薄暗い森の中でなまぬるい風が不安感を煽り、月の光だけを頼りに自分の先を歩く金色の髪の少女の後を数歩後ろで無言のままついていった。普段から明るく輝いて見える金色の髪をさらに月の光が照らし、暗い森の中でも目立つほどに美しくさも儚げであった。
しばらく歩き魔法の森を抜け、 妖怪の森に1歩足を踏み入れたと同時に魔法の森とは また違い、まるでこの森自体が妖怪であるかのような錯覚を覚え、普通の人間ならば感知できないはずの妖怪の気配さえも、すぐ近くに息を潜めているかのように感じられる。
「......」
息をのみ重苦しい沈黙の中、何度か声をかけようと試みたが 先ほどのこともあり、周りの雰囲気も話せる空気ではなかった。
金色の髪が目立つ後ろ姿を数歩後ろで離れないように歩き続け、しばらくして 長い沈黙を破ったのは、少女の方だった。
「さっきからずっと黙ってないで何か話したらどうなんだ?まったくこっちまでしらけちまうぜ」
不機嫌そうに眉毛を寄せて振り返り、金色の瞳がこちらを覗き込む。
「そんなこと言ったって何も話すことないだろ?」
「はぁ、さっきの事は気にしてないからもう気を使わなくてもいいんだぜ?」
「そうか、それじゃ少し聞いていいか?」
「いいけど? 何か気になったことでもあるのか?」
「なんでさっき俺があの言葉を口にしたときあんなに取り乱したんだ?」
「お前なぁ....気を使わなくていいって言ったけど少しは考えてみろ、それじゃさっきと変わんねーじゃねえか」
少年の顔には悪意はなく、ただ何があったのか知りたいと言う純粋な興味だけだった。
「はぁ、ほんとにお前は外の世界から来たんだな ここに生まれたら誰もが分かりきった常識だぜ?常識? 外から来たお前に言ってもわかんないだろうけどさ。」
「ん? 常識って言ってるけどなんであの言葉を言われたら取り乱したか わからないのか?」
「うーむ...そう言えば深く考えたことなかったなぁ....なんでだ?」
「いや、それを俺に聞かれても困るだろ ん....ちょっと待てよそれって....」
そう言いかけたのと同時に、人間の恐怖心をあおるような 地面を震わせる低い声が響き渡った。
「ケケケっ.....人間どもがここで何をしてる?」
そう声が響いた先にいるものを薄暗い森の茂みの闇の奥に幽かに影が動いたのを視認すると同時に金色に輝く光が数十メートル先の闇まで照らし周りの木々を溶かし一瞬遅れて何が起きたのかを理解する。
そこに居たのは闇に溶け込むかのように不気味に佇む奇妙な形をした化け物だった。
異常に長く見える腕に薄汚れたマントで全身を覆い 深く被ったフードからは赤い目が2つ闇の中に浮かび上がっている。
「こんなところで人間と出会うとは運がいいなぁ...ケケケ...それじゃ遠慮なく頂くとするか ケケケ....」
不気味な笑い声を上げながら赤い目をした化け物は最初からそこに居なかったかのように闇に姿を消した。
「おい!あれってまさか妖怪なのか!?」
「何言ってんだ?そりゃあ妖怪の森だし妖怪くらい居てもおかしくねえだろ?」
「そんな余裕に構えてて良いのかよ!?何処にいるかもわからないんだぞ?」
「ははっ 何処にいるか分からなくたっていいのさ、何処に来るかさへ分かっていればどうにでも出来る」
さっきまでの雰囲気とは違い金色の瞳が鋭く光り 、そう不敵に嗤う姿は魔女そのものだった。
「それと、そこから1歩も動くんじゃねーぞ? 動いたら命の保証はないぜー」
「っておい!何だよそれ逃げねえとただ喰われるだけじゃねえか!」
「いいから黙ってそこに突っ立ってろ、じゃねえとほんとに知らないぜ?」
「あぁ、そこまで言うならそうしてやるよ!どうなっても知らねえぞ!」
そう言うのと同時に周りから腐臭が漂い不穏な気配がした方向に振り向くと、そこには赤い目をした化け物が光で編まれた縄のようなものに縛り付けられていた。
「どうなってるんだ....これは?」
「ふふふっ!これは私が考えた捕縛式魔法の一つだぜドヤァ! そこらじゅうに捕縛術式を張り巡らせて私たちに近付いたら自動的に捕縛する仕組みってわけさ!」
「なんだお前そんな魔法も使えたのか!凄げぇな!、ははっ!」
「まぁ~ね~なんて言ったって私は天才なんだからな! あははっ」
いやそこまでは言ってないと、いいかけた言葉を飲み込み半目で見つめる。
「それで?コイツどうするんだ?」
「取り敢えずこのまま放っておこう、殺して復讐でもされたら面倒臭いからな~」
「それじゃ先を急ぐぜ ってぅわっひょわぁ!?」
言葉にすらなってない悲鳴を上げた声の主を見上げるとそこには赤い目をした化け物が捕えられていたのと同じ光の縄のようなものに吊るし上げられている金色の瞳をした少女もとい先ほどの威厳はどこに行ったのか自分で仕掛けた魔法に引っかかるというマヌケな魔法使いがそこに居たのだった。
「何をやってらっしゃるんですか....?」
おそるおそる話しかけるやはりそこに居たのは吊されても美しい金色の瞳をした少女だったがその瞳は少しだけ涙に覆われていた。
言うなれば自分の仕掛けた魔法に引っかかり吊るし上げられ半泣きで目のやりどころに困る姿をした月明かりに照らされた金色の瞳の少女は、本来なら美しく見えるだろうその光景は残念というほかなかった....
