四葉家の死神   作:The sleeper

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 やっすいドラマみたいな言い回しが続きます。


69話

 

 

 

 

 

 

 

 董夜と別れた達也は、足早に深雪の元へと向かった。

 

 

「お疲れ様」

 

 

 教室から出てきた深雪は達也の顔を見ると、花が咲いた様な笑顔を浮かべた。しかし、次の瞬間には怪訝そうな表情になった。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 

 深雪はその場ではそう答えていたが、それが他人の耳を意識しての建前である事は明白だった。淑女の笑顔で挨拶を交わし、達也にエスコートされて車内に乗り込んだ。

 

 

「お兄様、お怪我はありませんかっ?」

 

 

 自動運転車が走り出すと同時に、深雪は達也に縋り付かんばかりに迫った。

 

 

「み、深雪、少し落ち着け」

 

「落ち着いてなどいられません! この『におい』……お兄様、リーナと戦われたのでしょう!? しかも、一対一ではありませんね!? 少なくとも十人以上と刃を交えられた『におい』です!」

 

 

 達也が『情報』を視覚的に捉えるように、深雪は『情報』を触覚的に捉える。しかし深雪の場合はそれだけでなく、直感的な認識を嗅覚的に解釈する事もある。物理的な痕跡は何一つ残していないはずだが、戦いの跡を『嗅ぎ付けられて』しまったようだ。

 

 

「頼むから落ち着いてくれ。俺がそうさせない限り、俺に傷を残す事など誰にも出来ないと知っているだろう?」

 

 

 困惑気味のその言葉に、深雪はハッとした表情を浮かべた。段々と興奮が収まっていく。しかし、次の瞬間には深雪の目は今まで以上に見開かれ、その表情は絶望に染まった。

 

 

「この『におい』は董夜さんの…………そんな、お兄様、また、董夜さんと……?」

 

 

 深雪の身体が小刻みに震え始め、大きな瞳からは大粒の涙が溢れた。数日前の董夜と達也の衝突は、一瞬ではあったものの深雪の心にトラウマとなって決して浅くない傷を残した。

 

 

「深雪ッ!大丈夫だ、董夜とは別件で一緒にいただけで、相手をしたのはリーナと強化人間だけだ!」

 

 

 車内の温度が急激に下がり、それを感知した暖房が自動で温風を吐き出す。

 さすがにこの誤解は即座に解かなければ不味いと判断した達也が、深雪の両肩を抱いて必死に弁解した。

 

 

「……申し訳ございません、お兄様。見苦しい姿をお見せしました」

 

 

 結局、深雪が落ち着きを取り戻し、心拍数と車内の温度が正常に戻るのに達也は少なくない時間を要した。

 言葉だけではなく、恥ずかしそうに縮こまった妹に、達也は控えめな笑顔で頭を振る。

 

 

「いや、俺の方こそ、心配を掛けて済まない」

 

「そんな事……それにしても、なぜ董夜さんと?」

 

「その事も含めて、家に帰って落ち着いたら説明するよ」

 

 

 今だに羞恥で縮こまっている深雪だが、達也の神妙な顔つきを見て、兄の心境に何かしらの変化が起こっていることを察したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「そんなッ!」

 

 

 少女が打ち下ろした両の拳がコンソールに叩きつけられる音が、大型ワゴン車の内に響いた。

 移動中継車の中で目を覚ましてから数分、車内に誰もいないという異常事態にリーナがさまざまなデータを漁ったが、車内の状況が常に録画されているデータだけでなく、車内の全ての録画データが綺麗さっぱり削除されていたのだ。

 

 

「(そうだ。コントロール・ルームに報告しなきゃ)」

 

 

 だがリーナは再度癇癪を破裂させる羽目に陥った。通信機器も全て、外から見ただけでは分からないよう巧妙に破壊されていた。

 

 

「(何でよ! 何でよっ!)」

 

 

 再度コンソールに掌を叩き付けた後、彼女は力なく座りこんだ。両手が痺れ、熱を持っている。

 

 

「(なにやってるんだろ、ワタシ……)」

 

 

 ノロノロと手を挙げ、怪我が無いか見て確かめる。幸い何処にも血の滲んでいる箇所は無かった。ヒステリーを起こして自分を傷つけるなど子供っぽいにも程がある。そんなみっともない姿を曝さずに済んで、リーナは幾分ホッとした。

