四葉家の死神   作:The sleeper

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60話 シンニュウ

 60話 シンニュウ

 

 

 

 

『Good evening』

 

「報告か?早いな」

 

 

  董夜が夕食を食べ終えた頃。バークレーは深夜なのだが、雛子は電話の画面越しでも分かるくらいの怨嗟を込めた目を董夜に向けた。

  いや、何故か変装を解いてないのでヒナミと呼ぶべきか。

 

 

「それで報告h…。」

 

『ちょっと待って!』

 

 

  董夜の纏う雰囲気が『主人』へと変わる瞬間、雛子がストップをかけて、董夜の雰囲気の変化を阻止した。

 

 

「どうしたの」

 

『今の私は『柊 雛子』じゃない、『ヒナミ シイナ』なの』

 

「『ヒナミ・シイナ』…………そういう偽名にしたんだ、似合ってるよ」

 

 

  そもそも『ヒナミ シイナ』という偽名は董夜が指定したわけではない。極寒の貨物室で雛子が震えながら考えたものである。

 

 

『つまり、私は『あなたの命令で動く雛子』じゃなくて、『あなたのお願いで飛ばされたヒナミ』なの!』

 

「………まぁ、なんとなく言いたいことはわかったよ」

 

 

  風呂の直後に上空へ飛ばされたのが余程頭にきてるのか、今回のヒナミは『董夜の命令』という形では動きたくなく、『お願いを聞いてあげる』という形で自分自身を納得させたいようだ。

 

 

「それでヒナミ、何かあったかい?」

 

『シズクに近づいてる金髪の白人がいた』

 

『白人の男、レイモンド・S・クラークはシズクのアッチでの同級生みたい』

 

『そして、何故かその同級生がUSNAの軍の機密情報を知ってた』

 

 

  ヒナミからの報告を、董夜はメモを取ることなく記憶に入れていく。そして、電話の画面に映し出されたレイモンドの写真を見て、何かを考えるように顎に手を当てた。

 

 

『レイモンドによると、十一月にダラスで【余剰次元理論に基づく極小(マイクロ)ブラックホールの生成・蒸発実験】が行われたらしいの』

 

『彼は、その実験が吸血鬼を招く原因になったんだろう、って言ってたわ』

 

 

  雛子からの報告を董夜は黙って聞き続ける。

  過大評価なしに、董夜は相当なハイスペック高校生である。しかし、そんな彼でも『余剰次元理論に基づく』なんて言われれば、頭に?マークが浮かんでしまう。

  それでも、そんな彼だからこそ聞き逃せないワードがあった。

 

 

「ブラックホール…………。」

 

『うん、そう言ってたよ』

 

 

  可愛らしく頷くヒナミだが、その際に顔が下を向いた時でさえ目だけは恨めしそうに董夜を見つめている。

  しかし、董夜はそんな不気味なヒナミを見ることなく嘲笑を浮かべた。

 

 

「ふっ、人の真似事ばかりするからこうなる。大方俺の魔法発表で焦ったんだろう」

 

『一応もしものことを考えてシズクに付けてた盗聴器は回収したけど、おそらく私と同じタイミングで今日聞いたことを達也に報告してるはずだよ』

 

「了解、ありがとう」

 

 

  真夜中にも関わらず、報告のために電話を掛けてくれたヒナミに、董夜が優しく微笑みながら礼を言った。

  それに対して、ヒナミは最初と変わらない目を董夜に向けながら、床に唾を吐いて電話を切った。

  ヒナミの怨嗟の目を『寝不足なのかな?』と勘違いしていた董夜は、その衝撃にしばらく動けずにいた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「おはよう、四葉くん」

 

「やぁ、おはよう」

 

 

  週明けの学校。

  董夜はいつも通り教室に入り、いつも通り教室内にいるクラスメートから声を掛けられ、いつも通りそれに応じる。

 

 

「おはようリーナ」

 

「は、ハロー、トウヤ」

 

 

  そしていつも通り、隣の席のリーナにも挨拶をする。当然先日のことを考えれば、彼女がそんないつも通りの事を出来るはずはない。

 

 

「先日は悪かった。あそこまでするつもりはなかったんだ」

 

