5話 モギセン
「それにしても、私が生徒会役員だなんて務まるでしょうか」
「大丈夫だろ、深雪なら何でもこなせるだろうし」
達也と服部の模擬戦が決まり、事務室にCADを取りに行った達也に付き添っていた董夜と深雪は、演習室に向かっていた。
「それにしても大丈夫か?服部はこの学校でも五指に入る実力だぞ?」
あまりに緊張感の感じられない董夜と深雪の会話に、途中から合流した摩利が不思議そうに問いかけた。
「真っ向からでは勝ち目がありませんが、やりようはあります」
達也が摩利に向けて、自信があるとも取れないが、負けるつもりもない意思を伝えた時、丁度四人は演習室に到着した。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ」
董夜たちが演習室に入ると、既に董夜たち以外の面々はすでに到着していた。
達也は真由美に軽く侘びを述べ、すぐにCADの準備に取り掛かった。
◇ ◇ ◇
達也、服部共に模擬戦の準備が終わり、今は摩利が細かいルールを説明し、それ以外の面々は壁際によってその様子を見つめている。
「達也くん大丈夫かしら」
「まぁ、大丈夫でしょう」
その董夜の言葉に真由美が軽く首を傾げた。董夜と小さい頃から交流があった真由美だからこそ、董夜がこの模擬戦に興味が微塵もないことを感じたのだろう。
◇ ◇ ◇
「審判は私がする。フライングや反則をした場合には私が力尽くで止めるから覚悟しておくように」
服部は自信に満ち溢れていた。
先程から何度も、勝負が開始されるとともに基礎単一系移動魔法を展開、達也を十数メートル後ろに吹き飛ばして戦闘不能にするイメージを繰り返す。
彼は相手が2科生だからと言って、油断も手加減をする気もなかった。
「それでは……………始め!!」
摩利の合図とともに服部は………………………地に伏せた。
「……しょ、勝者司波達也」
チラリと達也に目を向けられ、摩利が慌てて判定を下す。その勝ち名乗りを受けた達也は一礼してCADを片付ける為にトランクの場所まで歩き始めた。
その姿に深雪は満足げであり、董夜は今回の模擬戦の提案者にも関わらず、最初と変わらない表情である。
「ちょ、ちょっと待て!」
「何か?」
CADを黙々と片付ける達也に、今まで呆然としていた摩利が慌てた様子で話しかけた。
「今のは自己加速魔法なのか?」
「いえ、身体的な技術ですよ」
「だが……」
達也の発言が信じられないのか、摩利は食い下がろうとする。よほど今の動きが魔法じゃないと言う事実が受け入れられないのだろう。
「私も証言します。お兄様は九重八雲先生の弟子なんですよ」
「忍術使い、九重八雲か。身体技能のみで魔法並の動き…さすが古流……」
八雲の名前に聞き覚えがあった摩利は、それで達也の動きに納得がいったように頷いたが、真由美はまだ首を傾げている。
「それじゃあはんぞー君を倒した魔法も忍術ですか?」
「いえ、あれはただのサイオン波です」
「でもそれじゃあ、あのはんぞー君が倒れてる理由が分からないのだけど」
達也が言ったように、達也が使った魔法は単一系統の振動魔法だ。だがそれだけの説明では納得が行かないようで、真由美は次々と質問を達也にぶつける。その中で鈴音が自分の中で結論が出たかのように口を開いた。
「波の合成ですね」
「リンちゃん?」
自分の推論を淡々と披露しながらも、鈴音は次の疑問が頭に浮かんでいたのだが、その事は今は気にしてないようだ。
鈴音の言った言葉の意味が分からず、首を傾げる真由美とは違い、達也は苦笑い気味に笑いながら頷いた。
「さすが市原先輩、お見事です」
「ですが、あれだけの短時間で三回の振動魔法の発動…その処理速度で実技評価が低いのはおかしいですね……」
達也の処理速度は一科生としてのラインを十分クリアしてるのに、何故達也が二科生なのかと首を傾げる鈴音だったが、ひょっこりと現れたあずさのおかげでこの疑問は解決した。
「あの~、これってひょっとしてシルバーホーンじゃないですか?」
「シルバーホーン? シルバーってループキャストを開発したあのシルバー?」
真由美の疑問に、あずさが嬉々として話し始めた。デバイスオタクと揶揄されているらしいのだが、これなら言われても仕方ないなと達也は内心でため息を吐いた。
「でもおかしいですね、ループキャストは全く同じ魔法を連続発動する為のシステム、波の合成に必要な振動数の異なる複数の波動は作れないはず……もし振動数を変数化しておけば可能ですが、座標・強度・魔法の持続時間に加えて四つも変数化するなんて……まさかその全てを実行してたのですか!?」
