来訪者編おわつたつたつ。
「董夜さん、気分転換はできましたか?」
「…………深雪」
真由美から告白されて未だに呆然としている董夜に、深雪が歩み寄る。心なしか何かが吹っ切れたような、スッキリとした表情の深雪。
「さ、行きましょう。まだパーティの準備は終わっていませんよ」
「あぁ」
深雪に半端引きずられるような形で移動している最中。董夜は幾らか冷静さが戻ってきた思考で真由美の事、そしていつか答えを出さなくてはならない『婚約』について、考えていた。
「ごめん深雪、もうちょっとだけ休憩させてくれ」
「………?」
パーティ会場への移動中、校舎内にはこれから離れ離れになるであろう学友と様々な感情を共有する者達がいた。そんな生徒達の中に、董夜は先ほど別れた一人の女子生徒を見つけた。
「真由美さん……!!」
深雪の返事を待たずに走り出した董夜。そんな彼の背中を、深雪は一体どんな感情で見つめただろうか。
真由美のそばには市原鈴音や渡辺摩利、十文字克人がいた。恐らく、共に苦労を分かち合った者同士、思い出話に花を咲かせていたのだろう。
「と、董夜くん!?」
「あ、先輩方。ご卒業おめでとうございます」
走り込んできた董夜に、その場にいた者全員が驚いた顔を向けた。克人達の存在を失念していた董夜が慌てて頭を下げた。
「ありがとう、どうした四葉?そんなに慌てて」
「すいません克人さん、渡辺先輩、市原先輩。少々、真由美さんをお借りしてもよろしいですか?」
「あ、あぁ」
それだけ聞くと董夜は真由美の手を取って少し離れた、余り人気のない場所に行った。真由美は状況が理解できてないのか、碌に抵抗せずに董夜に連れられるままである。
「董夜くん、どうしたの?」
「まずは、ご卒業おめでとうございます。真由美さん」
「あ、ありがとう」
先ほど言えなかった言葉を真由美にかける。董夜はもう呆けた目ではなく、意志のこもった目をしていた。
「俺はまだ、真由美さんの気持ちに答えを出す事はできません。それでも、たとえどんな形であっても、家の意向じゃなく、ちゃんと自分の意思で真由美さんに答えようと思います」
「董夜くん……。」
真由美の覚悟を、決意を聞くだけ聞いて、何も言わないのが嫌だった董夜は。今の自分の意思を真由美に伝えた。
真由美の方も最初は驚いていたが、董夜の気持ちを聞いて、満面の笑みを浮かべた。
「えぇ、待ってるわ!」
◇ ◇ ◇
「トウヤ、ちょっと付き合いなさい!」
パーティ会場につき、再び準備に駆り出されていた董夜の耳に、威勢のいい声が届いた。
「俺が言うのもなんだけど、あんなことがあった後によく普通に話しかけられるな」
「うっさい!」
呆れたような、感心したような董夜に、リーナがズンズンと詰め寄った。数日前に色々な意味で董夜に追い詰められたリーナは、その悔しさを晴らすかのように強い口調で詰め寄った。
「それで?何に付き合うんだ?」
「これから即興でバンド組むから、あんたも入んなさい!どうせ何かしらはできるんでしょ」
アンタ声と顔はいいんだから。と言うリーナに、董夜は苦笑いを浮かべた。リーナとは色々あったが、別に董夜は彼女のことを本気で嫌悪してるわけではないのだから。
「達也じゃなくていいのか?」
「………。」
悪い顔で笑う董夜に、リーナは無言で微笑むと、そのお腹に決して弱くはないパンチをたたき込んだ。
◇ ◇ ◇
それから数日後
空港にて、誰にも主発日時を伝えていなかったリーナは、たまたま雫の出迎えに来ていた達也に見つかっていた。その側に、深雪の姿はない。
「タツヤ、ワタシの見送りに来てくれたの?」
「まぁな。ここで会えたのは偶然だが」
「あらっ? 今日発つって、言ってなかったかしら」
「聞いていない」
すっとボケて嘯いたリーナの戯言を、達也が一刀両断した。
「冗談はこのくらいにして、と。お世話になったわね」
「迷惑を掛けたの間違いじゃないか」
「……本当に最後まで容赦の無い人ね、タツヤ」
「手加減されても嬉しくないだろ? それに、最後じゃないだろ」
「そうね……少なくともミアを日本に残してるんだから、何時れは迎えに来なきゃいけないものね」
別れの時、達也の心は揺れていた。それが董夜の指摘通り『恋』なのか、それはまだ達也には分からない。
ただ、リーナも達也も、この別れに名残惜しさを感じているのだけは確かだった。
「タツヤ………。」
リーナが自然に、そっと達也を抱きしめた。突然のことに驚き、空中を意味もなく舞っている達也の両手が、そのままリーナの背中に添えられた。
「また会いましょうッ!」
