木々の隙間から朝日が差し込む竹林の中で、少年は半ば夢見心地のまま佇んでいた。
どこか哀愁を感じる静けさも、今はとても気持ちのいいものに感じていた。
その静寂の中に、少年の耳をくすぐるような可愛らしい、まだ幼さが残った声が竹林の中で響いた。
「あのっ! さっきから何度も呼んでるじゃないですかぁ! 何、ぼぅ〜っとしてるんですか?」
そう言って飛龍は何故か上目遣いで少年に話しかけた。
「ん....?あぁすまん、それで?どうした。」
「ですから、この後どうするかって言う話ですよ。」
「そうは言ってもなぁ....これからどうするっていう具体的な予定も目的もないしなぁ。」
と少年は飛龍が向ける上目遣いから目を逸らしながらそう言った。
「そうですかぁ....あっ、そう言えばこれはどうします?あはは!」
飛龍は何かを考えている途中に彼女の幻覚が覚めても、まだ眠ったままの射命丸を見つけ邪悪な笑を浮かべながら少年を見つめた。
「どうするも何も、このままここに放っていくわけにもいかないだろ?」
そう言って少年は気持ちよさそうに眠っている射命丸の方を半目で見つめる。
(それにしても、なんであんな事があったのにこんなに気持ちよさそうに寝てんだよ....。)
そう思い少年は溜息をつきながら射命丸を起こそうと手を伸ばすと。
「あっちょっと待ってください!あはは!」
「ん?どうした。」
そう言って飛龍はまだ重い足取りで立ち上がりテクテクと普段より少し縮んだようにも見え、そのまま少年の前で気持ちよさそうに眠る、射命丸の顔にどこから取り出したのか、筆を手に持ちラクガキを始めだした。
「そんな事やって大丈夫か?あとで何かあっても知らないからないからな〜」
「あはは! 全然、それよりも一緒にどうです?えへへ!」
と飛龍は楽しそうに筆を勧めてきた。
「俺を共犯者にしようとするなっ!」
そう言って少年は飛龍の手を振り払った。
「うん!うん!このくらいでいいですかね。」
飛龍は納得した顔で筆を仕舞うとそのまま射命丸の肩を揺さぶった。
しばらくして射命丸は目を覚ますと、少し警戒気味に周りを見回していたが、少年が何があったかを説明すると安心したかのように、しばらく飛龍と睨み合い、言葉を交わすことなく少年にだけ話しかけた。
「今回の失態は、いつか必ず果たしますので今日はこれで失礼します。」
そう言って射命丸は俯いたまま一瞬で少年たちの前から姿を消した。
「かなり、お前の幻覚が堪えてる見たいだったな。」
そう言って隣に居る飛龍に話しかける。
「そう....ですね、」
それだけ言って飛龍は俯いて少し震えていた。
少年は俯いたままの飛龍が少し気になり何か声をかけようと思考を巡らせたが掛ける声が見当たらなかった。
「その....あれだ、まぁ過ぎたことだし少なくとも俺はもう気にしてないからな?って....ん?」
そう慰めようと声を掛けた少年が飛龍の目を見るとそこには、
「あはははっ! いやぁ〜!見ましたかあの顔!あはははっ やっぱりコテンパンに負かした相手から向けられる時の顔はサイッコーですね!あははっ!」
そう言って飛龍はお腹を抑えながら大爆笑していた。
「はぁ....そうだったな。」
少年は溜息をつきながら、遠い目をしていた。
「ん?それよりさっきなんか言ってました?」
と飛龍は首を傾げながら少年に聞いてきた。
