四葉家の死神   作:The sleeper

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 しばらくはこれぐらいの分量の話が続きます。


68話

 

 

 

 

 

 

「恋…………母上……は、」

 

「『力不足』とは言っても、その通りだったのか、それとも伯母上に何かしらの意図があっての故意的なものなのか、まだ分からないけどね」

 

 

 そう言って深雪がレッスンしているであろう建物に目を向ける董夜。『眼』を使って意識を拡散させ、自分と深雪の二つの焦点とするエリアに視覚を敷き詰めた。

 

 けして楽ではないレッスンをこなす深雪が、安心して集中できるように、そして現在進行形で呆けている彼の為にも。

 

 

「いや、しかし、実際に俺には深雪への『兄弟愛』以外の感情は「そこだよ…」……?」

 

「感情というのは不正確なものだ。その『愛』のという区切りが綻び、極小とはいえ存在していた『恋愛感情』にスイッチを入れた」

 

「(確かにあり得ない仮説ではない、しかし…………ッ!)」

 

 

 まぁ全部推測だけどね、と笑う董夜に、達也は幾許かクリアになった思考で『眼』と考えを巡らせた。その眼がとある存在を捉える。

 

 

「これ、もう護衛失格じゃないの?」

 

「ふ、全くだ」

 

「任せるよ、まだコーヒー淹れてもらってすらいないんだ」

 

「分かった」

 

 

 それだけ言って店から出ていく達也に、『お前の分も俺が払うのか』という文句を董夜は飲み込んだ。別段そのことを本気で不満に思っているわけでもないのだから。

 

 

「(さて、何か面白いものが観れるかな)」

 

 

 領域魔法を解除しながら、24時間以内の過去を視る達也とは逆に、董夜は僅か先へと眼を向けた。

 

 厨房からは、アルバイトであろう若いウエイトレスがコーヒーを手にこちらに向かっていていた。

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「(あれは強化人間か、随分と酷い状態だな)」

 

 

 先程、ウエイトレスによって配膳されたコーヒーと追加で注文したケーキに舌鼓を打つ董夜は手元の電子端末に目を落とした。

 端末には書籍サイトが映し出されているが、それを見つめる董夜の眼は、端末ではなく広げられた意識に向けられていた。

 

 

「(いくら麒麟児といってもあれを避けろというのは酷な話か)」

 

 

 煌く光条に襲われ、痙攣している千葉修次に特に何かを思うまでもなく、深紅の髪と金色の目の魔法師、そしてそれを追う達也に眼を向けた。

 

 

「(さっきのあれが『ヘビィ・メタル・バースト』か、退屈しのぎには十分なものが観れたな)」

 

 

 十三使徒アンジー・シリウスの戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』。重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇と陽イオン間の電磁的斥力を更に増幅して広範囲にばら撒く魔法。

 

 

「(だけど、『ヘビィ・メタル・バースト』は高エネルギープラズマを爆心地点から全方位に放射する魔法のはず。それなのに麒麟児を襲ったプラズマは指向性を持つビームとなっていた……収束されていただけじゃないな……有効射程……拡散範囲もコントロールされていた……標的を通り過ぎるとプラズマがエネルギーを失うように術式が組み込まれていたのか? それともビームの終点にストッパーの役目を果たす力場を設定していたのか……あ、コーヒーもう無いじゃん)すいません、チェックで」

 

 

 アンジー・シリウスの魔法について分析しながら、コーヒーを飲もうとカップを傾けた。そこで董夜は初めて、自分がコーヒーを飲み干していたことに気づいた。

 チェックを済ませ店を出て、今だに深雪から目線を外すことなくとある場所に足を向けた。

 

 

「こんにちは、お仕事ご苦労様です」

 

「な、四葉の………ッ!」

 

 

 今だに痙攣している千葉修次と、明らかに無事では無い強化人間。それを取り囲むようにして立っている黒スーツの男たちに董夜はにこやかな笑みを向けた。対する黒スーツたちは、突然の登場に戸惑っているようだ。

 

 

「ご心配なく、別に邪魔立てをしに来たわけではありません。不穏な気配を感じたものですから、十師族としての責務のもと駆けつけたまでです。弘一殿にもそうお伝えください」

 

 

 だからそんなに警戒なさらず、と笑う董夜に黒スーツたちは冷や汗を流す。当然だろう、単純に自分たちが七草家に準ずる者だと白状した覚えはないのだから。

 

 

「(どうする、いったん御当主(弘一)様に連絡をするべきか)」

 

「何を考えているかは分かります、しかしここでもたつくのが一番の悪手でしょう、一旦は回収を済ませてしまうのが得策かと思いますよ。僕はここで見ていますから」

 

 

 それ以降、董夜は喋ることなく、ただにこやかな笑みをたたえたまま黒スーツたちを眺め続けた。頭の切れる者なら、これが董夜から七草に対する牽制であることは明らかだが、生憎彼らは下っ端の実働部隊。

