小説内で軽く説明は入れるようにはしてますが、原作をプレイしている前提でストーリーを組んでいますので、あしからず。
和樹は居心地の悪い肌寒さに目を覚ました。
冷たい地面の感触に飛び上がり、辺りを見渡すと、そこは自分の部屋ではなく、薄く木々に囲まれた広い草原の中であった。
「な、なにが起こったんだ…?」
こんな場所で寝た記憶はない。あり得るはずがない。
そもそも昨日はネットゲームをやっていたはずであった。
『剣と魔法のロード・グレイス』。通称ロドグレス。社会現象を巻き起こした、ブラウザMMORPGの頂点に君臨する、知らないものはいない程の大人気ネットゲームだ。
アニマプロージョンという、無限に魔物が湧き続ける超常現象により崩壊しかけている世界。その世界を守るためにプレイヤーは自らを強化し、ボスを倒していくストーリーだ。
昨日はメンテナンスにより新MAPが実装されたばかりで、同じクランの仲間と共に最速ボス攻略をしに行った筈だった。
和樹はロドグレスの中でも、最上位ではないもののそこそこ上位のプレイヤー層に位置する。プレイヤー同士の集まりである【クラン】には似たような立場のプレイヤーが固まる傾向にあるため、和樹のクランも上位プレイヤーでひしめき合っていた。
実装されたばかりのボスも、能力確認のための下見を含めわずか3回目の挑戦で和樹達の前に破れ去った。
――だが、そこで和樹記憶は途絶えていた。
味方の全開のバフを受けた和樹が、ボスに向かって最後の攻撃『英雄召喚』を決め、カンストダメージを叩き込んだ瞬間、突如として意識を失った。
目が覚めたら、そこは大草原。
こんなおかしいことがあってたまるか、と和樹は不気味な笑みを漏らした。
雲の隙間から満月の明かりが辺りを照らす。
夜であることはわかるが、時間を指すものがないため、今が日暮れなのか真夜中なのかは分からなかった。
そこでふと、自分の服がおかしいことに気が付いた。
寝るときのスウェット姿では無かったのだ。
白を基調としたどこか古い軍服を思わせる服。
袖だけが黒く、靴は足先に鉄板の入った安全靴。
よく見ると、足元にはベレー帽に似た薄桃色の帽子。
これは―――。
「―――『ノービス』装備?」
それは和樹がロドグレス内のおしゃれ装備として愛用していた男性用ノービス装備そのままの姿であった。
『ノービス』とはロドグレス世界の初期『職業』である。
全てのプレイヤーはゲーム開始後、最初はこのノービスジョブからスタートする事になる。
使えるスキルや武器は殆どなく、レベルキャップも低い。そもそも、ノービスというジョブは最序盤のストーリークエストの一つである『初めてのジョブチェンジ』をクリアし、自分のジョブを選択した段階で消滅してしまうという、形だけの職業であった。
ロドグレスはゲーム機能として、装備しているアイテムとは別に、持っているアイテムでアバターの見た目を自由に変更が出来るというおしゃれ傾向の高い機能があった。
プレイヤーは各それぞれに自らのセンスに基づいたコーディネートを競い、レアリティの高い装備をする者、アバター専用のアイテムを課金で入手し常に最新の流行を追い求める者、様々な装備を組み合わせて印象の強い自分のオリジナルコーディネートをする者と、その組み合わせは数百万通りを優に超えていた。
その中で和樹が最も好んでいたのがこのノービスアバターだった。
深い理由は特になかった。ただ、自分のキャラをクリエイトして初めてロドグレスをプレイした時、ある種の感動を覚えたのだった。
生まれて初めてプレイしたネットゲームであるロドグレス。その初めてのアバターがこのノービスであった。
おしゃれコーディネートに興味がなかったわけではないが、それ以来なんとなくノービスの姿を維持し続けていた。
―――いや、今はそんな話はどうでもいい。
