四葉家の死神   作:The sleeper

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61話 ヤクドウ

 61話 ヤクドウ

 

 

 

 

 

「………では、スターズのシリウスともあろう者が、高校生相手に手も足も出せずに容疑者を奪われた、ということかね」

 

 

  董夜たちが『ミカエラ・ホンゴウ』という器の中にいた吸血鬼(パラサイト)を逃した次の日。リーナはUSNAの大使館にて、人生初の居心地の悪さを味わっていた。

 

 

「それに容疑者と一ヶ月も隣の部屋で寝起きしていたのだ。噛まれた痕がないか、検査したのか?」

 

「まだなら今すぐ、この場で隅々までチェックすべきだ」

 

 

  リーナにセクハラとしかいいようのない事をネチネチと言い続ける査問官たちは、十代で少佐というリーナに嫉妬しているようだ。この場に集まったのはそんな『実戦を知らない』高官たちだった。

 

 

「それは少佐に対して、余りに失礼というものでしょう」

 

 

  男たちに対し、リーナが激昂寸前で立ち止まることができたのは、査問室に突如として入ってきた女性のおかげだった。

 

 

「バランス大佐」

 

 

  USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長。

 

  急に口を出してきた女性に、査問官たちは怒鳴り声を上げようとしたが、誰一人としてそれを口から出せるものはいなかった。

 

 

「失礼、発言を許可願えますか?」

 

「あぁ、許可しよう」

 

 

  つい先日、二十代最後の日を迎えたとは思えない女性。

  そんな彼女の目線に、半数以上の査問官が怯んだ。

 

 

「今回、シリウス少佐に与えられた任務は、彼女の職務及び能力から見て適正なものではなく、任務の失敗を彼女の責に帰すのは妥当ではないかと」

 

 

  室内にざわめきが広がる。今回査問会に彼女を呼ばなかったのは、彼女を不必要とする意見があったからだ。

  それでも彼らにとって、彼女がここまで正面からリーナを庇ったのは予想外だったのだ。

 

 

「それに今回の件、四葉董夜が出張ってきたというのなら尚の事、致し方ないというべきでしょう」

 

 

  こんどはざわめきではなく、査問官達が息を飲む音が聞こえてくる。

  それもその筈、高校の一区画という非常に狭い範囲で戦略級魔法師が対峙したのだ。

 

 

「ううむ、あの一族(アンタッチャブル)か」

 

 

  今回、査問会に集まったのは『実戦を知らない』高官たち。

  戦闘を知らず、文書しか見ていない彼らだからこそ【たった数十人で国を滅ぼした】さらには【その一族の中でも歴代最強】と呼ばれている『四葉董夜』のインパクトは強かった。

  それこそ、自分たちの最高戦力(シリウス)に不安を抱くほど。

 

 

「本官はシリウス少佐に現行任務を継続させるべきと考えます」

 

 

  バランスの言葉に、査問官の中で最も階級の高い男が唸る。

 

 

「それと同時に、四葉董夜がここまで本件に積極的に関与してくるのは予想外です。その為、現地の支援レベルを最高水準に引き上げることを合わせて提案いたします」

 

「ううむ、具体的には何を?」

 

「駐在武官に対する監査を名目として、本官が東京に駐在しようと思います」

 

 

  三度目のざわめき。それは単なる驚愕か、それとも保身のためか。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

宿主(しゅくしゅ)を全て消してください』

 

 

  表の仕事で横浜に出張していた貢に届いたのは、内容に似合わずあっさりとした真夜の声だった。

 

 

「捕縛ではありませんので?」

 

『ええ、抹殺です』

 

「しかし、パラサイトは宿主を失うと、他の宿主を探して飛び去ってしまうのですが、それを突き止めるには時間が………。」

 

『構いません。死亡した宿主からパラサイトがどのように抜け出すのか。情報体の状態でどの程度の距離を移動するのか』

 

「それを観察して報告せよと?」

 

『多分、貴重なデータになりますから。できますね?』

 

 

  貢は受話器を持ったまま、音声のみの通話であるにも拘らず、深々と腰を折った。

 

 

「仰せのままに」

 

『消去が終わったら一旦そこで報告してください』

 

「明後日までお時間を頂きたく」

 

『では、お願いしますね』

 

 

  貢が再び命令を受諾した旨を伝えると、電話は切れた。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

  翌日

  とんでもないニュースがアメリカから飛び込んできた。

  それは達也たちが雫から聞いた物と全く同じものだった。

 

 

「おはようリーナ」

 

 

  憂鬱な顔のリーナは立ち塞がった人影を見て、脱兎のごとく逃げ出した。

 

 

「人の顔を見て逃げ出すってのは、どういう了見なんだ?」

 

「ア、アハハハハ…………」

 

 

  リーナの逃走は僅か三歩で終わりを告げた。その彼女の視線の先には、爽やかな笑みを浮かべてこちらを見つめる董夜がいたからだ。

 

 

「おはようリーナ、実は聞きたいことがあってね」

 

 

  前門の虎 後門の狼

  事情を知るものが見れば、戦略級魔法師二人が戦略級魔法師を挟むという、正にドリームな組み合わせなのだが。そんな夢のある空気ではなかった。

 

 

「く、殺せぇ……!」

 

「まぁこんな所で時間を潰して遅刻するわけにもいかない。歩きながら話そう」

 

「無視するな!」

 

 

