四葉家の死神   作:The sleeper

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因みに深雪の心情ですが。
原作のように深雪は達也を『尊敬』こそしていますが、『敬愛』まではいっていません。
そのため、深雪のリーナに対するスタンスは、恐らく皆さんが思ってる以上に柔らかくなると思います。




62話 オシゴト

 62話 オシゴト

 

 

 

 

 

『はいもしもし、雛子は今気分が悪いので電話を切ります』

 

「安心しろ、お前に用はない。ヒナミに代わってくれ」

 

『ムキーー!』

 

 

  董夜の部屋の画面に、雛子の口惜しそうな顔が映り、さらに地団駄を踏む姿も送られてきた。そんな彼女に、董夜は勝ち誇った顔を浮かべたが、次の瞬間には表情が一変した。

 

 

『それで、何の用でしょうか!』

 

「雛子………。」

 

『っ!………………何か御用でしょうかご主人様(マスター)

 

 

  唐突な董夜の言葉に、雛子は一瞬口惜しそうな顔を浮かべた後、息を吐いた。

  そこにはもう、ヒナミも先程のような雛子もいない。

 

 

「いま『七賢人』という組織についての情報を送った、今すぐ確認し、終わり次第削除しろ」

 

『了解…………削除が完了しました』

 

 

  『七賢人についての情報』といっても内容は董夜がリーナから聞いた物と全く同じである。

 

 

「どう思う?」

 

『はい、あのレイモンドという男がセイジである可能性が高いかと』

 

「あぁ、お前にはレイモンドが実際に通信をしている場所を割り出し、そこに潜伏してくれ」

 

『了解』

 

「こちらが軽く調べた情報とお前の情報を合わせても、奴は普通の高校生活をしている。恐らくだが奴の家が怪しい」

 

『了解』

 

「それに際し、この通信内容も聴かれている可能性が高い、『関知』もしくは『待ち伏せ』のような動きを察知した場合、『逃亡』を最優先とし、どんな手段を使っても逃げ延びろ」

 

『了解』

 

「必要な場合には、こちらからの連絡のみで済ませる」

 

『了解』

 

 

  それだけ言って董夜は電話を切った。

  董夜の『逃亡の為ならどんな手を使ってでも』という言葉の裏に隠れた、『誰を何人殺害しても、例えそれが北山雫でも』という言葉を雛子は察知しただろう。

 

  そして『逃亡を最優先としろ』という言葉が、決して心配から来た言葉ではなく、『柊雛子という利用価値の高い駒を捨てるわけにはいかない』という思考から来ていることも。

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「誠に申し訳ありません!今日はお先に失礼させていただきます!」

 

 

  放課後、生徒会の執務中。誰が見ても不調そうなほのかを、深雪とリーナが何とか説得して帰らせていた。

 

 

「み、光井さんが終わらせるはずだった仕事はどうしましょう」

 

 

  残されたあずさ(生徒会長)の心配そう言葉に、五十里(会計)が苦笑いを浮かべ、深雪(監査)リーナ(臨時)が言葉を詰まらせる。

  そんな会長の質問に応じたのは、先程から仕事もせずに何処かと連絡を取っている董夜(副会長)だった。

 

 

「ほのかの仕事ならもう終わらせました」

 

「も、申し訳ありません、董夜さん」

 

「え?」

 

 

  董夜の言葉に深雪は心底申し訳なさそうにこうべを垂れ、周りの役員ははてなマークを浮かべた。

  それもその筈、生徒会室に最初に来たのは董夜だが、二番目に深雪が来てから今まで、董夜は仕事をしている姿を見せていない。

  それに、先程までほのかは一応書類に目を通していたのだ。董夜が仕事を終わらせたとすれば、ほのかが見ていたあの書類は何だったのか。

 

 

「あぁ、あの書類ですか。あれは廃棄するはずの書類を見つけたので、ほのかの席に置いておいただけです」

 

「え、え〜」

 

 

  つまり、ほのかがこの生徒会室に来た時点で仕事は終わっており、必死にゴミに目を通していたことになる。

 

 

「と、董夜くんも仕事しなきゃダメです!」

 

 

  余りにもハイスペックすぎる副会長に、あずさが何とか会長の威厳を見せようと叱ったが、帰って来たのは悪意のない口撃だった。

 

 

「俺の仕事はほのかの仕事の前に終わらせました。あ、会長の昨日の仕事、ミスがいくつか見つかったので今日中に目を通しておいてください、。後ろの棚に入れてあるので、お願いします。あと会長はミスをすると、その後に連続したミスが続くので、スピードより精度を重視しましょう。あ、そこ間違ってますよ」

 

「う、うぅ…………プシュゥゥ」

 

 

  反論が出来ないことに加え、次々と増えていく仕事量に、あずさの頭から何かが吹き出した。

  そして、その口撃はあずさだけには止まらない。

 

 

「五十里先輩、そのペースなら後十五分ほどで仕事が完了すると思いますから。申し訳ありませんが、会長のサポートに回っていただけますか?」

 

「う、うん。了解」

 

「深雪、お前はこっちを見てないで仕事しなさい。五十里先輩に大分遅れをとってるよ。あとそこ、ミス」

 

「もっ、申し訳ありませんっ!」

 

「リーナ、いくら臨時と言ってもここにいる限り仕事はしてもらわないと困る。もし今日の仕事が終わらなかったら、ステイ先に送るからね」

 

「ふっ、やって見なさいな!」

 

