人間は非力で妖怪を畏れ喰われるだけだと人々は云う。
それは、ただの事実であり、そして現実。 妖怪からすれば人間は食糧であり その畏れは妖怪の存在理由でもある。
人間は妖怪を畏れ、妖怪は人間を脅かす。
只それが人間と妖怪の関係、昔から変わらない、変えることの出来ない現実であり事実。
そのことを疑問に思う人間は居ないだろう。
何も知らなければ それだけの事。何も出会わなければ それだけの事。
それを、知ってしまったなら。それに、出逢ってしまったなら。
同じことを 想い。同じことを 言えるだろうか。
薄暗い視界の中で、ゆっくりとこちらへ近付いてくる者の姿が見える。
その佇まい、その像から人ならざるものだと言うことは よく見えなくとも人間の奥底に刻まれた本能から全身へと伝わる。
周りには、既に骸となったよく顔を見知った者や もはや誰だったのか分からなくなってしまった者まで その死体が転がっていた。
その死体から流れる紅い液体が肌に触れると、半ば夢見心地だった意識に現実を叩き付けられる。それは「死」そのことが頭によぎると同時に彼は、"それ"に背を向けて走り出していた。
仲間の骸を置き去りに、仲間の意思も置き去りにして、彼は「生きる」ただそれだけのために恥も何もかも全て捨てて走り出した。
薄暗い山の中をただ後ろを振り向かずに、走り続けた。追ってくる気配はない、今にも心臓は破裂寸前だ、背中から全身に虫が走るような感覚に苛まれながら、それさえも気に止めずにただ走り続けたが、無情にもその足を止めたのは彼ではなく それが当然のように "それは"最初からそこに居たかの様に 彼は首を掴まれて宙に浮いていた。
認識する間もなく目の前に現れた"それ"は彼を鋭い瞳で睨みつける。それだけで全身が凍りつくような錯覚に囚われ、しかし彼はその眼に違和感を感じ、目を逸らすことはなかった。
しばらくして拘束を解かれ、地面に足が着く感覚がするよりも先にその場に倒れ込む、呼吸をすることで精一杯で酸素が回らず視界が定まらない彼の五感に、直接 語りかけるような静かな声が 薄暗い森の中に響いた。
「どうして、お前だけ逃げた? 」
そう言った何者かの姿を直視したのは初めてだったが、それは人間でも只の妖怪でもなく、それは即ち"鬼"だった。比喩とかではなく正真正銘の"鬼"そのものだった。
そのとき初めて自分が逃げている者、相手にしていた者の正体を知った彼は"笑った"生きてきた中でこれまでに無いくらい、大きな声で狂ったように笑った。これが笑わずには居られない、自分が相手にしていた者が"鬼"だと知れば、絶望を前にして誰もが皆同じように笑うだろう。
そして彼は、人間だとわかっていても鬼さえも躊躇うような表情で答えた。
「"それは 俺が人間だからだよ"」
そう言って、彼は眼を閉じてまた狂ったように笑った。
それを遮ったのはまた彼ではなかった。
「私は人間が嫌いだ....」
そう静かに言った者の姿を 一度閉じた目をゆっくりと開いて正面から見据えた。彼はもう既に笑ってはいなかった。
見た目は幼くともその頭から生える二本の角が彼女が何者かと言うことをものがたり、透き通るような髪を大きなリボンで結び、その眼は力強い意思で彼を睨みつけていた。
その後に続けてこう言った。
「そして、卑怯な奴はもっと嫌いだ!!」
まさか、鬼にそんなことを言われる日が来るとは夢にも思っていなかった。 彼は死を体現したような者を前に何にも悪びれる様子もなくただ無感情にそして無表情に淡々と言った。
「それが、俺(人間)だ。」
それで殺されるのなら仕方あるまい、結局は早いか遅いかの違いなのだから....と半ば諦めたように ゆっくりと息を吸い眼を閉じその時を待っていると。
「だから、仲間を見殺しにして逃げたのか?だから皆が 私に殺されたのに何も思わないのか? だから、そうやって恥もなく卑怯に全て捨てて逃げれるのか?」
それを聞いたのを最後に彼は、思った。
だから、仲間を見殺しにして逃げたのか?....だから皆 私に殺されたのに何も思わないのか? .....だから、そうやって恥もプライドもなく全て捨てて逃げれるのか?.....だと? 直後 笑いが止まらなかった、しかしその笑いは絶望を目の当たりにした時のおかしさではなかった。
その感情は"憤り" 生きてきた中でこれまでに無いくらいに。全身の血が沸騰するような熱を感じた彼は、静かな薄暗い森全体に響くような大きな声で叫んだ。
真っ先に思い浮かんだ言葉を、言いたいことは色々あった がまず先にいうべき言葉を彼は迷わずに選んだ。
「ふざけんじゃねえ!!!」
そう叫ぶよりも早く彼の拳は、"それ"に振りかざして居たが、その拳は当然のように空を切る。
そして、最初からそこに居て最初からそこに居なかったかのように彼の背後に立つ彼女の姿を見た。
が、今度は彼女が獰猛に笑っていた。 それこそ、静かな薄暗い森を揺らすほどに。 そしてそのままの表情で見るもの全てを凍り付かせるそんな表情で彼女は言った。
それを聞く前に、少年は誰かの声によって強制的に意識を現実に戻された。
どうやら話を聞くところ 薄暗い森で、少年は1冊の童話を片手にしばらくの間、気を失っていたようだった。
「なにこんなところで 呑気にお昼寝なんかしてるんですかぁ〜?さすがに緊張感なさすぎですよ? はぁ.....」
と、いつもの調子で飛龍がそう言ってくるのがどこか懐かしく感じた。
「あぁ....すまん、なんか変な夢を見てたんだよなぁ。」
そう少年が言うと飛龍が揚げ足を取るように言った。
「変な夢って.....まさか〜エロい夢とかみてたんじゃないんですかぁ?全くとんだ変態ですねぇ?」
「いやいや!?そんな夢じゃねえし!てかそうだとしたらお前に言わねえよ!」
「へぇ〜そうですか〜あはは! あっそうそう、さっき言ってた件ですけど〜アポ取ること出来たんで早いとこ行きましょ!それに今はボクの苦手な天狗も居ないみたいですので!」
「ん?あっあぁそうだったな、てかお前に苦手な相手がいたとは驚きだな。」
「いえいえ、ボクもこう見えて苦手な人は、けっこう居るんですよぉ? まぁよっぽどの事がない限り何もしないので安心してくださいあはは」
「そうか? あまり問題は起こさないでくれよ?」
そう言って2人は天狗の住む建物へ向かった。
その姿を興味深そうに薄笑いを浮かべながら上から見つめる視線に2人は気付くことはなかった。