6話 フォロー
「さて、答えられる範囲で質問を受け付けます」
克人を下し、勝利の審判を受けた董夜が、未だに驚いている真由美たちの方へ向き直った。真由美たちが驚いているのは当然、鉄壁で破られることの無いと言われていた【ファランクス】の攻略である。
「なぜ【ファランクス】は消えた」
今まで地に伏せていた克人が起き上がり、若干震える声で董夜に目を向けた。十文字家の
これは十文字家にとっては由々しき事態だった。
「克人さんの魔法を消したのは俺の固有魔法の【
「フル、カウンター」
董夜の言葉に、真由美は確かめるように小さく呟いた。そして近くにいた深雪と達也は内心で少なからず驚いていた。まさか董夜がこのタイミングで自身の固有魔法の一つを明かすとは思わなかったのだ。
「詳しくは話せませんが、この魔法は自分に向けて放たれた魔法を自分の好きな方向へ反射できます」
「なっ!そんな魔法があるなんて」
董夜が言った魔法が本当なら、それは最強の防御魔法にも攻撃魔法にもなるのだから、全員が驚くのも当然である。まぁ達也と深雪が驚いている理由は別だが。
「それって、戦略級魔法も反射できるの?」
「戦略級魔法を打たれたことがないのでわかりませんが、母親の【
真由美の問いに董夜はさらっと答えた。しかし、その言葉に克人を含む真由美たちの顔がさらに驚きに染まる。
董夜の言う『母親』。つまり四葉 真夜は世界最強の魔法師の一人で【極東の魔女】と、呼ばれる程の実力者である。その彼女の代名詞とも呼べる固有魔法を董夜は『その程度』と言い切ったのだ。
「よし、それじゃあ生徒会室に戻りましょうか、克人さん失礼します」
「あぁ」
ここで詰まることなく返答できた克人は流石というべきだろう。董夜が去り、深雪がそれを追いかけ、その後を達也が追った後。残された真由美と克人は十師族として、改めて董夜の異質性を再認識したのだった。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
生徒会の初仕事を余裕でこなし、少しお茶を飲み休憩していた董夜と深雪に、同じく休んでいた真由美が声をかけた。どうやらあずさの仕事がようやく終わったようだった。
『1-Eの司波達也です、妹を迎えに来ました』
真由美の言葉に董夜が頷いたのとほぼ同時にインターホンが鳴り、達也の声が聞こえてきた。
「それでは、今日はこれで解散としましょう」
「それじゃあ、董夜君行きましょうか」
全員が帰りの身支度を済ませ、鈴音が真由美に変わって解散を宣言したところで、真由美が今日一元気な声で董夜に歩み寄った。
「私の家に!」
「……はぁ」
「そうですね」
「えっ!?」
真由美の言葉を『嘘』と断定してため息をつき、帰り支度を続けていた深雪が、董夜の言葉に驚愕の声と顔で向き直った。
「董夜さん、今日は会長のご自宅に行かれるのですか?」
「ああ、招待されててね。行ってくる」
「へ、へぇ。そうですか」
「泊りがけでねッ」
「なぁ………!」
四葉家の次期当主候補の仕事としてしょうがない、と半ば無理やり自分を納得させた深雪だが、真由美の言葉でついに崩れ落ちた。
「それで明日はそのまま二人でデートをするのよねー」
「泉美と香澄も一緒ですけどね………後、デートじゃなくて買い物です」
「あら、私ったらうっかりしてたわ」
「あ、あぁ、そ、そんな」
口に手を当てて上品に笑っている真由美だが、その目は未だに崩れ落ちたままの深雪を勝者の目で見下ろしている。
「それはそうと、どうした深雪」
ようやく董夜が床に崩れ落ちている深雪に歩み寄った。なぜ彼女が崩れ落ちているか、検討も付いていない彼は深雪を心配そうな目で見つめる。
「アハハハ…………トウヤサンガ…………デート…………トマリガケ……アハ、アハハハハハハ」
「え、ちょ、深雪?」
何かを小声でブツブツ呟き、目が虚になっている深雪がフラフラと立ち上がり、自分の荷物を持って、おぼつかない足取りで生徒会室を後にした。
「ああなったらもう知らんぞ」
「え、た、達也?」
そう言って達也も深雪を追い生徒会室を出て言ってしまった。後には達也たちが出て行った扉に力なく手を伸ばした董夜が残されるのみだった。
◇ ◇ ◇
『深雪が完全に拗ねている、何かフォローのメールを入れてくれ。雰囲気が重い』
董夜と真由美が校門で待機していた七草家の車に乗り込み、七草邸に向かっている途中、董夜の携帯端末に達也からメールが届いた。
「(原因もわからんのに、フォローなんて何をすれば)」
