人と妖の夢   作:「NULL」

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満月ノ夜

 

忽然と輝く満月が周りの闇を薄明るく照らしている。 その月の光は人間からすれば薄暗いが、妖怪からすれば、力が強まり昼間より目もよく見える絶好の夜だ。

そのため人間が満月の夜に外を出歩くことはほとんど無いのだが、満月の光に薄暗く、深い闇を映し出したような瞳の少年が月明かりに照らされながら竹林を歩いていた。

 

後には誰も付いてくる気配は感じない、少年は大きく息を吸い、そしてゆっくり息を吐いた まるで自分を落ち着かせるように。

 

そして震える足を前に進ませようと1歩を踏み出したその瞬間に、音もなく最初からそこに居たように数メートル先に立っている見慣れた人影が見えた。

 

その人影の顔を見ると満月の夜には浮いてしまうくらい紅に輝く瞳が少年を不気味に見据えている。

 

そして少年はゆっくりと口を開いた。

 

「まったく....見つけるの早すぎだろ?もうちょっとゆっくりしててよかったんだぞ?」

と少年はそう不敵な笑を浮かべながらその人影に呟いた。

 

「いえいえ、貴方が何かをする前に連れて帰らないとボクが師匠に怒られちゃいますから、あはは」

そう言っている飛龍の顔は全く笑ってなかった。

 

「まぁそーだよな? 何たって師匠に俺を始末するように命令されてるんだもんなぁ?」

少年は挑発するように不気味な笑顔を浮かべながら飛龍にそう言った。

 

「やっぱり、気付いていたんですかぁ? これでもボクは出来る限りあなたを殺したくはなかったんですよぉ....」

そう言って飛龍は俯いた、その肩はどこか震えているようにも見えた。

 

「はっ、笑えない冗談だな?お前の眼を見れば分かるさ その眼はそんなことを考えている奴の眼じゃない、実際そうだろ?」

そう言って少年は不敵に笑った。

 

「気付いてくれましたぁ?あははっ!!やっぱり貴方なら気付いてくれると思ってましたぁ」

ニタァと飛龍は不気味な瞳の光を更に輝かせながら口の端を大きく歪めた。

 

「それじゃあ、挨拶はこの程度でいいですよね?何か言い残したことはないですかぁ?あはは!!」

飛龍は愉しげに紅く眼を輝かせながら満月の光に薄暗く照らされる両手を広げて、少年を捉える瞳は、今まで見知っていた飛龍ではなかった。

 

「そうだなぁ、言いたいことねぇ....あ〜お前に言いたいことがひとつあった、そうだな確か射命丸も言ってたっけ?」

と少年は飛龍の殺気を全く気にすることなく煽るように不気味に顔を歪めて言った。

 

「飛龍サン?あなたはもう少し緊張感を持っていた方がいいと思いますよ?」

と、そう言ったのはやはり少年ではなく最初に会った時を思い出すかのように声の聞こえた方を向いた。

 

「お待たせしましたっ! 予定より少し早く来ちゃいましたけど、どうやらそれが裏目に出たみたいですね。」

その声の主は、さっきまで上空で聞こえていた筈が最初から少年の隣にいたかのように平然と話しかけていた。

 

「まぁ、そーいう事だ。わるいな飛龍、お前の作戦は失敗だ。」

と、少年は軽い口取りでそう告げた。

 

「まぁ確かにあなた一人を始末するより"手間"が掛かるだけですけど、それだけの事ですよ? あははっ!」

と飛龍は虚勢でも強がりでもなく、ただ事実としてそう言っていた。

 

それに反応したのは少年ではなく隣で写真を撮っていた射命丸だった。

 

「ほぅ? この私があなたよりも劣ると?そう言いたいんですか?」

射命丸はカメラから目を離して、鋭い目付きで飛龍の方を睨んだ。

その声と瞳は怒りが滲み出していた。

 

「いやいや、ボクはそう言いたいんじゃなくって〜」

と飛龍はモジモジと両手を股に挟んで、可愛らしく、しかし顔はさっきよりも不気味に、そして少しだけ体格が変わったと思ったそのあと。

 

「ボクはぁ〜そう言いたんじゃなくって、"そう言ってるんだよ?"雑魚が。」

 

 

しばらく少年は、誰が言ったのか理解することが出来なかった。何故なら飛龍の聞き慣れた甲高い幼い声だったはずが、いままで聞いたことのない、まるで男のような低い声で そう言ったのが聞こえたからだった。

 

飛龍がいった後なのか、途中なのか どっちかはわからないくらいの速さで既に射命丸は飛龍の体を粉々に吹き飛ばして、四肢が竹林に散らばっていた。

 

それこそ少年は何が起きたか理解が追い付かずにその周りに飛び散った四肢と血飛沫が何が起こったのかを物語っていた。

 

「お....おい、射命丸?」

と少年は怪訝そうに射命丸に声をかけた。

 

「少し、調子にのっていたので掃除して来ました。」

そう言って射命丸は何も悪びれる様子はなく、自分の服に返り血が付いていないかだけど気にしていた。

 

少年は徐々に血の気が引いていく感覚に苛まれ、さっきまで熱かった頭が急激に冷めていくようだった。

そして、その飛び散った四肢をみて少年はどこか違和感を感じていた。

 

「なぁ、射命丸。飛龍の頭は何処に飛んでいったんだ?」

そんなに広範囲に飛び散っている様子もなかったので少年は何故か飛龍の頭が気になっていた、頭というよりもどちらかと言えばあの紅い瞳を警戒していた。

そこまで思い少年は飛龍と最初にあった時を思い出す。

(確かあの時は、あの紅い瞳を見たら幻覚に陥ったんだっけ....まさかっ!?)