「ッ!?…………き、気にしない気にしない!」

 

 

  まさか学校であの夜のことに触れられると思っていなかったリーナの顔が驚愕に染まり、慌てて笑顔に戻した。

 

 

「おはようございます、董夜さん」

 

「おはよう深雪」

 

 

  そしていつも通りにいかないのは深雪も同じである。

  未遂に終わったとはいえ、達也と董夜が一触即発になったのだ。あれは深雪の人生の中でも十分ショックな出来事だった。

 

 

「はぁ、ねむ」

 

 

  しかし、そんな少女二人の心境など毛ほども気にしないかのように、董夜は不自然なほど自然に振る舞っていた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「達也、あの夜のことは水に流そう。あんな気持ちのすれ違いで決別するのは御免だ」

 

「あぁ、そう言ってもらえると助かる」

 

 

  昼休み、他のクラスメートと昼食を食べるリーナを置いて、董夜と深雪とほのかは屋上でお弁当を食べていた。

  第一高校の屋上はちょっとした空中庭園になっており、瀟洒なベンチも置かれていて人気のスポットになっている。

  しかし、自然と異性の目を引きつける深雪と董夜に加え、美少女と言っても差し支えのないほのかがいれば、近寄りがたい雰囲気になり、人避けになるのだ。

 

 

「それにしてもエリカたちは?」

 

「エリカも幹比古も今回の騒動で疲れてるのか教室にいるよ。美月はその付き添いだ」

 

「なるほど」

 

 

  今日は湿度が高く、屋上は少し肌寒くなっていた。

  しかし、寒さという問題は深雪が寒気を遮断する魔法を使ってクリアしていた。

  それなのに、ほのかは達也の腕を隙間もなく抱え込んでいた。

  そして、それを見た深雪が醒めた。そして冷めた。

 

 

「(ほのかがそのつもりなら……!)」

 

 

  対抗意識を燃やした深雪が、側にいる董夜の腕にしがみつこうとした時、タイミング悪く董夜が立ち上がり、深雪は体全体で空振りをすることになった。

  両手を広げ、体全体で床にダイブしていく深雪は、はたから見れば謎の光景、という他ないだろう。

 

 

「董夜?」

 

 

  避けられた、と床に手をつきながらヨヨヨ、と涙を流す深雪を余所に董夜は何かを見つめてた。

  そして次の瞬間、彼は何の躊躇いもなく屋上から飛び降りた。

 

 

「深雪?」

 

 

  しかし、達也の意識は飛び降りた董夜にではなく、何やら目を細めている深雪に向けられていた。ただし深雪は床に座り込んだままだが。

 

 

「何やら……不快なものが肌を掠めた気がして」

 

「それは想子(サイオン)波か?それとも霊子(ブシオン)波か?」

 

「分かりません。けれど、お兄様がお気づきにならなかったのであれば霊子(ブシオン)では?」

 

 

  想子(サイオン)波であれば、達也が気付かぬはずが無いのだから。

  ちょうどそのタイミングで深雪に一本取られたな、と感心していた達也の情報端末が音を発した。音声通話の着信サイン。達也が端末を耳に当てた。

 

 

『達也くん、大変よ!』

 

「七草先輩、細かい位置はわかりますか」

 

『吸血鬼が校内にーーって、知ってるなら早いわ。例のシグナルは通用門から実験棟の資材搬入口へ向けて移動中よ』

 

「了解です」

 

 

  そして達也と深雪はほのかを置いて、飛行デバイスのスイッチを入れフェンスを飛び越えた。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

  董夜・リーナ・達也と深雪・エリカと幹比古と克人

 

 

  この三グループはそれぞれ同じ目的へと、行動を開始した。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ミア!」

 

「ッ!?」

 

 

  その声をトレーラーの中で聞いて、一校の敷地内でアンジェリーナ・シリウスの方から接触してくるという予想外の出来事に、ミカエラ・ホンゴウは当惑と緊張を覚えていた。

  しかし、無視すればかえって怪しまれてしまう。

  ミカエラは自分からトレーラーを降り、努めて普通を装ってリーナの方へとゆっくり足を進めた。

 

