魔法戦士リリカルSEED Strikers 作:ぬらりひょん
目覚めたキラが最初に目にしたのは、見覚えの無い天井だった。
見ると、いつの間にかベッドに横になっており、身体には治療された形跡がある。
「ここ…は?」
起き上がり、周囲を見渡すキラ。
部屋の内装に見覚えこそ無いが、設置された医療器具と漂う薬品の匂いから、ここが医務室だということは何となく理解出来た。
「で、僕は全身傷だらけでベッドの上……か」
そう言って再び横になるキラ。
「負けたのか……僕」
今の状況から、自分の敗北を悟るキラ。
シグナムの飛竜一閃が、キラのフォトンランサー・ファランクスシフトを相殺したところまでは覚えている。
だが、その後の記憶は曖昧にしか残っていない。
「えっと……確か追撃を加えようとフォトンバレットを生成しようとして……」
「魔力切れで気絶したんや。まぁ、ようは自爆やな」
「ぅわっ!?は、はやてさん!?どこから沸いて出てきたんですか!?」
「人を虫みたいに言わんといて」
突然現れたはやての姿に驚くキラ。
そんなキラを余所に、はやては椅子をベッドの横に置いてそれに座る。
「お疲れ様、キラくん。良い試合やったで」
そう言って、未だに困惑しているキラに笑いかけるはやて。
「お疲れ様って……こんなところで何やってるんですか、八神部隊長」
「何って、キラくんの看病に決まっとるやん」
「決まってないです。仮にも部隊長なんですから自重してください。仕事だって残ってるんでしょう?」
「確かに残っとるけど、今は休憩中やから問題なし。それとも何や?キラくんは私に四六時中部隊長でいろって言うん?」
「いや、そうは言いませんけど……」
若干不機嫌そうに言うはやてに、キラは困り顔でそう答える。
すると、不意にはやては覗き込むように顔を近付けると、不満気な表情を浮かべて言った。
「……ていうか、そのわざとらしい呼び方止めてくれへん?鳥肌が立ちそうやわ」
「いや、部隊長に部隊長って言って何が悪いんですか」
「ま、百歩譲って職務中はしゃあないにしても………今わざわざその呼び方する必要は無いやろ?」
そう言って悪戯な笑みを浮かべるはやてに、キラは堪らず視線を逸らせる。
そして観念した様子で溜め息を吐くと、
「わかった、僕の負けだよ……はやて」
と、ぶっきらぼうながらも親しみのある口調でそう言った。
「ん、よろしい」
それに対し、満足気な笑みを浮かべるはやて。
その笑顔には、キラの口許にも思わず笑みがこぼれる。
同時に、卑怯だとも思う。
八神はやての、この屈託の無い笑顔を見られるのは限られた人だけである。
その中に自分が含まれているのは、素直に喜ばしく思う。
だが予想外だったのは、キラが思っていた以上に、はやてがキラのことを気に入っているということだった。
「うんうん。やっぱり素直なキラくんが一番やな」
「今だけだよ。部下が上司にタメ口なんて、他の人達に示しがつかないから」
「ん~……私的にはもっとアットホームな空気を大事にしたいから全然大丈夫なんやけど」
キラとはやての間に特別何かがあった訳ではない。
キラからしてみれば、なぜはやてが自分のことをここまで気に入っているのか見当がつかない。
だというのに、ある日久しぶりに再会したはやては、何の脈絡も無くこう告げた。
『今日から私らは対等な友達や。以後、私のことははやてと呼ぶように。ちなみに敬語も禁止やで?』
『は?いや、あの……』
『あ、これ上官命令やから』
『全然対等じゃないですね!』
キラはその日以降、出来る限り友人としてはやてと接するようになった。
というより、そうするよう強いられるようになった。
もちろん、職務中は別だ。だがそれ以外の時間、キラははやての友人で有り続けた。
その関係は、今も尚続いている。
「ていうか、今キラくん部下って言うた?」
不意に気が付いたようにそう尋ねるはやて。
それに対し、キラは少々不満そうに顔を背けながら答える。
「まぁ、約束だからね。勝負に負けた以上、はやてに従うよ」
キラのその言葉に、一瞬表情を輝かせるはやて。
だが、すぐにそれは輝きを失い、陰りを生んだ。
「………なぁ、キラくん。正直に答えて」
そして、先程までとはまるで別人のように不安げな表情で、キラを見詰める。
「私の補佐になるの……迷惑、かな?」
そのか細い声の問いに、キラは驚いたように目を開かせる。
失念していた。油断していたとも言える。
はやてがあまりにいつも通りだったのでつい忘れていたが、彼女はこの機動六課という部隊で、初めて部隊長を経験するのだ。
八神はやては、その年齢からすると異常な程大人びた性格をしている。
一見すると素直で穏やかそうだが、その実したたかで腹黒い一面もある。
だが、それでもやはり彼女も人間だ。
初めて自分の部隊を持つとなれば、不安にならない訳がない。
そう思った直後、キラは自分を戒めるように額を拳で軽く殴ると、申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。