  自分の体を抱きしめ、董夜を睨みつけるリーナだが。董夜はそれを無視にて改札を出た。

  怒りと警戒感を露わにしながらも、大人しくついていくのは、こんな所で騒ぎを起こすわけにいかない自分の立場を弁えているんだろう。

  ちぐはぐな二人を見て、達也はそう思いながら深雪と共に二人の後を追った。

 

 

「今朝のニュースは見たか?」

 

「………見た。不本意だけど」

 

 

  早速本題に入った達也に、リーナが本当に不愉快そうに吐き捨てた。

 

 

「あの内容なら、当然機密扱いになってた筈だ。外部の人間が調べ上げるのは難しいと思うが」

 

「……………『七賢人』よ、多分」

 

「七賢人?ギリシャにもそんなのがいたな」

 

「The Seven Sagesって名乗ってる組織があるの。正体不明だけど」

 

 

  初耳のワードに、今まで聞き専に徹していた董夜が口を開き。達也がリーナの口から出た言葉に驚愕した。

 

 

「君たちに正体がわからない?USNA国内の組織なんだろう?そんなことがあり得るのか?」

 

「あるのよっ!口惜しいことに!」

 

「…………。」

 

 

  本当に口惜しそうなリーナの表情に、董夜は何かを考え込んでいるようだ。しかし、そんな董夜に気づかず、達也はリーナに集中している。

 

 

「七賢人って組織名も向こうから名乗っててきたもので、どんなに調べても尻尾がつかめないのよ。セイジの称号を持つ幹部が七人いることしか」

 

 

  話を進めていくうちに、四人は着々と校門へと近づいていく。リーナが達也に当たり、深雪が咎め、リーナが呪詛を呟く。そんな三人を他所に董夜は何かを必死に考えていた。

 

 

「(あのレイモンド・S・クラーク、何で報道前の機密を……?)」

 

「(そして『七賢人』。米国内の組織でありながら、政府や軍の目を欺いているということは、そんなに大きな組織じゃない筈だ)」

 

「(最悪、その『セイジ』とかいう幹部七人だけの組織ということもあり得る)」

 

「(それでもし、あのレイモンド・クラークが『七賢人』だったら)」

 

「まずいな」

 

「パラサイトをこの世に招いたのは、意図した結果か?」

 

 

  幸い、と言うべきか、董夜の膨大な思考から漏れたほんの少しの言葉は達也や深雪やリーナに届くことはなかったようだ。

 

 

「(七賢人はアメリカの目を誤魔化し、さらには機密情報を悟られることなく盗み出せるほどの技術がある)」

 

 

  そんな董夜の思考に、遠く離れた土地で、今も情報を集めているであろう女の子の顔が思い浮かんだ。

 

 

「(いや、あるとすれば、雛子とは間違いなく相性が悪いな)」

 

 

  雛子は『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』こと、藤林響子をも驚かせるほどのハッキング技術がある。しかし、それでも七賢人には劣る可能性が大きい。

  不安の広がる思考の中で、唯一安堵できるのは、雛子の長所がハッキング技術だけでなく、魔法技術や体術でもあることだった。

 

 

「いいえ、本気で言ってるのなら怒るわよ、タツヤ」

 

 

  そう言いながらもかなり怒った表情を浮かべているリーナ。そして次は呆れたような顔で董夜を見た。

 

 

「そもそも、トーヤがあんな魔法発表するからよ!それのせいで実験が早まったんだから!」

 

「ちょっとリーナ!董夜さんは悪くないでしょう!」

 

「あーもー!ミユキがいると私何も喋れないわよ!」

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ボス。処分は全て完了しました」

 

「損害は?」

 

「ありません」

 

 

  黒葉貢が真夜の命令に従い。彼が編み出したオリジナル魔法。【毒蜂】で吸血鬼の一人を始末した時、彼の背後には部下が数人立っていた。

 

 

「ご当主様の命令だ。宿主から抜け出した精神体の追跡も怠るな。最終的に見失うのは仕方ないが、可能な限り追い続けろ」

 

 

  貢からの指令に、部下が微妙な顔を浮かべた。

  黒葉貢は不可解なは人間だ。

  幾つもの仮面を持ち、素顔がまるで見えない。

  果たして『素顔』と呼べるものがあるのかさえ分からない。

  彼の近くに仕える側近ほどそれを強く感じていた。

 

 

「ふっ…………俺なんぞ可愛いものだ」

 

 

  そんな黒葉貢でも分からない人物はいる。それは四葉真夜などではなく、その息子。

 

 

  黒葉貢の彼に対する評価は決して低いものではない。それでも決して好評しているわけでも無い。

 

  四葉董夜は仮面という物を持ち合わせておらず、高校生、師族当主候補、戦略級魔法師、その全ての顔が彼の素顔である。

 

  しかし、誰も彼の素顔が複数あるなどと思わない。

  ある者(一般市民)が見れば『優しく』『強く』『責任感があり』『頼りになる』という好青年のような素顔が映り。

  ある者(敵勢力)が見れば『恐ろしい』の一色。悪魔のような素顔が映り。

  ある者(名家当主)が見れば『聡明』『非情』という隙のない素顔が映る。

 

  黒葉貢に言わせれば、その全てが彼の素顔であり。本性なのだ。

 

 

「それでも、貴様に当主の座は渡さん」

 

 

  一人残された部屋で、貢は決意を固め。決して大声ではないものの強く言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  四葉董夜の本性は誰もが知っていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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内容が中々進まず、蛇足ばかりですが、それが私のスタンスです。

どうかお付き合いください。





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