和樹の目下の問題は、なぜノービス装備に酷似した姿をして、こんな夜更けに見知らぬ草原に寝転がっていたのか、ということであった。
他にも疑問は数えられないほどあるのだが、頭が混乱して状況の整理が追い付かない。
「……とりあえずゆっくりと座れる場所でもまずは」
探すか――と呟こうとした時だった。
「うわあああああぁぁぁぁ!!!!」
背後にそびえる森から、この世の終わりのような、野太い叫びが響いてくる。
遅れて届くのは狼のような、獣の雄叫びであった。
ガチャガチャと疾走しているであろう複数の金属音と叫び声は静かな草原に澄みいるように響く。
何か――恐らくは狼のような――から逃げているであろう複数の人間達が森の中にいるのは明らかであった。
「助けに行くべきか・・・いや」
何もわからない場所で、自分一人が行ったところで何かが変わるとも思えない。
和樹は一瞬の逡巡の後――声のする森へと駆け出した。
何もすることはできないかもしれない。
だが、それでも襲われているであろう人を前にして見て見ぬふりはできなかった。
幸い、足音は今でもよく響いており、方向を見失うことは無かった。
森に入り、木々の間を疾走する。
和樹は、自分の体が驚くほど軽いことに驚いた。
しかし、今はそんなことを考えている時ではない。
必死に音のする方へ、ただ森の中を駆け抜ける。
果たしてそこにいたのは、4人組の男女のパーティーであった。
森が丁度途切れて広場のようになっている場所で足を止めていたところを、和樹が追い付いたのだ。
「だ・・・誰だ!!」
斧を持った筋肉質の大柄な男が叫ぶ。
その声を合図に、細身の男が身を隠さんばかりの大盾を構え前面に出る。
そして最年少であろう少年は剣を抜き、こちらを射抜かんばかりに睨み付けた。
唯一の女性は動きやすいようになのか、体のラインが出るほどにぴったりとした服に緑のマントを付け、矢をつがえた弓をこちらに構えていた。
「あ、怪しいものではない。声が聞こえてきたものだから・・・」
和樹は敵意を見せないよう、両手を上げて木の陰から姿を現した。
「なっ・・・ノービスかい!?どうしてこんなところに!?」
「夜の草原の探索は、ランクD以下は禁止されているんだろ!?」
和樹の姿を認めた盾を持つ男と少年が声を荒げる。
「おい。お前・・・何が目的だ。なぜここにいる。答えろ」
斧を持つ男がその武器で和樹を指す。
和樹は弱ったな、と顔を曇らせた。
ここでどう答えても、いい方向に転ぶ気がしなかったからだった。
どうやら和樹は知らなかったとはいえ、立ち入り禁止区域に足を踏み入れたという事らしい。
ならば何を答えても言い訳にすらならない可能性がある。
明らかに殺傷を目的とした武器を持った男達を前に、和樹はたじろぐ。
一瞬の静寂。
その沈黙を破ったのは、和樹のすぐ後ろから響く、狼の遠吠えであった。
『grrryyyy!!!!』
「まずい!!既に囲まれてる!」
盾の男が叫ぶ。
威嚇と共に広場を囲むように現れたのは狼の群れだった。
和樹はその声に思わず森を飛び出し、男達の元へと駆け出す。
「おいノービスの小僧。お前がなんだかはこの際どうでもいい。生き残る気があるなら手ぇ貸せ。死んだら話もクソも無ぇからな。どうする」
斧を持った男が問う。和樹の答えは一つだった。
「勿論手を貸す・・・いや、貸してください。俺は怪しいものではありません」
「そうか。じゃあまずはこいつらを何とかするか」
男は斧を一度地面に突き立てる。
「ウオォォォオオ!!」
それが合図だったのか、大盾を持った男が大声と共に盾を上に掲げ、狼の群れを挑発した。
ふと見ると、狼の数匹がその頭を矢で射ぬかれ、絶命しているのを認めた。
いつの間にか、弓を持った女性の姿は近くの木の上にあり、次々と狼を射抜いていた。
(あの一瞬で数匹を射抜いたのか!?)