「ごめん、違うんだよ。そうじゃないんだ。はやてが考えてるようなことは決してない」
「じゃあ……」
どうして、と言葉にはせず尋ねるはやて。
その弱々しい声に、キラはどう答えたものかと途方に暮れる。
が、誤魔化そうと考えたところで通用する相手ではないと悟り、自分の小さな自尊心を捨てて答えた。
「………怖いんだ。僕が……僕なんかが、こんな凄い部隊の中でやっていけるのか、自信が持てないんだ」
そう言って、すぐに首を振ってその言葉を否定する。
「いや、違う。今に始まったことじゃない。三年前のあの日から……ずっと怖いままだ。強くなろうと思って色々頑張った。なのはさんに魔法を教えてもらった。フェイトさんの部下にさせてもらった。でも、僕はいつまで経っても弱いままで……一人じゃ何も出来なくて……」
今まで誰にも言ったことの無いような弱音が、口から自然とこぼれ落ちた。
情けなさと苛ただしさから表情が歪む。
「僕には君達みたいに膨大な魔力は無い。コーディネーターだから、普通の人より能力は高いかもしれないけど……こと魔法に関してはからっきしだ。それでも、今自分にある全てを出しきればもしかしたらって思ったけど………能力限定を受けて、最小限の力しか出せないシグナムにも勝てやしなかった」
そう言って、キラははやてに改めて向き合う。
はやてがそうしたように、自分の弱い部分を素直にさらけ出して。
「こんな僕が、君の助けになれるとはどうしても思えないんだ」
その言葉を、はやては黙って受け止めた。
キラの弱さから目を逸らさずに、真っ直ぐに受け止めた。
その上で、
「あぁごめん。言うの忘れとったんやけど、シグナムに能力限定掛ける言うたの、あれ嘘やねん」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
惚けた表情で、そんな今更な事実をキラに告げた。
「あぁでも丸っきり嘘って訳や無いで?デバイスには少しリミッター掛けたし」
「え?…………じ、じゃあ僕、ほとんど全力のシグナムと戦ってたんですか?」
「まぁ、そうなるな」
「………じゃあ、最初から僕に勝ち目なんて無かった、と」
「当たり前やん。負ける可能性があったら最初から勝負なんかせんともっと強引な方法使うわ」
「…………なるほど。最初から僕は手のひらの上って訳ですか」
「うん、滑稽やったでキラくん」
そう言って屈託の無い笑顔を浮かべるはやて。
その顔に、キラは思いっきり備え付けの枕を叩き付けた。
「痛ぁっ!?ちょ、何すんのキラくん!」
「それはこっちの台詞だよ!よくも騙したなこのチビ狸っ!」
「たぬっ!?誰が狸やこのヘタレッ!そもそもキラくんが二つ返事で承諾しとったらこんな面倒なことせずに済んだんやっ!」
「人のせいにしないでよ!大体無茶苦茶過ぎるんだよはやては!僕なんかに部隊長補佐が務まる訳ないだろ!?」
「それを決めるのは私であってキラくんやない!」
「じゃあ何だよ!はやては何で僕を選んだんだ!?」
そう言って、キラははやての両肩を掴み顔を寄せる。
その表情は、戸惑いと不安に溢れていた。
「なのはさんでもフェイトさんでも無くて……ヴォルケンリッターでも無くて……何で僕なんだよ」
キラには、はやてが何を考えているのかわからなかった。
何を思って自分に近付くのか、何を思って自分を近くに置くのか、その理由がわからなかった。
「そんなん、決まっとるやんか」
そんなキラに、はやては大人びた表情を浮かべて答えた。
「キラくんにしか頼めないからや」
両肩を掴むキラの手をほどき、逆にキラの両肩を掴み返してはやては続ける。
「理由なんて言い出せばキリがない。キラくんの能力を冷静に分析して、私がそう判断したんや。どうしてもって言うなら一から順に説明するけど、聞きたい?」
「え?あ、いや……そのっ」
妙に強気なはやてにキラは戸惑う。
それに構わず、はやては更にこう続けた。
「大体キラくんは自己評価が低すぎるんや!魔法にしても、ほとんど全力のシグナム相手に、あそこまで善戦出来る実力があるやないか!」
「そ、それは……」
「部隊長補佐にしても、執務官補佐としての能力をフェイトちゃんから確認して、贔屓目なしで選んだんや!それともキラくんは私が私利私欲でキラくんを選んだと思っとるんか!?」
「いや、そんなことは……」
「だったら四の五の言わんと、私の采配を信じるか、信じないか、ここではっきり決めて!」
そう言って決断を迫るはやて。
強引にも見えるその言葉には、確かな確信と自信が込められていた。
はやては本気でキラの能力を信じ、評価している。
「えぇか、キラくん。確かに、キラくんに出来ないことを私らは出来るかも知れへん」
そしてその言葉は、
「でも、私らに出来ないことをキラくんが出来るのも、確かなことなんや」
なぜか、キラの心に強く響いた。
「…………はやて」
