四葉家の死神   作:The sleeper

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59話 トコウ

 59話 トコウ

 

 

 

 

 

「あんの小僧、帰ったらぜぇったいに仕返ししてやる……!!」

 

 

  時刻が深夜0時を超えた頃、憎悪と怨恨に(まみ)れた少女の声が、飛行機の中から聞こえてくる。

  ただ、その少女がいるのは決して『ファーストクラス』などという豪華な客室ではなく、ましてや『エコノミークラス』ですらマシに見えてしまうような場所だった。

 

 

「あんのサイコパスヤロォ!!」

 

 

  殺風景な貨物室。大小様々な荷物が固定されている中。比較的大きなコンテナの中で渡された荷物と共に毛布にくるまれ、寒さをしのいでいる雛子がいた。

 

 

 

 

  遡ること数時間前

 

 

「お風呂上がったよー」

 

「おー、ちゃんと温まったか?」

 

「うんっ、割と洗うの上手かったから、また頼むよ」

 

「ふっ、ヤダよ」

 

 

  董夜に体の隅々まで洗ってもらい、いつも以上に日頃の疲労を取ることができた雛子が、脱衣所から出てきた。心なしか、肌がツヤツヤである。

 

 

「ふぅ、それじゃあ寝ようかな」

 

「いや、これから空港に向かって」

 

「……………は?」

 

「え?」

 

 

  寝室に向かおうとドアに向かおうとした雛子の背中にかけられた言葉に、彼女の体が一瞬で硬直した。

 

 

「いや、なんで空港?」

 

「雫の身辺が気になるからダラスに向かって」

 

「あ?」

 

「え、え?」

 

 

  青筋を浮かべる雛子と、何故雛子が怒っているのか理解できていない董夜。

  その後、雛子が董夜の用意した車に押し込まれるまで、時間はかからなかった。

 

 

 

 

  時は戻って、太平洋上、貨物室。

 

 

「寒い寒い寒い寒い」

 

 

  当然貨物室内に暖房などなく、飛行機が高度を上げるごとに気温は下がっていく。

  そもそも雛子が、董夜から急な仕事を言い渡されるのは珍しいことじゃなかった。つまり、彼女が怒っているのはそこではない。

 

 

「仕事が急なのはいいよ! 問題は仕事に行かせるなら何で風呂を勧めたのよ!」

 

「こんな事なら帰ってすぐに『仕事行け』の方が数倍マシだわ!」

 

「何が『しっかり身体温めろよ』だよ!せめて客室用意しろよ!なんで芯まで温めた後に、芯まで冷まさなくちゃいけないのよ!」

 

 

  貨物室の声が誰にも聞こえないのをいいことに、雛子の愚痴やら不満やらが溢れ出す。

  そんな彼女を乗せた飛行機が水平になり、彼女の憎悪を乗せた機体は、アメリカ西海岸へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「リーナ、大丈夫ですか?」

 

「うぅ」

 

 

  日曜日の朝、達也が学校で克人と真由美、幹比古とエリカに吸血鬼について話している頃。リーナはゲッソリとした顔で同居人と共に朝食を摂っていた。

 

 

「一睡もできませんでした」

 

「そ、それは」

 

「本部からは何か言って来ていませんか?」

 

「今のところは、まだ何も。ですが、何のお咎めもなく済むとは思えませんね」

 

「うぅ」

 

 

  シルヴィアの返答を聞いて、リーナは虚ろな目を手で覆い、うな垂れた。

 

 

「リーナ、昨夜は一体何があったんです?いくら衛星級(サテライト)とはいえ、スターズのコード持ちが一度に四人も無力化されるなんて」

 

「……………」

 

「しかも全員未だ昏睡状態で、意識すら戻らないなんて」

 

「……………」

 

「その上リーナまで三時間以上も交信途絶、行方不明だなんて」

 

 

  意図せずリーナの失態を追求し続けるシルヴィアに、リーナは何も答えない。そして、リーナの脳内で昨日の出来事がフラッシュバックした時、彼女の両肩がビクッと揺れた。

 

 

「もしかして…………負けたんですか?」

 

「ううっ………!」

 

「リーナ……っ!?」

 

 