和樹はその卓越した技に瞠目した。
狼が掲げられた盾に気を取られている内に、弓兵が射抜く。
完璧な連携、阿吽の呼吸だった。
『grrryyyyy!!!』
仲間が射抜かれたことに気付いた狼が駆け出し、突進を仕掛けた。
斧と剣を持った二人が呼応するように突進を仕掛ける。
男が巨大な斧で狼を切り付けると、鮮血が飛び散る。
キャウン、と力の無い声を上げるが、絶命には至っていない。
そこに少年がすかさず近寄り、剣で首を撥ねた。
と、すぐに少年は付近の狼の1匹へと近寄り、足を切り付けすぐに後退する。
その背後には、盾を構えた男が狼を近づけさせまいと陣取っていた。
中には、横をすり抜けようとする狼がいるが、それらは次々と弓で射抜かれ、倒れていく。
和樹は全員に守られるように中央に立っているだけで、なすすべがなかった。
「そこのアナタ!危ない!!!」
木の上から、弓を構える女性が声を荒げる。
和樹がハッと振り向くと、目の前には迫ってくる1匹狼の姿があった。
和樹は狼に体当たりを受け、大きく後ろへと激しく転がる。
「うわああああああ!!」
地面が柔らかかったのか、幸い痛みは少なかったことに安堵する。
しかし、狼は倒れている和樹を見逃したりはしない。
和樹に覆いかぶさり、喉笛に牙を立てようと襲いかかってくる。
和樹は咄嗟に左腕で守るが、その腕に牙が食い込む。
激しい痛みに和樹は呻く。
現実感がないが、これは確かに命のやり取りだった。
「自分の命は自分で守りやがれぇ!!」
斧の男が和樹に叫ぶ。
「武器・・・武器は・・・!?」
和樹は右腕で狼の腹を殴りながら、近くに棒のようなものがないかを探す。
しかし、森の中とはいえ広場になっているこの場所に都合良く尖った枝などは落ちてはいなかった。
(――俺はここで死ぬのか?)
狼の牙が離れる様子はなく、それどころかより一層力が加わったように感じる。
(――何もわからないまま?)
涙があふれてくる。なんて理不尽な世界なのだと。
(――嫌だ!嫌だ!こんなところで死にたくない!!)
こんなふざけたことがあってたまるか。
和樹は強く念じる。
「俺は生きるんだあああぁぁぁ!!!」
【[sys]:インベントリをオープンしました。】
【[sys]:装備画面をオープンしました。】
突如脳内に表示されたのは、【[sys]】。
――剣と魔法のロード・グレイスにおける、システムアナウンスコールだった。
「これは・・・!」
和樹の目に映るのは、宙に浮かぶ半透明の画面。
透けるように画面の奥には狼の姿が浮かぶ。
画面は左右に分かれており、左側には【装備】右側には【持ち物】という表示があった。
しかし、和樹が最も驚いたのは――。
(これはロドグレスのアイテムだ)
・応急薬(小)-999
・応急薬(中)-999
・応急薬(大)-999
・LGドリンク-875
・毒消し草-999
・麻痺消し草-999
使い道がなく、余っていた大量の薬。
・大号令の書3-999
・ドロップ再抽選(30分)-791
・エンカウント再抽選(30分)-802
・獲得EXP上昇(30分)-999
パーティーメンバーの能力を上げるアイテムや、冒険をする上での補助アイテム。
そして―――。
・URアーミンティアーズ
・URクエイクアグレッション
・式神岩神大将
――和樹にとって見覚えのある武器。
・URラファーガキャップ
・URラファーガコート
・URラファーガボトム
――和樹にとって馴染みのある防具。
和樹がプレイしていたロドグレスの持ち物がそこにはあった。
和樹は躊躇いなく一番上の装備―アーミンティアーズ―をタッチする。
【[sys]:URアーミンティアーズを装備しました。】
すると一瞬のうちに和樹の右腕には茶色と金色を混ぜたような、鈍い輝きとオーラを放つ棍が現れた。
和樹が棍の先で狼を叩き付けると、体制が不十分だったにも関わらず、狼の体は文字通り――弾け飛んだ。
「うっ・・・」
服や顔に血と脳漿が飛び散り、吐き気を催す。