先程まで休むことなく董夜に話しかけていた真由美は、ただ静かに外の様子を眺め、董夜は一人で携帯を片手に頭を悩ませている。
「(と、取り敢えず料理とかに触れとけばいいか?)」
『今度そっちにご飯食べにいくから、その時はよろしく』
取り敢えずとして董夜の送ったメールは、フォローなどではなくなっていた。しかし、まぁ相手が深雪なら及第点といったところだろう。
『任せておいてください』
『
「(まぁ、これでいい、かな?)」
深雪の文面が、どういうテンションで打ち込まれたかは分からないが、達也からのメールを見る限り悪くはなかったのだろう。
まだ七草邸に付いていないにもかかわらず、一仕事終えたつもりの董夜は息を吐き、背もたれに深く体を預けた。
◇ ◇ ◇
もう少しで七草邸に到着するであろう頃、真由美はずっと拗ねていた。
せっかく(運転手を抜いたら)二人きりなのに、董夜との会話は先程から何もない。その間、董夜はずっと携帯で誰かにメールをしていた。
「(もう、つまんないわ)」
すると自分の携帯に、何故か隣にいる董夜からメールが入った。何かと思い董夜の方を見ると何食わぬ顔で窓の外を見ている。
そしてメールを開くとーーー
『七草邸に着いたら、俺のいない所で弘一さんにさっきの克人さんとの模擬戦の事を話してください。勿論このメールの事は話さずに、メールもすぐに削除してください』
完全に利用されている、と悟った真由美は呆れた顔で董夜の方を向いた。するといつの間に近づいていたのか、目の前には董夜の顔があった。一瞬にして真由美の顔は赤く染まる。そんな真由美を他所に、董夜は小声で真由美に話しかけた。
「(お願いします。真由美さん)」
董夜自身は自覚していないが、はたから見れば董夜が真由美を落としに行ってる様にしか見えていない。
こんなことをされなくても、最初から父親に話す気でいた真由美はこれを快く受諾した。そして、それを見た董夜は内心でガッツポーズを決める。
「(穂波さんの言う通りにしたら本当に効いたな。すごいな穂波さん、この前達也に使った時は何故か投げ飛ばされた後メッチャ引かれたのに)」
そう数ヶ月前に董夜が四葉家の別荘で療養している深夜に会いに行った際、董夜は穂波から『成功しやすい交渉術』と言われて教わっていた。
それを数週間前に司波邸で達也に怒られた際に試してみると、達也は董夜を投げ飛ばしたのちに出来る限り距離をとって全力で引いていた。そしてその場面を見てしまった深雪が『お、お兄様?まさかソッチの気が?』と震えていて、董夜のせいで勝手な誤解を受けた達也は必死に弁解をしていた。
『お待ちしておりました、四葉董夜様』
そんなこんなで七草邸に到着。
使用人と思われる人の後を董夜が真由美と共についていくと約十数か月ぶりの七草邸の玄関が見えて来た。そうして使用人が玄関を開ける。
「いらっしゃい董夜君。歓迎するよ」
「董夜兄ぃ、いらっしゃい!」
「と、董夜お兄様!い、いらっしゃいましぇ!!あっ!」
弘一と香澄と泉美が董夜を出迎えた。弘一は本心から董夜を歓迎しているような雰囲気を醸し出しているが、恐らく内心は董夜に探りを入れる気でいるのだろう。泉美に関しては董夜に会えた嬉しさと照れ臭さで噛んでしまい、顔が真っ赤になっており、そんな光景を見て董夜は微笑んだ。
「(そう言えば香澄ってエリカがわんぱくになった感じだな)」
「今回はお招きいただきありがとうございます弘一さん。泉美も香澄もお邪魔するね」
軽く頭を下げる董夜の纏う雰囲気は学校でのソレとは全く異なり、十師族として、四葉家の魔法師としての雰囲気に変わっている。そんな董夜に真由美は感心していた。
「お父様、少しお話が」
「あぁ、分かった。泉美、香澄、董夜君を客間に案内してあげなさい」
「「はい!」」
董夜が七草の使用人と泉美と香澄に連れられ客間に移動する際、真由美が弘一を連れてどこかの部屋に入って行った。先程の克人と董夜との模擬戦の事を伝えるのだろう。
「(ありがとう、真由美さん)」
四葉董夜という人間は、四葉真夜の実の息子で高い社交性と優れた魔法力を有している。ということしか今まで世間には伝わっていなかった。しかし、今回【全反射】をあえて使用したことは、董夜が固有魔法を有しているということ、そしてそれが十文字家の【ファランクス】を下すことのできるレベルである事を広める狙いがあった。
「ここだよ!董夜兄ぃ!」
「お姉さま達が来るまでお話でもしませんか?董夜お兄様」
「そうだね、なんの話をしようか」
董夜を部屋に招き、満面の笑みで笑う香澄と泉美に、董夜も同じく笑いかえすのだった。