人と妖の夢   作:「NULL」

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永遠の記憶弍

夜空に浮かぶ十六夜の月が辺りを薄暗く照らし、土の匂いと竹の葉が風で擦れる音に虫の鳴き声が重なり合い、心地の良い音色を奏でていた。何気なく月を眺めどこか懐かしく、哀しくも感じる。

 

周りに竹が生い茂る林の上で少年は寝転がり 不意に上を見るとそこには闇の中にそれぞれがまるで自分を主張するかのように光を放つ星々が輝いていた。

 

星をゆっくりと眺めたのはいつぶりだろうと、ふと少年の頭によぎったが自分のことに関することが全く思い出せなかった。

 

少年は何故、自分に関係することが何も思い出せないのかとしばらく考え 二通りの事を思いついた。

 

まず、一つ目は この体が自分のモノではなく全く別の記憶や過去を背負った体に意識だけが憑依し、自分の記憶と彼の記憶が混濁し一時的な記憶障害を起こしているという場合。

 

もう一つが.....誰かにとって少年が自分に関する記憶を取り戻すことによって妨げや損をするような状況になるために何らかの方法で記憶を封印されている場合...... と、この二つが少年が今思える中での考えだった。

 

「まぁ そんなこと考えていても、確かめようがないんだし 仕方ないよな。」

少年がそう独り言のように呟くと、竹で編まれた塀の上からひょいと顔を覗かせる飛龍の姿がそこにあった。

 

「どうでしたか?お風呂楽しめましたぁ?」

いつもと変わらない悪戯っぽい笑みで少年を見つめる。

 

「それと着替えはここに置いときますよ〜」

そう言って飛龍はどこから取り出したのか少年の着替えを辺りに竹が生い茂る林の上に投げ置いた。

 

しばらくして少年は重い体を半分おこして気怠げに飛龍の方に向き直り話しかけた。

「あぁ、おかげさまでな。確かにいいお湯だったよ、一人でゆっくり入れてたらって言う条件付きだったらな。」

 

「もう今日は疲れたから部屋に戻って寝ることにするよ。それじゃ俺はこれで。」

そう言って少年は置かれた服を取り着替えながら、おぼつかない足取りで林を抜け建物の裏口から自分の部屋に向かった。

 

その部屋にはやはり清潔に保たれたとても寝心地のよさそうな布団が敷かれていた。

少年はその布団の中に倒れ込むように横たわり、何を考える間もなく眠りに着いた。

その日、少年は久しぶりに深い眠りに着いた。

 

目を開くと、そこは小高い崖の上で、満月の明かりに照らされ薄らと浮かび上がる人間の住む里がそこからは見渡せた。

 

(どうして、俺はこんなところに?)

そう少年は思いながらも、やはりどこか見覚えがあるが思い出せず、人間の住む里が見渡せる崖の上に何気なく座った。

 

しばらくすると後ろから"独り"の少女が歩いてきた。

何かの気配に少年は後ろを振り向き、その姿に心を奪われた。

 

満月の明かりに照らされながら薄らと遠くに浮かび上がる異形な形をしたシルエットが少年の座る崖の方へ近付いてくるうちにその姿が段々と濃ゆく見えるようだった。

 

まだ幼さが残る整った顔立ちに、手には瓢箪を携え 頭からは二本の長い角を生やし月の光を乱反射するかのような 絹のように美しくも、針金のように堅くも見えるその髪を後ろに束ね少し大きな髪留めで結び、大きく鋭い正直者の眼をした、その瞳はどこか悲しげでもある少女の姿に心を奪われた。

 

おそらく、少年は今まで恋心を抱いたことはないがそのことを気付かされるまでに初めて見た少女のその姿に心を奪われ、言葉で表現するなら一目惚れと言うのだろうか、それ程までに魅力的な何かを彼女から感じたのだった。

 

しかし、その頭から生える二本の角に、微笑むその口から見える鋭い牙を見らずとも"それ"が何者かであるかは人間である少年の"記憶"の奥底に深く刻まれていたのだった。

 

 

"それ" .....すなわち「鬼と」この世界で禁句とさへされているその存在を初めて目の当たりにする。

 

人間の本能が叫ぶ、"逃げろ"....と。

 

理性が叫ぶ、"立ち向かえ"....と。

 

時を見れば、一瞬の葛藤だったが、少年にとってはとても長く感じた。

 

そんな少年の葛藤も何処吹く風か、鬼の少女は少年の隣に何事もないように座った。

 

音が聞こえるのではないかと思うほどに心臓が高鳴り、息が苦しいほどに緊張が走った。

もはや少年から話しかけるほどの余裕はなくただ黙って息を整えることしか出来なかった。

 

その沈黙を破ったのは鬼少女の方からだった。

 

「なぁ、"人間" お前はわたしが怖くないのか?」

 

少年は思う。

(怖くないわけないだろちくしょう....!!)