しかし、まだ戦闘中である事を思い出した和樹は起き上がり、4人の様子を一瞥する。
和樹が一悶着起こしている間に狼の群れはその数を残り数匹まで減らしており、生き残った狼と男たちの膠着状態が起こっていた。
装備画面に【武器:URアーミンティアーズ】と表示されている事を確認した和樹は、すぐにアーミンティアーズの装備を外し、持ち物のタブに戻す。
和樹の手から鈍色の輝きがかき消え、そこには何も残ってはいなかった。
武器を消したのは理由がある。
単純な話だ。さっきまで丸腰だった和樹が輝く両手棍を持っていたら明らかに不自然だからである。
誰にも見られていないことを祈るしかないが、隠さないわけにはいかない。
ヒュン、と矢が風を切る音が鳴る。
狼の元に放たれた弓が地面に刺さると、残った狼達は蜘蛛の子を散らすように森へと駆け出して行った。
「やれやれ、なんとか生き残ったみてぇだな」
「怪我はないかい?皆」
「僕は大丈夫。アルガスとマルタのおかげだよ」
「私は安全な所にいたからよ。・・・ところで、アンタは腕、大丈夫なの?」
マルタと言うらしい弓の女性は和樹に近寄り、腕を覗き込む。
和樹の左腕は噛まれた跡に滴る血でだらりと垂れ下がっていた。
「あっ・・・俺は大丈夫・・・・・・です」
「大丈夫な訳ないでしょそれ・・・。ちょっと貸してみなさい」
マルタは和樹の手を取ると、緑の液体が入った小さな瓶を取り出した。
「応急薬よ。傷くらいはこれでなんとかなるから」
「あ・・・ありがとうございます」
マルタが応急薬を和樹の腕に垂らすと、傷が少しずつ閉じていく。
「おいマルタ!貴重な薬をこんな野郎に」
「うるさいわね。怪我してるんだから助けないわけにはいかないでしょう」
「ちっ・・・・・・おい小僧!!薬を貰ったからには全部答えてもらうぞ!お前が何者なのかってのをな」
斧の男が和樹を睨む。
和樹はマルタにお礼を言うと、斧の男に向き直った。
「わかりました。正直にお答えします」
互いの自己紹介をした後、和樹は起きてからの事を包み隠さず話した。
なぜ自分がここにいるのかわからない事、叫び声を聞いて追いかけたこと、悪意はなかったこと。
自分が違う世界から来たかもしれない、という事は伏せておいた。
ただでさえ怪しいと言われていたのに、そんな事を説明したところで妄言と思われて殺される可能性があるからだ。
ロドグレスの装備がそのまま全て使えるのであれば、もしかしたら全員を返り討ちにできるのかもしれないが、和樹の現実の戦闘経験は先ほどの狼との1戦を除けば皆無である。
それに、あそこまでの連係を見せた、そして成り行きとはいえ助けに来た、そして一緒に戦った4人と敵対することはしたくなかったからだ。
4人はCランクハンターで構成されたパーティー、【ドラゴンの角笛】だと名乗った。
斧を持つ大男の名はゲイヴ。パーティーリーダーであり、チームの戦闘の要。前衛を受け持ち『ファイター』のクラスを持つ。
大盾を持つ細身の男はアルガス。『ナイト』のジョブでチームの防御の要。
片手剣の少年はエド。ゲイヴと同じく『ファイター』で前衛だが、その軽い身のこなしを生かし、狩り逃がしへの追撃や、ヒットアンドアウェイを繰り返す削り役の戦闘補助要員とのことだった。
弓の女性はマルタ、『レンジャー』のジョブで中衛。速射による牽制と先制攻撃や、索敵を主とする。
「プリーストやマジシャン・・・いわゆる後衛はいないんですか?」
という和樹の質問には、ゲイヴが
「いるわけねぇだろ。回復は大抵薬で済ますのが当たり前だ。プリーストは街にいれば職がある。危険な狩りになんか連れ出したら破産だよ。マジシャンなんかはもっとタチが悪い。あいつらは傲慢だ。下手な事口走った日にゃ、後ろから魔法ブチ込まれてお陀仏よ」
と肩を竦めた。
軽い雑談を交えたところで、一応和樹の事は信用してもらえたようだった。
街への戻り方を知らない和樹は【ドラゴンの角笛】の4人に頼み、一時同行を許可してもらえる手筈となった。