「何も言ってねえよ、取り敢えず寝る所だけでも確保しないとな〜」
「あっそれなら人間の郷から少し離れたところに今は誰もいない小さな神社があったような気がしましたし、行ってみるだけ行きます?」
「そうだな、確かに里にも近いなら少し便利かもしれないな。」
そう思い少年はその小さな神社に行くことにした。
「ん?なんだよその顔は。」
そう言って少年は飛龍が向ける不気味な顔に不信感を抱きながらそう言った。
「いやぁですねぇ〜僕が天狗の所に行く時どうやって行きましたっけ〜?」
「どうして今そんな事聞くんだ?」
「いいから早く答えてくださいっ!」
そう飛龍に迫られて少年は少し動揺しながらその時の事を思い出す。
「いや、たしかあの時は崖の上に行かないといけなかったからお前に背負って貰ったんだよな?」
「えぇ!えぇ!そうですとも!」
「いや、だからそれが何だよ?あの時はそうしないと俺が行けなかったから仕方ないだろ?」
「まぁ〜だわかんないですかぁ....?」
そう言って飛龍は少年を半目で見る。
「まさか、俺に背負って行けって言うんじゃないだろうな!?」
「なーに甘えてるんですか!そのまさかですよ!」
「いやっ!?現在進行形で人に甘えようとしている奴が言うセリフじゃねえ!!」
「それじゃあ、質問です! 可愛い女の子が困っていたらどうしますか?」
「いや、そりゃ助けるだろ普通。」
それを聞いた飛龍は即座に地面に座り込んで上目遣いで見つめる。
「いや!?なんだよその目はっ!お前そもそも女じゃねえだろっ!!」
「いやですねぇ!どこからどう見ても女の子じゃないですか!....いまのところは。」
「いや!お前最後に"今のところは"って言っただろ!?どっかのスマホ絡みの都市伝説みたいな言い方すんなっ!」
「何言ってるかわかんないんですけど、それよりどうでもいいから早くおぶってください」
そう言って飛龍は駄々っ子のようにその場でゴロゴロと暴れだした。
「あぁっ〜わかったわかった!」
そして少年は神社まで飛龍をおぶって行くことになった。
「あれ?お前って意外と軽いんだな?」
「そうですね、さっき大量に力を消費しちゃいましたから その影響もあるんじゃないですか?」
「へぇ〜そういうもんか。」
しばらく歩いて 竹林を抜けてそのまま山を下っていくと少し先の目に届く所に人間の里が見えた。
「へぇ、あれが人間の里か。今度行ってみたいもんだな」
「そうですね、何かわかることもあると思いますよ。」
と飛龍は珍しく真面目なことを言っていた。
「それで、ここがお前の言ってた誰もいない神社か?」
「はぃ...そうですぅ。」
と飛龍は少年の背中で小さくなりながらそう言った。
その神社の鳥居はボロボロで神社の名前すらわからないほどに廃れ、本堂は今にも崩れそうなどこか怪しい雰囲気も漂っていた。
「確かに誰も居ないわなぁ?」
「そうですよね!うんうん!」
「いやぁ〜さすが飛龍さんお目が高い、こんな穴場を見つけてくれるんですもんねぇ?」
「えへへ〜そんなに褒められることは何一つ。」
「あぁ、確かに褒められることは何一つだな?で、お前はこんな今にも崩れそうな神社で寝れるとでも本気でおもってるわけじゃないよな?」
「えっ!?....えぇもちろん!」
「さすがに、ここで寝るのはなぁ。朝になったら屋根の下敷きなんて御免だもんな?」
(コイツ本気でここで寝れると思ってたのか!?)
