四葉家の死神   作:The sleeper

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勉強が滞ってきたので、久々に書いてみました。

本当に久々なので、前話と何か違和感があるかもしれませんが………ただただすみません。


65話 カオス

 65話 カオス

 

 

 

 

「何かあったらすぐに報告しろ」

 

「了解しました」

 

 

  都内某所、極秘に設置されたモニタールーム。その中で、バランスの指示に複数人の部下がはっきりとした返事を返す。

  そもそも、現在この部屋には極限ともいうべき緊張感が取り巻いていた。

  その原因こそ、現在モニターに映し出されている人物。

 

 

「対象、未だに目立った行動は無し」

 

 

  とある青年が道を歩いている。ただそれだけの映像が、大きなモニターに映し出されていた。

  しかし、そのモニターを見つめるオペレーターたちは、全員が全神経を集中させてモニターを見つめている。

 

  しかし、死神の手は、どんな場所にでも届きうる。

 

 

「対象が駅に到着いたし……バ、バランス大佐ぁ………あ、あ、あ」

 

「どうした!?」

 

 

  対象を監視していた部下が、突如として椅子から転げ落ち、過呼吸を起こした。

  異常な呼吸音を発する男。しかし、誰も彼に目を向けない。

  誰もが目を見開き、息を飲んだ。

 

 

「監視に……………気づかれ…………た?」

 

「そ、そんなバカな、低軌道とはいえ、監視衛星のモニターだぞ」

 

 

  大型モニターに映った人物。

 

  四葉董夜が、地上から監視衛星を通して、こちらをジッと見つめていた。

 

 

「総員!モニターから視線を外せ!」

 

 

  過呼吸を起こした部下はすでに意識を失っている。そして、バランスは咄嗟にそう叫び、室内にいた全員がすぐに手で顔を覆った。

  顔を覆うその手は震えており、全員が正気を失っているようにすら見えた。

 

  しかし、そんな中でバランスだけはモニターから目線を外さなかった。いや、外せなかった。

 

 

『慎重に動いた結果がこれか?』

 

 

  こちらを見つめる死神の眼。盗聴器など仕掛けていないにもかかわらず、確かにバランスの耳に、その声は聞こえた。

 

  そう、彼らは分かっていなかったのだ。

 

 

「…………………ッ!」

 

 

  総てを見つめる観察者(オブザーバー)

 

 

  その存在を監視することが、どれほど危険か、どれほど自分の首を絞めているか。

 

 

  監視者の眼が、死神の鎌が、既に自分たちの首に添えられていることも。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

  借りているマンションに戻ってきていたリーナは、自分の部屋で制服のままベッドに倒れ伏していた。

 

 

『ありがとう』

 

「〜〜〜〜〜!!」

 

 

  先程の達也の顔を思い出す度に彼女の顔が紅潮し、足をバタつかせる。

  もう、かれこれ一時間この調子である。

 

 

「(って、乙女か!?)」

 

 

  その後も同じことを、何度も何度も繰り返したリーナだったが、急に顔を上げ、今度は嬉しさからではなく、羞恥から顔が赤くなる。

 

 

「(やっぱり私、もしかして)」

 

 

  少女の心の中が、大きく変化して行く。

  この時点で彼女が帰宅してから二時間が経過していた。

 

 

「(達也の事が…………。)」

 

「知覚系統が得意でない、というのは控えめな表現だったようだな」

 

「ば、バランス大佐……………ッ!?」

 

 

  自分の頭上から突如降ってきた呆れ声に、リーナが瞬時にベットから飛び起きる。

 

 

「シリウス少佐。現時点を以て脱走者の追跡、処分を一時棚上げとし、当初任務への復帰を命じる」

 

 

  元々正しかったリーナの姿勢が、更にピンと伸びる。

 

 

「これより、『質量・エネルギー変換魔法』の術式もしくは使用者の確保を最優先の任務とする。確保が不可能な場合は、術式の無力化もやむを得ない」

 

 

  魔法の術式無力化とは、誰にも使用できなくするという事。即ち、術者の抹殺である。

 

 

「ターゲットはトウヤ・ヨツバでしょうか」

 

「………ッ、確かに第一容疑者はヨツバだが、その場合術式の無効化さえ難しい。それに、三つ目の戦略級魔法など…………。」

 

 

  バランスの言葉が途中で消えた。『ありえない』そう断言できないほど、四葉董夜はバランスの中で脅威になっていた。

 

  そしてリーナは気づいただろうか、『トウヤ・ヨツバ』その名前を聞いた途端、バランスの肩が一瞬跳ねたことに。

 