戦闘で消耗しているため、今日の探索は終了し、野営を開始する。
夜明けを待ってから街に戻るという事らしい。
「本来、この草原はランクC以上じゃないと夜は侵入を禁止されているんだよ」
他の3人が休む間、和樹はパーティーの中で一番物知りだというアルガスと見張りをしていた。
和樹を見張るという事も含まれているだけあって、和樹は特に文句をいう事もなく従う。
話の中で、この世界の事を和樹は次々と質問していく。
話を要約するとこうであった。
和樹がいるこの場所は【キルギム草原/キルギム湖】と呼ばれる場所。
ロドグレス王国に属する、グランヴェルレー城下町からほど近い草原である。
キルギム草原は便宜上4つのブロックに分かれており、入口に近い側から【はじまりの草原】【風鳴きの丘】【キルギム湖】【悪魔の岩場】と呼ばれている。
草原に潜む何者かの影響なのか、昼間と夜間で出てくる魔物が変わるらしい。
夜は獰猛な魔物が度々出現するため、ハンターランクC以上でないと出入りできないという事であった。
ハンターランクとは、ロドグレス王国の管理する『ハンター協会』に属する人間の総称『ハンター』、その個人の強さを示す指標となるランクの事である。
低い方からG/F/E/D/C/B/A/AA/AAA/Sと、10段階に分かれている。
ハンター協会に登録した人間はジョブ『ノービス』として、ハンターランクGのハンターカードとノービス装備一式を支給される。
ハンター協会や、城下町の人間が出す討伐依頼、採取依頼をはじめとするクエストを達成していくとハンターランクを上げるためのポイント―通称『名声』が溜まり、一定基準を超えることで、ハンターランク昇格試験を受けることが出来る、というシステムとなっている。
ランクがFとなった段階で、自分の適性に合うジョブ検査し、それらを名乗って本格的にハンターとして活動がスタートする。
ジョブは全部で5つ。
前衛ジョブ『ファイター』――斧・剣を用いて敵を倒す。魔物との戦闘ではパーティーの要として活躍する。通常は1パーティーに2~3人。
前衛ジョブ『ナイト』――盾を用いて敵の攻撃を防ぐ防御の要。中衛・後衛を守るだけでなく、ファイターの攻撃時の隙を埋める役割を持つ。通常は1パーティーに1~2人。
中衛ジョブ『レンジャー』――弓を用いて戦う、攻撃と補助を兼ね備えたジョブ。弓に毒や麻痺毒を塗りこみ相手の行動を阻害したり、牽制や索敵を担当したりと、その役割は多岐に渡る。魔力の素養を持つ人間は魔法を補助に使うレンジャーとして活動することがある。
後衛ジョブ『プリースト』――光属性の回復魔法の素養がある人間がなることが出来るジョブ。このジョブを持つ人間がパーティーにいるだけで全滅の危険が大きく減少するとまで言われる、最も人気のあるジョブ。魔力を高める棍を用いることが多い。しかし、多くのプリーストは各街の神殿で回復の仕事に就くことが多く、危険を冒してまでハンターとして活動する者は少ない。
後衛ジョブ『マジシャン』――杖を用いる火力ジョブ。火・水・風・土・闇・光の各属性の魔法を用いる。広範囲高威力の魔法を扱う事が出来る反面消費魔力が大きく、多くの鍛錬と才能が必要。マジシャンになることが出来た人間はその名声を約束され、多くの人間から称賛の的となる。絶対的に人数が少ない事から、プライドが高い人間が多い。ハンターだが、フリーの傭兵のような活動をする者が少なからずいる。
アルガスからの説明を受けて、和樹はほっと安堵していた。
これらの知識は、全て和樹がやっていたゲーム、ロドグレスで得られる知識とほとんど齟齬がなかったのである。
和樹の持つ知識が完全にゲームと一致するならば、間違いなくそれらは武器となる。
なぜなら、和樹はゲームのロドグレスにおいて最高位となるSランクハンターであったからだった。
ただし、気になるのは、ジョブが1つしか得られないという事であった。