 結局間近で董夜に見つめられ、気が気じゃない状況の中、彼らは回収作業を済ませて去っていった。

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

「やぁ、お姫様を寝かしつけるのは済んだかい?気絶させた張本人の割にはやけに丁重に運んでいたけど」

 

「なんだその口調は、それより千葉家の麒麟児は董夜が回収したのか」

 

 

 黒スーツたちが去った数分後、右腕を丸々焼き落とされた達也が、無傷で董夜の前に現れた。

 揶揄ったような董夜の言葉に、達也は眉一つ動かすことなく話題を変えた。それが面白くないのか、董夜の顔にはわずかに不満の色が見える。

 

 

「どうだい?スターズ最強の魔法師といえど、あの美貌だ。彼女の柔らかい身体に触れて、なにか心を動かすものはあった?」

 

「いや特に、それより董夜が回収したのか?」

 

「移動中継車の機材をこわしたと言うことは密室に2人きり、しかも相手は絶世ともいえる美女の無防備な姿。普通の男子高校生ならヨダレものだぜ?」

 

「生憎俺は『普通』ではない」

 

 

 董夜とのしつこ過ぎる問答に、達也は苛立つ様子もなく淡々と答える。達也は董夜の揶揄いが、一種のカウンセリングを含んでいることを察しているのだろう。

 先程、董夜に指摘された自分の心の中の『恋心』という感情。その直後に相対したリーナ。その戦闘中、達也は自分の中に少なくないざわめきを感じていた。

 

 

「(恋心など、俺の中に存在するはずが無い)」

 

 

 そう一方的に切り捨てることは簡単だろう。しかし、もはや達也にはそれが出来なくなっていた。気絶したリーナを抱き抱えた際、『リーナはスターズには向いていない』と思った。彼女には軍隊に所属する者として徹底的に『冷酷さ』というものが欠けているのだ。

 

 

「まぁ、いいや。千葉修次は七草が回収していったよ」

 

「七草?千葉家じゃなくてか?」

 

「ここは『七』の勢力範囲、別段不思議な話じゃ無い」

 

「俺を追わなかったのは、仕留めたバックアップの回収の方が優先度が高かったからか」

 

 

 董夜の追及が止んだことに、達也は内心そっと胸を投げ下ろした。

 

 

「おそらく七草弘一は達也と深雪について、察してはいるだろう」

 

「薄々、ではなくか」

 

「まぁ、これに関しては本家も何か言ってくることはないだろう、達也にとって最優先は身バレを防ぐことではなく、深雪を害から守る事だ。ただ、推測が確信に変わるのは望ましく無い。バックアップしたデータをくれ、米軍ぐらいはこっち(本家)でなんとかする。国防軍を動かす口実がなくなれば、彼も手を引くでしょう」

 

「あぁ、助かる」

 

 

 そういって達也は自分の携帯端末からチップを抜き、手渡した。そのまま董夜は達也とこれ以上会話を交わす事なく去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 達也と別れ、表の通りに待たせていた黒塗りの車に乗り込み、本家の運転手が車を発車させる。

 直後、董夜は懐から携帯端末を取り出した。

 

 

………prrrrrrr、ピッ。

 

『部隊の展開が完了しました』

 

 

 まるで見計らったかのように鳴った携帯の応答画面を董夜が押すと、スピーカーから年齢不詳の男の声が流れてきた。

 

 

『御子息様のおっしゃった通りの位置座標の建物に、ヴァージニア・バランス、他数名の高級士官の姿を確認しました』

 

「了解、状況開始後は花菱*1の指揮下に入れ、終了後はこちらではなく花菱に報告しろ」

 

『かしこまりました』

 

「状況開始」

 

 

 それだけ言うと、董夜は相手の返事を待つ事なく電話を切った。必要なことは事前に花菱へ指示してある。余程のことがない限り、董夜の構想が崩れることはないだろう。

 

 崩れることがないことを董夜は既に知っている。

 

 

「あぁ、ご苦労さま」

 

「恐縮の至りです」

 

 

 外の景色に大型のワゴン車が映ると車は緩やかに停車し、運転手に労いをかけながら開けられたドアから降りる。

 董夜がコンクリートの地面に足を付けたのと同時にワゴン車のドアが開けられ、中から一人の人物が姿を現した。

 

 

「やぁ、随分とお疲れのようだけど、何かあったかい?」

 

 

 警戒など微塵も見られない、慈愛を含んだ口調の董夜とは裏腹に、相対した人物はその大きな碧眼を見開き。

 

 

 輝かんばかりの金髪を大きく揺らした。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

*1
四葉家の使用人序列第二位の執事。主に荒事面の手配を担当(wiki参照)




この小説を書き始めた当初、僕は中学生でした。

そのため、序盤はだいぶ厨二病色が強くなり、今読み返すと悶絶ものです。

董夜の口調がバラバラ、主人公の口調忘れるとかどうなってんねん。

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