そう思った瞬間に、粉々に吹き飛ばして死んだ筈の飛龍の声が竹林の四方から聞こえてきた。

 

「死んだとおもったか?、ははっ残念。俺を殺すことはそう簡単に出来ないな〜」

と飛龍は変わらず低い声で、少年たちを煽るように言ってきた。

 

「あっそうそう、もうお前なら気付いてるんだろ?なぁ?」

飛龍は少年に向かってそう言ってきた。

 

「射命丸、急いでここから脱出できるか!?」

と少年は焦り気味にそう言った。

 

「ええ、まぁ出来ますけど こいつはここで殺っておいたほうがいいと思います。」

そう言って射命丸は声の聞こえた方に扇を一振りしたその瞬間に周りの竹林が一瞬にして横真っ二つに切れた。

そして追い打ちをかけるようにもう一振すると今度はさっきまで真っ二つに切ったはずの竹林が最初からなかったように粉々に風に乗って吹き飛ばされた。

 

そして何もなくなった、かつて竹林だった場所に1人佇むシルエットは見えずとも誰かはわかっていた。

 

そして、その紅い瞳を少年と射命丸が最初に話をしていた時に見てしまっていた、時点で彼らは飛龍に敗北していたと知ったところでもう既に手遅れだった。

 

少年と射命丸の意識はすでに闇より深い飛龍が操る幻覚の中に囚われていた。

 

めまぐるしく景色が変わっていく世界で、何度も殺されても死ぬずに、永遠に続くような苦痛を味わ合わされ、その中で何度も心が壊れそうになったが、そうなればもう二度と幻覚から醒めないことを少年は本能的に分かっていた。

 

 

「早く、楽になりたいだろ?」

と飛龍は何度も少年を尖った刃物で切りつけながら愉しそうにそう言っていた、もう既に切られる苦痛には慣れてしまうほどに。

 

「さっきまでの威勢はどうした?急に静かになるなよ?こっちが退屈だろ?」

と言って殺され、意識が戻ると今度は全身を引きちぎられるように、身体中を結ばれた紐で引っ張られていた。

 

「あぁ、やっぱもう飽きたわ....」

そう言って飛龍は紅い瞳を瞑り再び少年に向けて目を開けた、その瞬間に少年の意識は強制的に現実に戻された。

射命丸に粉々に吹き飛ばされた筈の竹林も何事も無かったようにそびえ立ち、少年の隣には未だに幻覚に囚われ続けている射命丸が悲鳴にならない声を苦しそうに上げていた。

どこまでが現実で、どこからが幻覚なのかわからなくなり、今この瞬間も幻覚の中ではないかと思ってしまうくらいに少年の心は弱っていた。

 

「おいおい、そんな顔をしなくたってここはちゃんと現実だよ?」

と低い声の飛龍は少年の心を見透かすようにそう言った。

 

「なんで俺だけ幻覚を解いたんだ?」

と少年は激しく飛龍を睨みつける。

 

「あ...?そんなの飽きたからにきまってんだろ?」

当然のような顔で飛龍は低い声でそう言った。

 

「だけど、お前には取って置きのを食らわせてやるよ。」

 

そう言って飛龍は、ゆっくりと目を瞑り そして大きく息を吸うと同時に飛龍の周りの空間が激しく歪み出した。飛龍が息を吸ってゆっくり吐く事に その歪んだ空間は次第に拡張して行った、まるで相手の意識を操る幻覚ではなく飛龍の周りの現実の空間ごと全てを幻覚と同じように同化させているように、その空間はやがて少年を含む一定の範囲を飲み込んだ。

そして、飛龍がゆっくりと目を開いたと同時に激しく歪んでいた空間は全て飛龍の紅い瞳に支配された。そう、それは現実をも飲み込む究極の幻覚。

そして飛龍は今までの中で一番強く輝きを放つ紅い瞳で呟いた。

「スペル...."オズワルド・フォーチュンラビット"」

 

言葉にすると、その空間は飛龍の思うままに操っていた。空を飛ぶことも、魔法も使うことも、物質を創り出すことも何もかもが飛龍には出来た、まさにその小さい空間の中でその小さな兎は全知全能の神になっていた、誰もこの空間のこの"世界"の飛龍には叶わないだろう、そう思い諦めかけた意識の中で射命丸に聞いたあの事を思い出した、そして少年はこの先に起こる未来を確信して不敵に飛龍に笑を向けた。

