8話 ワルモノ
「ねぇ董夜くん、どんな服がいいかなぁ」
「そうですね、真由美さんには性格的に落ち着いて欲しいので、まずは服装を落ち着かせて見ましょう」
「それじゃあ僕のは?」
「香澄はもっと橙色で活発な方がーーー」
「董夜お兄さま!これはどうでしょう」
「うん、似合ってて可愛いと思うよ」
買い物を手伝うと言っても董夜には物凄くファションセンスがあるわけではない、だからこうやって三人が選んできた物を見て感想を言うだけの時間が続いていた。
「それじゃあそろそろお昼にしよっか」
◇ ◇ ◇
「予約していた
「はい四波董士様ですね、お待ちしておりました」
真由美たちの服選びもひと段落つき、時間もちょうどよかったため、董夜たちは最上階にあるレストランに来ていた。
「董夜兄ぃはなんで偽名使ってるの?」
渋谷を一望できる席に案内され、店員が去っていくと香澄が首を傾げた。
「四葉なんて珍しい苗字だからね、【あの】四葉家だと知られると接客がよそよそしくなって嫌なんだよ」
「でも、私達は偽名使ってませんよ?」
「まぁ四葉家には色々と悪い噂が多いからね」
「あっ………」
少し気まずくなったところで店員がやってきた。何ともタイミングのいい店員である。
「お飲み物はお決まりでしょうか」
「あぁ、じゃあ俺はーーーー」
◇ ◇ ◇
「お兄さま、今日はありがとうございました」
「ありがと、董夜兄ぃ!」
「どういたしまして」
「本当にありがとね、董夜くん」
昼食を済ませて、水着も買い終わった董夜たちは帰るために一階に降りるエスカレーターに乗っていた。
満面の笑みの泉美と香澄の頭を董夜が撫で、二人とも気持ちよさそうに目を閉じる。
しかしーーー
「こりゃまた、めんどくさいことになってきた」
「え?」
董夜が僅かな
「行きましょう、董夜くん」
「了解です」
董夜の言葉に急いでマルチスコープを展開した真由美が、冷静に董夜を見る。
一方で広域を視覚する能力を有していない香澄と泉美は落ち着かない様子で真由美と董夜を交互に見ていた。
「急ぎましょうか」
◇ ◇ ◇
董夜たちが広場に着くと、先程と変わらずにフードをかぶった男が小学生くらいの女の子を捕まえて、頭にCADを突きつけていた。そして、捕まっている女の子は涙が溢れ、顔が恐怖に歪んでいる。
「いい大人が何やってんだか」
「董夜兄ぃ!女の子を助けに行こう!」
呆れる董夜を他所に、顔を怒りに染めた香澄がついに堪えられなくなって、周りの人混みの中へ飛び込んで行った。
「あ、香澄ちゃん!」
「あぁ、もうっ!」
冷静さを失っているであろう香澄の後を追い、泉美と真由美も走り出す。幸いなことに香澄のお陰で、人混みに道ができており、二人はすぐに香澄に追いついた。
「さっさとその女の子を離せよ!」
「あぁ?」
群衆から抜け出し、睨みつける香澄にフードの魔法師は目を細める。
「なんだ、テメェ」
「香澄ちゃん!」
「なにやってるのよ!」
「テメェら………あぁ、七草の三姉妹か」
遅れて駆けつけた真由美と泉美を見た魔法師の言葉に、群衆の中にざわめきが広がる。
「解放しなければ、十師族としてあなたをこの場で処断します!」
「ハッ、やってみろよガキが」
真由美たち三人はそれぞれCADを構えてフードの魔法師を威圧する。しかし、魔法師は臆することなく、むしろ余裕の笑みで挑発した。
「ならやってやるよ!………あれ?」
「うそ」
相手挑発に乗り、香澄が魔法を発動させようとするが、一向に何も起こらない。顔が驚愕に染まった真由美も泉美もCADに想子を流し込むが、何も起こらない。
「………まさか」
「はっ!今このフロアには俺の領域干渉が働いてる!ガキ風情で破れると思うな!」
「そんな、そんな高位魔法師な訳が」
ファッションビルで人質事件などを起こす魔法師が、十師族の直系である真由美たちよりも魔法干渉力がある訳がない、と真由美たちも冷静さを失う。
一方でフード魔法師の方は、自身の力が氏族直系を超えているのが愉快なのか、笑みで顔が歪んでいた。