 

「とにかく、まずはタツヤ・シバをターゲットと仮定する。第一波としてスターダストを使いターゲットに襲撃を掛ける。貴官はブリオネイクを装備し、自己の判断により適時介入せよ」

 

「ーーー了解」

 

 

  リーナは表情を消して立ち上がり、バランスに向けて敬礼した。

  その内心に、決して小さくない迷いを、彼女自身も感じていた。

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……………。」

 

 

  董夜宅。

  三つの紙袋と、それいっぱいのチョコレートの入った包み。

  チョコレートを受け取る際に、普段余り絡みのない生徒には『お返しはできない』旨を伝えているため、全生徒を記憶する必要はないが、それでも処理に困る量だった。

 

 

「取り敢えず、深雪達のはちゃんと食べよう」

 

 

  数多あるチョコレートの中から、董夜が机の上に取り出したのは、普段から絡みのある生徒。

  深雪、真由美、泉美、亜夜子を始めとするチョコレート達。

  その中でも今挙げた四人のチョコレートは『何が何でも食べなくてはならない』という言霊の様な、形容し難い何かが篭っていた。

 

 

『感想を頂けると、深雪は有り難いです』

 

『今日中に食べて、今日中に感想を聞かせてね。もちろん、電話でね』

 

『董夜兄さまの事を思って、董夜兄さまの写真を見ながら作りました』

 

『出来れば、出来れば今日中に感想を聞かせて頂けると嬉しいですわ』

 

 

  それぞれに入っていた手紙は可愛らしい紙に、可愛らしい字で書かれていた。それなのに、何故か手紙全体から黒い瘴気が漏れている様に見えるのは董夜の錯覚だろうか。

 

 

「それにしても、まさかリーナがくれるとは」

 

 

  無意識的に机の上の四つのチョコから目を背けたくなった董夜は、紙袋の中からリーナのチョコを探し出して開けてみた。

  おそらく、今の彼の心情は、勉強中に部屋の掃除を始める学生の現実逃避のソレと同じだろう。

 

 

「ふっ…………ハハッ」

 

 

  思わず笑みのこぼれる董夜。

  リーナから受け取った包みの中には、ハートを形どったチョコレートが意図的に、軽うじて原型が分かる程に砕かれていた。

 

 

「さて、準備準備」

 

 

  砕かれたチョコを一粒口に放り込み、董夜は台所へと入って行った。

 

 

「よし、食べよう」

 

 

  ブラックコーヒーを手に持って戻ってきた董夜は、椅子に座り、それぞれに伝える感想を考えながら、深雪たちのチョコレートを頬張る。

 

 

  愛情を超えたナニカが、董夜の胃へと、入っていった。

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 

  二月十五日

  一校の校舎内には、昨日の浮ついた空気に変わって、奇妙な困惑が広がっていた。

 

 

  『3H【Humanoid Home Helper…人型家事手伝いロボット】がーーー機械仕掛けの人形が笑みを浮かべて、魔法の力を放った。』そんな噂と共に。

 

 

「取り敢えず、何が起こったのか教えていただけませんか」

 

「うん、わかった」

 

 

  昼休みになり、野次馬の多いロボ研の部室から3Hをメンテ室に移動させ、達也はサンドイッチを頬張りながら、同じくサンドイッチを頬張っている五十里に詳しい情報を求めた。

  因みにメンテ室を取ったのはあずさであり、この場にいるのは五十里、達也に加え、深雪、ほのか、エリカ、レオ、幹比古、美月のいつものメンバーである。

  何故か、あずさが収集をかけたにも関わらず、見当たらない生徒会役員が一名いるが…………。

 

 

「事件の発端は今朝七時ちょうど」

 

 

  達也の要請に五十里は頷き、事務的な口調で説明を始めた。

 

 

  ロボ研のガレージに保管されていた3H・タイプP94、通称【ピクシー】が外部からの無線通電でサスペンドから復帰した。

  通常なら自己診断プロセスが異常を発見することなく完了し、プログラムを終了。再びサスペンド状態に戻る、はずだった。

 

 

  しかし、ピクシーは機能を停止せず、当校の生徒名簿にアクセスを始めた。

 

  遠隔管制アプリは感染の可能性が高いと判定して強制停止コマンドを送信した。

  しかし、それでもピクシーは機能を停止しなかった。

 

  結局、サーバー側が無線回線を遮断することでピクシーの異常な稼働は終わった。

 

  異常稼働の間ずっと、ピクシーが嬉しそうな笑みを浮かべていたのを監視カメラが記録していたーーー

 