周りから見たらどれぐらいの時間かは分からないが、二人にとってその時間は一瞬とも思えるぐらい短いものだった。
寂しさを吹っ切り、そのまま離れていくリーナを、その姿が見えなくなるまで達也は見送った。
◇ ◇ ◇
「やぁ」
搭乗ゲートを過ぎ、出発時間まで時間を潰すため、ラウンジに入り、適当な料理を見繕って窓際のソファに座ったリーナに、その隣に座った男性が話しかけてきた。
「なんでここにいるのよ。トーヤ」
董夜の姿を認めるや否や、達也と話していたときとは真逆に表情を不快感に染め、リーナは董夜を睨みつけた。
董夜は私服に身を包んでサングラスをかけ、優雅(?)にアイスクリームを口に運んでいる。
「そう邪険するなよ。一時とはいえ一緒にバンド組んだ仲だろ」
「ふん、あの時は客寄せパンダとしてアナタを利用したに過ぎないわ。それをさも友達のように。おめでたい人ね」
「え、友達だろ?」
「ワタシを何度も脅すような人は友達とは言わないわ!」
心外そうな顔をする董夜に、リーナは余計に眉間のシワが深くなった。
「それより見ろよこれ、『空港で別れを惜しみ、出国ゲートの前で抱き合う男女』絵になってるだろ。これをお前の上司のバランスとやらに送ーーーー
「消せェーーーーッ!」
意気揚々と仮想型の携帯端末を取り出し、写真を映し出す董夜。その内容を見るや否や、リーナは怪訝そうな顔を引っ込めて、顔を赤く染めて董夜の端末を奪おうと手を伸ばした。
「まぁ、安心しろ。この写真は少し遊んだらすぐ消すさ」
「どこに安心する要素が!?」
「そんなことよりリーナ、渡したいものがある」
「はぁ?」
急に真剣な顔になった董夜に、リーナはついて行けない、とばかりに息を吐いた。
「この紙に俺のプライベートナンバーとアドレスが書いてある」
「いらない」
懐から紙切れを取り出した董夜に、リーナは一蹴して料理に目を戻した。そんな彼女に董夜は苦笑する。
「まぁそう言うな、余り深くは言えないが、達也はこの国の特記戦略だ。お前と達也がこの先結ばれることがあったとしても、達也は
内容が内容なだけに、料理を食べる手を止め、董夜の方を向き直るリーナ。辺りを見渡すと、ファーストクラスラウンジなだけに余り多くない周囲の人には、董夜達の会話は聞こえていないようだ。
「そうなると当然リーナがこっちに来ることになる。しかしお前は戦略級魔法師【アンジー・シリウス】。魔法師の渡航さえ制限されている中、その国の最大戦力が亡命なんて不可能だ」
「そんなこと………ワタシだって分かってるわよ」
リーナだって自分の立場の重さに加え、達也が只者じゃないことぐらいとっくに知っている。自分の恋の道が、成就不可能と言えるほど茨の道であることも。
董夜の言葉に、リーナは悔しそうに俯き、拳を握りしめた。
「そしたらもう亡命するしかない。恐らく、いや確実にお前は壮絶なバッシングを受けるだろう。生まれ育った祖国からは『売国奴』『裏切り者』『Bitch』『
だが、帰る国を失ってもなお、達也と結ばれたいと言うなら、その覚悟があるならこの紙を受け取れ。俺が力になる」
董夜の言葉に、改めて道の険しさを認識して険しい顔になったリーナだが、その決意は揺るぎない。
「なんで、トーヤはここまでしてくれるのよ」
「さっきも言ったけど、一度バンド組んだ仲だ。そんなリーナと、達也が恋に落ちたと言うなら、それを助けるのが友達ってもんだろ!」
柄にもなく熱いことを言う董夜に、リーナは嬉しそうな顔を浮かべるどころか、訝しげな視線を向けた。
「本音は?」
「達也ほどじゃないにしろ、お前はそこら辺の雑魚よりは余程利用価値がある。そんなお前を達也ごと
「死ねッ……!」
先程と真逆のことを言う董夜に、リーナは董夜の手にあるプライベートナンバーが書かれた紙を奪い取り、今度こそ料理に向き直った。
「じゃあ、USNAまでお気をつけて」
「フンッ!」
そう言って立ち上がる董夜に、リーナは手に持った皿ごとそっぽを向いてしまった。
董夜は自分のテーブルにあったアイスのゴミを、そっとリーナのテーブルに置くと。そのまま出口から出ていき、雫とは別の便で帰ってくるであろう雛子を迎えに行った。
「ハハッ」
しばらく歩くと、懐の端末からメッセージの受信を知らせる通知音がなった。
端末を開くと、それは先ほどアドレスを教えたばかりのリーナからだった。
『さっきの写真ちょうだい。あと消せッ!!』
英語でそう書かれた文章に、董夜は思わず声を漏らしたのだった。
たくさんの誤字報告をしてくださった諸刃之剣様や他の皆々様。本当にありがとうございます。
あまりの誤字の多さに恥ずかしい限りです。