「ん、なんや?」
「さっきの『私の補佐になるの、迷惑かな』っていうの、アレ演技だよね」
「あ、バレた?あぁ言えばキラくん素直になると思ったんやけど」
「ホンット……チビ狸って名前ピッタリだよね、はやてに」
「たぬっ!?また言うたなこのっ」
キラの軽口に頬を膨らませるはやて。
それに対し、キラはどこか吹っ切れたような、 憑き物が落ちたような笑顔を浮かべる。
「でも……信じるよ、はやてを」
「え?」
「はやてが信じる僕なら、僕も僕を信じられそうだ」
「…………ん、そか」
そう言って微笑むキラに、はやても微笑み返す。
我ながら単純だ、とも思ったが、気持ちというものはどうしようもないものだ。
部隊長補佐就任に関しては、未だに不安はある。
だが、
「ほな、よろしくなキラくん。期待してるで」
この信頼に応えたい、という想いの方がずっと強かった。
「うん、自分なりに頑張ってみる」
そう、力強く応えるキラ。
そんなキラを見て、はやては満足そうに頷く。
そして立ち上がると、相変わらず言動とは不釣り合いな可愛らしい笑顔を浮かべてこう言った。
「ほな、早速頼みたい仕事があるから、もう少し休んだら部隊長室まで来てな」
「えっ、これから!?」
「そや。整理せなあかんデータや書類がまだまだ沢山あってな。キラくん、手伝ってくれるやろ?」
「……どうせ僕の意思なんて考慮しないんでしょ」
「ふふん。キラくんも私の事わかってきたみたいで嬉しいわぁ」
そう言って本当に嬉しそうに笑うはやて。
その様子に、キラの口から小さな溜め息が漏れる。
「なんやキラくん溜め息なんか吐いて。今更断ったって遅いで?」
そんなキラの様子に、意地の悪い笑みを浮かべてそう言うはやて。
するとキラは首を振ってそれを否定し、落ち着いた笑みを浮かべる。
「違うよ。ただ、気付いただけ」
そう言って改めてはやてに視線を向けるキラ。
その落ち着いた瞳に見つめられ、はやては思わずたじろぐ。
「どれだけ無茶を言われても、理不尽な目に遭っても……やっぱり」
するとキラは、困ったような、だがどこか嬉しそうな笑みを浮かべるとこう言った。
「楽しいんだなって、はやてといるの」
その一言は、キラの心からの言葉だった。
その笑顔は、キラの心からの笑顔だった。
嘘偽りない、キラの素直な感情と表情。
そんなキラの言葉に、キラの笑顔に、
「………ッ!?」
八神はやての顔は、真っ赤に染まっていた。
「ん、どうしたの?」
急に大人しくなったはやてに、首を傾げて尋ねるキラ。
するとようやく我に帰ったはやては、金魚のように口をパクパクさせた後、先程までとはうって変わって余裕のない表情で言った。
「たっ……楽しいって、アホちゃうかキラくん!あんっだけ弄られて、騙されて、それで楽しいやなんて!」
「自覚あるんなら控えなよ」
「そうかわかった!キラくんマゾなんやな!ヘタレでマゾな草食系男子なんやな!」
「酷い言われようだ!何で僕そこまで言われなきゃならないのさ!?」
「うるさい!とにかく、この後山のように仕事こなしてもらうから覚悟しとくように!以上!」
「ちょ、待って!山のようにってどれくらい!?残業手当とかちゃんと付くんだよね!?ねぇっ!?」
問いただすキラの声を無視し、はやては足早に医務室を後にする。
「……今日、帰れるかなぁ」
残されたキラのそんな一言だけが、静かな医務室に情けなく響いていた。
◇
今のは完全に不意打ちだった。
不意打ち過ぎて、いつもの対応が間に合わなかった。
「ったく……これやから天然はっ」
医務室を出ても尚冷め止まない頬の熱さを自覚しながら、はやては行き場のない感情に戸惑っていた。
「有り得ない。そんなんやない。今のはただ、ちょっと不意打ち食らってぐらついただけや。……っていうかこの後二人きりで仕事せなあかんのに意識してどうすんねん私のアホ!」
冷静になればなろうとするほど冷静さを失うはやて。
そうしている内に、部隊長室に辿り着いた。
とにかく、キラが来るまでに落ち着かなければならない。
そう思ったはやては、部屋に入るなり一直線に自分のデスクへ向かい、早速仕事に取り掛かる。
そこで、一件のメールが届いていることに気が付いた。
「ッ!」
そのメールの差出人を見て、はやての顔から熱が一気に冷める。
差出人の名はカリム・グラシア。
次元世界の中でも最大規模の宗教組織である聖王教会に所属する彼女は、機動六課の設立にもその後ろ楯として協力している。
そして、八神はやてが心から尊敬する友人でもあった。
そんなカリムからのメールだったのだが、はやての表情は芳しく無かった。
「………そや。何考えてんねん、私」
思い詰めたような声でそう呟くはやて。
その表情は、決して揺らぐことの無い強い意志と、それに相反するような自己嫌悪に満ちている。
「私に……そんな資格無いやないか」
そう言って自嘲的に笑うはやて。
誰もいない部屋の中で、その声だけが寂しげに響いていた。