ロドグレスでは、全員が全てのジョブを鍛え、レベルと装備を整えるのはごく当たり前の常識であった。
魔力の素養がないなんてことは当然あり得ない。
和樹もご多分に漏れず、5つのジョブのレベルを全てカンストまで上げていたし装備も手を抜かずに揃えていた。
この世界の人間がそれをできないという事は少し考えさせられるが、この世界に来たことで和樹がその恩恵を得られないという事が可能性として出てきてしまった事に舌打ちする。
後で実験してみるか――と和樹は考え、そんな事をしている内に夜が明けていた。
「よし、カズキ。それじゃあ出発するぞ」
「わかりました」
ゲイヴの号令でパーティー【ドラゴンの角笛】と和樹は街へ向けて歩き出した。
今和樹達がいるのは【キルギム草原/キルギム湖】である。
この先にある【風鳴きの丘】を越え【はじまりの草原】を抜ければ、グランヴェルレー城下町が見えてくる。
「油断はいけないけど、朝に出てくる魔物なんて大したことないさ。それに、1匹だけとはいえ、エルダーダークウルフを倒すことが出来たなんて僕には信じられないね」
「そうよ。あなた本当に才能があるのね。武器もなしでなんて」
「そうだな。ま、オレの剣には敵わないだろうけどな!」
「エド。カズキはまだノービス・・・でもないんだったわね。ハンター登録をしていないっていうんだから。まだハンターでもない人と自分を比べて勝ち誇るんじゃないわよ」
「えぇ~オレだってこの歳でランクCまで上り詰めたんだぜ?もう少し認めてくれてもいいだろ~」
「お前らうるせぇぞ!いくら朝の敵が弱いからって気を抜きすぎだ。・・・だが、カズキ。確かにお前には力がある。もしその力でハンターランクを上げて俺達に追いついたなら、パーティーに入れてやってもいいからな」
ゲイヴが大柄な肉体に似合わない嬉しげな表情でニヤリと笑うと、和樹の肩を叩く。
和樹は昨日の命のやり取りを乗り越え、認められた事で込み上げてくるものがあった。
行軍中に無様に泣くわけにはいかず、笑みを浮かべながらお礼を言うに留める。
本当はこのままパーティーに入れて欲しい、というのが和樹の思いでもあった。
しかし、ハンターランクの差が大きい人間はパーティーに入れてはならないというのが暗黙の了解であり、不文律でもあった。
身の丈に合った狩場を超えることは、上位の人間は保護対象が増えることによる危険が、下位の人間にはそもそも危険しかない。
それらの無駄な危険を回避するためのハンターランク制度であり、その不文律がなければ、全くの無意味。貴重な人材を無駄な戦闘で失うことになってしまう。
よって和樹がこのパーティーに入る事が出来ない、が、ゲイヴ達は和樹ならすぐにハンターランクを上げてくる事を確信していた。
そもそも、エルダーダークウルフはハンターランクCに上がりたての人間が最初に直面する壁である、ダークウルフの上位である。
ゲイヴ達【ドラゴンの角笛】は夜のキルギム草原を得意フィールドとする中堅パーティーとしてその名が知られており、エルダーダークウルフの群れなどはものともしない自信があった。
しかし、戦闘経験がない人間は違う。
第一、中堅ハンターへの1歩を踏み出したハンターランクCの人間だろうと命を落とす危険性と隣り合わせなのがダークウルフである。
その上位のエルダーダークウルフとタイマンを張って、武器もなしに倒す事はどれだけ異常な事なのかをゲイヴ達は理解していた。
その潜在的な能力ハンターランクB、いやAにすら匹敵するであろう。
本人は未だ謎な部分が多いが、力ある人間をスカウトしない手はない。
他のパーティーに取られる位ならば自分たちのパーティーへ。
ゲイヴは、和樹に恩を売っておくことは悪い事ではないと考えを改めていた。
和樹達のパーティーは途中で魔物との戦闘を何回か挟むことになったが、別段怪我をすることもなく、無事にグランヴェルレー城下町へと到着することが出来た。
グランヴェルレー城下町に入るための検閲では、身分を証明するものを持たない和樹の身柄をゲイヴが保証することで事なきを得た。