  最終的にとどめを刺されたリーナが椅子から転げ落ち、フローリングの上に倒れ伏した。

 

 

「もうダメです、高校生に負ける総隊長だなんて」

 

「に、逃げることも出来なかったんですか?」

 

 

  漸く自分の質問がリーナにダメージを与え続けていたことに気づいたシルヴィアがリーナに駆け寄る。

  しかし、そんな彼女にとって、リーナの言葉は予想外だった。

 

 

「私がタツヤに拘束されて、衛星級(サテライト)の四人が駆けつけた時」

 

「はい」

 

「…………トウヤが来ました」

 

「っ…………!?」

 

 

  リーナの背中を優しくさすっていたシルヴィアが震え、固まってしまった。それだけリーナの報告は衝撃だったのだ。

 

 

「駆けつけた兵士が急に崩れ落ちたかと思ったら…………。」

 

「そ、そんなことが」

 

 

  リーナから事の顛末を聞いたシルヴィア。今度は彼女の方が頭を抱えたくなっていた。

  拘束されていたとはいえ、『スターズ』の最大戦力であるリーナが、間違いなく日本の最高戦力である四葉董夜と対峙したのだ。

  それは先日実習授業で対峙したのとでは次元の違う話だった。

  しかし、そんな大きな話より今のシルヴィアにするべきは、目の前でマイナス思考のループに囚われているリーナを救い出す事だ。

 

 

「大丈夫ですよリーナ。相手はあなたがいる事を前提に動いていたのに比べ、あなたは予想外の事態だったのです」

 

「前提…………。予想外…………。」

 

「そうです!それにトウヤ ヨツバに加えて『普通じゃない高校生』のシバ兄妹もいたのでしょう?運が悪かっただけです!」

 

「普通じゃない………。運が悪い………!」

 

 

  結果から言うと、シルヴィアはリーナをマイナス思考から救い出す事に成功した。

  その代わりとして、八つ当たりに愚痴を延々と聞かされた事を除けばだが。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  数日後の夜。といっても場所は日本とは程遠いアメリカ 西海岸。

  大きな豪邸で開かれていたパーティーに、黄色いクラシックドレスを見に纏った雫の姿があった。

 

 

「ティア!」

 

「レイ」

 

 

  喧騒の中、大袈裟に手を振る男性が雫に歩み寄った。

  彼の名前はレイモンド・S・クラーク。

  留学先の男子生徒の中で雫に最初に声をかけた人物であり、何かにつけて雫のそばに寄ってくる白人である。

 

 

「この前頼まれてた件だけど」

 

「レイ」

 

 

  まるで飼い主の言う事を聞く犬の様に、嬉しそうなレイモンドを雫が制した。

 

 

「場所を変えよう」

 

 

  いつもより数段強い口調で名前を呼ばれ、レイモンドは口を噤んでコクコクと頷いた。

 

 

  大きな豪邸、というのは決して比喩でも大袈裟でもない。そこは北山家が令嬢のステイ先に選んだ家だけあって豪勢だった。

  会場は屋内だけでなく庭も解放されているが、流石にこの時期、庭に出ている人影は疎らだった。

  真冬の寒さに体を震わせたレイモンドに、雫はハンドバックに入れたままでCADを操作し、自分の周りに暖気のフィールドを作り出した。

 

 

「ありがとう、ティア……魔法というのはこんなに便利なものなんだね」

 

「私ならこの程度だけど、董夜さんなら屋敷を丸々覆う以上のことができるはず」

 

「それはすごいね!流石は『Yotsuba』だ!」

 

 

  USNA にとって魔法は力を誇示する為のものであり、知識を誇示する為のものであり、地位を誇示する為のものである。

  そのため、日本のように日常生活に応用される事が少ないのだ。

 

 

「まず『吸血鬼』が発生しているのは、事実だったよ」

 

「そう」

 

「原因は不明だけど、無関係とは思えない情報が手に入った」

 

「話して」

 

「もちろん。高度に情報封鎖されている事だけど、十一月にダラスで余剰次元理論に基づく極小(マイクロ)ブラックホール生成・蒸発実験が行われた」

 

「余剰次元理論?」

 

「ゴメン、詳しいことは僕にも理解できない」

 

 