 

「なるほど、つまり、機体が電子的なコマンド以外でコントロールされていた、とお考えなわけですね」

 

「四葉さん!」

 

「四葉くん!どこに行ってたんですか!」

 

 

  五十里が説明を締めくくると同時に、いつの間に入室していたのか、董夜が唐突に喋り始めた。

  因みに、董夜が五十里の説明の途中で、入室してきたことに気づいていたのは達也のみである。

 

  董夜は昼休みが始まる十分前、授業中にあずさから、ロボ研の部室に集合するよう連絡を受けていた。

  つまり、完全な遅刻なのだが、董夜は余りに堂々とした態度である。

 

 

「すいません、ここにいる全員分の午後の授業を休む届けを出していました」

 

「そ、それはありがとうございます」

 

 

  届けを出していたのはついでであり、本当は食堂でのんびりとご飯を食べていた董夜だが。余計な波風を立てないよう、そこは省いた。

 

 

「ピクシー、サスペンド解除」

 

「御用でございますか」

 

 

  達也から指示を受けたピクシーが即座に椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

 

「操作ログと通信ログを閲覧する、点検モードに移行しろ」

 

「アドミニストレーター権限を確認します」

 

 

  ピクシーが達也の目を覗き込む。点検モードへの移行は管理者権限を必要とするものであり、顔認証を行うのは正常の動作だった。しかし。

 

 

「あれ?達也顔認証登録してんの?」

 

「いや、その筈は……。」

 

 

  達也はピクシーの管理者登録をしておらず、顔パスはありえない。その為、彼は管理者権限を示すカードを胸ポケットにつけていた。

  それなのに、ピクシーの視線は達也の顔に固定されたまま動かない。

 

 

「(何かがおかしい)」

 

 

  この場にいた全員がそう思った時、ピクシーの口から何かの音声が紡がれると同時に、その機体が達也に飛びかかった。

 

 

「……へぇ、司波くんって、ロボットにまでモテるんだ」

 

 

  ピクシーの機体を正面から受け止めた達也に、たった今部屋に入って来た花音が白けた声でツッコミを入れた。

 

 

「……………。」

 

 

  室内にブリザードじみた冷たい怒気が充満し、それと同時に謎のシャッター音が流れる。

 

 

「……お兄様に、お人形遊びのご趣味がお有りとは、存じませんでした」

 

「とにかくまず、落ち着け、深雪。あと董夜は写真を撮るな、消せ」

 

 

  光の灯っていない目を自身に向けてくる深雪と、未だに無言でシャッターボタンを押し続けいる董夜を同時に対応できるのは達也ぐらいだろう。

  対応出来ているかは疑問だが。

 

 

「昔から深雪以外の女の子に全然興味持たないな、と思ってたけど」

 

「おい」

 

「なるほど、いやいや、そういう性癖なら納得だ」

 

「おい、董夜」

 

「お兄様…………そんな………ッ!」

 

「み、深雪、違うぞ」

 

 

  どんどんと話を面倒くさい方向に持っていこうとする董夜と、それを真に受けて、涙を流し始める深雪。

 

 

「そうか………現実の女の子と話すと緊張してドライになっちゃうから、日夜、人形相手に練習してたのか」

 

「お兄様………そんな……ッ!」

 

「お、おい董夜」

 

「言ってくれれば、幾らでも雛子を貸したのに」

 

「言ってくだされば、深雪も………深雪も……ッ!」

 

「…………。」

 

 

  董夜が喋れば喋るほど、深雪の瞳から涙が流れ、周囲にいる人間からの視線が冷たくなる。

 

 

「クッ………ほのか、お前の惚れた男の本性がこれだ」

 

「達也さん…………うぅ」

 

「ほ、ほのか?」

 

 

  呆然としているほのかの肩に、董夜が優しく手をかけ、ついにはほのかの頬にも涙が伝う。

 

 

「大丈夫だよ達也。みんな優しく迎え入れてくれるはずだから」

 

「大丈夫ですお兄様。深雪はどんな時でもお兄様の味方です」

 

「大丈夫ですよ達也さん。大丈夫、大丈夫」

 

 

  深雪とほのかの額に流れていた涙も止まり、冷たい視線の変わりに、温かい目が向けられる。

 

  そして董夜は俯いたまま、口元を押さえ、肩を震わせて…………笑いを堪える。

 

 

  未だピクシーにしがみつかれたままの達也は、そんなカオスな状況に、ただ立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 、

 

 




 『死神の鎌』

 適当に付けた表現ではないです。

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