人頭税は和樹が倒したエルダーダークウルフの牙を提出する事で済ませた。
魔物の素材は夜のうちにはぎ取っており、牙や毛皮をはじめとした素材が集まっていた。
「さて、乗りかかった船だ。宿に戻る前にカズキ、お前をハンター協会に連れて行く」
「え、いいんですか?そこまでして頂いて何か申し訳ないんですが・・・」
「いいんだよ。第一、お前の身柄は俺が保証するってことで町に入ったんだ。お前自身の身分証を作る前に解放したら何か悪さをした時に俺にまでお鉢が回ってきちまう」
「ちょっと!カズキはそんなことしないわよ!」
「ガハハ!分かってる分かってる。まぁ、ここまで来たんだ。ハンター協会の場所だってどうせわからないんだろ。連れてってやるよ」
和樹はゲイヴの行為に甘えることにしたが、実のところ、和樹はハンター協会の場所は分かっていた。
ゲームと同じだからではない。建物の配置などはゲームとは全く違っていたし、飲食店や出店のようなものはゲームにはなかった。
和樹がハンター協会の場所、いや、全ての建物の配置を理解していたのは、城下町に来るまでの道中で【マップ機能】があることを発見したからである。
半透明のシステムウィンドウ――どうやら他の人間には見えてないようだ――を開くと、いくつかの機能がある事が分かったのだ。
一つ目は【装備】。インベントリとも呼ばれていたが、持ち物の管理と装備の選択ができる。
持ち物はゲームとは一部仕様が異なっているようだった。
ゲーム内では、町にいる倉庫番と呼ばれる人に預けることでアイテムを管理できたのだが、それらの倉庫のものが全て持ち物に入っていたのだ。
調べてみた所、持ち物として管理できる総量はおよそ999種類×各999個。
実質無限といっていいほどこの画面には物を収容できることが出来るらしい。
その辺の石ころを拾って実験したところ、画面に向かって落とすことでインベントリに収容され、そこには確かに「石ころ×1」と表示があった。
和樹が目を見開いたのは持ち物の中にあった、お金である。
ゲームではお金の単位は【Poro(ポロ)】であったが、その上限は1000万ポロであった。
しかし、和樹の持ち物にあったお金は1800万ポロを優に超えていた。
これは1アカウントで2キャラ作れるというゲームの仕様により、お金の総量が統合されているという事が関係していると予測できるのだが、あるものはあるということでいい、と深く考えないことにした。
問題は、この世界の通貨単位がポロであるかどうか、ということである。
二つ目は【ステータス】。今の和樹自身の能力値を表示させるのだが、それだけではなく、そのウィンドウを透かして他人を見ると、その人間の名前やレベル、能力、ハンターランク、使えるスキル、装備など、ありとあらゆる情報が浮かんで見えるようになっていたのである。
この画面は、魔物やアイテムを透かして見ても詳細な情報が見えたため、鑑定にも使えると、ほぼ常に眼前に表示させていた。
三つ目は【英雄】。これはゲームのロドグレスで存在していた機能で、いわゆるお助けキャラある。
『英雄石』と呼ばれるアイテムで英雄を召喚し、一時的に戦わせることが出来る。
一度召喚した英雄は保存され、破棄しない限り何度でも呼び出すことが出来るのだが、1度呼び出すと数十分のリキャストタイムが発生し、連続で呼び出すことが出来ないという事と、1度の召喚で英雄が存在できるのはせいぜい10秒といったところであり、スキルを1発も使えばそれで消えてしまう。
裏ワザのような方法を用いて連続で呼び出す手段もゲームにはあったのだが、それはまだ試していないので可能かどうかはわかっていない。
この【英雄】画面では、戦闘中に呼び出す英雄の選択と、その英雄に装備させるアイテムを設定するというゲームの仕様そのままの画面であった。
四つ目の機能が【マップ】。自分がいる周辺の地形が画面いっぱいに表示されるだけでなく、その建物の名称や方向、そして、敵味方の位置が色分けされた光点で表示されるという恐ろしい機能を備えていた。