  小さく首を傾げた雫に、申し訳なさそうにレイモンドが首をすくめた。

  世界中で『余剰次元理論』と聞いてすぐに内容が理解できる高校生は、どこかの達観した妹思い(シスコン)ぐらいだろう。

 

 

「僕はこのブラックホール実験が、吸血鬼を呼び出したと確信してる」

 

「……………『ブラックホール』って」

 

 

  強い意志を持ったレイモンドの目とは裏腹に、雫は何かを考え込んでいるようだ。

 

 

「そう、もしかしたらトウヤ ヨツバの魔法に焦ったUSNA が完成を焦ったのかもしれない」

 

「その結果、吸血鬼を招いた」

 

「あぁ、予測に過ぎないけどね」

 

「助かった、ありがとう」

 

「どういたしまして、他ならぬティアの頼みだからね」

 

 

  そう言って微笑むレイモンドのアプローチはかなり露骨なものだった。しかし雫本人は、特にそう考えていないらしい。

  そんな二人を少し離れたところから見つめる少女がいた。

 

 

「コンバンハ」

 

 

  吸血鬼についての話が終わり、特に隠す必要もない会話をレイモンドとしていた雫が、唐突な声の方向へと顔を向けた。

 

 

「貴女がシズクね?」

 

「あなたは?」

 

 

  そこにいたのは雫より少し身長の高い少女だった。

  腰にかかる位の綺麗なブロンズヘアを携え、髪と同じ色の目をした外人。まず間違いなく美少女である。

 

 

「わたしはヒナミ・シイナ。パパが日本とアメリカのハーフで、ママは生粋の日本人よ。私も小さい頃は日本に住んでたの」

 

 

  雫より大人びた見た目に反した無邪気な笑顔に、雫が驚いたのか僅かに目を見開いた。

 

 

「じゃあ日本語も?」

 

「えぇ、忘れないように練習していたからこの通りよ」

 

 

  ヒナミの口から出る言語が、日本の面影など感じさせない程流暢な英語から、日本人と比べても遜色のない日本語に変わる。

 

 

「それにしても血の四分の三が日本人とは思えないね」

 

「えぇ、よく言われるわ」

 

 

  同じく日本語を話せるレイモンドが、ヒナミの目と髪に目を向け、ヒナミが慣れたように肩をすくめた。

 

 

「私は会った事ないのだけれど、生粋のアメリカ人だった父方のお祖母様と瓜二つらしいわ」

 

「隔離遺伝………初めて見た」

 

「それよりまさか日本人に会えると思ってなかったから嬉しいわ!シズクと呼んでもいいかしら?」

 

「勿論、私もヒナミと呼ぶ」

 

 

  いくら感情の起伏が乏しいとは言え、未開の地で不安だった雫に、日本語が堪能であり、同性であるヒナミの存在は、雫の心を開くには十分すぎるものだった。

 

 

「ヨロシクね!シズク!」

 

「よろしく、ヒナミ」

 

 

  空気を読んで立ち去って行ったレイモンドに心の中で礼を言い。二人は日本式に握手をした後、アメリカ式にハグをした。

 

  その後。雫は残りのホームパーティーをずっとヒナミと共に過ごした。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

『突然現れたお前は少なからず警戒されるだろうから、報告は余程の事がない限りしなくていい。一番良いのは、なんの報告もなくお前が帰ってくる事だな』

 

「ダメだ、アイツが書いた文字を見るだけでイライラする」

 

 

  荷物の中にあったクリアファイルから紙を取り出し、読み終えたブロンズ髮の少女は、その紙を燃やしトイレに流した。

 

 

「それにしても、あのレイモンドとかいう男。なんで軍の機密情報を知ってたんだろう?」

 

 

  雫が張った暖気フィールド兼遮音フィールドなど意にも介していないかのように、少女は呟いた。

 

 

「それにしてもシズク、感情豊かだね。私が日本語を話した時の安心したあの顔」

 

 

  少女は暗殺者や傭兵など、バイオレンスな経歴で得たスキルを総動員して、獲得した成果を反復した。

 

 

 

 

 

 

 ,

 




レイモンドが日本語が話せるかどうか分からなかったので、『話せる』ということにしました。
これぞご都合主語!という感じですが、ご了承ください。


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