 

 

 

  いや、進めようとした。

 

 

「ウグッ………!!」

 

 

  一歩踏み出そうとした瞬間、彼女の体を支えているのが足一本になった時。

  彼女を黒い死神が襲った。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「彼女です。間違いありません」

 

 

  達也と深雪が、エリカと幹比古と克人に合流し、その後に見たものは。呆然とするリーナと、トレーラーの前で宙に浮く技術者然とした女性と、その首を片手で掴み上げる董夜だった。

 

 

「ミア、貴女が…………。」

 

 

  シルヴィアからの報告を受け、ミカエラが白覆面だったことを知ったリーナは動けずにいる。

  しかし、それより呆然としているのはミカエラの方だった。

 

 

「(接近の気配なんて感じなかった………!)」

 

 

  自分が既に制圧され掛けている、という事実が彼女にとって何よりも予想外の出来事なのだ。

 

 

「それで達也、こいつはどうするんだ」

 

「四葉……俺が預かってもいいだろうか」

 

 

  首を絞めている董夜の腕を両手で掴み。何とか逃げようとするミカエラから目を離した董夜に、克人が答えた。

  本来なら『俺が預かる』と宣言したい克人だったが、彼女の生殺与奪を握っているのは董夜である。

  他の人間なら克人が威圧して終わりだが、董夜の場合、一歩間違えればその場で彼女を消滅させかねない。

 

 

「了解、預けますよ……ッ!」

 

 

  克人に引き渡すため、ミカエラの意識を落とそうとした董夜だが、何かを察知して彼女を床に叩きつけて離脱した。

  その瞬間ミカエラを雷光が包んだ。

 

 

「自爆!?」

 

 

  ミカエラの体から炎が発せられ、紙のように一瞬で燃え尽きる。そしてら何もない空間から、急に電撃が董夜、達也、深雪、克人、リーナ、エリカの六人へと襲いかかった。

 

 

「チッ………!」

 

 

  取り逃がした事実に苛立つ董夜が、六人に向けられた電撃を諸共弾き飛ばした。

  本来リーナの分まで弾くつもりは無かった董夜だが、こんな事で達也にまた警戒されるのは本望ではないのだろう。

 

 

「「(あれが、パラサイトか)」」

 

 

  そして董夜と達也は、情報の海を漂う霊子の塊を観た。

 

 

「約束して、決して無理はしないと」

 

「………約束する」

 

 

  突然聞こえてきた幹比古と美月の声に、その場にいた全員の目が集まる。その先では至近距離で見つめ合う二人。

  こんな時に何やってんだ。と突っ込みたくなったのは一人ではないはずだ。

 

 

「あそこです!エリカちゃんの頭上約二メートル、左寄り一メートル、後ろ寄り五十センチ!」

 

 

  美月の言葉に、何が?と思う者はいない。彼女が指定し、指差した方向へと達也が左手に凝縮した想子(サイオン)塊を解放する。

  その様子を見た董夜が軽く息を吐き、同じ場所へと視線を向けた。その目に攻撃を加える意思はなく。ただ観察者(オブザーバー)のソレだった。

 

  放出点を掌に設定した術式解体(グラム・デモリッション)想子(サイオン)流がパラサイトに襲いかかり、触手と本体を纏めて吹き飛ばした。

 

 

「逃したか」

 

 

  克人の言葉に達也は応えなかった。あの場面で術式解体(グラム・デモリッション)を使えばパラサイトを吹き飛ばすだけで、止めを刺せずに逃してしまう。達也はそう予想し、その通りになった。

 

 

「あの場ではあれが最善手でしょう。それより、最初に逃したのは俺ですよ」

 

「いや、非難のつもりはない。今回は被害が出なかっただけでいい」

 

 

  十文字克人、司波深雪、司波達也、四葉董夜、アンジー・シリウス。

  それに加えて、『見える』美月に、古式の幹比古、剣士のエリカ。

  これだけの人間が揃っていながら、獲物を取り逃がす。

 

 

  この場の全員にとって、被害は無かったとはいえ、この結末は無様という他無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ミカエラ(パラサイト)との戦闘シーン、かなりはしょりました。

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