「そうですよねぇ、でもボクが前見た時はこんなにボロボロじゃなかった気もしたんですけど気のせいですかねぇ」
「いやぁーせっかくこんないい場所を教えてくれて申し訳ないんだけど(棒)一応のためにもう一度言うけど一応のために聞くんだけど、もちろん他にアテはあるんだよな?」
「しょうがないですね、もうここまで来たら少し遠いですけど知り合いが居るので、もしかしたら泊めてもらえるか聞いてきます それまでここで待ってて貰ってもいいですか?」
「いやぁ〜なんか悪いねぇ、せっかくこんなにいい場所教えてくれたのに はははっ....いますぐ行ってこい。」
「急にマジになって言わなくたってすぐ行きますよ〜」
そう言って飛龍は少年の背中から降りるとそのまま地面を力強く蹴って飛び去った。
しばらくして、雲行きが怪しくなり少年はボロボロの鳥居を潜り廃れた神社の境内を暇潰しに歩いていた。
一通り境内を歩いて、まだ行っていない本堂の裏に足を進めた。
すると、どこからともなく すすり泣く声が聞こえたような気がしてその声が聞こえたような方へ行くと、そのすすり泣く声に協調するかのように灰色の空から無数の雫が少年の周りを包み込んだ。急いで神社の隅にある大きな木の木陰に雨宿りしようと駆け込むと。
そこに居たのは神社の隅っこの木の木陰で足を腕で折りたたみ顔を俯むかせて、今にも消えてしまいそうな小さな小さな儚げな女の子が神社の木陰ですすり泣いていた。
「......」
「なぁ....おい、どうしたんだ?」
と少年は声をかけるか少し惑ったが勇気を出して話しかけた。
「......」
なんの反応はないが、少年の存在に気付いたのか泣き声は止んだ。
「なぁ、お前 なんかあったのか?」
そう言って少年は、小さな少女の前に向かい合うように屈み込んだ。
「......」
依然として反応は無く、しばらく沈黙が続き 少年はどうにかこの状況を打開しようと考えたが、まだこっちに来て人付き合いの少ない少年は、なんと言ったらいいのか言葉が出てこなかった。
そのまま時間だけが流れていき、さすがに空気に耐えられなくなった少年がため息を漏らし 立ち上がろうとすると、俯いていた少女が初めて顔を上げた。
大きくて純粋な瞳の周りには何度も泣いて赤く腫れた痕が残り、せっかくの長くて茶色掛かった絹のような美しい髪は何度も掻きむしったように乱れ、胸ついてある少し大きめのシワだらけのリボンをギュッと大切そうに握りしめ、今にも消えてしまいそうなそんな儚げな雰囲気を少女から感じた。
「話せるか?」
そう言って少年はまた少女の前に屈み込んで話しかけた。
少女はゆっくりと頷き、その大きな純粋な瞳で少年を見つめた。
その瞳からは一切の不快感を感じられなかった、少年はそんな純粋な瞳を見たのは今までで初めてのことだった。
そのことに少し驚き、ゆっくりと話しかける。
「お前、名前は?」
そう言ったが少女はしばらく黙ったままでそしてその後に、鈴を転がしたような綺麗な声が少年の耳を包み込んだ。
しかしその声は少し震え、不安が漂うようなそんな風にも聞こえた。
「わからない。」
そう言って少女はまた俯いて小さく震える。
「一緒だな。」
何かを考えるよりも先にその言葉が少年の口から独り言の様に漏れた。
先程まで俯いて震えていた少女はその言葉を聞いた瞬間に耳を疑う様に顔を上げ、そこで初めて少女は少年の顔をハッキリと見た。
その顔には一切の嘘も悪意もなく、どこか自分に似た何かを少年の中に見たような気がした。
「いっ....しょ...?」
「そう、一緒だ。俺も自分の名前どころかどうしてここに居るかもわからないんだよ、はははっ」
そう言って少年は優しく笑いかけた。
「そっか....いっしょ、えへへ」
少年につられるように少女の顔にも笑顔が灯った、その時 少年はその笑顔にどこか懐かしいものを感じた。夢で見たあの少女や、童話で見た"それ"と同じような そんな何かを。
今度は少年の目の前に、夢や幻じゃなく、現実として目の前に。そして少年は決意した。
「お前も、自分が何なのかわかるまで俺と一緒に来るか?」
そう言って、少女に手を指し伸ばした。
あの笑顔を再び思い出すと。
そして自分が何者かを思い出すために。
「うんっ!」
そうして少女も、力強く少年の手を取り、悲しくて泣いていた涙は今は別の感情に感じられるような、少女の頭の中に鳴り止まなかった音は既に消え、万遍の笑みでそんな美しい涙を目の隅に宝石のように輝いて見えた。
少女の目に宿る宝石のような雨は既に止み、青い空には少女の笑顔のような虹が色鮮やかに掛かっていた。