「あのぅ....僕はどうすればいいのでしょうかぁ 」
「こっち見るんじゃねーぞぉぉっ! 見たらぶっ飛ばすからな!」
「えぇっ!?嘘だろそんなの絶対無理だろ!?どうやって見ないで助ければ良いんだよ!」
「とにかく今は見るんじゃねーぞ! 方法を思い付いたら話しかけるからそれまで後ろ向いてろ! んうぅ....」
そう叫ぶ金色の瞳をした少女の姿は足から逆さに吊るし上げられてスカートがめくれ、光の縄はスカートで隠してあった部分を中心に複雑に絡み合い下半身をくまなく光の縄が締め付ける。
この捕縛式魔法は本人曰く縛られた対象が抵抗するだけキツくなり1度引っかかると術者本人でも自力で脱出するのは難しいと言う。
後ろで悲鳴にも似た喘ぎ声がのようなものが聞こえてきて、振り向きたい気持ちと自分の命を天秤にかけ何とか踏みとどまりその光景を頭の隅に追いやり、先ほど捕らえた赤い目をした化け物の方を見た。
しかしそこに居るはずの赤い目をした化け物は薄汚れたマントだけが縛られておりその中にいるはずの赤い目をした化け物本体は何処にも居なかった。
「まじかよ....こりゃあヤバ過ぎるじゃねえか!?」
そう言って後ろを振り向こうとした瞬間に背筋が凍り付くような錯覚を覚えるような不気味な声が響いた。
「ケケケっやっぱりあの女は何か企んでいたなぁケケケっ縛られる前にマントを身代わりにして奴らの足元を闇を使って存在を偽装してよかったぜケケケ」
そこに居たのはやはり赤い目をした異常に長い腕と、いびつに歪んだ細い胴体と比率の合わない足をした紛うことなき化け物もとい妖怪そのものだった。
「さぁってとケケケそれじゃさきにこの人間から頂くとするかケケケ」
そう言って木の上から目の前に飛び降りてその衝撃で吹き飛ばされ腰を抜かし倒れたまま起き上がることが出来ないまま少しづつ近寄ってくる「死」そのものを半ば夢心地で諦めたかの様に眺めていた。
押し寄せてくる記憶の濁流を無駄に澄みきった頭で映画を見るような感覚でその記憶を眺めて行った。
そこに居たのは1人の少年と頭に角を生やした髪の長い少女の2人が月を眺めながら杯を交わし、言葉は聞こえないが何かを話しているように見え、約束をしたのだろうか、お互い楽しそうに笑い指切りを交わし合い、少年の方が立ち去ると角を生やした髪の長い少女は独り酒を呑みながら儚げな月を眺め笑顔のまま泣いていた。
「死」を目の前に諦めかけたその意識を現実に戻したのはゆっくりと歩み寄る「死」を彷彿とさせる化け物を八つ裂きに引き裂き、いびつな形をした四肢が周りに飛び散りその返り血が顔にかかり何が起きたのか理解できないまま最初に見たのは、可愛らしい姿をした血に塗られた剣を握る傀儡人形だった。
人形の後ろの闇から最初からそこに居たかのように周りに数体の人形を漂わせながらこちらへ歩み寄る儚げな女性だった。
「はぁ....たまたま貴方達を見かけて心配になってあとを付いて行ったらこんな事になるなんて....やっぱり付いていって正解だったわね。」
「お前は....いったい何もんだ?」
「私の名前はアリス、まぁ好きによんでいいわ。」
「それよりも、魔理花が大変なんだ! どうにかなるか?」
「えぇ....知ってるわ はぁ....さっき私の人形達を迎えさせたからあっちの方は大丈夫よ。」
「一体いつから俺達の後を付いて来ていたんだ?」
「最初からと言いたいとこだけど、ほんのさっき偶然見かけたから駆け付けただけよ、貴方達も運が良かったわね。」
「あぁそれに関しては感謝している。」
少し遅れて息を切らしながら金色の瞳の少女が駆け付けてきた。
「やっぱりアリスさんだったんですね! 人形が私を助けてくれてあなたが来てくれてほんとに助かりました。」
「なに!?あの魔理花が敬語つかってるだと?」
「なんだよ!私だってちゃんと敬語くらい使えるぜ、いったいどんな風に思ってたんだか」
「それより あなた達こんな時間にこんな所で何をしていたのかしら?」
「それはですねぇ~ この役立たずを里まで送ってやるって言う約束をしましてぇそれで近道のためにこの森に来たわけなんですよ~てへへ☆」
「はぁ....このまま あなたたち2人で先に向かわすのは心配だから私も里まで送るわよ。」
「ほんとですかぁ!ありがとうございます アリスさん! ほらっあんたもお礼くらい言いなさいって!」
「えっ?あっ....どうも。」
「それじゃあ、先を急ぐわよ もう時間も遅いのだから。」
そう言い闇に背負向けて2人には見えないように薄暗く不気味に笑った