ふと鬼の少女の瞳を覗いたら、その瞳は今までに感じたことのない強い熱がやどっていた。

少年はその瞳にやどる熱を見て自然と落ち着きを取り戻した。

そして落ち着いた口調で返事をした。

 

「あぁ、怖いさ。どう言ったわけか人間の本能がそう言っているよ。」

 

「でも "お前" は怖くない。」

 

鬼としてではなく、その瞳の奥に強い熱を宿した正直者の眼をした彼女の本心に対してそう心から正直に告げた。

 

「面白いことをいう人間だね、私が何かわかって言っているのか?」

そう言って、大きく鋭い目で少年を睨み、薄く口を開き鋭く尖った牙を見せ少女が言おうとするよりも先に少年が言った。

 

「わたしは、 」

 

「 お前は "鬼"だろ?」

 

「そんなの知ってるよ、でなきゃあそこまで取り乱さなかったよ。」

人間の本能があそこまで叫んだのはあれが初めてのことだった。

 

「じゃあ何でそれを知ってわたしと話していられるんだ!」

鬼の少女は半分やけ気味に今にも泣き出しそうな顔で、半分期待するような、けれど諦めた瞳でそう少年に問いかけた。

 

「さぁな?俺にもわからんが、俺から言えることは、人間みんなが臆病で賢いわけじゃないって事だな。」

少年は苦笑混じりに自虐的にそう言った。

 

「それに、どうせ いつか死ぬんだったら怯えて隠れながら死ぬよりもカッコよく死ねた方がいいと思わないか?」

それは果たして少年の本心なのか自然と湧き出た言葉を何も考えずにそう言ったのだった。

 

「なんだよそれあははっはははは!」

そう言って無邪気に笑う鬼の少女は月の明かりに照らされて、とても美しくも儚げで、鬼とは想像がつかないような満面の笑顔で涙を流しながらそう笑っていた。

その鬼の少女の笑顔に少年の鼓動は高鳴り、今まで生きてきたなかで初めての恋をしたのだった。

 

 

 

「おき.....てくだ....さぃ.....! 」

深い眠りに付いていた少年を夢から力ずく戻すような大きな元気のいい声が聞こえてきた。

 

まだ寝足りない重い体を半分起こそうとしたが、はたしてその重さは寝起きだからだろうか、いつもよりやけに重く感じられた。

 

「まったく!いつまで寝ているんですかぁ?早く起きないとあなたの分の朝ごはん食べちゃいますよぉ?」

いつもの煽るような口調でそう言ってきたのはやはり飛龍だった。

 

「ん.....?あぁ....もうそんな時間か?」

そう思い窓の外をみると心地の良い朝の光がお月見窓のような丸い窓から差していた。

 

「それじゃあ、今から行くからちょっとまってくれ....ってん?」

言って布団の中を覗くとそこには見たことのある少女が少年の布団の中に潜り込んでいた。

 

「なぁ...飛龍? わかってると思うが俺は何もしてないからな!?」

そう言って少年は両手を上げて、何も手は出していないし触ってもいないとアピールするように慌てながら布団から飛び出た。

 

「はぃ?なんでお客様の部屋の布団の中にヨモギちゃんが居るんですか?」

飛龍は少年の方を鋭い目で睨みつけた。

 

「えっ!?いや!?ほんとに何も知らないし何もしてないからな!?」

(とんだ誤解だ、昨日の夜はどこにも寄らずに真っ直ぐに布団に入って寝たはず.....布団の中は確認して....ない!?)

 

と少年は青ざめた顔で気持ちよさそうに眠る少女を横目にどうにか誤解を解こうと必死に説得しようとしたが、この現状を見て誰もが納得できるような説明は出来そうにない。

 

しばらくすると少年が入っていた布団の中から寝惚け眼で目を擦りながらあくびをしてまだ寝足りなさそうに半分だけ目を開く、とても愛嬌のある少女が、寝起きの小さな声で話しかけてきた。

 

「ふぁ〜 あれ?奈姫っちじゃん?おはよ〜むにゃむにゃ....」

ごく自然に何も違和感もなく挨拶をし、二度寝をしようとする少女をまた眠りにつく前に何とかとめることが出来た。

 

「やっと起きたか っておい!? ちゃんと誤解を解いてもらわないと困るんだけどぉ!?」

 

そう言って少年は必死に寝惚け眼の少女に話しかけた。

 

「えぇ〜奈姫っちの兄ちゃんなら別にヨモギが一緒に寝ててもいいでしょ〜?」

当然のことのように訳の分からないことを言う少女に少年は一瞬戸惑い、納得のいかない顔をしている飛龍に向き直り言った。

 

「まぁ....そういうことらしいから な?しかたないじゃね?」

と少年は悪びれた顔でそう言った。

 

「なにがしかたないじゃね? ですか!そんなんで納得するわけないでしょ!」

と飛龍も遅れを取らずに反論する。そのまま飛龍はしばらく少年に文句を言いながらヨモギと呼ばれる少女をつれて襖を開けそのままどこか行ってしまった。

 

一人取り残された少年は余りにも朝から衝撃的な事がありすぎて、昨夜に見た夢を覚えてはいなかった。

 

丸いお月見窓から差し込む朝の光が部屋の畳を照らし、外では鳥の鳴き声だけが聞こえ、これから少年の長い1日が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

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