「もういいや、死ね」
ひとしきり笑ったフードの魔法師が急に無表情になり、真由美たちにCADを向ける。真由美たちも生まれて初めて訪れる死の危険に絶望してしまった。しかし
「おい」
決して叫ばれたものではない。ただボソッと呟かれただけの声に、魔法師の中で時が止まった。そして、初めて周りの群衆が自分ではなく、別の方向を見ている事に気付いた。
「誰に
フードの魔法師や真由美たちを遠巻きに囲んでいた群衆の中に道が形成されていき、一人の青年がこちらに歩いてくる。
「董夜………くん」
「『トウヤ』?…………テメェ、四葉董夜か……っ」
フードの魔法師の言葉に、群衆の中に先程よりも大きなざわめきが広がった。『あの一族』の直系であり、若き身にして日本で二人目の戦略級魔法師に数えられる。
世界最強の魔法師
「ふ、ふふっ、ははは」
人質一人助けられない無力さに、崩れ落ちていた真由美たちのところまで董夜が着き。歩みを止めたところで急にフードの魔法師が笑い出した。
「戦略級のお前が、コレで最期を迎えるのも一興か」
そう言ってフードの魔法師が懐から取り出したのは、八口径の拳銃。どうやら董夜にも自身の領域干渉が効いてると思っているようだ。
「死ね」
銃弾が発射され、魔法を使えない魔法師には致命傷となる凶弾が董夜に迫る。
「はははッ………は?」
しかし放たれた銃弾は董夜に当たることはなく、彼の足元の床に埋まった。
口を開き、唖然としているフードの魔法師が続けて銃弾を撃つが、結果が変わることはない。
「なんで、俺の領域干渉の中で魔法が使えんだよぉ……!!」
「はぁ」
無様に喚き散らすフードの魔法師に、今まで黙っていた董夜が深いため息をついた。
「なら、お前も魔法使ってみたらどうだ」
「は……………あれ?」
董夜の言葉に一瞬呆然としたフードの魔法師が、懐のCADに想子を流し込む。しかし、魔法が発動することはなかった。
「今この空間に働いてるのはお前の領域干渉じゃない」
「……………まさか」
「俺のだよ、ひ弱な雑魚が」
信じられないといった顔をしていたフードの魔法師を、董夜が睨みつけた瞬間。董夜は人の動体視力を超える速度で間を詰めた。
「ガ………ァ……!」
自己加速術式により、通常よりも威力の乗った拳がフードの魔法師の鳩尾に食い込み、フードの魔法師は数メートル飛ばされて崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
「ふぅ、終わったね」
意識を失ったフードの魔法師の拘束を終え、人質となってた女の子を親御の元へ帰した董夜に、周りの群衆から拍手が巻き起こった。
「と、董夜君?」
自身に向けられた拍手に、董夜が一通り周りを見渡した後、群衆に向かって深く頭を下げた。
「この度はお騒がせして申し訳ありませんでした、これも我々十師族による統制が甘いせいです。これからは一層尽力していきますので、どうかご理解とご協力をお願いします」
振動魔法を使い、自身の声がフロア全体に聞こえるようにして。未だに頭を上げない董夜に、真由美たちも慌てて頭を下げた。
そんな四人に、先程よりも大きい拍手が巻き起こり、労う声も多数上がった。
「(動画を撮ってる人もいるみたいだけど、むしろ好都合だな)」
ようやく頭を上げ、駆けつけた警備隊にフードの魔法師を引き継いだ董夜だが。彼に限って喋ったことが本音ではなかった。
「(スゴイ、襲撃を利用して魔法師のイメージアップに繋げるなんて)」
しかし、そんな董夜の内心もつゆ知らず、真由美たちは鎮圧に助力できなかった虚しさと、董夜との力の差に打ちひしがれていた。
◇ ◇ ◇
その夜司波宅には、夕食を済ませた後、一心不乱に情報端末を操作する深雪がいた。
「(と、董夜さんの勇姿が動画サイトに………!)」
「(やっぱりかっこいi……いやダメよ深雪、私はまだ怒ってるんだから…!)」
董夜の勇姿が一般の目に広がった誇らしさと、昨日のことを引きずってる深雪が、複雑な心境を抱えていた。