 少し気持ちが落ち着いて、彼女は更に大きな違和感に気がついた。

 

 

「怪我が……痛みが無い?」

 

 

 まず両腿に手をやり、交互に左右の肩口を撫でた。しかし彼女に激痛を与え、意識を失わせた傷が、跡形も無い。単に傷が無いだけではなく、服にも穴が空いていない。血の跡も無い。

 

 

「どういう事……?」

 

 

 リーナは自分の中で、急に現実感が失せたのを感じた、何処までが現実だったのか、自分は本当に傷を負っていたのか、そう思われただけではなかったのか、もしかしたら彼らも……。

 

 

「(まさか、系統外魔法……精神攻撃?)」

 

 

 ゾクリとリーナの身体が震えた。

 

「(もしかして私たち……とんでもない勘違いをしていた? タツヤは質量・エネルギー変換魔法の術者なんかじゃなくて、精神干渉系統に高い適性を持つ魔法師……『幻術使い(イリュージョン・マスター)』なんじゃ…。)」

 

 

 リーナは混乱した頭でそんな事を考えていたが……ふと、自分をここに運んだのも達也ではないかと思い至り赤面したのだった。

 

 

「このままこうしていても仕方ないわ、とりあえず帰りましょう」

 

 

 もはや車内に、この大型ワゴン車がUSNAの物だと確証付けるものは何一つとして残されていない。

 リーナは側に置かれていたブリオネイクを手に取り、最低限の布でそれを覆った。

 

 

「はぁ、帰るのは何時ごろになるかしら」

 

 

 所持していた携帯端末は予備のものまで全て奪われ、財布は元々持ってきていないリーナは、迎えも呼べず、せっかく24時間運行の交通機関も使えず、徒歩で帰るしかない。

 そのことを考えると、リーナの口からは自然にため息が漏れた。

 

 

「やぁ」

 

 

 ドアの取手を引き、外に出たリーナは自分にかけられた声を聞いて『仮装行列(パレード)が問題なく使える程度』には回復してから行動すればよかった、と後悔した。

 

 

「(なるべく穏便に、尚且つ早急に)」

 

 

 自分に声をかけた人物をまだ目視してはいないが、おそらく最近通い始めた学校の知人だろう、とリーナは推測しそちらへと顔を向けた。

 

 

「随分とお疲れのようだけど、何かあったかい?」

 

「トー、ヤ」

 

 

 何故もっと早く目覚めなかったのか、もっと早く行動を開始しなかったのか、後悔の念がリーナに襲い掛かる。

 もっとも、リーナが早く行動したからといって、董夜から逃げ切れたかどうかは疑問だが、リーナにはそんなことを考えている余裕はない。

 

 

 本来、今日のリーナたちの作戦は達也を標的にしたものであり、達也が単独行動をしている時に狙う、というものだった。しかし、直前に董夜が姿を現したのだ。

 リーナは即座に作戦の中断を進言したが、上司に受け入れられることはなかった。

 

 達也が動き出した後も董夜は飲食店に留まり続けている。という報告を受けた時、リーナは心の底から安堵したが、結果として、リーナの目の前には董夜が立っている。

 

 

「せっかく会ったんだし、家まで送ってくよ。さ、乗って乗って」

 

 

 まるで友人に話しかけるかのように軽快な口調の董夜が、リーナを車の中に誘った。その背後で、明らかに一般人ではないサングラスの男が運転席に乗り込んだ。

 

 

「な、舐めないで!乗るわけがーーー

 

「乗れ、シリウス」

 

 

 にこやかな笑みをたたえ、殺気を微塵も感じさせない雰囲気、しかし口調だけが変わった。指図されたリーナはもはや自分には拒否権がないことを察した。

 いや、気絶している間に回復したとは言え、今だに疲労の色が隠せないリーナと、むしろコーヒーを飲んでリラックスしていた董夜。元から逃走すら許されないことなど、リーナには最初から分かっていた。

 

 

「くッ、くぅ……!」

 

 

 董夜にエスコートされ、屈辱に打ち震えながら車内に乗り込もうとするリーナ。しかし手に持っていたブリオネイクがスムーズに車内に入らず、なんども引っかかって肝心のリーナが乗り込めないでいた。

 

 

「(ホントに、何やってるんだろう)」

 

 