小さな世界の小さな神様は、この空間で一つだけ出来ないことがあった、しかしそれは少年には出来たことだった。ただの"人間"に出来て、その空間の"神"に出来ないこと、たった1つの見落としで直後、飛龍は敗北していた。いや、もうすでに少年と会った時からこうなることは運命付けられていたのだった、そう この小さな兎が創り出した、小さな世界は しかしそれは、やはり小さな世界の中だけの話だった、唯一この小さな世界の"神"に勝てるのは、すなわちこの世界(幻想郷)の最強を除けば誰一人いなかっただろう。

直後、強制的に飛龍の世界は粉々に砕け散った。やはりそこには最初から何もなかったようにしかし、そこには絶対に居なかったと言うことだけはわかるそんな男が不遜な笑みで立っていた。

 

飛龍は何が起こったかわからないような顔でただ呆然と立ち尽くしていた。

そしてしばらくして、いっきに疲れたような笑顔で 体格がいつも通りの小さな可愛らしい飛龍に戻ったあとにその場にへたり込んだ。

 

「はぁ〜、こんなことができる人はボクが知る中で1人しかいませんよぉ〜とほほ....」

そう言って飛龍は満月の光に薄暗く照らされる不遜な男を半ベソを掻きながら見る。

 

「はぁ....これでボクは師匠にお仕置きされるんですねぇ....もういっそのこと逃げちゃいましょうか....」

そんなことをブツブツ言いながら飛龍は立つ気力も残っていないような顔で俯いた。

 

そして少年は最強の男の方を見る。

少し背は高めで、月明かりだけなのでよく見えないが特別変わったところもなければ目に付くような特徴もない、言われなければ至って普通の人間に見えるその男は、少しだけ付け足すと目が合った彼の瞳からは何一つ探らせてはくれずに、むしろ自分の方が全て見透かされているような錯覚を覚えた。

 

「お前が、春野 龍助だな。」

そう言って少年はゆっくりと彼を見据える。

 

「初めまして、だな?まっ挨拶しなくても俺のことは文にでも聞いたんだろ?それなら話は早い、これは俺の"仕事さ"それにお前ならこの状況を見て俺がどんな役割か、もうわかってるはずだろ?」

 

少年が言おうとしたことを全てノータイムで思考を見透かしたようにそう言った得体の知れない男に少しだけ自分に似た部分を見た。

 

「おっと、そうこうしている間にお師匠様の登場だな?」

と、そう気楽に言って口笛を吹く

 

彼が見ている満月の方を見ると、そこには大きな月を背に弓を片手に空に漂う美しい女性だった。

 

そしてお師匠様と呼ばれる女性がゆっくりとした口調で話しかけた。

 

「飛龍、あなたがこうなることは予想してました。だからお仕置きの心配はいらないわ、それとあなた。」

飛龍は最初、自分に名前が呼ばれた瞬間ビクッと背筋を伸ばしたがお仕置きがないことを確認すると今度こそ安心したようにその場にぐったりと倒れ込んだ、相当に疲れが残るスペルだったことが見て取れる。

そして少年の方を向いた銀色の女性は、またゆっくりと口を開く。

 

「あなたは、要注意人物として今後とも監視を続けて行くつもりです。なので監視役として、そこに居る飛龍を今まで通り あなたに なすりつけ....コホン! あなたに付けます。いいですね?。」

 

(おいおい、今どさくさに紛れて なすりつけるって言ってんじゃん!?いやいや まさか飛龍をなすりつけるために俺を嵌めたんじゃないだろうな!?あの女ぁぁ!!)

 

「ちょっとまってくれ!?いきなりそんなこと言ったって!」

と、そう少年が言ったと同時に目視できない早さで少年の頬を矢がかすった。

 

「はいっ!ぜひ喜んで 監視させられていただきます!」

とっさに少年は命の危険を感じ敬礼をした。

(お師匠様こええぇ....)

 

「というわけだ飛龍くん!今後とも仲良く頼むっ。」

そう言って飛龍に握手を求める少年の手は震えていた。

何よりもお師匠様の恐さをわかっている飛龍は、逆らうことなど考える筈もなく、ここで少年と飛龍は、お師匠様に脅されて初めて同じ境遇になり、お互い ひっそりと心の隅で涙を流した。

 

 

「わかりましたね?それでは私はこれで戻りますが、あなた達はこれから好きなように行って構いません、そのかわり飛龍にはちゃんと報告に来るように命じます、いいですね?」

 

「はいっ....お師匠様、」

と、飛龍はやはり どこか震えながらそう返事をした。

 

もう気付いた時には、"彼"は居なくなっていた。

 

満月も沈み、ゆっくりと朝の光が少年たちを包み込む、その朝焼けにどこか懐かしいものを感じたがこんなふうに穏やかな気持ちで朝を迎えられたのはいつぶりだろうかと思いながら半分、現実逃避気味にこれから先に起こるであろうことに頭を悩ませていた。

 

さっきまで、幻覚でうなされていた射命丸は気持ちよさそうに寝提灯を立てながら爆睡していた。

 

 

 

 

 

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