これがあれば実質和樹に対する不意打ちなど不可能であり、凄まじいまでの索敵能力を持つことになったのである。
他にも、【ワールドマップ】という世界地図を表示する機能をはじめいくつか細々としたものがあったが、大きく分けて有用なものはこの四つであった。
ちなみに、ゲームではワールドマップ画面において、いくつかの中継地点や重要拠点にワープするという機能があったのだが、さすがにそれはこの世界では行えないようであった。
ゲイヴ達に連れられ、ハンター協会に到着した和樹は、ハンター登録受付へと向かった。
「こちらはハンター協会です。ハンターへの登録ですか?」
「はい。登録するのは俺です」
「それでは、こちらの紙の要項に必要事項をご記入ください。代筆は100ポロで承っておりますが?」
「カズキ。文字なら僕が書けるけど、キミは?」
「アルガスさん、じゃあお願いしてもいいですか?」
「勿論さ。お金は要らないよ。将来への投資さ」
アルガスに頼み、必要事項を埋めていく。
名前――カズキ
年齢――20歳。
レベル――不明
得意武器――なし
所持スキル――なし
和樹は、使われている文字が日本語であることに安堵する。
言葉は普通に通じていたが、これなら文字の読み書きも困らない。
本当なら所持しているポロが使えるかどうかも試してみたかったのだが、それは後でもいいだろう。
「それではこちらがハンターの身分証明書であるステータスカードです」
受け取った四角い鉄片にはさっき記入した情報が記され、首から下げられるようになっていた。
「ハンターランクが上がっていくと、カードの素材も良くなっていくんだぜ。ランクCからは、オレらみたいな銅のカードだ」
エドがふふん、と鼻を鳴らす。まだ16歳というエドは自分の地位を誇示したい年頃というのもあるのかもしれないが、それでも自慢できるだけの力は確かにあった。
この世界では15歳で成人ということになるのだが、ハンターランクというのはそうそう上がるものではない。
命がかかった依頼を複数こなさなければいけないし、そこまでして無理に上げるものでもないからだ。
エドは孤児で、11歳からハンターをやっていたらしい。
ランクCになるには、よほどの才能か、卓越した技能がない限り、最低でも5年の歳月が必要とされている。
まだ子供だったはずのエドは血のにじむような努力で、若くしてハンターランクCへと上り詰めた。
同じハンターランクCのゲイヴが30歳である事を考えてもその力は証明されているものであろう。
とはいえゲイヴは慣れたキルギム草原での狩りを好んでいるので、わざとハンターランクを上げていないのだが、それは別の話である。
「さて、じゃあ俺たちが案内できるのはここまでだな。カズキ!健闘を祈る。頑張れよ」
ゲイヴがグッ、と親指を立てて微笑む。
「オレも応援してるぜ。きっとまたパーティーを組もうな!」
「僕もキミの成長を楽しみにしているよ。カズキ」
「私もよ。頑張ってね。・・・無理はしないでね。命あっての物種なんだから」
「ありがとう。俺、頑張るよ。・・・皆、お世話になりました!」
和樹は深々とお辞儀をした。
今和樹にできることはこれだけだ。あとはその姿と成長を以て応えなければならない。
全員と握手をすると、【ドラゴンの角笛】のメンバーはハンター協会を去って行った。
「さて、それじゃ一丁、俺の新しい冒険を始めるとしますか」
元の世界に戻る方法はあるのかはわからない。
が、地道にハンターランクを上げていれば、自ずと情報も入ってくるだろう。
――心配はないさ。俺にはゲームで培った知識と力がある。。
今はここの生活を楽しむとしよう。
「このクエストを受けます!!」
和樹は依頼の貼ってあるクエストボードの中の1枚を手に取ると、受付嬢へと力強く差し出した。
定期更新できるかは怪しいですが、暇を見てちょくちょく書いていきます・v・