 敵の最大戦力に無防備な背中を向け、車に乗り込むことにすら、あたふたする始末。その屈辱と羞恥に、綺麗な碧眼には涙が滲み、顔が赤く染まっていく。

 

 

「はぁ。貸せ、後ろに積む」

 

 

 思わずため息をついた董夜がブリオネイクを受け取るために手を伸ばした。しかしーーー

 

 

「自分でやるわ!触らないで!」

 

 

 そう言ってリーナは差し出された董夜の手を思い切り弾いた。

 リーナにしてみれば、アビゲイル*1が自分の為に作ってくれたブリオネイクを、みすみす董夜の手に渡したくなかったのだろう。

 

 

「流石はスターズの総隊長だ。この状況でまだ気丈でいられるか」

 

「放っておいて!」

 

 

 リーナの態度に董夜は素直に感心し、運転手に目線でトランクのロックを外すよう指示した。

 そんな董夜を涙のにじむ目で睨みつけ、リーナはブリオネイクを積み終えると、わざと大きな音を立ててトランクを閉めた。

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

『ヨツバに捕らえられた』

 

 

 現在の自分の状況を簡潔にまとめて、いよいよ絶望的な気持ちになるリーナ。先ほどから何度両親の顔をことを思い浮かべたか分からない。

 『大漢崩壊の黒幕』『()の魔法師工場』『日本の四葉に手を出すな。手を出せば、破滅する。 』

 彼らの悪名を思い浮かべれば、容易に幾つも思い出された。

 

 

「どうした?折角だし、何か話そうよ」

 

 

 飄々としている董夜に、リーナのこめかみには青筋が僅かに浮かんだ。自分にそんな余裕がないことを知っていて、わざと言っているのか、と。

 しかし、スターズの総隊長というプライドがリーナの折れそうな心を支えた。

 

 

「言っておくけど、ワタシはどんな(はずかし)めを受けても!心だけは!決して屈するつもりはないわ!」

 

 

 華奢な自分の身体を抱きしめ、力強く董夜を睨むリーナ。

 その瞳の奥底には、やはり恐怖や不安が巣食っている事が、眼を使うまでもなく容易に読み取れた。

 

 

「そうかい、良い事を教えてあげよう。達也が『死ぬ』ぞ、いや、俺がヤるんだから『殺す』と言ったほうがいいか」

 

「………え」

 

 

 たったそれだけ、それだけでリーナの瞳は揺れた。あまりにも大きく揺れた。

 

 

「スターズ総隊長の君にすら勝利するスペック。見過ごすわけにはいかない」

 

「た、たとえ貴方であっても、達也が負けるはずがないわ!だって達也は……!」

 

「随分な肩入れ様だな、スターズの総隊長ともあろう御方が、惚れでもしたか?」

 

 

 董夜の言葉に、そんなわけがない、と否定することはリーナには出来なかった。ただただ董夜を睨み続ける。それしか出来ない。

 

 

「それに残念だな、俺は達也を殺せる。殺せるんだよ」

 

 

 気持ち的にも、能力的にも。と笑う董夜に、顔を赤くしていたリーナの頭が急速に冷える。

そしてリーナの目線は繁華街を走る車の窓、そこに映る多くの人々を捉えていた。

 

 

「(このままじゃまずい、幸い外には一般人が沢山いる。このまま車から転げ降りて、人混みに入ったらーー

 

仮装行列(パレード)で紛れるか?残念ながらそのドアは運転席で操作しない限り開かないぞ」

 

 

 そう言ってわざとドアの取手を何度か引いた。董夜の言う通り、ロックは外れずに、ただガチャガチャという音が鳴るだけだった。

 

 

「(な、まさか!思考をーー)」

 

「別に読んでるのは頭の中じゃないよリーナ。俺にはね、()()()()()()()が観えるんだよ」

 

 

 そう言って笑う董夜の目はリーナには酷く恐ろしい様に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてね、ジョークだよジョーク。なんで君に勝てる様な有望な奴を殺さなくちゃならないんだ。少し考えればわかるだろ?」

 

「な、ふ、ふざけないでッ!」

 

 

 こっちは自分の身がこれからどうなるかも分からないのに、ケラケラと笑う董夜に、リーナが怒鳴る。

 すると、車は緩やかに停車し、外を見るとリーナにとって見覚えのある景色が広がっていた。

 

 

「ここ、ワタシのマンションなんだけど」

 

