ ◇ ◇
仮面の魔法師や吸血鬼と接触するため、家を出た達也を見送った深雪は、数分後に訪れて来た八雲とともに彼の弟子の運転する電動四輪で移動していた。
「もし、USNAの魔法師が使っている魔法が【
「【パレード】の原型を、先生のお師匠様が…?」
なぜ、今回は協力してくれるのか、という深雪の問いに八雲が答える。そしてその答えに深雪は驚いた声色で八雲の方を向き直った。
「うん、そうだよ。だから僕は秘術がこれ以上広まらないように釘を刺さなくてはならない。もし言う事を聞いてもらえなかったら遺憾ながら、ね」
八雲の表情も声も、いつも通り飄々としていた。しかし、それを聞いた深雪の背筋に冷たいものが走る。
目的地に着いたからか、停止した電動四輪から八雲が降り、それに続いて深雪も降りる。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
歩き出した八雲を深雪が追いかけようと、歩き始めたその時。深雪の背後から一本の腕が伸び、すぐ前を歩く八雲の肩を掴んだ。
「なっ………!!?」
「お初にお目にかかります、九重八雲殿」
いつも飄々としている八雲が始めて焦った声を出して、その場から飛び退いた。
そして何が起きたのか理解が追いついていない深雪の背後から、不敵な笑みを浮かべた董夜がゆっくりと現れた。
「突然引き止めてしまって申し訳ない、驚かせるつもりは無かったのですが」
あの達也ですら、八雲から気配を隠して背後から近づくなど容易ではないにもかかわらず、董夜は現れた。男子高校生としてではなく、『四葉』としての雰囲気を携えて現れた董夜に、深雪は何も喋ることができなかった。
◇ ◇ ◇
達也と相対していた仮面の魔法師の、禍々しい真紅の髪が、弱々しい街灯の光の下でも煌めく黄金に変わり。
禍々しい金色の瞳は、澄み渡った蒼穹の色に。
頰は柔らかく、身体つきは華奢に。
その美貌は、仮面程度で隠せるものでは無かった。
穏やかな金髪碧眼の少女の手から、五発の銃弾が放たれた。しかし、その全てが達也に届く前に塵と消える。
「くっ………う」
「リーナ、俺の目的はお前と戦うことじゃない」
一瞬の隙をついて詰め寄り、達也はリーナを組み伏せた。仮面に隠れていない唇が笑みを浮かべて余裕を示したが、それを虚勢と見抜くのは難しく無かった。
「アクティベイト!『ダンシング・ブレイズ』!」
達也の手が仮面に近づき、リーナが目を閉じて顔を背ける。しかし、それでも達也は止まることなく仮面に触れた時、リーナがそう叫んだ。
すると、投擲済みだった五本のダガーがリーナの元へ呼び戻され、達也へと襲いかかる。しかし、それが達也の体に触れると同時に、細かな砂となって散った。
「腐敗………いえ、分解………?」
呆然と呟くリーナを余所に、達也は容赦なくリーナの仮面を外しにかかる。
「後悔するわよ!タツヤ!」
「今更だろう」
達也とリーナがどたばたとやっている間に、捕まえていたはずの吸血鬼は逃げてしまっている。その事を指摘すると、リーナは唇をキュッと結んで達也を睨み付けると次の瞬間、絹を切り裂く悲鳴が響いた。
「助けて!」
「両手を挙げて後ろを向け!」
まるでリーナの合図を待っていたかのようなタイミングで四人の警官が現れ、達也に向けて拳銃を向けた。
達也が包囲網を抜けるために行動を起こそうとしたその時、達也はとある人物の気配と魔法の発動を感知して動きを止めた。
そのことにリーナが疑問に思うのとほぼ同時に、四人の警官が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「来ていたのか」
「ん、まぁね」
木陰から董夜が姿を現し、達也と、達也に組み伏せられているリーナの元へと歩み寄る。
無意識的に、達也はリーナを董夜から遠ざけようと重心を一瞬後ろに向けたが、なんとかそれを抑えた。そのことに董夜は目を細めたが、気にすることなくリーナへと歩みより、未だに呆然としているリーナから容赦なく仮面を剥ぎ取った。
「そ、そんな……」
自身が拘束され、周りのの味方も一瞬で無力化され、さらには絶望的なタイミングで四葉董夜が現れた現実に、仮面を奪われた事など気にせずにリーナの顔が絶望に染まる。
董夜の学校では一切見ることのなかった、冷たく残酷で、感情の籠もっていない目を向けられたリーナの身体が震え、強張った事に、彼女を組み伏せて直に体に触れている達也は気づいた。
「さて、どうしてくれようか」