鈴音の独り言のようなこのセリフは、演習室に居た全員が息をのむような内容だった。だが聞かれた達也だけは苦笑いのような笑みを浮かべながら淡々と答えた。
「学校では評価されない項目ですからね」
「なるほど、司波さんの言っていた事はこう言う事か……」
達也が答えたのと同時に、倒れていた服部が起き上がった。
すると今まで黙っていた董夜が労いの言葉をかけた。
「大丈夫ですか、はんぞーくん先輩?」
「大丈夫だ………………って!!だから誰がはんぞーくんだ!?」
「あっ、そう言えば振動波の前にはんぞー君のお腹に何かが当たってたように見えたのですが……」
服部の抗議を完全にスルーして鈴音が問いかけた。
「確かに……あれも君の魔法か?」
「いえ、あれは高速移動によって空気が圧縮され服部先輩の腹部に衝撃を与えただけです」
「つまり、あれも身体的な技術……さすがは古流だ」
この後あずさが達也のCADを弄ろうとしたり、服部が達也に謝らなかった事で深雪の機嫌が悪くなったりと些細な問題はあったのだが、無事達也の風紀委員入りの障害は無くなったのだった。
しかし
「ふむ、中々面白いものを見せてもらった」
「十文字君!?」
「十文字?」
一応のため保健室に行った服部と入れ替わりで演習室に入って来たのは、第一高校の部活連会頭であり十師族十文字家の次期当主 十文字克人だった。
「克人さんお久しぶりです」
「あぁ、董夜久しぶりだな」
当然互いに師族同士である董夜と克人は知り合いである。そして、董夜との軽い挨拶を終えた克人は改めて達也の方へ向き直った。
「司波、先程の模擬戦、見事だった」
「ありがとうございます」
『七草』だけでなく『十文字』とも知り合ってしまった達也は心の中で苦い顔をしていたが当然表には出さない。
「それで十文字君はどうしてここに?」
「あぁ、そうだ。董夜、お前に用がある」
「なんですか?」
未だに克人が演習室にきた理由がはっきりしない為、真由美が聞くと克人は思い出したように董夜の方を向き、董夜は首を傾げた。
「新しく生徒会に入った生徒の実力を確かめたい」
「ああー、つまり」
「四葉董夜。お前に模擬戦を申し込む」
高校生とは思えない程の
側では『新しく生徒会に入った生徒』という条件に当てはまる深雪が若干体を固くし、達也を除くそれ以外の面々は、董夜たちを緊張した面持ちで見つめている。
しかしーー
「それで、本音は?」
「ふっ……………お前とは一度手合わせをしてみたかった。それで十分だろう」
鋭く冷たい雰囲気を一瞬で霧散させて放った董夜の言葉に、克人も同様に霧散させて小さく笑った。
「分かりました、今からでも構いませんか?」
「あぁ、演習場の使用時間延長申請はしてきた」
最初からそのつもりだった、とでも言うような克人に、董夜が挑発的に微笑む。結局、本人たちの意見だけで事は進んでいき。模擬戦をする運びとなった。
◇ ◇ ◇
「ーーーーーーーーー殺傷ランクA以上の魔法の使用は禁止。もし、フライングや反則をするようなら、私が力尽くで止める……………事など無理だな、頼むから抑えてくれ」
先程と同様に審判をすることになり、苦笑いをする摩利だが、その表情は先ほどよりも固い。それもそのはず、現在演習室の中は先ほどとは比べ物にならないほどの緊張感と
「………………」
「………………」
その中心にいる二人。克人と董夜は互いに鋭い目線を一瞬でも相手から外す事なく、CADを持って佇んでいる。
「それでは…………はじめっ!」
「………っ!」
試合開始の合図の直後、克人は十文字家の
「なっ!?」
驚きの声が真由美たちの中の誰かから漏れる。
まさに巨体とも言える克人が、鉄壁の障壁魔法を展開しながら突っ込んできているにも関わらず、董夜はその場に立ち尽くしたままだった。しかし、それは克人に圧倒されて動けなくなっているわけではない。
「!?…………グッ」
ついに克人が展開した【ファランクス】と董夜が接触した瞬間、ガラスが割れたかのような音と共に克人の魔法が跡形もなく消滅した。
そして、自身が展開した物ではない【ファランクス】とぶつかり、克人の身体は数メートル後方に飛んだ。
「ふっ…………!」
すると次の瞬間、人間の動体視力を軽く超えた速度の董夜が克人に迫り。至近距離で基礎単一系の移動魔法を放ち克人は地面に伏せてしまった。
「しょ、勝者! 四葉董夜!」
そうして、四葉史上最大の傑物。四葉董夜は高校最初のデビュー戦を勝利で飾った。