「り、リーナダメ」

 

 

  臨時より副会長の方が立場は上なのだが、それでも急に上から物を言われたのが気に食わなかったのか、リーナが反抗し、深雪が止めようとするが、時すでに遅し。

  董夜がどこかに電話を始めた。

 

 

『はいもしもし』

 

「私、アンジェリーナさんの通う学校で生徒会副会長を勤めている四葉董夜と申します」

 

『っ!?…………アンジェリーナがお世話になってます』

 

 

  董夜が電話をスピーカーにしているため、電話に出た相手。女性の声が深雪たちにも届く。そして、その声を聞いたリーナの顔がどんどんと青くなっていった。

 

 

「(バ、バランス……大………佐………?)」

 

 

  因みに、董夜は反抗的なリーナを懲らしめることが目的である。その為、リーナの潜伏先の人間が誰だろうと、どうでもいいのだ。

 

  それが例え、ホワイトハウスの主だろうが、国防総省の長だろうが。

 

  USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長だろうが。

 

 

「お願いトウヤ!やめて!許して!これから働くから!何でも言うこと聞くから!もう反抗しないから!」

 

 

  リーナが急いで電話のスピーカーを切り、電話に拾われないレベルの声で董夜に懇願する。

  目に涙すら浮かべているリーナを見て董夜が優しく微笑み、その顔を見たリーナが安堵する。

  しかし。

 

 

「実は生徒会の臨時であるアンジェリーナさんが全く仕事をしてくれないのです。お手数ですが貴女の方から何かを言っていただけますか?」

 

『ふむ、分かりました』

 

 

  当然、董夜は電話の相手が米軍の重要人物であるなど知る由もない。

  董夜から差し出された電話を、リーナは震える手で受け取った。

 

 

「お、お電話変わりました」

 

『音声は周囲に聞かれている?リーナ?』

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

 

  リーナが電話を変わった時、バランスはいつもと違い、まるで母親のように優しく声をかけた。しかし、それが演技であることなど、リーナには容易にわかった。

 

 

『シリウス少佐。私は今貴官が先日取り逃がした吸血鬼(パラサイト)に関する報告書を纏めている』

 

「はい………ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

『迷惑と分かっているなら何故下らない事で手間を掛けさせるのです?』

 

「も、申し訳」

 

『謝罪はもういいです。早急に仕事を終わらせなさい』

 

「は、はいっ!」

 

 

  リーナの返事とともに電話が切れ、董夜の手へと返還される。

 

 

「恨むわよっ!トウヤ!」

 

「はぁ、先方には迷惑だが、仕方がない、もう一度電話を」

 

「誠意を持って働かせていただきますっ!」

 

 

  正に死に物狂いという感じで仕事を始めたリーナに、深雪たちは同情の目を向けた。

 

 

「会長、そこ違います」

 

「四葉くんっ!」

 

「はい」

 

 

  再びミスを指摘されたあずさが今度は勢いよく立ち上がり、董夜は首を傾げた。

 

 

「七草先輩に届けて欲しい資料があって、ついでにちょっかいでも掛けてきてください!」

 

「え、いや、なぜ?」

 

「会長命令です!」

 

 

  強制的に生徒会室の外に出された董夜は「これって追放?」と一人考え込んでいたが、すぐに真由美を探し始めた。

  董夜が出ていく瞬間、絶望的な表情を浮かべていた深雪によって、中が極寒になっていることも知らずに。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「はぁ〜、明日どうしよ」

 

 

  周囲をパーテーションに囲まれ、面談室のようになっている食堂の一角で真由美は小皿に乗ったサラダを食べながらため息をついていた。

  昼休みに吸血鬼がらみの連絡を受けていたら授業が始まってしまい、昼食を取れていないのだ。それでも中途半端な時間に食べれば乙女の問題(体重増加)が発生してしまうため、サラダで済ませていた。

 

 

「失礼します」

 

「と、董夜くん!?」

 

 

  突如としてパーテーションの間から、パスタとサラダをお盆に乗せた董夜が現れた。

 

 

「ど、どうしてここに?」

 

「会長命令で真由美さんにちょっかいを掛けに来ました」

 

「え、えーと」

 

「それで、何か食べてるのが見えたので、僕も何か食べようかと」

 

 

  お昼を抜いている真由美とは違い、董夜はちゃんとお昼に深雪特製弁当を食べている。流石は育ち盛りだ。

 

 

「なるほどねぇ、あーちゃんも懸命ね」

 

「僕は実質追放ですよ」

 

 

  事の顛末を真由美に伝え、董夜は黙々とご飯を食べていく。真由美からしたら久々に董夜との二人きりの時間だった。

 

 

「董夜くん、あした何の日か知ってる?」

 

「確かバレンタインデーですね。クラスの男子が騒いでましたよ」

 

 

  頰を赤らる真由美に、董夜はそっけなく答える。

 

 

「どうせ董夜くんの事だから今年もたくさんもらうんだよね」

 

「えぇ、まぁ毎年もらったチョコは全部深雪に没収されるんですけどね」

 

「え!?じゃあ去年私が渡したのは」

 

「あれはその場で全部食べたじゃないですか」

 

 

  驚いて机に手をつき、立ち上がった真由美に、董夜は苦笑いしながら答え、真由美はホッと胸をなでおろした。

 

 

「今年も楽しみにしててね」

 

「出来ればまともなチョコでお願いします」

 

「あ、あたりまえじゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命の修羅場まで、あと一日。

 

 


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