 

 てっきり四葉の研究施設に連れて行かれ、もう2度と日の目を見ることはないと思っていたリーナは呆気に取られ。うまく思考が纏まらない。

 そしていつの間に車を降りていたのか、董夜がブリオネイクを手に、車の外で待っている。

 

 

「最初に行ったろ?『家まで送る』って」

 

 

 リーナが車を降りても、運転席にいる男が何か行動を起こすこともない。体を触ってみても、何かしらの機械が取り付けられている訳でもない。いよいよリーナは董夜の目的が分からなくなった。

 

 

「どういうつもり?」

 

 

 疲弊したリーナの前に現れ、脅すだけ脅して『ジョークだ』と笑い、何かをするわけでもなく開放する。これでは本当に家に送っただけではないか。

 

 

………ブロロロロロロロロ

 

 

「え、?」

 

 

 リーナの背後でエンジン音がしたかと思うと、先ほどまで自分たちを乗せていた車が走り去っていくのが見えた。

 後には董夜とリーナの二人だけが残される。

 

 

「なに、まさか、泊まっていくつもり?」

 

「アホか、俺をなんだと思ってんだ」

 

 

 そう言って手を持っているブリオネイクをペン回しの要領でくるくる回す董夜。ブリオネイクは細いとは言えない為、リーナは場違いにも『手先が器用だな』と思った。

 

 

「行ったな。リーナ、これを返して欲しかったら質問に答えろ」

 

「質問……?」

 

 

 車が見えなくなると、董夜が口を開いた。

 一方的に命令することもできるのに、あえて交換条件を出す董夜に、リーナが首を傾げた。

 

 

「単刀直入に聞く。達也を本気で好きか、否か」

 

 

 今までずっと笑顔だった董夜の顔が神妙な顔になり、真っ直ぐにリーナを見つめた。

 

 

「そ、そんなわけ……

 

「嘘や言い逃れは許さない」

 

 

 否定しようとするリーナの声を遮り、董夜が言い放つ。その手に持つブリオネイクからは僅かだが金属が軋む音が聞こえた。

 董夜が魔法を使用していることは誰の目にも明らかだった。

 もはや車に乗った時点で諦めていたブリオネイクだが、無事に戻ってくるならそれに越したことはない。観念したのか、頬が赤く染まったリーナは今日何度目か分からないが、董夜を睨み付けた。

 

 

「ええッ!好きよ!好きッ!初恋よッ!これで満足?!」

 

「そうか………。」

 

 

 近所に響き渡るほどの大声を上げるリーナだが、何故か野次馬が沸いている様子はない。

 肩で息をするリーナに、董夜は何かを考え込み、唐突にブリオネイクをリーナに投げ渡した。

 

 

「送ってくれてありがとうッ!サヨナラッ!」

 

 

 ブリオネイクを難なくキャッチし、董夜の横を通り過ぎてマンションに入っていくリーナ。

 董夜は一度、リーナの方を振り返った。

 

 

「リーナ、お前はスターズに向いてないよ」

 

F⚪︎ck you(ク〇野郎)

 

 

 リーナは掛けられた言葉に振り返ることなく、マンションに消えていった。

 

 

「そんなこと、ワタシが1番わかってるわよ」

 

 

 部屋の生体認証を解除し、玄関に蹲るリーナ。

 

 小さく呟かれた言葉は、誰に届くはずもなく、部屋に溶けていった。

 

 

 

 

 

*1
アビゲイル・ステューアット、USNA の魔法研究者で『ブリオネイク』と『ヘビィ・メタル・バースト』の開発者(wikiより参照)




 
 

 Q,ブリオネイクの全長は1.2メートル。その大きさのものが一般的な自動車に引っかかるか?そんぐらいスムーズに入るだろ。
 A,脅す董夜と、震えるリーナ。二人の膝には、仲良くブリオネイクが置かれている。想像してみてください。なんか格好付かないじゃないですか。
  顔を羞恥に染めながら、トランクにブリオネイクを仕舞うリーナ。想像してみてください。なんか可愛いじゃないですか。

 Q,達也は何でリーナを好きになったの?
 A,『気づいたら片想い』ということにさせてください。

 Q,リーナは何で達也を好きになったの?
 A,『気づいたから片想い』ということにさせてください。
  早く展開を進めたい。という気持ちが勝ってしまいました。

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